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●平成12年(ネ)3891号(特許侵害事件・請求棄却→控訴棄却)


均等論第2要件/特許出願/畳縫着機

 [事件の概要]
[事件の概要]

(a)原告は、以前に特許出願(特願昭60-79125)した“畳縫着機”の発明に関して改良を施して、“畳のクセ取り縫着方法及び畳縫着機”と称する発明を完成し、当該発明(改良発明)について特許出願を行い(特開平5-109564)、特許権を取得しました。

(b)この発明は、畳縫着機の側方に配置された直線基準定規を用いて、畳縫着機に向けて押し付けられた畳床の下前側の下前基準線の位置を計算するものです。

(c)被告は、コンピュータ式全自動平刺・返縫機の製造販売を行っていましたが、この機械は直線基準定規を用いるものではありませんでした。

(d)原告は、被告に対して侵害行為の差止及び損害賠償を求めて特許侵害訴訟を提起するとともに、被告製品は、請求項に記載した構成のうちの「直線基準定規」を「無」に置換したものであり、こうした差異があっても特許発明と均等であると主張しました。

(e)こうした主張をする根拠として、原告は、“従来人手により畳の位置決めを行っていたのを自動的に位置決めできるようにした「畳縫着機」であり、パイオニア発明である。このようなパイオニア発明に対しては、十分な保護が与えられなければならず、均等論により、被告物件は、本件装置発明の技術的範囲に属すると解するのが相当である。”と述べました。

(f)地方裁判所は、直線基準定規は特許発明の本質的部分であるから原告の主張は均等論の第1要件を満たさないと判断して、請求を棄却しました。これに対して、原告は控訴しました。


[背景技術]

 建物を建てるときの柱と柱との間の距離(通常は2間)を測定する場合、地域により、

(A)柱と柱の内側にて測定する場合と

(B)柱と柱の芯々で測定する場合とがあった。

柱と柱との距離は通常は2間、柱の大きさは通常4寸角が使用されているため、(A)の場合には柱の内側どうしの距離は12尺となり、(B)の場合には柱の内側どうしの距離は11尺6寸となる。また、柱と柱との間に畳を2枚敷き込むため(A)の場合には畳1枚の長さは6尺となり、(B)の場合には畳1枚の長さは5尺8寸となる。なお、1間を6尺3寸としていた地域では畳1枚の長さは6尺3寸となる。したがって、畳の基準となる長さには5尺8寸・6尺・6尺3寸という種類ができた。

 これらの長さ寸法を「畳基準寸法」といい、「五八基準」とは畳の長さ寸法が5尺8寸、幅寸法が2尺9寸を基準とする畳、「三六基準」とは畳の長さ寸法が6尺、幅寸法が3尺を基準とする畳、「本間基準」とは畳の長さ寸法が6尺3寸、幅寸法が3尺1寸5分を基準とする畳である。

 畳基準寸法を用いて部屋の形状を測定し、部屋の形状から畳寸法を算出するときも、畳基準寸法に対しどの程度大きいか小さいかという表現方法により表示する。

 畳基準寸法5尺8寸で部屋の形状を測定したときには、畳長さ基準が5尺8寸、畳幅基準が2尺9寸と表わされる。


 畳の「上前」とは、畳を部屋に敷き込んだとき、畳と畳が接する長手方向の部分であり、直線的に加工されている。

 「下前」とは、上前と反対側であって、敷居に接する部分であり、部屋の歪みに応じて畳を加工する必要のある長手方向の部分である。

 下前側の歪みを「クセ(曲)」という。

 畳の「」とは、畳のそれぞれの短辺側の部分である。

 畳のそれぞれの短辺側における上前からの各基準における上記畳幅基準寸法の位置を「下前基準点」といい、それぞれの下前基準点を結んだ線(仮想の線)を「下前基準線」といい、下前基準線に対して大小寸法を3〜5か所設定し、畳の下前側の形状を決定する。

 畳の長さは同様にその基準における上記畳長さ基準寸法に対して大小を設定し、畳の長さを決定する。これらの畳の寸法データを畳縫着機に入力して部屋の形状に適合する畳を製作する。

