[事件の概要] |
・原告は、平成8年(1996年)9月2日に特許出願(国際出願)をし、平成10年3月2日に発明の名称を「飲料容器」として特許庁に特許法184条の5第1項の規定による書面を提出しました。 ・その後原告は、当該特許出願について平成14年8月6日付けで補正(本件補正)をしたが、特許庁は拒絶査定をしたので、原告は、これを不服として審判請求をしました。 ・特許庁は、同請求を不服2003−15149号事件として審理し、平成16年12月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は平成16年12月22日原告に送達されました。 [発明の内容] (a)本件特許出願の請求項1の発明の構成は次の通りです。 「飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品であり、 この物品は柔軟で弾力性のある膜からなる弁を備えた口を有しており、 該膜は、弁の領域に所定の大きさの吸い込みによってのみ、この物品を通っての飲料液体が流れるような少なくとも一つのスリットを備えているものにおいて、 該膜は、この物品の使用時に飲料液体が摂取される方向とは反対方向である、この物品の内部方向へと皿状に窪んだ通常状態を有すること、および、 該膜は、吸い込みがなくなった際、自分自身の弾性によって、通常の内部方向に皿状に窪んだ状態へと復帰することで閉鎖すること、を特徴とする物品。」 [先行技術の内容] ・刊行物1 米国特許第5186347号明細書(引用発明1) 飲料容器(beverage container)11の上端開口に嵌め合わせたスパウト12の先端に薄い膜(thin-membrane)を形成し、この膜にスリット14を穿設した構造 ・刊行物2 実願昭63−107023号(実開平2−73151号)のマイクロフィルム(引用発明2) “手で瓶の胴部を押えると瓶の内部圧力が高まり、この内部圧力が弾性体膜からなる簡易開閉具の内部側表面に外部側に向けて作用し、簡易開閉具の中心部(8)が通常状態時の凹状の湾曲状態から外側に押されて凸状に変形し、簡易開閉具の切込み(9)が開いて内容物が流出し、その瓶の内部圧力(押圧力)を解くと、原形(通常状態時)に復する力により簡易開閉具の中心部(8)が凸状に変形した状態から内容物側に凹状に変形するとともに、切込み(9)から瓶の内部に外気が導入され、瓶の内部に外気が飽和した状態で切込み(9)が閉じ、原形に復する簡易開閉具である弁” [審決の内容] 審決は、引用発明1を次のとおり認定し、本願発明1と引用発明1には、次のような一致点と相違点があるとした。 (引用発明1) 飲料容器11に使用されるキャップであって、11に嵌合して閉鎖部10を構成し、また、飲口12にはスリット14付き弾性薄膜13が形成され、使用状態にあるとき、飲口12は使用者の口に挿入され、吸引作用を受ける、このときスリット14は、薄膜13を押し広げて、細長い孔を形成し、飲口12の細長い孔13は、転倒した際、使用が中止された際、向きが変わった際などには、飲物容器11から内容物が流出不可能な形状に復元する弾性薄膜13を持つキャップ。 (一致点) 飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品であり、この物品は柔軟で弾力性のある膜からなる弁を備えた口を有しており、該膜は、弁の領域に所定の大きさの吸い込みによってのみ、この物品を通っての飲料液体が流れるような少なくとも一つのスリットを備えているものにおいて、該膜は、この物品の使用時に通常状態を有すること、および、該膜は、吸い込みがなくなった際、自分自身の弾性によって、通常状態へと復帰することで閉鎖すること、を特徴とする物品。 (相違点) 本願発明1では、この物品の使用時に飲料液体が摂取される方向とは反対方向で、膜が、物品の内部方向へと皿状に窪んだ通常状態を有し、吸い込みがなくなった際、自分自身の弾性によって、通常の内部方向に皿状に窪んだ状態へと復帰することで閉鎖するものであるのに対し、引用発明1では、膜の具体的な形状については記載がない点。 [原告の主張] ア 取消事由1(相違点の認定の誤り) 刊行物1(甲1、9)によると、引用発明1は、「飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品であり、この物品は柔軟で弾力性のある膜からなる弁を備えた口を有しており、該膜は、弁の領域に所定の大きさの吸い込みによってのみ、この物品を通っての飲料液体が流れるような少なくとも一つのスリットを備えているものにおいて、該膜は、この物品の使用時に使用液体が摂取される方向とは直角な平らな通常状態を有すること、および、該膜は、吸い込みがなくなった際、自分自身の弾性によって、通常の平らな状態へと復帰することで閉鎖する物品。」と認定すべきである。(以下省略) イ 取消事由2(引用発明2の認定の誤り) (中略) ウ 取消事由3(相違点の判断の誤り) 審決が、相違点について、「本願発明1、引用発明1、2のいずれも飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品で軌を一にするものであるから、引用発明1に、引用発明2を付加して本願発明1を構成することは当業者が適宜なし得る事項にすぎない。」(4頁31行〜34行)、 「そして、本願発明1により奏される効果も、引用発明1、2から当業者が当然予測しうる程度のものであって、格別顕著であるとはいえない。」(4頁35行〜末行)と判断して、本願発明1は引用発明1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したのは、次に述べるとおり誤りである。 (ア)引用文献1に引用文献2を適用することの困難性 @引用文献1及び引用文献2の相違点 ・発明の対象とする物品の相違 引用発明2は、物品としてはシャンプー、リンス、洗剤、調味料、食用油等の食品が通ることで利用者がこれら内容物を使用するための瓶であるのに対して、引用文献1は、飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品である。 ・弾性体膜の変形開放のための圧力の伝達機構における相違 引用文献1は、容器(瓶)の胴部を手で押圧することで内容物を介して弾性体膜に圧力を加え、弾性体膜を変形開放し、内容物を取り出すものであるのに対して、引用発明1は、人の口による吸い込みによって、まず弾性体膜の変形開放を得、その後、続いて内容物を口から摂取するものである ・使用される弁の機能における相違 引用文献2の弁(弾性体膜)は、瓶が倒立したか、倒した状態であっても、瓶の胴部への押圧がなくなった際、通常の状態に復帰するものであるのに対して、引用文献1の弁(弾性体膜)は、吸い込みがなくなった際に通常の状態に復帰する。 ・使用される弁の用途・設計条件の相違 引用発明1の弁は不要な漏洩を防ぐために設けられたものであるが、引用発明2の弁は、不要な漏洩を防ぐ目的のために設けられたものではない。 更に、引用発明1では、弁の外側に人の口による吸い込み圧を直接加えるものであり、圧力の直接作用する位置においても、圧力の内容においても引用発明2と相違がある。 Aこのように引用発明1の弾性体膜と引用発明2の弾性体膜は、それぞれが配されて形成される物品の機能、用途及び取扱方法が異なる上、弾性体膜の変形開放のための圧力の伝達機構、弁の機能等が異なる発明であって、弾性体膜に求められる設計条件・技術的思想が全く異なるものであるから、引用発明1に引用発明2を適用することは容易ではない。 (イ)阻害要因等 @ 刊行物2における ・「使用に当っては、瓶(A)を倒立し、手で瓶の胴部を押えると、内容物側に凹状に湾曲した簡易開閉具は中心部(8)が下方外側に押されて、扁平状に、あるいは凸状になり、やがて、切込み(9)が僅かに開いて、内容物が流出する。」