[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 原告甲は、名称を「歯車ポンプまたはモータ」とする発明につき、 平成16年5月19日、特許出願をし(特願2004−148619号)、 平成21年9月17日、当該特許出願につき進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受けたので、 同年12月21日、不服審判請求をしましたが(不服2009−25250号)、 平成23年6月15日に特許庁が、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたために、本件訴訟に至りました。 その謄本は同月28日に原告に送達された。 A本件特許出願の請求の範囲 「噛合する一対の歯車と、これら歯車の側面に隣接する可動側板と、前記歯車及び前記可動側板を収容するケーシングとを具備し、可動側板の外側面とケーシングの内周面との間に形成される圧力バランス領域に高圧流体を導き入れるように構成した歯車ポンプまたはモータにおいて、 前記圧力バランス領域の高圧側と低圧側とを隔てるガスケットを前記可動側板の外側面に形成したガスケット溝に嵌め入れて装着し、 かつ、前記圧力バランス領域の高圧側に連通する凹欠を、互いに接合する前記ガスケットと前記可動側板との何れかの接合面に設けており、 前記凹欠が、前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達していることを特徴とする歯車ポンプまたはモータ。」 [本願発明] [引用発明] B本件特許出願の発明の概要 (a)本願発明は、歯車ポンプ又はモータに関するものです。 (b)歯車ポンプの基本的な構成は、図面中、ケーシング1内で1対の歯車2、3をかみ合わせ、これらを回して、歯形とケーシングの間にはさまれた液体を吸入側(例えば図面手前側)から吐出側(図面奥側)へ圧送するものです。歯車の側面近傍には、作動液の側方への漏れ量を低減するための可動側板4が配置されています。また可動側板の外側面に形成されたガスケット溝内に、低圧側と高圧側とを隔てるガスケットが設けられています。 (c)ガスケットの溝壁と溝底との間の隅部は強度の担保のためにRを比較的大きくとっています。 (d)歯車ポンプを作動させると、液圧によりガスケットとガスケット溝の溝壁及び溝底との間に液体が入り込み、可動側板を歯車側へ押し付ける力(液圧力という)が発生します。これにより、側方への液漏れが有効に防止されます。 (e)しかしながら、従来の歯車ポンプでは、液圧が高くなると、ガスケットがガスケット溝の低圧側の溝壁へ押し付けられ、両者の間に入り込む作動液が減少します。 特にRを付けた範囲での密着により前記液圧力が失われ、その結果として、可動側板に対する圧力バランスが変化し、作動液の側方への漏れ量が増大して容積効率が悪化するという問題がありした。 (f)本願発明の目的は、高温・高圧化の可動条件においても吐出流量性能の低下を招きにくい歯車ポンプ又はモータを提供することです。 (d)そしてこの目的を達成するために、ガスケットと可動側板のいずれかの接合面に、高圧側からガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位まで達する凹欠41d、51aを設けています。 C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。 【刊行物1】 実願昭58−152705号(実開昭60−58889号)のマイクロフィルム(甲1) 【刊行物1に記載された発明(引用発明)】 「噛合する一対の歯車2、3と、これら歯車2、3の側面に隣接する可動形の側板4と、前記歯車2、3及び前記可動形の側板4を収容するケーシング1とを具備し、可動形の側板4の外側面とケーシング1の内周面との間に形成される圧力バランス領域に高圧流体を導き入れるように構成した歯車ポンプまたはモータにおいて、 前記圧力バランス領域の高圧領域Hと低圧領域Lとを隔てるガスケット6を前記可動形の側板4の外側面に形成したガスケット溝5に嵌め入れて装着し、 かつ、前記圧力バランス領域の高圧領域Hに連通する隙間10を、互いに接合する前記ガスケット6と前記可動形の側板4との接合面のうち前記ガスケット6の接合面に設けている歯車ポンプまたはモータ。」 D本件特許出願に対する審決の内容は、次の通りです。 (a)本願発明は、本件特許出願前に頒布された下記刊行物1に記載された引用発明に基づいて、当該特許出願当時に当業者が容易に発明することができたもので、進歩性を欠く。 【一致点】 「噛合する一対の歯車と、これら歯車の側面に隣接する可動側板と、前記歯車及び前記可動側板を収容するケーシングとを具備し、可動側板の外側面とケーシングの内周面との間に形成される圧力バランス領域に高圧流体を導き入れるように構成した歯車ポンプまたはモータにおいて、 前記圧力バランス領域の高圧側と低圧側とを隔てるガスケットを前記可動側板の外側面に形成したガスケット溝に嵌め入れて装着し、 かつ、前記圧力バランス領域の高圧側に連通する凹部を、互いに接合する前記ガスケットと前記可動側板との何れかの接合面に設けている歯車ポンプまたはモータ」である点。 [相違点] ・相違点1 前記凹部に関し、本願発明は、「凹欠」であるのに対し、引用発明は、隙間10である点。 ・相違点2 前記凹部に関し、本願発明は、「前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達している」のに対し、引用発明は、そのような構成を具備しているかどうか明らかでない点。 (相違点1に関しては裁判所が理由なしと判断したため、以下、相違点2についてのみ紹介します。 [相違点1に係る構成の容易想到性の審決判断] (a)刊行物1には、『この帯状部16の先端面16aと前記溝5の底面5aとの間には、前記高圧ポート12に連通する隙間10が形成されるようになっている。』、『ポンプが作動すると、吐出側の高圧流体が、溝5の外周囲だけでなく、該溝5の底面5aとガスケット6の帯状部16との間に形成される隙間10にも侵入することになる。』、及び『前記隙間10内に導入された高圧流体の圧力によって、前記ガスケット6の帯状部16がボディ7の端壁7bの内面7cに押し付けられ固定される』・・・と記載されている。 (b)また、刊行物1には、このような隙間10を設けることによって、『側板4の静圧バランスを適正に確保することができる。』・・・、及び『本考案は、・・・側板の静圧バランスの適正化を図って容積効率を有効に向上させることができ』・・・と記載されている。 (c)上記記載からみて、引用発明において、吐出側の高圧流体が、溝5の外周囲だけでなく、溝5の底面5aとガスケット6の帯状部16との間に形成される隙間10にも侵入することによって、侵入しない場合に比べて、また、侵入する程度に応じて、可動形の側板4を歯車2、3の方へ押圧する液圧力が増減し、圧力バランスが変化することは技術的に自明の事項である。 (d)本願発明は『前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達している』ものであるが、本願明細書及び図面に記載された従来例を示す図8に『R』と図示されるのみであって、本願明細書、特許請求の範囲及び図面の記載(例えば、実施例を示す図4の記載)をみても、範囲Rがどこからどこまでを指すのか必ずしも明確でないことを考慮すると、引用発明において、隙間10を設ける範囲を良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な範囲とすることは当業者における設計変更の範囲内の事項に過ぎない。 (e)してみれば、引用発明の隙間10を、ガスケット溝5の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達するようにすることにより、上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到できるものであって、これを妨げる格別の事情は見出せない。 また、本願発明が奏する効果についてみても、引用発明が奏する効果以上の格別顕著な効果を奏するものとは認められない。 したがって、本願発明は、刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」 E特許出願人の主張は次の通りです。 (a)発明が解決しようとする課題に関して 本願発明は、「作動液が高温、高圧となると、・・・ガスケット溝の隅部とガスケットとが範囲Rで密着することにより、可動側板6を歯車の方へ押圧する液圧力Fが失われ、可動側板6に対する圧力バランスが変化し、作動液の側方への漏れ量が増大して容積効率が悪化すること」を技術的課題とし、 「圧力バランス領域の高圧側に連通する凹欠を、互いに接合する前記ガスケットと前記可動側板との何れかの接合面に設けて、前記凹欠が、前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達しているようにした」構成を採用して、密着状態でも凹欠に高圧の作動液を導入することにより、R範囲において歯車の方へ押圧する力の確保を可能としたものである。 