 1枚の畳を製作するには、框縫い工程、平刺し工程、隅止め工程、返し縫い工程を経る。

 畳のクセ取り縫着をするのを数値制御方式によって行う方法については、「周知のように家屋構築に当って間取りした場合、敷設される全べてが平行長方形であるとは限らず、室内外周り即ち敷居部分は直線でなく屈折しているため、此の屈折寸法を測定し畳の寸法を定め畳を製作するものである。

ところで、畳表と同時に畳床を切断縫着する従来の畳縫着機は、ミシン台を畳台に沿って走行自在に設けると共に、切断刃及び縫着針等を有するミシン本体をミシン台に対して畳台と直交する方向に移動自在に設け、予め設定したクセ取り寸法に従って、ミシン台の走行と共にミシン本体を駆動装置によって畳台と直交する方向に駆動し、数値制御方式によってミシン本体の走行に伴って畳台に固定した畳を設定寸法に切断縫着するという」(甲11)方法が公知である。


[特許発明]


{発明の目的}

・(従来の技術においては)技術にあっては、上前側を切断縫着(所謂平刺し)した後、下前側を切断縫着(所謂平刺し)するとき、人手によって畳床の方向転換をするとともに、下前基準線(下前切断位置)に人手によって下前側を合致していたため、省力化の点で課題があった。

・本発明は、上前側を切断縫着した後、下前側をクセ取り切断縫着する場合であっても、畳床の方向転換と位置決めを自動化することによって省力化を図ったことを目的とするものである。


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{発明の構成}

 特許請求の範囲の記載を分説すると次の通りとなります。

(請求項1)

 A 数値制御により自動的にクセ取り運動をする畳縫着機(10)を用いて、畳台(4)上に締付けられている畳床(5)の下前側をクセ取り縫着する方法において、

 B 上前側を切断縫着した畳床(5)を方向転換してその下前側を畳縫着機(10)に向けて畳台(4)上に載置した後、

 C 該畳床(5)の上前側に押付け力を付与して下前側を畳縫着機(10)に向けて移動するとき、該下前側の下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認した後、

 D 該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算しその計算値になるように畳床を押し付け、

 E その後、前記畳床(5)を締め付けてから数値制御により自動的にクセ取り縫着することを特徴とする畳のクセ取り縫着方法。


(請求項2)

 A’ 数値制御により自動的にクセ取り運動をする畳縫着機(10)と、該畳縫着機(10)の側方に配置されていて直線基準定規(20)および畳床締付け手段(6)を有する畳台(4)と、を備えているものにおいて、

 B’ 前記畳台(4)に、上前側を切断縫着した畳床(5)を方向転換する方向転換手段(32)と、畳床(5)の上前側を押付けて畳床(5)の下前側を畳縫着機(10)に向けて押付ける畳床押込み手段(41)を備えているとともに、

 C’ 該畳床押込み手段(41)で押付けられた畳床(5)の下前側の下前基準線(L)の位置を計算するため確認する検出センサー(53)を備えている

 D’ ことを特徴とする畳縫着機。

zu

{発明の効果}

・本発明によれば、畳床の上前を切断縫着した後の下前のクセ取り切断縫着までを数値制御による自動化を図りつつ下前切断縫着に移行するときの方向転換及び位置決めを自動化できて省力化に寄与できる点で有益である。


[被疑侵害品]

・被告は、別紙物件目録(一)記載のコンピュータ式全自動平刺機(以下「イ号物件」という。)を製造販売している。

・被告は、かつて別紙物件目録(二)、(1) 記載のコンピュータ式全自動平刺・返縫機(以下「ロ号物件(一)」という。)を製造販売していたが、現在では、同目録(二)、(2) 記載のコンピュータ式全自動平刺・返縫機(以下「ロ号物件(二)」という。)を販売している。

・被告は、別紙物件目録(三)記載のコンピュータ式全自動平刺・返縫機(以下「ハ号物件」という。)を製造販売している。


[第一審判決の内容]


{請求項1の発明について}

・本件方法発明は、構成要件Cのうち「下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認し」、構成要件Dのうち「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」の意義が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面並びに当業者の技術常識を参酌しても、いずれも不明確であり、当業者からみて、出願に係る発明の内容を合理的に解釈することができないから、全体として、技術的範囲を確定することができないというべきである。

・してみれば、仮に、被告製品を使用した被告方法が原告主張のとおりであったとしても、本件方法発明と被告方法を対比することができないのであるから、被告方法が本件方法発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。