(甲2の2枚目6頁下から2行〜7頁3行)、 ・「瓶を横倒しに置いたり、倒立しておいて、その状態で直ちに1回のみならず反復使用できるので、シャンプーやリンス、洗剤などの使用や、調味料、食用油などの使用において効率的であり」(同9頁13行〜17行) との記載から明らかなように、 刊行物2においては、引用発明1の物品が禁忌するところの物品の傾斜ないし倒立状態での使用を積極的に作り出したものである。 このような物品では、弾性体膜は物品が倒立した状態にされても、その物品を単に保持するにすぎない手の力や内容物自体の重みで開放されてしまうものであってはならず、利用者が内容物の流出の意志をもって容器をかなり押圧した時に始めて、弾性体膜は変形開放するものでなければならないから、引用発明2(刊行物2)の弾性体膜は、かなりの圧力に耐えうる設計が必要なものであることを当業者に予測させるものである。 さらには、容器の胴部の押圧を介して、膜が開く限りは、膜はかなりの圧力をもって初めて開くものであっても何らさしつかえなく、これはむしろ内容物の意図せぬこぼれの発生を防ぐために好ましい設計となりうる性格のものである。 これに対し本願発明1や引用発明1では、膜は一般的には容器の上方に配置されていて内容物の重みを受けることがない上、特に幼児や老齢者又は虚弱者を含めた人の通常の吸い込み力で変形開放しうることを基本的な条件とするものであるから、弾性体膜に求められる強度についての設計思想は引用発明2とは全く相違する。 そして、当業者は物品の内容物の保存性や使い方の違い等から、一般的には引用発明2の物品は、引用発明1の物品より内容物の量が多く設計されるものであることを知っているから、引用発明2の弁のように、瓶の内容物の重み及び人の単なる瓶を保持する力の組み合わせでは開かないような弁を、内容物の量が少なく、人に口の吸い込みによって弁を開放する引用発明1の弁に使用することは容易に思いつかなかったものであり、引用発明1に引用発明2を適用することに阻害要因がある。 A容器の用途の相違(吸い込み式の容器と流出式の容器との違い) ・本願発明1や引用発明1では吸い込みによって飲料液体を摂取することを意図するものであるから、吸い込み側の膜の形状は吸い込みのし易い形状、構造とすること、即ち膜の流出側に口が直接接し、吸い易い構造であることが必要とされる。 ・引用発明2は、利用者が飲用液体を摂取するための物品、すなわち容器内容物としての飲用液体をそのまま口から体内に取り入れるための物品ではない。 ∵刊行物2には、飲用液体そのものを口から体内に取り入れるためのものであるとの記載は存在しないこと、引用発明2は容器の胴部を押圧することによって内容物を流出するものであり、この形式のものは流出量については、現実的に容器外部に流出した量を視認して(目分量で確認して)容器の押圧を止めるものであり、内容物の流出は他の容器での蓄積量や、ふりかけ量を視認することに頼るものであるから、引用発明2の膜は、飲用液体の口経由の直接的な摂取を意図したものではなく、内容物を他の容器等に取り出すものであり、膜の外方側には、流出する内容物に一定の方向性を与える案内具を配することが必要とされる(甲2の第2図の外キャップ口部(11)参照)。 もっとも、刊行物2には、「この考案は、液体の調味料、食品、洗剤、シャンプー、リンス等用の瓶における簡易開閉具を具備した瓶口に関するものである。」(甲2の2枚目2頁11行〜13行)との記載があり、これには「食品」という記載を含むけれども、この食品と並列的に記載されているものは、口から直接内容物を摂取するものではない上、この食品自体も引用発明2の達成度を示す考案の効果には、「瓶口に本考案の簡易開閉具を用い、簡易開閉具の切込みや孔状に「ずれ」などの影響を及ぼさないように外キャップや内キャップをセットすることにより、瓶の内容物は漏洩することなく、瓶を横倒しに置いたり、倒立しておいて、その状態で直ちに1回のみならず反復使用できるので、シャンプーやリンス、洗剤などの使用や、調味料、食用油などの使用において効果的であり、考案品は簡便なものであるため安価に多量提供できるものとなる。」