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●昭和31年(行ナ)第12号(拒絶査定不服抗告取消審決取消・棄却)


発明該当性/特許出願/電柱広告方法

 [事件の概要]
(a)原告は、昭和二十六年七月三日その発明にかかる「電柱広告方法」について特許出願したが(昭和二十六年特許願第八六三五号事件)、拒絶査定を受けたので、昭和二十七年三月四日抗告審判を請求したところ(昭和二十七年抗告審判第一七六号事件)、

 特許庁は昭和三十一年二月二十七日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年三月十五日原告に送達された。


[特許発明の内容]

予め任意数の電柱を以てA組とし、同様に同数の電柱より成るB組、C組、D組等所要数の組を作り、

これらの電柱にそれぞれ同様の拘止具を取り付けて広告板を掲示し得る如くなし、

 各組毎に一定期間宛順次に広告板を交互に移動掲示することを特徴とする電柱広告方法


[審決の内容]

 審決の趣旨は、原告の発明の要旨を、

(1)複数個の広告を支持する物体に広告板を取換可能に掲示できる拘止具をそれぞれ取りつける。

(2)拘止具により随時広告板を掲示できる広告を支持する物体として電柱を使用する。

(3)これらの複数個の電柱を、同数の電柱より成る所要数の組に分ち、各組毎に一定期間宛順次広告板を交互に移動順回する。

以上三個の要件が本件発明の要素をなすものであるとの認定に立ち、

(1)の点については昭和二十五年実用新案出願公告第六五四四号公報(以下第一引用例という)により公知、

(2)の点については昭和九年実用新案出願公告第一一三八四号公報(以下第二引用例という)により公知、

(3)の点については技術的考案にあらず、とし、

結局本願発明は、商業上の発明にすぎず、特許することはできないとしている。


[取消理由]

 右審決は、次の理由により違法であって取り消すべきものである。

(一)先ず右審決は旧特許法(大正10年法)第百十三条により準用される同法第七十二条に違反した違法がある。

 本件発明の構成要件の一は、審決も認定しているように、「拘止具により随時広告板を掲示できる広告を支持する物体として電柱を使用すること」である。この点について特許庁は原告に対し適法に意見を求めた形跡はなく、この点を突如として審決に開示して来たものであり、原告は審決を見て始めて、特許庁がこの事実を拒絶の根拠として予定していたことを知ったわけである。旧特許法第七十二条にいう「拒絶の理由」とは、「拒絶の根拠たるべき事実」の開示をいうものであるから、この点を何等開示することなくしてなされた審決は違法である。

(二)次ぎに審決は本件発明の必須要件の認定を誤っている。

 審決は本件発明の成立要件を、前述のように、(1)(2)(3)の各要件に分解し、

 その各個について相互の技術的諸関係を無視し、

 (1)、(2)は公知、(3)は商業的発明であると判断したに止まり、本件発明の要旨である「広告方法の発明」については、何等判断していない。

 本件発明は前記(1)(2)(3)の各要件について各別に新規な発明構成の要件があると争っているのではなく、全体として一個の発明を形成するものであり、この点に発明構成の要件があることを、その明細書に特定しているものであるから、審決は、全体として本件発明が新規な発明であるかどうか、所期の作用効果を達成することができるかどうかを考察し、判断の対象となすべきであるにもかかわらず、審決はこの点について何等の判断をもしていない。

 すなわち審決は、本件発明に対する綜合的判断を欠き、前記三要件が綜合されて新規の作用、効果を奏し得るかについて判断を欠いているものであるから違法といわなければならない。

(三)最後に審決は、本件発明を「商業上の発明」にすぎないものといっているが、右は発明構成要件に対する著しい誤解に基くものである。

 すなわち本件発明は、その構成要件を、前記のように三点に特定し得るものである以上、これらの構成要件が何等の技術を媒介としない単なる素材であり、発明とする点が、その配列にすぎない場合には、これを商業的考案ということができるかも知れないが、本件発明は素材の単なる配列を構成要件とするものではない。

 構成要件(1)、(2)は、審決においても判断されているように、工業上の発明を構成するものであるけれども、先行する考案との関係上、公知に属するというに止まり、工業的発明ではないということはできない。