{請求項2の発明について}

・被告製品は、いずれも構成要件A’にいう「直線基準定規(20)」を有しておらず、文言上は本件装置発明の構成要件A’を充足しないことが明らかである。

・原告は、被告製品は、構成要件A’の「直線基準定規(20)」を「無」に置換したものであり、この差異が均等であるとして本件装置発明の技術的範囲に含まれると主張するが、本件明細書の記載に照らせば、本件装置発明の特徴は、数値制御によりミシン本体の位置決めを行う畳縫着機において、畳床の方向転換と位置決めを自動化することにより省力化を図ったものを提供することにあるが、直線基準定規20は、その寸法基準面20aがミシン本体12のX軸方向の現在位置を計数するための基準となり、ミシン本体12の数値制御に当たり必要不可欠な構成要素であるから、本件装置発明の本質的部分に当たるものと解される。


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[控訴人/原告の主張]

{請求項1の発明について}

(a)原告は、請求項1の発明の構成要件が不明確である旨の主張(注1参照)に対して、次のように反論している(注2)。

・検出センサーで確認するものが自動位置決め技術における制御対象物の現在位置であり、その「確認する」との意味が対象物を検出するという意味であることは、当業者の技術常識である(甲8〜10参照)。(中略)本件方法発明は、畳床の位置決め技術に関するものであるから、検出センサーで確認するものは、検出センサーによって検出された検出時点の畳床の現在位置であることが明白である。

・本件方法発明における「下前基準線(L)の位置を計算する」の具体的な計算は、原判決添付参考図6に示すように、Xc=Xb−Xaということになる。

 ここで、Xcは、目標位置に対する下前基準線Lの位置であり、Xbは、検出センサー53により検出されたときの押付けバー50の目標位置に対する位置であり、Xaは、下前基準寸法であり、Xa、Xbは、既知量である。

・「畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」の意味は、それに続く「その計算値になるように畳床(5)を押し付け、」の記載から、「離間隔(X0)を考慮して移動距離を計算し」という意味に解すべきである。

 けだし、離間隔自体は計算されるものではなく、予め入力されるデータであり(5欄22〜27行)、「離間隔を計算し」とは、「離間隔を考慮して、何かの計算をする」と解さなければ、意味が通じない。そして、「何かの計算」とは、「その計算値になるように畳床(5)を押し付け、」との記載より、移動量を求めることであることは、当業者の技術常識より明らかである。

(b)請求項1の構成要件の充足性に関して、原告は次のように主張している。

・構成要件Cの充足性

 構成要件Cの「該畳床(5)の上前側に押付け力を付与して下前側を畳縫着機(10)に向けて移動するとき、」の「とき」とは、「場合」と解すべきものである。

 被告方法は、本判決添付別紙被告方法目録7の(1)、(2)(被告方法7の(1)、(2)。以下同様に表示する。)の目標位置に畳床のXminの位置を合わせる工程において、「畳床2の上前側に押付け力を付与して下前側を平刺ミシン10に向けて移動する」のであるから、当該構成要件を充足する。

・構成要件Dの充足性

 被告方法は、目標位置からの、畳基準KSの位置+偏差(X0〜X4)の距離を求めて、その求めた値になるよう畳床を押し付けるということである。

 したがって、被告方法の7の目標位置に畳床のXminの位置を合わせる工程は、本件方法発明の構成要件Dを充足する。

・構成要件Eの充足性

 被告方法の9の下前のクセ取り平刺し縫い工程が本件方法発明の構成Eの要件を充足することは明白である。

 なお、被告方法が本件方法発明の構成要件A及びBを充足することは争いがない。


{請求項2の発明について}

(a)構成要件A’をA1+A2+A3の3要件に分けて説明し、構成要件A’の充足を主張する。


・A1「数値制御により自動的にクセ取り運動をする畳縫着機(10)と、」

・A2「該畳縫着機(10)の側方に配置されている直線基準定規(20)」

・A3「および畳床締め付け手段(6)を有する畳台(4)と、を備えているものにおいて、」

 被告製品の畳縫着機10の側方やや下にレール2があり、レール2にはガイド車輪67が嵌合しており、畳縫着機10のミシン台11は、そのガイド車輪67によりそれと固定された間隔で連動するようになっており、Y軸方向にY軸送りモータによりスライド移動可能になっている。(中略)