他方、引用発明は、「幅の狭いガスケットを用いた場合に低圧領域側へ変形し、いわゆるはみだしが生じやすいこと」及び「はみだし防止のため幅の広いガスケットを用いた場合、つぶし代のばらつきによって、側板が必要以上に大きな力で歯側面に押し付けられて機械効率が悪い製品が混入すること」を技術的課題とし、 刊行物1では「可動側板6に対する圧力バランス」の変化という本願発明の技術的課題について開示も示唆もされていない。しかも、引用発明は、ガスケット6に、帯状部16とその周縁部に当該溝5に底面に密着するシール用の突条部17を設け、当該溝の底面と帯状部16との隙間10に高圧流体を導入し得るよう構成することで、隙間10に導入される高圧流体により帯状部16をボディ7の端壁7bの内面7cに押し付けて固定することでガスケット6が低圧領域側へはみ出さないようにし、一方、ガスケットによるつぶし代のばらつきの技術的課題を、幅が狭く押し付ける力が大きく変動しない突条部17の構成を採用することによって解決したものである。 そうすると、本願発明と引用発明とでは技術的課題やその解決手段が異なるのであって、引用発明の場合、帯状部16をボディ7の端壁7bの内面7cへ押し付ける力は、ガスケット6が低圧領域側へはみ出すことを防止し得るものであれば足りるから、本願発明のように、隅部のR範囲において可動側板6を歯車の方へ押し付けられる力を得る必要はないし、また隅部のR範囲における歯車側との微妙な圧力バランスを達成する必要もない。したがって、刊行物1中には、引用発明の隙間10を、ガスケット溝の溝壁と溝底とが成す隅部のRを取っている部位にまで達するように改める動機付けがない。しかるに、審決は本願発明と引用発明の技術的課題の違いや発明の特徴の違いを考慮せずに、「引用発明において、隙間10を設ける範囲を、良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な範囲とすることは、当業者における設計変更の範囲内の事項にすぎない。」(6頁)とするが、この判断は上記のとおり誤りである。 なお、本願発明にいう「Rをとっている部位にまで」とは、凹欠に高温、高圧の作動液を流入させた場合に、本願発明の技術的課題及び効果を生じる範囲、すなわち、Rの範囲であって歯車の方へ押圧する力を確保できる範囲を意味し、Rの全範囲に及ぶ必要はないが、Rの範囲に僅かでも達していれば足りるものではない。(中略) (b)阻害要因に関して 刊行物1の6頁11ないし15行、7頁3ないし9行、8頁16ないし20行の各記載にかんがみれば、引用発明の溝5の底面5aにおいては、突条部17が潰れて密着し、(可動形)側板4を一定の力で押し付けることが必要であって、突条部17が潰れて側板4と密着する部分には、底面5aのうちの平坦面が含まれていることが不可欠である。 ところが、引用発明の隙間10をRの部位(曲面形状となっている部位)まで延ばすと、突条部17の平坦面の部分を側板4に押し付けて密着させることができなくなるし、またかかる延長を行った場合には突条部17の幅が極小になるから、側板4に対して突条部17を押し付ける力が得られなくなるのであって、いずれにしても引用発明が奏すべき作用効果を奏することができない。したがって、引用発明に対して隙間10をRの部位まで延ばす構成を適用することには阻害要因がある。 しかるに、審決は「引用発明の隙間10を、ガスケット溝5の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達するようにすることにより、上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到できるものであって、これを妨げる格別の事情は見出せない。」(6頁)とするが、この判断は誤りである。 なお、強度を確保するために引用発明の突条部17の幅はガスケット溝のR部分の幅よりも相当程度大きくなっており、R部分の幅と同程度にした程度では、突条部17で一定の押圧力を得ることができず、また突条部17が高圧流体の圧力変動によって疲労し、破損するおそれがある。