 従ってこれらの工業的発明を前記(3)の方法によって結合し特定した独立の技術的方法を発明したものである以上、この全体の発明を「自然法則を利用しない」とし「文化目的を達成するに適しない」と判断することは全く理由のないものといわなければならない。

 してみれば、本件発明を「商業上の発明」とした審決は、本件発明の構成要件とその作用効果に対する考察を誤り、ひいては旧特許法第一条の解釈を誤ったものである。

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[被告の主張]

(i)原告は審決の趣旨を誤解している。

 すなわち審決は、原告のいうように、本件発明の内容を審究する手段として、これを分析し、原告主張のような三個の要件に分解し、(1)の点は公知、(2)の点は公知(周知)、(3)の点は技術的考案ではないとしたが、そのことから直ちに本件発明が商業上の考案に過ぎないと認定したものではなく、上記三個の要件を更に結合綜合し、これを審理しても、なおかつ、広告を実施する技術において何ら新規な発明を構成していないから、本件発明が純粋な商業上の考案にすぎず、工業的発明でないと認定したものである。(中略)

(ii)本件発明の広告方法が利用している広告装置自体、すなわち前述の(1)(2)が工業的なものであることは認めるとしても、これらはいずれも公知ないしは周知のものである。これらをある技術的方法により結合して特定した独立の技術的方法となすならば、これを工業的発明とすることにやぶさかではないが、本件方法は、技術的方法にはあらずして、単に人為的取極(約束)によってこれを移動する広告方法であるがゆえに、工業的発明ではない。

 両者の差異を述べれば、技術的方法は自然力を利用し、自然法則に則ったものであるから、技術的方法の現象は、常に因果律が適用されなければならない。

 一方人為的取極は、人間のきめた約束であるから因果律は適用されない。

 ひるがえって本件広告方法を見るに、その方法に現われる現象には何ら因果関係が認められない。すなわち今ある時電柱グループABCDに夫々広告グループ(a)(b)(c)(d)が掲示されていたとして、次の時期において電柱グループAに果して広告グループ(b)が来るか、(c)が来るか、はたまた(d)が来るか、その間何等の因果関係を欠くが故に、予見することができない。これは畢竟本件方法が自然法則に従う自然力を利用した技術的方法ではなく、単なる人為的取極に過ぎないからである。


 [裁判所の判断]
(a)当事者間に争のない事実と、その成立に争いのない証拠の記載を総合すれば、原告の特許出願にかかる本件発明の要旨は、「広告を支持する多数の物体に広告板を取換可能なように掲示できる拘止具を取り付け、拘止具により随時広告板を掲示できる広告支持用物体として電柱を使用し、これら多数の電柱を同数の電柱から成る要所数の組に分ち、各組毎に一定期間ずつ順次広告板を交互に移動順回する電柱広告方法」に存し、その目的とするところは、任意数の組の一つに広告を申込めば、その広告板は一定期間ずつ各組に順次移動掲示され、広範囲に有効的な広告を為し得て、広告価値大なる電柱広告方法を得るにあるものと認めることができる。

(b)これに対して審決が、原告の出願にかかる発明の要旨は、「(1)同じような拘止具をそれぞれ取付けて広告板を掲示できるようにした複数個の電柱を使用すること、及び(2)これらの複数個の電柱を同数の電柱より成る所要数の組に分ち、各組毎に一定期間ずつ順次広告板を交互移動順廻することよりなる電柱広告方法」にありとし、かつ(1)の点には、(イ)複数個の広告を支持する物体に、広告板を取換可能に掲示できる同じような拘止具をそれぞれ取り付けること及び(ロ)拘止具により随時広告板を掲示できる広告を支持する物体として電柱を使用することの、二つの技術的思想を包含するものと認定したことは、本件弁論の全趣旨及びその成立に争のない甲第四号証(抗告審判審決)の記載に徴し認めることができるところであり、これと先に当裁判所のなした要旨の認定とを対比すれば、審決のなした本件発明の必須要件の認定が誤まっているとの原告の非難は理由がない。

(c)右第一引用例は、昭和二十五年九月二十九日特許庁の発行にかかり、これには汽車、電車、乗合自動車等一般乗客用車両の天井両側の弧面に沿って、稍厚い広告紙を支持する拘止具として、右弧面の上下に、その凹面を対向させて取り付けた断面釣針状の薄金属条からなる一組の装置を設けた客車内の広告装置を記載しており、