 直線状であって畳縫着機10の側方やや下にあるレール2は、ミシン本体12にとって、X軸方向における基準となっており、要件A2にいう直線基準定規に該当する。

(b)均等論について


(第一審での主張)

 被告製品は、本件装置発明の構成要件である「直線基準定規20」を有しない点で本件装置発明と相違するが、その他の構成においては同一であり、本件装置発明の不完全利用に関わるものである。

 本件装置発明の一部を欠いた、いわゆる不完全発明は、構成の一部を削除した場合、すなわち「無」に置き換えた場合であり、置換部分として「無」を除外する根拠を見いだせない以上、均等論に関する最高裁判決(最高裁第三小法廷平成10年2月24日判決)が適用されるべきである。本件装置発明において、直線基準定規20は本質的部分ではないため、これを「無」に置き換えても特許発明の目的を達成することが可能であり、同一の作用効果を有する。また、被告物件の製造時点において、直線基準定規を有しない畳縫着機は多数存在したから、これを「無」に置き換えることは、当業者であれば容易に想到できたものであり、被告製品は、本件装置発明の均等物として、その技術的範囲に属する。

 本件装置発明は、従来人手により畳の位置決めを行っていたのを自動的に位置決めできるようにした「畳縫着機」であり、パイオニア発明である。このようなパイオニア発明に対しては、十分な保護が与えられなければならず、均等論により、被告物件は、本件装置発明の技術的範囲に属すると解するのが相当である。


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(第二審での主張)

 本件装置発明の本質は、畳床の方向転換と位置決めを自動化することによって省力化を図ったものを提供することにある。


 このような畳床の自動位置決め制御において、直線基準定規は全く何の用もなしていない。


 クセ取り縫着に際して、直線基準定規を使用しないものは周知であり(甲18、乙1〜3参照)、直線基準定規は、ミシン本体12の数値制御に当たり必要不可欠な構成要素でない。

 したがって、直線基準定規は、本件装置発明の本質的部分でなく、均等の要件(1)を充足する。

 本件装置発明の直線基準定規を被告製品のように「無」に置き換えても、被告製品は、畳床の自動位置決め制御を可能とし、また、クセ取り縫着もできるのであるから(乙3参照)、本件装置発明と同一の作用効果を奏し、均等の要件(2)を具備する。


 本件装置発明の直線基準定規を被告製品のように「無」に置き換えることは、被告製品の製造等の時点において容易に想到できたものであり(甲18、乙1〜3参照)、均等の要件(3)を具備する。


 均等要件(4)について、被告製品が本件装置発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれらから同出願時に容易に推考できたことを示す証拠はない。


 均等要件(5)について、被告製品が本件装置発明の出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる等の特段の事情もない。


 したがって、被告製品は、本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、本件装置発明の技術的範囲に属する。


[被控訴人/被告の主張]


{請求項1の発明について}

 本件方法発明は、構成要件Cのうち「下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認し」については、

・下前基準線(L)の位置を計算するとはどういうことか、

・下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認する対象は何であるのか等が、

 また、構成要件Dのうち「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X)を計算し」については、

・移動された畳床(5)、畳幅方向の離間隔(X)の意義は何か、

・畳床の移動段階のどの時点において、畳床のどの部分を基準として、畳巾方向の離間隔(X)の計算を行うのか

 等の意義が、本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載及び図面並びに当業者の技術常識を参酌しても、いずれも不明確なものであり、本件方法発明の内容を合理的に解釈することができず、全体として技術的範囲を確定することができない。

※注2…これらの被告の主張に対して、原告は前述の注1のように反論している。


控訴人が本件方法発明の技術内容であるとして説明する内容は、本件明細書に記載されていない。

 本件方法発明の技術的範囲が確定できなければ、いかなる対象物がこれに属するかの認定をすること自体が不能である。
 技術的範囲を確定することができない本件方法発明によっては、いかなる権利行使も許されない。


{請求項2の発明について}

 本件装置発明が解決の課題とし、作用効果として奏するとする「切断刃の切断開始位置に畳の切断開始位置を位置合わせするという人手で従来行っていたと同じ位置決めを自動的に行う」ための具体的手段は、本件装置発明においては構成要件C’である。

 本件装置発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものであるところ、本件装置発明の構成要件C’は「該畳床押込み手段(41)で押付けられた畳床(5)の下前側の下前基準線(L)の位置を計算するため確認する検出センサー(53)を備えている」という記載からなるものである。