したがって、前記のとおり突条部17を溝5の底面5aに密着させることを欠くことはできない。 (c)発明の効果に関して 本願発明は、「ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部の範囲Rで、可動側板6を歯車の方へ押圧する液圧力Fが失われる」という新規な課題に着目し、「互いに接合する前記ガスケットと前記可動側板との何れかの接合面に設けた前記凹欠が、前記ガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位にまで達しているようにした」構成を採用することで、作動流体が高温、高圧となり、ガスケットが、可動側板のガスケット溝の溝壁と溝底とがなす隅部(範囲R)において密着状態となっても、凹欠に高圧の作動液を導入し、R範囲の歯車の方へ押圧する力の確保(作動液の側方への漏れ量が増大しない)及び安定した吐出流量性能の発揮を可能としたものである。 これは上記構成を採用したことによって奏される格別に有利な作用効果であって、刊行物1等からは当業者において到底予測することができない。 しかるに、審決は、「本願発明が奏する効果についてみても、引用発明が奏する効果以上の格別顕著な効果を奏するものとは認められない。」(6頁)などとするが、この判断は誤りである。 結局、本件出願当時、引用発明に基づいて、当業者において相違点に係る構成に容易に想到することはできず、相違点を解消して本願発明に想到したことによって奏される作用効果も当業者の予測を超えた格別のものであるから、本願発明は進歩性を欠くとした審決の判断には誤りがある。 F原告(特許出願人)の取消事由に対する特許庁の反論 引用発明のガスケット6を溝5の内部に組み込んだ場合、作動液(高圧流体)の圧力を受けていないときには、ガスケット6は溝5の低圧側の壁から離れた位置にあり、突条部17は潰し代の分だけ潰れて(圧縮されて)溝5の底面5a(平坦面)に弾性的に密着し、側板4を一定の力で押し付ける。 そうすると、突条部17が作動液の圧力を受けてRをとっている部位に押し付けられるときには、圧力の分力が溝5の底面5aの方向にも働き、歯車2、3の端面の方向に側板4を一定の力で押し付けるから、突条部17が溝5の底面5a(平坦面)に密着することが不可欠なわけではない。なお、作動液の種類、温度、圧力、ガスケットの材質、形状、溝形状などによっては、ガスケット6の隙間10が僅かでもRをとっている部位にまで達することがあり得る。 前記のとおり、引用発明の隙間10が「Rをとっている部位」に僅かでも達していれば、可動形の側板4を歯車2、3の方へ一定の力で押し付ける力を得ることができ、したがって圧力バランス領域の作動液が可動形の側板4に及ぼす圧力を小さくするという作用効果を奏することができるのであって、上記隙間10をガスケット溝5の溝壁と底面5aとが成す隅部のRをとっている部位に達するようにしても、引用発明の目的を達成できなくなるとか、技術思想に反するということはない。 また、歯車ポンプのシール構造の目的・機能は、実公昭55−37753号公報(乙2)の2頁の記載のとおり、高圧域から低圧域へ流出しようとする作動液(流体)を完全に遮断するため、ガスケットと溝との2つの接点における接触を密としシール作用を完全なものとすることにある。したがって、引用発明の隙間10を、ガスケット溝5の溝壁と溝底とがなす隅部のRをとっている部位に達するようにしても、発明としての機能を奏することは明らかであり、引用発明の構成を変更することを阻害する要因は存在しない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許出願の審決に関して次のように認定しました。 引用発明のガスケット(6)に設けられた突条部17の役割は、その弾性力(反発力)で、可動側板(可動形側板4)を歯車端面側に押し付けることにあり、突条部17と可動側板の間に作動液(高圧流体)が侵入して、液圧でガスケットをケーシング(1)に押し付ける(押し上げる)こと等は想定されていないが、 本願発明のガスケット又は可動側板に設けられる「凹欠」は、可動側板の溝の底部の隅(隅部)の「Rをとっている部位」すなわち曲面状の部位(部分)にまで達するように、例えば溝状の部分を設け、この部分に作動液が侵入できるようにして、ガスケットが作動液によって低圧側の溝壁に押し付けられたときでも、作動液の液圧で、ガスケットをケーシングに向かって押し付け、また可動側板を歯車端面に向かって押し付けて、可動側板の圧力バランス及び歯車端面に対する封止機能(シール)を確保できるようにするものである。 