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●平成22年(行ケ)第10184号(審決取消訴訟/容認)


進歩性/特許出願/阻害要因/膨張弁

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

 原告甲は、

 平成9年11月6日に膨張弁と称する発明について特許出願(平成9年特許願第304292号)を行い、

 平成19年12月7日に、進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受けたために、

 平成20年1月17日に、拒絶査定不服審判を請求するとともに、

 平成20年2月18日に、当該特許出願の請求の範囲について補正(本件補正)を行い、

 その後に“本件審判の請求は、成り立たない”という審決を受けるとともに、前記補正を却下されたために本件訴訟に至りました。

A本件特許出願の請求の範囲(補正後の発明)

 エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と、

 上記第1の通路中に設けられるオリフィスと、

 該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と、

 上記弁本体に設けられ、上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と、上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え、

 上記弁体駆動棒は、上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達するとともに上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって、

 上記パワーエレメント部は、弾性変形可能な部材から成る上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され、

 上記弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ、

 上記固着部材には雄ねじが形成されており、

 上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており、

 上記連結部材を上記雌ねじと上記雄ねじとのねじ結合によって上記固着部材に螺着して上記パワーエレメント部の外周縁を上記連結部材の上端部と上記弁本体の上端部との間に挟み込むことにより、上記パワーエレメント部が上記弁本体に固定されていることを特徴とする膨張弁。

※斜め文字の部分は本件特許出願に対する拒絶査定審判を請求した際に追加された限定事項です。

[本願発明]                [引用例1]

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50…固定部材(螺着手段)         60…筒状止め金具(かしめ手段)

B本件特許出願の発明の概要

(a)本願発明が解決しようとする課題

 従来の膨張弁(引用発明)においては、パワーエレメント部がかしめ部材により樹脂製の弁本体にかしめ固定されているため、パワーエレメント部が金属製の弁本体に螺着されるもの(本件先行発明)に比較して、弁本体内の圧力によりパワーエレメント部全体が浮き上がり、また、パワーエレメント部の上カバーが弾性変形し、かしめ部材のかしめ部が緩んで強度不足や、更には膨張弁の動作機能を阻害したり、かしめ部分から水分が侵入することで様々な不都合が発生するおそれがある(【0018】)。

(b)本願発明の構成

 そこで、本件補正発明は、弁本体を樹脂で成形した上で、引用発明とは異なり、弁本体に環状の金属部材を固着部材としてインサート成形して雄ねじを形成し、他方、パワーエレメント部を弁本体に固着させるための上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを形成して、固着部材と連結部材とをねじ結合により螺着させるというものである(【0020】【0023】【0024】【0032】〜【0035】【図2】)。

 本件補正発明は、引用発明と同様に弁本体が樹脂で成形されていても、パワーエレメント部の固定が強度不足という問題は発生せず、膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく、またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないものである。

C本件特許出願の先行技術

(1)引用例1:特開平9−89154号公報(甲7)

(a)引用例1の目的

 従来の自動車用空調装置に組み込まれた膨張弁(以下「本件先行発明」という。)の弁本体は、金属製であったことにより、熱伝導率がよいために内部のオリフィスの開放量が正確に測定されないことによる不都合(【0009】)、冷房効率の低下(【0010】)、重量が重くなり、かといって合成樹脂で成形すると、合成樹脂は、金属より低強度であるため、弁体(金属製)が合成樹脂製の弁座に当接する動作が繰り返されて弁座が損傷する可能性があるという問題点(【0011】)、制御機構が取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着されているが、雄ねじの形成にコストがかかり、かつ、取付けに当たり接着剤を使用する必要があり、取付作業が面倒になること(【0012】)などの課題があった。

(b)引用例1の構成

 そこで、引用発明は、弁本体を樹脂で成形し(【0015】)、本件オリフィス構成で弁座の損傷を防ぎ(【0016】)、制御機構を弁本体にかしめにて固着することで、取付けが容易かつ確実にできる(【0017】)ようにするなどの工夫をしたものである。

 引用発明の弁本体の樹脂としては、耐冷媒・冷凍機油性、耐破壊圧強度、耐クリープ性及び耐熱性に優れたポリフェニレンサルファイド樹脂が好ましい(【0027】)。また、弁本体の上端部中央には、均圧室が開口して形成され、弁本体の上端部外周部にはフランジが形成されており、制御機構と弁本体とは、当該フランジの上部に制御機構の下蓋をパッキンを介して重ね、当該フランジとともに制御機構の外周部を覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより固定されている(【0032】)。