 この構成要件C’の記載は、本件装置発明として同一の発明目的を有する本件方法発明の構成要件Cの「該畳床(5)の上前側に押付け力を付与して下前側を畳縫着機(10)に向けて移動するとき、該下前側の下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認した後、」と対応する記載となっている。

 したがって、構成要件Cについて既に詳述したと全く同じ理由によって、構成要件C’はその技術内容が不明である。

 本件明細書の「発明の詳細な説明」の項にも、構成要件C’の解釈に参酌することができる記載は一切存在しないため、本件装置発明の技術的範囲を確定することはできない。
 構成要件C’の下前基準線(L)の位置を計算するとはどういうことか、下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認する対象は何であるのか等の意義が、本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載及び図面並びに当業者の技術常識を参酌しても、いずれも不明確なものであり、本件装置発明の内容を合理的に解釈することができないから、全体として技術的範囲を確定することができない。

 本件装置発明の技術的範囲が確定できなければ、いかなる対象物がこれに属するかの認定をすること自体が不能である。

 かかる結論が特許制度の本質からも導かれることは前記のとおりである。

 技術的範囲を確定することができない本件装置発明によっては、いかなる権利行使も許されない。




 [裁判所の判断]
[高等裁判所の判断]

@高等裁判所は、請求項1の特許発明の技術的範囲への被疑侵害品の属否について次のように判断しました。

(a)被告方法は、3の上前側平刺し工程において、制御装置30が入力済みの寸法データから、畳基準KSに偏差(X〜X)を各々加減して(別紙各被告方法目録に争いのない事実として「合算して」とあるが、誤りである。)仕上がり後の実寸法(XA〜XE)を求め、この実寸法のうち最小の仕上がり寸法をXminとして、最大の仕上がり寸法をXmaxとして代入して記憶し、最小の仕上がり寸法Xminと仕上がり後の実寸法(XA〜XE)との差をD〜Dとして演算し記憶し、かつ、上前側の縫着及び切断が行われた後、4(1)の巾寄せの原点復帰工程として、巾寄せ20が原点復帰し、この原点復帰において、巾寄せ20を外端センサ22で確認し、外端センサ22が巾寄せ20を確認することにより、原点距離Gがリセットされ、次いで、平刺ミシンの原点復帰工程で平刺ミシン10を原点位置まで復帰させ、その後、切断包丁11の位置に畳床のXminの位置を合わせる工程で巾寄せ20が畳床2を前進させてミシン側に押し込むものである。


(b)本件方法発明において、構成要件Cは、「該畳床(5)の上前側に押付け力を付与して下前側を畳縫着機(10)に向けて移動するとき、切断縫着する装置上での下前基準線(L)の位置を計算するために、ミシン本体の切断刃の位置又は切断縫着する装置上の任意の位置を切断開始の目標位置とした上、畳床の上前の同装置上での位置となる畳床押込み手段の位置を同目標位置からの距離として検出センサー53により確認した後、」というものである。

(c)そうすると、被告方法は、畳床自体の框側の切断開始位置での仕上がり実寸法XAが最小の仕上がり寸法Xminの場合であって偏差Xが0であるとき、本件方法発明の技術的範囲に属するが、それ以外の場合、本件方法発明の技術的範囲に属しない。


A高等裁判所は、請求項2の特許発明の技術的範囲への被疑侵害品の属否について次のように判断しました。

(a)被告製品は、構成要件A’の「数値制御により自動的にクセ取り運動をする畳縫着機(10)」であり、「該畳縫着機(10)の側方に配置されている畳床締付け手段(6)を有する畳台(4)を備えているもの」であるが、直線基準定規(20)を有するものでないから、構成要件A’を充足しない。
 控訴人は、畳台(4)がレール2を有するとして、レール2が直線基準定規(20)に該当すると主張するが、採用できない。
 第1に、畳台(4)がレール2を有するとするのは、レール2が畳台4の外付部材として畳台4に固定されていることを根拠にしているところ、同固定の認められないことは前記のとおりであるから、仮にレール2が直線基準定規(20)に該当するとしても、畳台(4)がレール2を有していない以上、構成要件A’を充足しない。