 また第二引用例は、昭和九年八月二十一日特許局発行にかかり、これには両端を斜に形成した細長い薄金属板その他の板四枚を接着して額縁状とし、四隅に電柱への取付用の通孔を設け、広告紙をこの裏面に当てて固着する電柱広告用額縁を、従来電柱に広告を固着するに糊を使用して貼付し、又は画鋲若しくは釘に依って取付けるに代えることを記載しておることを認めることができる。

 これら記載よりすれば、第一引用例によれば、広告を支持する複数個の物体に、広告板を取換可能に掲示できる同様の拘止具をそれぞれ取り付けたものが、また第二引用例によれば、拘止具により随時広告板を掲示できる広告支持用物体として電柱を使用することが、いずれも本件特許出願以前において、公知または周知で、新規なものでなかったことを認めることができる。

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(d)よって進んで原告の本件特許出願にかかる発明が旧特許法第一条にいう工業的発明を構成するかどうかを判断するに、本件特許出願の電柱広告方法は、先に認定した発明の要旨及び目的から見て、電柱及び広告板を数個の組とし電柱に付した拘止具により、一定期間ずつ移転順回して掲示せしめ、広告効果を大ならしめようとする広告方法であると解すべきであるが、右広告板の移動順回には少しも自然力を利用せず、この点では旧特許法第一条にいわゆる工業的発明を構成するものということができない。

 仮りに右広告板拘止装置として新規な工業的なものがあったとしても、それによっては装置そのものが新規な工業的発明を構成するに過ぎず、広告方法としては、それがために工業的方法を構成するに至るものとは解することができないばかりでなく、本件特許出願の発明における電柱を利用する広告板の掲示装置が、何等新規のものでないことは、先に認定したところである。

(e)してみれば、原告の特許出願の本件発明は、これを原告のいう(1)(2)(3)の各要件を全体として考察してみても、結局旧特許法第一条にいわゆる工業的発明を構成しないものといわなければならない。

(f)原告はなお、抗告審判において、第二引用例については、旧特許法第百十三条、第七十二条の手続がなされなかったとして審決を非難するが、その成立に争のない甲第三号証(抗告審判における拒絶理由通知書)には、この点に関し「電柱を広告板支持体として用い、これに広告板を掲示することは周知のことであるから」と記載され、特許庁はこれを一般に知られている事実として敢えて特定の刊行物をも引用することなく拒絶の理由となしたものであるが、右が周知であったことは、第二引用例をまつまでもなく、当裁判所にも顕著なところであるから、特許庁が拒絶理由中にこれを引用せず、更に審決において「その一例として昭和九年実用新案出願公告第一一三八四号公報(第二引用例)を掲げることができる。」として先に拒絶理由で説明した周知であることを例証したとしても、これを以て審決が拒絶理由通知に示さなかった新たな理由で拒絶したものとはいい得ない。

(g)以上の理由により、原告の本件出願の発明は、旧特許法第一条にいわゆる工業的発明を構成せず、先に三で認定した審決の理由も畢竟するにこれと同趣旨に出でたものであることは明白であり、その他審決には、原告の主張するような違法な点はないから、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由がない。よって原告の請求は棄却を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。


 [コメント]
@本件は、旧法(大正10年法)の下で「工業的に利用できる発明」(現行法の「産業上利用できる発明」に相当する)が争われた事例ですが、実質的に争われたのは発明該当性です。

 具体的には、電柱グループABCDに、それぞれ広告グループ(a)(b)(c)(d)を記載した広告板を掲示し、各組毎に一定期間ずつ順次広告板を交互に移動するものです。

 広告板を交互に入れ替えることにより広告効果が高まると、特許出願人は主張していますが、審決、判決ともに広告方法が発明であることを否定しています。


Aこの判決のポイントの一つは、電柱グループに掲示させた広告板の広告グループを順次移動させていくことが何故発明に該当しないのかという点です。

(a)審決は、「今ある時電柱グループABCDに夫々広告グループ(a)(b)(c)(d)が掲示されていたとして、次の時期において電柱グループAに果して広告グループ(b)が来るか、(c)が来るか、はたまた(d)が来るか、その間何等の因果関係を欠くが故に、予見することができない。」から、自然力を利用しておらず、発明該当性がないと主張しています。