(甲2の2枚目9頁10行〜19行)と記載され、食品の具体例として「食用油など」が挙げられており、食用油は利用者が口から直接液体そのものを摂取するものではない。 また、「瓶を横倒しに置いたり、倒立しておいて」との記載からからも明らかなように引用発明2の流出口は、使用時の物品の姿勢及び衛生面から考えて、利用者の口からの直接摂取を意図したものでない。 (ウ) 以上によれば、当業者が引用発明1に引用発明2を適用して相違点に係る本願発明1の構成とすることを容易に想到することはできないというべきであって、「本願発明1、引用発明1、2のいずれも飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品で軌を一にするものであるから、引用発明1に、引用発明2を付加して本願発明1を構成することは当業者が適宜なし得る事項にすぎない。」との審決の判断は誤りである。 (エ) また、前記のとおり、引用発明2の膜は、本願発明1や引用発明1の膜とは、膜の配備される物品の相違と関連して決まるところの膜の変形開放に至る圧力の伝達形態及び膜の開放のために求められる設計条件が異なるものであり、本願発明1に関する効果は、引用発明2から予測することができないものであるから、審決が「本願発明1により奏される効果も、引用発明1、2から当業者が当然予測しうる程度のものであって、格別顕著であるとはいえない。」と判断したのも誤りである。 [被告の主張(要旨)] (3) 取消事由3に対し ア 本願発明1の「弾性体膜」及び引用発明2の「簡易開閉具D」はいずれも、いわゆる安全弁と呼ばれる弁の一種であり、低圧状態のときに閉塞させ、高圧状態のときに開放させるために、従来より種々の技術分野において普通に用いられているものである。 このような弁の開閉は、一方の側から弁膜にかかる圧力、他方の側から弁膜にかかる圧力、弁膜自体の弾力の3つの力によって決定される。具体的には、一方の側の圧力と他方の側の圧力の差圧が弁膜自体の弾力に勝った場合に開放状態となるもので、本願発明1と引用発明1の場合、下流側の圧力を吸い込みによって減圧して弁膜を開放し、引用発明2の場合、上流側の圧力を増圧して弁膜を開放している。これらは、いずれも上流側を高圧とし下流側を低圧とすることによってその差圧を生じさせて弁膜を開放させるものであり、本願発明1の「弾性体膜」及び刊行物2の「簡易開閉具D」は、弁としては力学的にみれば全く等価であって、同様の機能を有するものであるから、両者において弾性体膜の変形開放のための圧力の伝達機構が異なることはない。(中略) 仮に本願発明1と刊行物2に記載される「食品瓶」との使用形態が異なるとしても、弾性体膜の強度をどの程度とするかは、当業者が適宜採用し得る設計的事項にすぎないものである。また審決は、刊行物2の「簡易開閉具D」の弁としての形状を刊行物1の「弾性薄膜13」に適用して、その形状変更が容易か否かを判断しているのであるから、そもそも両者の強度の相違は、引用発明1に引用発明2を適用することの容易性の判断には関係がない。 |
[裁判所の判断] |