そうすると、本願発明のガスケットの「Rをとっている部位」や「凹欠」が果たす機能と引用発明のガスケットの突状部17等が果たす機能は異なり、引用発明のガスケットでは、可動側板(可動形側板4)の溝底隅部でガスケットと可動側板との間に作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることが想定されていない。 したがって、引用発明ではガスケットと可動側板(可動形側板4)との間の隙間10が可動側板の溝底隅の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶことが予定されていない。 また、刊行物1の8頁6ないし13行には、「前記隙間10内に導入された高圧流体の圧力によって、前記ガスケット6の帯状部16がボディ7の端壁7bの内面7cに押し付けられ固定されるので、高圧領域Hと低圧領域Lとの圧力差によってガスケット6が低圧領域側へはみだすという不都合も有効に防止されるものであり、該ガスケット6の耐久性を向上させることができる。」との記載があるから、引用発明のガスケット(6)と可動側板(可動形側板4)の構成には、作動液の液圧でガスケットの低圧側の側面を可動側板の溝の側面(内側面)に押し付け密着させて固定することで、ガスケットのそれ以上の低圧側へのはみ出しを有効に防止するという機能があるということができる。ここで、ガスケットがかかる機能を発揮するためには、可動側板の溝の側面と底面が成す隅部に向かってガスケットが密着するように押し付けられるのが好ましく、上記溝の底面から離れるように、すなわち上記隅部付近でガスケットが可動側板から離れるように押し上げられると、ガスケットが上記溝の低圧側側面を超えてはみ出すおそれが生じるし、また、上記隅部付近でガスケットが可動側板を歯車端面に向かって押し付ける力を得る必要があるとはいえない。 そうすると、引用発明のガスケットと可動側板の構成を、可動側板の溝の低圧側側面と底面が成す曲面状の隅部にまで作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることができるよう、ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めることは、突条部17の機能を害し、またガスケットの低圧側へのはみ出しを防止するという技術的思想に反するものであるから、上記構成に改める発想が生じるはずはなく、当然のことながら当業者には容易に想到できる事柄ということはできない。 A裁判所は、被告(特許庁)の主張に関して次のように判断しました。 (a)被告は、本願発明と引用発明とは静圧バランスの適正化という共通の技術的課題を有しており、刊行物1には、歯車ポンプのシール構造において、圧力バランスを保ってシール作用を良好に行うという動機付けが記載ないし示唆されていると主張する。確かに、本願発明の歯車ポンプも引用発明の歯車ポンプも、歯車端面とケーシングの間に設けられた可動側板(可動形側板)が、高圧側から流れ込む作動液の作用を利用して両部材の間でバランスし(圧力バランス)、歯車端面から生ずる作動液の漏出を封止(シール)するという構成ないし動作を有するものであるが、かかる共通点は高圧の流体を扱うこの種の歯車ポンプに広く見られるものにすぎない。そうすると、かかる共通点があるからといって、シール作用をさらに高めるべく、ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めるという具体的な構成に容易に想到できるものではない。 (b)また、被告は、隙間10を設ける範囲を良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な範囲とすることは、当業者の設計変更の範囲内の事項にすぎないと主張する。しかしながら、かように抽象的な技術的課題から当業者がガスケット又は可動側板(可動形側板)の凹欠ないし凹部の具体的な形状の構成に直ちに想到できるものではない。また、本願発明のガスケットに相当する乙第3号証のリップシール(24)は、本願発明の可動側板に相当するサイドプレート(12)ではなく、反対側のカバー(14)に装着され、リップシールとサイドプレートの間に設けられたバックアップ(17)を介してサイドプレートを押し付けるもので、本願発明のガスケット及び可動側板と構成が相当異なるから、乙第3号証に記載された技術的事項を根拠に、本願発明のガスケット等の構成が当業者が容易に行い得る設計変更(設計的事項)の範疇に属するということはできない。