(b)しかしながら、こうした因果関係の欠如を理由として発明該当性を否定するのであれば、A・B・C・Dの4本の電柱グループに対して、“(a)(b)(c)(d)”→“ (b)(c)(d) (a)”→“(c)(d) (a)(b)”→“(d) (a)(b)(c)”の如く広告板を巡回して移動させると、仮に特許出願人が特許請求の範囲に記載しておけば、発明として成立したということになります。

 この点に関して、審決は、「人為的取極は、人間のきめた約束であるから因果律は適用されない。」と述べていますが、これは言い過ぎであるように思います。

 例えば契約書に署名をすれば、それを原因として一定の結果(契約書に定めた義務)が発生します。契約書が約束事でも因果関係が生じないとは言えません。

(c)判決は、結果として審決と同じ結論に至っていますが、審決の因果律の論法を採用していないように思われます。

 すなわち、判決では、特許請求の範囲中の“順次に広告板を交互に移動”と順回移動と解釈して、「本件特許出願の電柱広告方法は、先に認定した発明の要旨及び目的から見て、電柱及び広告板を数個の組とし電柱に付した拘止具により、一定期間ずつ移転順回して掲示せしめ、広告効果を大ならしめようとする広告方法であると解すべきであるが、右広告板の移動順回には少しも自然力を利用せず」と述べています。

 広告板の移動に関して順回移動方式である(すなわち順番に広告板を移動しているので、特定の電柱に次に来る広告板が予見できる)としても、自然力を利用したものとは言えないと述べているのです。

(d)私見ですが、広告方法が発明であるか否かを論ずるに当たっては、因果関係の有無よりも、利用している法則の種類に着目するべきであると考えます。

 例えば蕎麦屋が蕎麦の出前の売り上げを伸ばそうとして、“○○蕎麦店の出前の蕎麦は美味い。”・“○○蕎麦店の出前の蕎麦は安い。”・“○○蕎麦店の出前は早い。”というような広告板を、一つの通りに並ぶ電柱群に順次に吊り下げておけば、その通りを歩行する通行人の目に繰り返し入るので、単一の広告板に比べて、記憶に残り易いでしょう。

 これは、同じ事柄を反復して学習すれば記憶の定着が深まるという法則を利用していると言えます。

 また電柱群に吊り下げる広告板を移動するとすれば、その移動の方式(ランダムに移動させるか巡回移動か)に関わらず、通行人に対して出現する広告板の順番が固定されている場合に比べて、目新しさが加わるので、通行人の注意を喚起し易いといえます。

 これは、見慣れたものは人の注意を惹きにくく、斬新なものは人目を惹くという法則を利用しているといえます。

 しかしながら、これらの法則は、人間の精神的活動に深く結びついているため、心理学上の法則であるとはいえても、自然法則を利用したものとは言えません。

(e)外国の有名な学説によれば、「技術的に表示された人間の精神的活動であり、自然を制御し自然力を利用して一定の効果を発揮するもの」とされています(→自然法則とは)。

 すなわち、自然(人体を含む)をコントロールすることは自然法則を利用したことになりますが、人間の精神活動に働きかけるような法則は、自然法則ではないと考えられます。


Aこの判決の別のポイントは、一つの創作に自然法則と自然力と関係ない法則とが利用されていた場合にどう取り扱うのかです。

(a)本事例において、特許出願人(原告)は、特許請求の範囲に「電柱にそれぞれ同様の拘止具を取り付けて広告板を掲示し」という要件を含むから、工業的発明ではないという審決は誤りであると述べています。

(b)しかしながら、発明は“全体として”自然法則を利用するものでなければならないとされています。

 “全体として”の利用とは、発明を構成する要素の一つで利用されていれば良いという意味ではなく、発明の作用効果を達成するために必須な発明の要素が自然法則を利用するものでなければならないと理解するべきです。

 本件の場合、広告の効果を高めるという利点に結びついているのは、という要件ですから、これ以外の要件で自然法則が利用されていると言っても、審判官・裁判官の心証を変えることはできないと考えられます。


 [特記事項]
 
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