裁判所は、取消理由1〜3のいずれも理由がないとして、請求を棄却しました。以下、判決のうちで取消理由3に関する部分を紹介します。 (1) 原告は、相違点について、審決が「本願発明1、引用発明1、2のいずれも飲料液体が通ることで利用者が引用液体を摂取するための物品で軌を一にするものであるから、引用発明1に、引用発明2を付加して本願発明1を構成することは当業者が適宜なし得る事項にすぎない。」(4頁31行〜34行)と判断したのは誤りである旨主張する。以下、原告の上記主張の具体的根拠について検討する。 ア 原告は、引用発明2は、物品としてはシャンプー、リンス、洗剤、調味料、食用油等の食品が通ることで利用者がこれら内容物を使用するための瓶であり、容器(瓶)の胴部を手で押圧することで内容物を介して弾性体膜に圧力を加え、弾性体膜を変形開放し、内容物を取り出すものであるのに対し、引用発明1は、飲料液体が通ることで利用者が飲用液体を摂取するための物品であって、人の口による吸い込みによって、まず弾性体膜の変形開放を得、その後、続いて内容物を口から摂取するものであって、その弁(弾性体膜)は、吸い込みがなくなった際に通常の状態に復帰するものであるから、引用発明2とは、発明の対象とする物品が相違するのみならず、弾性体膜の変形開放のための圧力の伝達機構、使用される弁の機能において相違があり、引用発明1と引用発明2とでは、弾性体膜に求められる設計条件・技術的思想が全く異なるものであるから、引用発明1に引用発明2を適用することは容易ではない旨主張する。 (ア) まず、前述した本願発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載、審決認定の本願発明1と引用発明1の一致点(当事者間に争いがない。)によれば、引用発明1及び本願発明1で取り扱われる物品は、「飲料液体」であることが認められる。 他方、刊行物2には、「(イ) 産業上の利用分野 この考案は、液体の調味料、食品、洗剤、シャンプー、リンス等用の瓶における簡易開閉具を具備した瓶口に関するものである。」との記載(前記3(1)ア(ア)A)があるように、引用発明2で取り扱われる物品には「食品」を含むこと、「食品」とは、「人が日常的に食物として摂取する物の総称。飲食物」を意味すること(広辞苑(第五版)株式会社岩波書店発行 1342頁)からすれば、引用発明2で取り扱われる物品には、飲食物である飲料液体を含むものと認められるから、引用発明1と引用発明2との間で、取り扱われる物品が相違するものと認めることはできない。 従って、「本願発明1、引用発明1、2のいずれも飲料液体が通ることで利用者が引用液体を摂取するための物品で軌を一にするものである」との審決の判断に誤りはない。 (イ) 次に、本願明細書(甲4。ただし、甲5(補正書)による一部補正後のもの)には、次のような記載がある。 (a)「本発明に従って提供される物品は、飲料液体が消費者に摂取される物品であって、該物品の使用中に飲料液体の摂取方向と反対向きに、物品の内側に向かって皿状に窪ませた弾性的に可撓性の材料の膜から構成され、該膜は概してその中心に少なくとも一つのスリットが形成され、弁体の領域に所定レベルの負圧をかけただけで液体が物品を通して吸引されるようにし、また負圧を除くと自己の弾性により閉塞する膜を有する弁体を備えたものである。」(甲5の補正頁の2枚目3行〜7行)。 (b)「弁体の通常の状態においては、スリット又は穿孔が提供するオリフィスが閉じ、即ち膜の材料がその自己の弾性下で閉塞する。また、外側に向かって弁体に作用する適度の内部圧力、例えば容器が逆転するとき下向きに弁体にかかる容器内容物重量があれば、この圧力は膜材料がスリット又は穿孔の対向側に押圧されるの助け該スリット又は穿孔の対向側を互いに閉塞する。」(甲5の補正頁の2枚目8行〜11行)。 (c)「しかしながら、例えば口から吸って負圧を加えると弁体を通して液体が自由に流れる。例えば、弁体を容器の突出マウスピース又は容器の蓋に設け、マウスピースをユーザーの口に挿入し、ユーザーが負圧を加えると、可撓性膜は反転し、スリット又は穿孔は開き、液体は自由に流れるようになる。また、弁体を飲料紙器に挿入する。この場合、紙器から直接飲めるように負圧をかけるか、或いは紙器を圧縮してその内部圧を増大し且つ弁体を通して液体を排出して液体を別の容器に注ぐ。そして、何れの場合でも、オリフィスを通して弁体内にストローを押し込み、ユーザーがこのストローで飲めるようにする。」