(c)引用例1の効果

 引用発明は、弁本体を樹脂としたことで、軽量となり、配管が振動により破損するおそれもなく加工コストも安くなるばかりか、本件オリフィス構成により弁体の開閉作動によりオリフィスが破損するおそれがなく(【0046】)、弁本体と制御機構との連結に筒状止め金具によるかしめ固定を採用したことにより、ねじ加工が不要となり非常に安価にできるとともに、ねじの緩みを防止する接着剤の塗布が不必要となり、確実かつ恒久的に接続することが可能となるものである(【0047】)。

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(2)引用例2:特開平9−14097号公報(甲8)

(a)引用例2の構成

 樹脂製の燃料分配管のフランジ部に金属製のハウジングをかしめ固定するとき、かしめのときに樹脂に掛かる応力を最小限にし、樹脂のクリープの発生を防止することを技術的課題とし、燃料分配管のフランジ部が金属板を有すること(甲8技術)

D本件特許出願に対する審決の内容

(a)本件審決の理由は、要するに、本件補正発明は、下引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)、引用例1に記載された技術事項(以下「本件オリフィス構成」という。)、引用例2に記載された技術(以下「甲8技術」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから独立特許要件を満たさないとして、本件補正を却下し、本件特許出願に係る発明の要旨を補正前の本願発明の通りと認定した上、本願発明は引用発明、本件オリフィス構成、甲8技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、としたものです。

(b)なお、本件審決が認定した引用発明、本件オリフィス構成、甲8技術並びに本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりです。

[一致点]

 エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と、上記第1の通路中に設けられるオリフィスと、該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と、上記弁本体に設けられ、上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と、上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え、上記弁体駆動棒は、上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達すると共に上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって、上記パワーエレメント部は、上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され、弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ、連結部材によりパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部に連結して固定する膨張弁

[相違点1] 本件補正発明では、上カバーが弾性変形可能な部材から成るのに対して、引用発明では、上蓋がどのような部材からなるか、不明である点

[相違点2] パワーエレメント部の弁本体への固定を、本件補正発明では、弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ、固着部材には雄ねじが形成されており、上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており、連結部材を雌ねじと雄ねじとのねじ結合によって固着部材に螺着してパワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことにより行うのに対して、引用発明では、弁本体の上端外周部にフランジが形成され、当該フランジとともに制御機構の外周部とを覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより行う点

E特許出願人が主張する取消事由

(a)取消事由の内容

・本件補正を却下した判断の誤り(取消事由1)

   ア 一致点の認定の誤り

   イ 相違点2についての判断の誤り

・審決手続の審理不尽(取消事由2)

 裁判所では取消事由1・イのみが採用されたため、これだけを紹介します。

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(b)取消事由の要点

(あ)審決は、“引用例1には、樹脂のクリープ特性(経過時間とともに、樹脂の変形量が増大し応力が低下する特性)に関して耐クリープ性に優れた樹脂が好ましいことが記載されており(【0027】)、甲8技術も樹脂のクリープの発生を防止することを技術的課題とするものであるから、両者が樹脂のクリープの発生を防止するという共通の課題を解決するものである”と判断した。

 しかしながら、引用例1に開示されているクリープ特性の記載(【0027】)は、かしめ固定の技術に関するものであり、このことは、甲8技術についても同様であって、いずれも、ねじ結合による固定にまで適用されることを記載したものではない。

 すなわち、金属板材をかしめる際に、かしめ変形される箇所及び領域は、限定的である一方、ねじ結合による連結の場合には、相手が樹脂であるとするとき、樹脂のクリープ現象が皆無とはいえないが、ねじ締めのときの係合部分が螺旋状に擬似多重的に延びており、その係合部分を仮に引き伸ばしたとすると相当に長い係合部分になる。このような場合には、かしめ固定の場合とは異なり、樹脂にクリープがわずかに生じたからといって、気密性がすぐに破られるものではない。

 したがって、クリープ性を備える樹脂だからといって、金属板材の固定相手となる当該樹脂に別の金属板を嵌め合わせる技術は、かしめによる固定の技術に特有のものであり、ねじ結合の際にその一方のねじ部をインサート成形することに直ちに結びつくということにはならない。

 むしろ、引用例1は、膨張弁に使用される材料の性質上、好ましい特性の1つとして耐クリープ性を挙げているにすぎず、低強度に起因する弊害としてクリープを挙げているわけではない(【0027】)。また、クリープは、時間経過とともに変形量が増大するという材質の性質であって、静的な強度それ自体とは別であり、引用例1には、耐クリープ性と強度とを直接に関連付けた記載はないし、まして、パワーエレメント部を固定するフランジ部の強度を高める必要性や、従来品の不具合の原因が樹脂側のクリープにあることなどの記載はない。

