[事件の概要] |
@事件の概要 原告は、特許第4111382号の特許権者であり、被告において被告製品を製造、販売及び輸出する行為が本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、被告製品の製造、譲渡等の差止め並びに被告製品、その半製品及び被告製品の製造装置の廃棄を求めるとともに、本件特許権侵害の不法行為による損害賠償及び遅延損害金の支払を求めています。 A本件特許請求の範囲(訂正後) 「A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、 C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、 D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した E ことを特徴とする餅。」 B本件特許発明の概要 [従来の技術及び発明が解決しようとする課題] ・「餅を焼いて食べる場合、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち、焼き網に付着してしまうことが多い。」(段落【0002】)、 ・「このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく、焼いた餅を引き上げずらく、また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。」(段落【0004】)、 ・「しかし、このような膨化は水分の多い餅では防ぐことはできず、十分に焼き上げようとすれば必ず加熱途中で突然起こるものであり、この膨化による噴き出し部位も特定できず、これを制御することはできなかった。」(段落【0005】) ・「一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども、焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」(段落【0007】) ・「本発明は、このような現状から餅を焼いた時の膨化による噴き出しはやむを得ないものとされていた固定観念を打破し、切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき、しかも切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。」(段落【0008】) [課題を解決するための手段] ・「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体1である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体1の上側表面部2の立直側面である側周表面2Aに、この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部3又は溝部を設け、この切り込み部3又は溝部は、この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面2Aの対向二側面に形成した切り込み部3又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅に係るものである。」(段落【0010】)、 ・「また、焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体1である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部2の立直側面である側周表面2Aに、この立直側面2Aに沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状の切り込み部3又は溝部を設けたことを特徴とする請求項1記載の餅に係るものである。」(段落【0011】) [発明の実施の形態] ・「好適と考える本発明の実施の形態・・・を、図面に基づいてその作用効果を示して簡単に説明する。」(段落【0012】)、 ・「小片餅体1の上側表面部2には、長さを有するあるいは長さが短くても複数配置された切り込み部3又や溝部(以下、単に切り込み3という)が予め形成されているため、小片餅体1を焼く場合には単に焼き網に小片餅体1を載せて加熱するだけで、膨化による噴き出しが生じない。」(段落【0013】)、 ・「即ち、従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し)、焼き網に付着してしまうが、切り込み3を設けていることで、先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ、しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり、短くても数箇所設けることで、膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため、焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」(段落【0014】) ・「しかも本発明は、この切り込み3を単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり、X状や+状に交差形成したり、あるいは格子状に多数形成したりするのではなく、周方向に形成、例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり、あるいは側周表面2Aに周方向に沿って形成するため、この切り込み3の設定によって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に、焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわない。しかも焼き上がった餅が単にこの切り込み3によって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となり、それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができることとなる。」(段落【0015】) (後略) [発明の効果] ・「本発明は上述のように構成したから、切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に、焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき、しかも切り込みの設定によっては、焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく、逆に自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり、また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。」