(甲5の補正頁の2枚目12行〜18行)。 (d)「負圧をかけると、皿状に窪ませた膜は反転され、液体はそのオリフィスを通して吸引され、負圧が開放されると空気がオリフィスを介して容器内に通じ弁体の両側の圧力を等化又はほぼ等化する。更に、弁体は自己の弾性の下にその通常の状態を呈する(即ち内側に皿状に窪む)。」(甲5の補正頁の2枚目19行〜21行) (e)「斯く記載例示された装置により、弁体の自然不偏状態ではオリフィス8に漏れは無い。マウスピースに所定の負圧をかけると、可撓性シート7は上方に吸引され、オリフィス8を開口し、液体を吸出させる。負圧を開放すると、空気は弁体が始めの状態に戻るまで同一のオリフィス8を通して後方に流れ、該状態の戻った処で弁体は再度閉塞される。通常の内部圧力の影響下で、例えば容器を逆さまにすると、この圧力がシート7の材料をオリフィス8の両側で互いに押圧し、このオリフィスを閉塞するのに供する。」(甲4の明細書の4頁17行〜22行)。 (ウ) 上記記載によれば、本願明細書には、本願の弁体は、飲料液体が消費者に摂取される物品の内側に向かって皿状に窪ませた弾性的に可撓性の材料の膜を有すること、弁体の通常の状態においては、スリット又は穿孔が提供するオリフィスが閉じ、膜の材料がその自己の弾性下で閉塞していること、例えば、弁体を容器の突出マウスピース又は容器の蓋に設け、マウスピースをユーザーの口に挿入し、ユーザーが負圧を加えると、膜は上方に吸引されて反転し、オリフィスを開口し、液体を吸出させ、負圧を解放すると、空気は弁体が始めの状態に戻るまで同一のオリフィスを通して後方に流れ、弁体は再度閉塞されることが記載されていることが認められる。 そして、本願発明1の特許請求の範囲(請求項1)の文言に照らすと、請求項1の「吸い込み」とは、弁体(弾性体膜)の外部表面に負圧を加えることをいうものと解されるから、この点では、弁体の付いた容器を押圧して弁体の内部方向の内部圧力を高めることによって内容物を排出(流出)する引用発明2とでは、内容物の排出時に弁体に対する圧力の作用位置(弁体の外部表面側か、内部表面側か)が異なるものと認められる。 (エ) しかしながら、本願発明1と引用発明2とでは、弁体(弾性体膜)の外部の圧力を内部方向の圧力よりも低くし、その差圧によって弁体を通じて内容物を排出するという技術的思想において両者に差異はない。 そして、本願明細書には、「弁体の通常の状態においては、スリット又は穿孔が提供するオリフィスが閉じ、即ち膜の材料がその自己の弾性下で閉塞する。また、外側に向かって弁体に作用する適度の内部圧力、例えば容器が逆転するとき下向きに弁体にかかる容器内容物重量があれば、この圧力は膜材料がスリット又は穿孔の対向側に押圧されるの助け該スリット又は穿孔の対向側を互いに閉塞する。」(前記(イ)(b))、「通常の内部圧力の影響下で、例えば容器を逆さまにすると、この圧力がシート7の材料をオリフィス8の両側で互いに押圧し、このオリフィスを閉塞するのに供する。」(同(e))との記載があるように、本願発明1の弾性体膜においても、容器が逆転した場合であっても、通常時と同様に、膜のスリットは閉じたままの状態を維持していることが認められるから、本願発明1の弾性体膜と引用発明2の弾性体膜(簡易開閉具)は、通常時及び容器を逆転したときは内側に窪んだ状態である点で同じ機能を奏するものと認められる。 