 そして、引用発明においては、耐クリープ性に優れた樹脂を使用することが示されているのだから、こうした材料の選択によって、既に強度向上は達成されるから、それ以上にフランジの強度を高める必要性を認識することはあり得ない。

 さらに、甲8技術は、燃料圧力制御装置における樹脂製の燃料分配管のクリープの発生を防止しようとするものであって、膨張弁の技術分野とは異なり、かつ、膨張弁に適用可能との記載や示唆もないばかりか、樹脂について強度の低下や強度を高めることなどの説明はない。したがって、これに接した当業者は、引用例1及び2がクリープの発生を防止するとの課題で共通していることや、樹脂化による強度の低下というような弊害を認識することはないし、フランジ部の強度向上の必要性やそのための金属の活用を認識することなど、あり得ない。

(い)審決は、“膨張弁を含む圧力制御弁の技術分野において、パワーエレメント部の弁本体への固定を、弁本体の上端部の外周部に上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材を等着することにより、パワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことは、周知技術(甲9、10)である。” と判断した

 しかしながら、引用例1は、それ以前のねじによる連結の不具合を解決するためのものである(【0012】【0047】)から、引用例1に接した当業者がかしめ固定に代えて螺着を採用することなどあり得ない。

 むしろ、本件補正発明においては、連結部材が、上カバーと下カバーとを備えるパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部との間に挟み込み、弁本体の上端部の外周部にインサート成形された固着部材にねじ結合されることで、固着部材に螺着されている。そのため、弁本体内の圧力によってパワーエレメント部が浮き上がり、また、上カバーが弾性変形をしようとしても、膨張弁の動作過程でパワーエレメント部の固定構造がゆるむようなことがなく、強度不足の発生を防止しようとするものである。

 したがって、かしめ結合に代えて螺着を採用していることは、当業者が適宜選択すべき固定手段ではない。

 本件補正発明によれば、パワーエレメント部の上カバーと下カバーの外周部を確実に固定することで、パワーエレメント部内部の圧力に応じて応力が発生しやすく、具体的には、インサート成形された固着部材を用いているので、弁本体が樹脂製であっても、パワーエレメント部を弁本体に対してかしめによる場合とは比較にならないほど強固に固定できるため、弁本体内の圧力によりパワーエレメント部全体が浮き上がろうとするのを有効に防止でき、また、ねじ結合を用いているので、パワーエレメント部の弁本体への固定作業も容易に行うことができるという、格別の作用・効果を奏する(以下「作用効果1」という。)。

 また、本件補正発明によれば、連結部材は、パワーエレメント部の外周縁を覆う状態で弁本体に固定されるので、雌ねじを有する連結部材は材料的に最も厳しい状態に置かれることが予想される当該外周縁を保護していることになる。このような連結部材は、ねじ部分を形成するために相当の厚みをもって形成されるものであり、例えば、流通過程における輸送・保管の場合や、冷凍サイクルへの組付け作業時に、膨張弁が互いに又は多くの機器等がパワーエレメント部の外周縁に衝突しても、これを損傷させるというような事態を未然に回避できるという作用・効果も奏する(以下「作用効果2」という。)。

 [裁判所の判断]
@裁判所は、特許出願人の発明の容易想到性(進歩性を欠くこと)を次の様に認定しました。

(a)一般に、膨張弁を含む圧力制御弁の技術分野において、円筒形の2つの部材を固定する手段として、かしめ固定のほかに、螺着という手段が存在することは、当業者にとって周知技術である(甲9、10)。

(b)しかしながら、引用例1及び2には、前記フランジ部に金属板をインサート成形したとしても、この部分に雄ねじを、筒状止め金具の内側に雌ねじを、それぞれ形成して、両部材の固定に当たって前記周知技術である螺着という方法を採用することについては、いずれも何らこれを動機付け又は示唆する記載がない。

(c)むしろ、引用発明は、本件先行発明の制御機構が、取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着されているが、雄ねじの形成にコストがかかり、かつ、取付けに当たり接着剤を使用する必要があり、取付作業が面倒になる(【0012】)という課題を解決するために、かしめ固定という方法を採用し(【0047】)、本件先行発明が採用するねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥したものである。したがって、引用例1及び2に接した当業者は、あくまでも制御機構(パワーエレメント部)と樹脂製の弁本体をかしめ固定により連結することを前提とした技術の採用について想到することは自然であるといえるものの、本件先行発明が採用していながら、引用例1が積極的に排斥したねじ結合による螺着という方法を想到することについては、阻害事由があるといわざるを得ない。