乙第4号証の図2、4からも、ガスケットに設けられた凹部の範囲及び形状は必ずしも明確でなく、その余の明細書中の記載でもガスケットに設けられた凹部の技術的意義が明らかでないから、上記図等に記載された技術的事項を根拠に、本願発明のガスケット等の構成が当業者が容易に行い得る設計変更(設計的事項)の範疇に属するということはできない。 (c)また、被告は、突条部17が作動液の圧力を受けて可動形側板の溝5のRをとっている部位に押し付けられるときには、歯車の端面の方向に可動側板を一定の力で押し付けるから、突条部17が溝の底面5a(平坦面)に密着することが不可欠なわけではないとか、作動液の種類、温度、圧力、ガスケットの材質、形状、溝形状などによっては、ガスケットの隙間10が僅かでもRをとっている部位にまで達することがあり得るなどと主張する。確かに、刊行物1の第4図にあるとおり、高圧側から侵入する作動液(高圧流体)の液圧でガスケットが可動側板の溝の低圧側にずれ動くときは、突条部17の少なくとも一部が上記曲面状の部位に乗り上げることになるから、突条部17が可動側板の溝底(5a)に対して押し付けられて潰れた部分の面積が小さくなることもあるし、ガスケットがさらに強く低圧側に押し付けられて突条部17の幅(横断面で見た場合の幅)がさらに小さく変形し、場合によっては突条部17と可動形側板の溝底との間に隙間が生じることも考えられないわけではない。しかしながら、これらのような事態は、引用発明で予定される、突条部17がその弾性力で可動形側板を歯車端面の方へ押し付ける機能を減殺するものであって、かかる事態を想定して本願発明の容易想到性を検討する必要はなく、突条部17が溝5の底面5a(平坦面)に密着することが必要でないとはいえないし、ガスケット6の隙間10が溝底5aの曲面状を成す部位に僅かでも達していればよいなどとはいえない。 (d)結局、本件特許出願当時、引用発明に基づいて、相違点2に係る構成、すなわちガスケットと可動側板の溝が成す隙間が、上記溝の低圧側側面と底面とが成す曲面状の隅部(Rをとっている部位)にまで及ぶように構成して、上記隅部にまで作動液が侵入して可動側板が圧力バランスをとれるようにする構成に想到することは、当業者にとって容易ではなかったというべきであるし、本願発明にいう「凹欠」も、かかる形状を前提とするものであるから、相違点1は実質的なもので、相違点1に係る構成に想到することも当業者にとって容易ではなかったというべきである。当事者双方が取消事由2について種々述べるその余の点について判断するまでもなく、相違点1の構成を容易想到とした審決の判断は誤りであり、原告の取消事由2は理由がある。 以上によれば、本願発明は刊行物1に記載の発明に基づき容易想到とした審決の判断は誤りであるから、主文のとおり判決する。 |
[コメント] |
@進歩性審査基準の考え方によれば、引用文献中に引用発明を主引用例又は副引用例として採用することを妨げる事情(いわゆる阻害要因)があれば、当該文献は引用文献としての適格性を欠きます。 Aそして引用発明の主要な発明特定事項の機能を阻害するような態様で引用することは、阻害要因の一つと考えられます。 B引用発明は、ガスケットの帯状部の内周側(低圧側)にシール用の突条部を設け、この突条部設置箇所と反対側からガスケットとボディとの隙間へ高圧液体を導き、高圧側の帯状部分がケーシングに圧接されるようにすることで、ガスケットが低圧側にはみ出すことを防止しようとするものです。従って突条部を超えて隙間を、ボディの低圧側に存する隅部に近づけることはできないと考えるべきです。 C特許庁が主張したことは、隅部のRに比べて突条部を小さくして隙間の一部が隅部の範囲に入るようにすれば、特許出願人の発明に想到することができるということですが、これでは隅部の曲がりに突条部が乗り上げ、ガスケットが低圧側に移動する(はみ出す)ことになりますので、引用発明が予定する突条部の機能(はみ出し防止)を阻害することになり、従って当業者が本件特許出願時において本願発明に容易に想到することはできないと考えるべきです。 |
[特記事項] |
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