(段落【0032】) (中略) ・「特に本発明においては、方形(直方形)の切餅の場合で、立直側面たる側周表面に切り込みをこの立直側面に沿って形成することで、たとえ側周面の周面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても、少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込みを形成することで、この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり、しかも完全に側面に切り込みは位置し、オーブン天火の火力が弱いことなどもあり、忌避すべき形状とはならず、また前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態、あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり、自動的に従来にない非常に食べ易く、また食欲をそそり、また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」(段落【0035】) C特許出願の手続等の経緯 原告は、 ・平成14年10月31日、下記の内容を当初の請求項1として特許出願(特願2002−318601号。以下「本件特許出願」という。)をしており、 「【請求項1】 角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の載置底面ではなく上側表面部に、周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする餅。」 ・平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたので、 ・平成17年8月1日付けで、本件特許出願の請求の範囲等を下記の通り補正する手続補正書を提出するとともに、 「【請求項1】 角形の切餅や丸形の丸餅などの焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の側周表面のみに、周辺縁あるいは輪郭縁に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、前記周方向に連続して形成若しくは周方向に沿って複数形成した切り込み部又は溝部は、少なくとも前記小片餅体の側周表面の互いに対向する位置には存するように構成して、焼き上げるに際しての膨化による外部への噴出力を抑制するための前記切り込み部又は溝部を、前記小片餅体の載置底面又は平坦上面には形成せず、且つ前記切込み部又は溝部が前記小片餅体の側周表面の対向位置に何ら形成されていないことのないように構成したことを特徴とする餅。」(斜線部は変更箇所) 下記の内容の意見書を提出し、 「従って、単に餅表面に切り込みを設けただけでは、平坦正面に形成した切り込み部分の焼き上がりが、実に忌避すべきものとなってしまい実用性に乏しいのです。」 「そこで、本発明は、切り込みを天火が直に当たりずらい側周表面のみに設け、しかも切り込みを水平方向に切り入れ、更に周辺縁あるいは輪部縁に沿う周方向に長さを有する切り込みとし、他の平坦上面や載置底面には形成せず・・・前述にように切り込みの焼き上がり具合は決して刃傷のようにはならず、見た目も良いだけではなく、この切り込みの前述のような形成位置設定によって、切り込み下側に対して切り込み上側は膨れるように持ち上がり、まるで最中サンドのように焼き上がり、今日までの餅業界では全く予想もできないきれいにして均一な焼き上がりを実現できたのです。」 「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです。」 ・平成17年9月21日付けで更に次の内容の拒絶理由通知を受けたので、 「平成17年8月1日付けでした手続補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。 記 『片餅体の上側表面部の側周表面のみに、』(補正後の請求項1)は願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載されていない。当初明細書等には『小片餅体の・・・上側表面部の側周表面に、』との記載(請求項2)及び『小片餅体1の・・・上側表面部2の側周表面2Aに、』との記載はあるものの(発明の詳細な説明の段落0011)、記載された事項から『のみ』であることが自明な事項であるとも認められない。」 ・平成17年11月25日付けで、本件特許出願の請求の範囲を下記の通りに補正をする手続補正書を提出するとともに、 「【請求項4】 焼き網に載置して焼き上げて食する切餅などの輪郭形状が方形の小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは周方向に沿って複数配置してほぼ角環状に配置した若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」(斜線部は変更箇所。丸餅のクレームは省略する) 次の内容の意見書を提出し、 「1.本願に関し、この度、先に提出した手続補正書が要旨変更であることのご見解が示され、再度意見書徴集せられましたが、出願当初の明細書及び図面の記載から自明な事項として導き出せない限定事項が記載されているとのこの度のご指摘を精査検討し、改めて以下の点を考慮した別紙手続補正書をこの度再提出致しました。 2.即ち、切り込みが側周表面にのみ存するとの点については、審査官の要旨変更とのご指摘を踏まえて、元通り『のみ』を削除し、この『のみ』であるか否かは出願当初どおり請求項には特定せず、本発明の必須の構成要件でなく出願当初通り『のみ』かどうかは本発明と無関係と致しました。・・・即ち、ご指摘の点を踏まえて要旨変更とならないように、請求項を先ず丸餅と切餅(角餅)に区分し、切り込みはこの丸餅にあっては周辺傾斜面に、切餅にあっては立直側面に設け、しかも、周方向に形成する切り込みは、丸餅にあっては輪部縁に沿って、切餅にあっては立直側面に沿って形成し、更にこの切り込みは、環状の切り込みとするか、複数の切り込みからなるほぼ環状の切り込みとするか若しくは少なくとも対向二カ所に対向形成するかのいずれかである点を明確にクレームに特定すると共に、この切り込みを形成する小片餅体は、先回の補正と同様に焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体(丸餅あるいは切餅)であって、この上側表面部の側周表面に前述のように切り込みを設けて焼き上げるに際して膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した点を明確に特定致しました。」 「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです(尚、この最中サンドのように膨れて持ち上がるように焼き上がることが本発明の最も重要な必須の発明ポイントであり、この発明ポイントが重要なのであって、勿論見た目が悪くなっても構わなければ平坦上面にも更に切り込みを追加しても構わないことは言うまでもないことです。)」 ・平成18年1月24日付けで拒絶査定を受けたため、 ・平成18年2月27日付けで上記拒絶査定不服審判を請求するとともに、同年3月29日付けで、本件特許出願の請求の範囲を下記の通りに補正をする手続補正書を提出し、 「【請求項4】 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」(斜線部は補正した所) ・平成20年2月19日付けで拒絶理由通知を受けたので、 ・平成20年2月29日付けで、本件特許出願の請求の範囲のうち丸餅の部分を削除した補正をする手続補正書を提出するとともに、同日付け意見書を提出し、 ・平成20年3月24日、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。」との審決を受け、 ・平成20年4月18日、本件特許権の設定登録(請求項の数2)を受けた。 D被告製品の内容 「a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が直方形の小片餅体である切餅の b1 上面17及び下面16に、切り込み部18が上面17及び下面16の長辺部及び短辺部の全長にわたって上面17及び下面16のそれぞれほぼ中央部に十字状に設けられ、 b2 かつ、上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部に、同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に2つの切り込み部13が設けられ、 c 切り込み部13は側周表面12の対向する二長辺部に設けられている d 餅。」 E原告の主張の要旨 (a)構成要件Bの充足性 (ア) 請求項1の文言解釈 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の構成要件B(「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」)においては、「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」の文言が読点を挟まずに連続して記載されるとともに、この記載の後に読点が付されている。このため、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は、切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」という場合がある。)を設ける切餅の部位が「側周表面」であることを明確に特定するために、「側周表面」を修飾するものであることは、文言上明らかである。 具体的に述べれば、切餅は「直方体」であるため、これを載置する場合、別紙参考図面の図1ないし3の3パターンが考えられ、単に「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」と述べても、直方体の6面のどの部分が「側周表面」であるのかを特定することができない。そこで、本件発明の構成要件A及びBにおいては、「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなく」として、焼き網に載置して焼き上げる場合を前提とした載置底面及び平坦上面をそれぞれ特定した上で、載置底面又は平坦上面ではない「側周表面」であるという特定をしたのである。 仮に切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けた構成を除外するために、切餅の側周表面だけに切り込み部を設けることを表現する場合であれば、一般に「切餅の載置底面又は平坦上面には切り込み部を設けずに、切餅の側周表面に切り込み部を設ける」、又は「切餅の側周表面のみに切り込み部を設ける」などと記載されるべきであるのに、構成要件Bではそのようには記載されていない。 したがって、構成要件Bの文言解釈においては、切餅の「側周表面」に切り込み部等を設ける必要があるが、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けても設けなくてもよいと解釈すべきであって、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」を「載置底面又は平坦上面には切り込み部又は溝部を設けず」と文言上解釈し得ないことは明らかである。 (イ) 明細書記載の作用効果からの解釈 本件明細書の段落[0032]の記載によれば、切餅の薄肉部である側面の「切り込みの設定によって」、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切餅が簡単にできることに本件発明の作用効果があるのであって、載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは、このような作用効果とは無関係である。 (後略) (ウ) 特許出願の経過からの解釈 「このように、本件特許の出願経過の当初から、本件発明においては、側周表面のみに切り込みを設けるという構成には限定できないことを審査官より指摘され、原告としても限定しないことを前提に、本件特許についての審査がされている。」 (エ) 被告製品へのあてはめ 被告製品においては、構成b2のとおり、切餅の上側表面部の立直側面である側周表面12の長辺部に、これに沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する二つの切り込み部13が設けられている。 したがって、被告製品は、切餅の「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する複数の切り込み部を設ける」構成を有するものであるから、本件発明の構成要件Bを充足する。 (b)構成要件Dの充足性(省略) F被告の主張の要旨 (a)構成要件Bの非充足 (イ)明細書の記載事項の参酌 本件明細書の段落【0007】、【0008】、【0015】ないし【0017】、【00+32】ないし【0035】の各記載によれば、本件発明は、切餅において、従来「載置底面又は平坦上面」に形成されていた切り込み部を側周表面に周方向に形成することにより、忌避すべき焼き上がりとならないようにしたものということができるから、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず、「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解釈すべきである。(中略) また、単に、「切り込み部又は溝部」が「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」設けられるという構成であることを表現するのであれば、「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設ける」とすれば足りるはずであり、「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加する必要はないというべきであるから、この点からも、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは、「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けないことを意味するものと解釈される。 (ロ)特許出願の経過等の参酌 原告は、本件特許の出願経過において、本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し、その結果、本件発明について特許すべき旨の審決がされている旨主張する。 しかし、原告は、本件特許の出願過程において、積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく、切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたのであって、その主張が、特許庁の平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由にによって拒否されたために削除したにすぎず、原告が本件発明では切餅の上下面である載置底面又は平坦上面に切り込みがあってもよいことを積極的に主張し、その結果、特許すべき旨の審決がされたとの原告主張の事実は存しない。 なお、被告が請求した本件特許の無効審判請求(無効2009−800168号事件)についての平成22年6月8日付け審決(乙34)は、構成要件Bに関する上記拒絶理由通知の解釈は誤りであり、本件明細書の記載からみて、「構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」は、載置底面又は平坦上面には、切り込み部又は溝部を設けないと解するのが相当である。」と認定判断している。また、被告が請求した被告製品に係る判定請求(判定2009−600006号事件)についての平成21年5月12日付け判定(乙26)においても同様に、構成要件Bは「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」のみに切り込み等を設ける構成である旨の認定判断が示されている。 (b)構成要件Dの非充足(省略) |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、構成要件Bに関して次のように認定しました。 上記認定事実によれば、原告は、本件特許の出願過程において、積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく、切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたが、その主張が、平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由によって認められなかったため、これを撤回し、主張を改めたものというべきであるから、本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し、その結果、本件発明について特許すべき旨の審決がされたとの原告の主張は、その前提において失当である。 このように、原告が主張する前記a@の点は、本件特許の出願人である原告が、特許庁に提出した意見書等の中で、本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではなく、このような事情が、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈に直ちに結びつくものとはいえない。 |
[コメント] |
@本判決は控訴審において覆されましたが、学ぶべき点が多いため、あえてレポートにまとめました。 A主な争点は、請求の範囲中の「切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」中の「載置底面又は平坦上面ではなく」が“切り込み部又は溝部を設け”という動詞部分に係るのか、それとも“側週表面”という名詞部分に係るのかということです。 仮に“載置底面又は平坦上面ではなく” 前者の解釈では、切り込みが切り餅の上下面に入ったものは除外され、後者の解釈では除外されませんのでことは大きな違いとなります。第一審は、前者の解釈を取り、そして第二審は後者の解釈を取りました。 B仮に「載置底面又は平坦上面ではなく」が“側周端面”の中身を形容するものであれば、そうであるとすれば何故「〜ではない」ではなく「〜ではなく」なのかという疑問が残りますが、側周端面の切込みとは別に「載置底面又は平坦上面」に切込みがあっても構わないということになります。 「載置底面又は平坦上面ではなく」が「切り込み部又は溝部を設け」に係るのであれば、“切込み又は溝部は載置底面又は平坦上面には設けない。切込み又は溝部は側端周面に設ける。”ということになるので、権利範囲に大きな違いが生じます。 C原告が特許出願の手続で載置底面又は平坦上面に切込みを設けてもよい旨を審査官に積極的に主張していた旨を主張しました。 Dこれに対して、被告は、特許出願の手続中の第1回目の拒絶理由通知に対して、もともとの「小片餅体の載置底面ではなくこの小片餅体の上側表面部の周方向に長さを有する…切り込み部または溝部を設け」という記載を、「小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の側周表面のみに…切り込み部または溝部を設け」と補正したことに着目します。 要するに「載置底面…ではなく…切り込み部または溝部を設け」とは“載置底面に切込み部又は溝部を設ける”ことを意図した表現であり、切込み箇所を側面に限定した方が発明の効果(相対的に外部から見えにくい箇所に切込みを設けることで美観を損なわない、膨化による噴き出し箇所を側面に限定することにより吹き出しを制御できるなど)が主張し易い、 そうした意図をより明確にするために特許出願人(=特許権者)は第1回目の拒絶理由通知への対応で請求の範囲に「のみ」という限定をしたのではないか、というものです。 Eしかしながら、審査官は第2回目の拒絶理由通知で「のみ」は新規事項の追加となる旨の拒絶理由通知を出しました。 この審査官の対応は普通です。特許法では新規事項の追加は厳しく制限されていますので、もともと「載置底面…ではなく」の表現の中に“載置底面には切込みを設けない”という意図が内在していたとしても、それを補正として認めるかどうかは別の話だからです。 F特許出願人が第2回目の拒絶理由通知に接して先の意見を撤回し、逆に載置底面又は平坦上面に切込みを設けてもよい旨の意見を積極的に述べたため、特許出願の経過に基づく判断は難しいものとなりました。 具体的には、第一審は、特許出願人が拒絶理由通知に接して意見を改めたことを重視し、後の意見を請求の範囲の解釈に用いるのは失当としましたが、第2審では、裁判官は撤回された意見に拘束されるいわれなないとしています。 G本件では、特許請求の範囲の解釈に特許出願の経過が参酌された事例でありますが、広狭2つの解釈のうち広い方の解釈を採用するために特許出願人の意見が参酌されたという意味においては、いわゆる禁反言の原則が適用された通常の事例とは異なります。 |
[特記事項] |
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