 以上のとおり、引用例1及び2には、膨張弁のパワーエレメント部と樹脂製の弁本体の固定に当たり、弁本体の外周部にインサート成形した固着部材に雄ねじを、上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを、それぞれ形成して、両者をねじ結合により螺着させるという本件補正発明の相違点2に係る構成を採用するに足りる動機付け又は示唆がない。むしろ、引用発明は、それに先行する本件先行発明の弁本体が金属製であることによる問題点を解決するためにこれを樹脂製に改め、併せてパワーエレメント部と弁本体とを螺着によって固定していた本件先行発明の有する課題を解決するため、ねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥してかしめ固定という方法を採用したものであるから、引用発明には、弁本体を樹脂製としつつも、パワーエレメント部と弁本体の固定に当たりねじ結合による螺着という方法を採用することについて阻害事由がある。

 しかも、本件補正発明は、上記相違点2に係る構成を採用することによって、パワーエレメント部の固定に強度不足という問題が発生せず、膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく、またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないという作用効果(作用効果1)を発揮することで、引用発明が有する技術的課題を解決するものである。

(d)したがって、当業者は、引用発明、本件オリフィス構成、甲8技術及び周知技術に基づいたとしても、引用発明について相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができなかったものというべきである。

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A裁判所は、被告(特許庁)の主張に関して次のように判断しました。

(a)被告は、パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような手段を用いるかは当業者が適宜選択すべきことにすぎず、螺着という方法が周知技術であり、かしめ固定に様々な問題があることも技術常識であるし、引用例1の本件先行発明に関する記載が、本件先行発明における螺着の不具合を示しているにすぎないから、螺着という方法の採用自体を妨げるものではなく、当業者が、引用発明における固定手段としてかしめ固定に代えて螺着を採用することが容易にできた旨を主張する。

(b)しかしながら、ねじ結合による螺着及びかしめ固定にそれぞれ固有の問題があることが周知ないし技術常識であるとしても、引用発明は、そのような技術常識の中で、あえて本件先行発明が採用する螺着の問題点に着目し、これを解決するためにかしめ固定を採用したものである。すなわち、前記認定のとおり、引用例1は、本件先行発明が採用している螺着という方法を積極的に排斥している以上、相違点2に係る構成について引用発明のかしめ固定に代えて同発明が排斥している螺着という方法を採用することについては阻害事由があるのであって、これに反する被告の上記主張をもって、いずれも相違点2についての容易想到性に係る前記判断が妨げられるものではない。

 よって、被告の上記主張は、採用できない。


 [コメント]
(a)本事例では、特許出願の特許要件である進歩性に関して、本願の構成に想到することを妨げる事情(いわゆる阻害要因)に関して取り上げます。

(b)阻害要因の態様としては、特定の構成を採用することを思い留まらせる事情がある場合、(イ)当業者が本願発明とは異なる方向に導かれる場合、(ロ)当該構成を採用した場合に(少なくとも一見したところ)作動不可能となったり、本来の機能が阻害される場合、と分類されることが多いです。

(c)本事例の場合には、引用例1の構成に同例が排斥しているネジ結合という手段を採用したことに阻害要因があるとしていますので、態様(2)に該当すると考えます。

(d)しかしながら、本事例のような判決があるからといって、主引用例が排斥している技術的手段を採用することには阻害要因がある、と考えるべきではないと思料します。

 進歩性審査基準では次のように述べています。

 「副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは、論理付けを妨げる要因(阻害要因)として、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。ただし、阻害要因を考慮したとしても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理付けられた場合は、請求項に係る発明の進歩性は否定される。」

(e)本件の場合、裁判所は、審決が「パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような手段を用いるかは当業者が適宜選択すべきことにすぎず、螺着という方法が周知技術であり、かしめ固定に様々な問題があることも技術常識であるし」と述べている点で着眼し、

 こうした抽象的な説明だけでは、特許出願人の発明の容易想到性(進歩性を有しないこと)の理由付けでは不十分だと感じたので、

 “かしめ固定に代えて同発明が排斥している螺着という方法を採用することに阻害事由がある、これに反する被告の上記主張を以って、容易想到性に係る前記半断が妨げられるものではない。”と述べているに過ぎません。

 “主引用例が排斥する技術を採用しているという阻害要因がある”=“容易想到性を欠く”ということではないのです。


 [特記事項]
 
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