加えて、刊行物2(甲2)には、手で瓶の胴部を押えると瓶の内部圧力が高まり、この内部圧力が弾性体膜からなる簡易開閉具の内部側表面に外部側に向けて作用し、簡易開閉具の中心部(8)が通常状態時の凹状の湾曲状態から外側に押されて凸状に変形し、簡易開閉具の切込み(9)が開いて内容物が流出し、その瓶の内部圧力(押圧力)を解くと、原形(通常状態時)に復する力により簡易開閉具の中心部(8)が凸状に変形した状態から内容物側に凹状に変形するとともに、切込み(9)から瓶の内部に外気が導入され、瓶の内部に外気が飽和した状態で切込み(9)が閉じ、原形に復する簡易開閉具である弁が記載されていること(前記3(1)イ)、審決が認定するように本願発明1、引用発明1、2のいずれも飲料液体が通ることで利用者が引用液体を摂取するための物品であることで軌を一にすること、審決認定の本願発明1と引用発明1の一致点(前述)を総合すると、引用発明1の弾性体膜と引用発明2の弾性体膜(簡易開閉具)において、原告が主張するような弾性体膜の変形開放のための圧力の伝達機構、使用される弁の機能に相違があるものとは認めることはできず、引用発明1と引用発明2とでは、弾性体に求められる設計条件・技術的思想が異なるものと認めることもできない。 (オ) 上記(イ)ないし(エ)の認定事実によれば、本願発明1と引用発明2とでは、内容物の排出時に弁体(弾性体膜)に対する圧力の作用位置(弁体の外部表面側か、内部表面側か)が異なるものの、このことは同じ技術的思想の下における単なる設計的事項の差異にすぎないものというべきであるから、刊行物2には、「物品の使用時に飲料液体が摂取される方向とは反対方向で、膜が、物品の内部方向へと皿状に窪んだ通常状態を有し、吸い込みがなくなった際、自分自身の弾性によって、通常の内部方向に皿状に窪んだ状態へと復帰することで閉鎖する」との相違点に係る本願発明1の膜の構成が開示されているものと認められる。 そうすると、当業者(その発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者)が引用発明1に引用発明2を適用して相違点に係る本願発明1の構成に想到することは容易であったものと認められる。 従って、原告の前記主張は採用することができない。 イ また、原告は、刊行物2においては、弾性体膜は物品が倒立した状態にされても、その物品を単に保持するにすぎない手の力や内容物自体の重みで開放されてしまうものであってはならず、利用者が内容物の流出の意志をもって容器をかなり押圧した時に初めて、弾性体膜は変形開放するものでなければならないから、引用発明2(刊行物2)の弾性体膜は、かなりの圧力に耐えうる設計が必要なものであることを当業者に予測させるものであるのに対し、本願発明1や引用発明1では、膜は一般的には容器の上方に配置されていて内容物の重みを受けることがない上、特に幼児や老齢者又は虚弱者を含めた人の通常の吸い込み力で変形開放しうることを基本的な条件とするものであるから、弾性体膜に求められる強度についての設計思想は引用発明2とは全く相違し、一般的には引用発明2の物品は、引用発明1の物品より内容物の量が多く設計されるものであることを知っているから、引用発明2の弁のように、瓶の内容物の重み及び人の単なる瓶を保持する力の組み合わせでは開かないような弁を、内容物の量が少なく、人に口の吸い込みによって弁を開放する引用発明1の弁に使用することは容易に思いつかなかったものであり、引用発明1に引用発明2を適用することに阻害要因がある旨主張する。 しかしながら、前記アの説示に照らすと、弾性体膜に求められる強度についての設計思想が引用発明1と引用発明2とで全く相違する点において引用発明1に引用発明2を適用することに阻害要因がある旨の原告の上記主張を採用することができないことは明らかである。 ウ さらに、原告は、引用発明1では吸い込みによって飲料液体を摂取することを意図するものであるから、吸い込み側の膜の形状は吸い込みのし易い形状、構造とすること、即ち膜の流出側に口が直接接し、吸い易い構造であることが必要とされるのに対し、引用発明2の膜は、飲用液体の口経由の直接的な摂取を意図したものではなく、内容物を他の容器等に取り出すものであり、膜の外方側には、流出する内容物に一定の方向性を与える案内具を配することが必要とされ(甲2の第2図の外キャップ口部(11)参照)、利用者が飲用液体を摂取するための物品、すなわち容器内容物としての飲用液体をそのまま口から体内に取り入れるための物品ではない旨主張する。 しかしながら、先に説示したとおり、内容物の排出時に弁体(弾性体膜)に対する圧力の作用位置の違いは単なる設計的事項の差異にすぎないことに照らすと、原告が主張するように引用発明1と引用発明2との間に、飲用液体の口経由の直接的な摂取を意図するかどうかに違いがあるとしても、そのことが、引用発明1に引用発明2を適用することの阻害要因になるものと認めることはできない。 また、原告が主張するように刊行物2の第2図には、外キャップ口部(11)を有する瓶の口部断面図の記載があるが、刊行物2(甲2)の実用新案登録請求の範囲には、簡易開閉具(弾性体膜)の構成に外キャップ口部(11)を必須のものとすることを示唆する記載はなく、第2図は、一実施例を示したにすぎないものと認められる。 従って、原告の上記主張も採用することができない。 エ 以上のとおりであるから、「引用発明1に、引用発明2を付加して本願発明1を構成することは当業者が適宜なし得る事項にすぎない。」との審決の判断に誤りはない。 (2) 次に、原告は、引用発明2の膜は、本願発明1や引用発明1の膜とは、膜の配備される物品の相違と関連して決まるところの膜の変形開放に至る圧力の伝達形態及び膜の開放のために求められる設計条件が異なるものであり、本願発明1に関する効果は、引用発明2から予測することができないものであるから、審決が「本願発明1により奏される効果も、引用発明1、2から当業者が当然予測しうる程度のものであって、格別顕著であるとはいえない。」(4頁35行〜末行)と判断したのは誤りである旨主張する。 しかしながら、先に説示したとおり、本願発明1と引用発明2との間に、弾性体膜の変形開放のための圧力の伝達機構、使用される弁の機能において原告が主張するような相違があるものと認めることはできないから、原告の主張はその前提を欠くものであって、採用することができない。 (3) 従って、原告主張の取消事由3も理由がない。 |
[コメント] |
@本事案は、特許出願の拒絶査定不服審判において、進歩性なしと判断した審決が出され、その取消を求めて提訴したものの、その請求を棄却された事例です。 A進歩性の根拠として挙げられた2つの引用文献は、特許出願人の発明と同じ技術分野(飲料用容器)に属するものであり、引用文献1の容器に引用文献2の技術(弁)を組み込むことに両引用例の総和を超える格別の技術的効果も生じないので、通常の容易想到性の判断では審決を覆すことは難しく、両者を組み合わせることが困難な特別の事情(阻害要因)があるかどうかが問題の一つとなりました。 B特許出願人(原告)は、引用文献2の容器は、引用文献1の容器(又は本願容器)のように弁体を設けた箇所(口部)に利用者が口を付けて内容物を吸い込むタイプの容器ではなく、幼児や老齢者が吸い込むことが可能な吸込み力で弁が変形・開放し得ることを基本的な設計条件とするから、弁の強度の設計思想が相違し、これが阻害要因となる、と主張しました。 C一見すると、もっともな主張のようにも思われますが、裁判所は、これを退けました。 何が問題だったのでしょうか。 裁判所は、特許出願人の明細書から基本的な作用・効果の記載を検討し(前記(イ)−(a)〜(e)参照)、そしてこれら作用・効果を実現するために重要なのは、“弁体(弾性体膜)の外部の圧力を内部方向の圧力よりも低くし、その差圧によって弁体を通じて内容物を排出するという技術的思想”であると認定したのだと考えます。 そしてこの法則において引用文献1及び引用文献2は共通するから、両引用文献を組み合わせることは当業者にとって容易であり、前述の弁の強度の設計思想等は設計変更の問題であると判断したと推察されます。 D従って、阻害要因の主張が受け入れられるためには、明細書や図面の記載と適合していることが重要なのです。 |
[特記事項] |
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