 第2に、(中略)、本件装置発明の構成要件A’が規定する「直線基準定規(20)」は、その寸法基準面を基準としてミシン本体のX軸方向の現在位置を計数するという方法を採ることにより、切断刃が畳に食い込む力によって、ミシン本体、レール及び畳台に歪みが発生しても、その歪みによる誤差を補正したX軸方向の現在位置をフィードバックして、ミシン本体を目標の設定位置に確実に移動でき、ミシン台のY軸方向の走行に伴い切断刃によって畳を寸法どおりに正確に切断することができるという前記公知技術を前提にし、これを発明の内容とするものであるのに対して、

 被告製品は、レール2が「押付けバー50と正確に平行に延びた状態でフレームに堅く固定されて」いるものでなく、これにより、ミシン台11及びこれと連動するミシン本体12が、「押付けバー50と正確に平行を保って」Y軸方向に移動するようにレール2によって移動できるものでなく、「レール2を狭持するガイド車輪67と、それに連結する支持部材66を介し、ミシン台11とレール2はX軸上連結している」ものでもないから、レール2は、上記直線基準定規の前記作用効果を有せず、これに該当しない。

(b)均等論の適用について

 前記のとおり、畳のクセ取り縫着をするのを数値制御方式によって行う方法については、間取りを測定して得た畳を切断縫着すべき寸法、すなわち、畳長手方向の複数の各基準点A、B、C、D、Eにおける下前基準線に対する畳幅方向Lの離間隔X、X1、X、X、X、を入力後、手動操作でミシン本体の切断刃を畳台に固定した畳自体の框側の切断開始位置に合わせ、当該切断開始位置を基準としたY軸方向の現在位置を数値的に算出し、このY軸方向の現在位置に対するX軸方向の目標位置(設定位置)を前記切断開始位置を基準として算出するとともに、X軸方向の現在位置を数値的に算出して、X軸方向の現在位置とX軸方向の目標位置との差がなくなるように、ミシン本体を目標位置に移動せしめ、その際、ミシン本体のX軸方向の現在位置を直線定規の寸法基準面を基準として計数するという方法を採ることにより、切断刃が畳に食い込む力よって、ミシン本体、レール及び畳台に歪みが発生しても、その歪みによる誤差を補正したX軸方向の現在位置をフィードバックして、ミシン本体を目標の設定位置に確実に移動でき、ミシン台のY軸方向の走行に伴い切断刃によって畳を寸法どおりに正確に切断することができるという方法が公知であった(甲11の4欄39行〜5欄30行)。


 本件装置発明も、「従来の技術」の項に、「ミシン台を畳台に沿って走行自在に設けるとともに、切断刃及び縫着針等を有するミシン本体をミシン台に対して畳台と直交する方向に移動自在に設け、予め設定したクセ取り寸法に従って、ミシン台の走行とともにミシン本体を畳台と直交する方向に駆動し、数値制御方式によりミシン本体の走行に伴って畳台に締め付け固定した畳床を設定寸法に切断縫着する畳縫着機において、ミシン本体、走行レール及び畳台等に歪が発生しても、これを補正して設定寸法通りに切断縫着する畳縫着機は、例えば、特公昭62−38973号公報(注・甲11)にて本件出願人が提案し、当業界において広く利用されている。」と記載され(【0002】、3欄5〜15行)、「発明が解決しようとする課題」の項に、「前述公報(注・甲11)で開示の技術にあっては、上前側を切断縫着(所謂平刺し)した後、下前側を切断縫着(所謂平刺し)するとき、人手によって畳床の方向転換をするとともに、下前基準線(下前切断位置)に人手によって下前側を合致していたため、省力化の点で課題があった。」(【0003】、3欄17〜22行)、「本発明は、上前側を切断縫着した後、下前側をクセ取り切断縫着する場合であっても、畳床の方向転換と位置決めを自動化することによって省力化を図ったことを目的とするものである。」(【0004】、3欄28〜32行)と記載され、「課題を解決するための手段」の項に、「請求項2に係る本発明では、数値制御により自動的にクセ取り運動をする畳縫着機10と、該畳縫着機10の側方に配置されていて直線基準定規20および畳床締付け手段6を有する畳台4と、を備えているものにおいて、前述の目的を達成するために次の技術的手段を講じている。すなわち、請求項2に係る本発明では、前記畳台4に、上前側を切断縫着した畳床5を方向転換する方向転換手段32と、畳床5の上前側を押付けて畳床5の下前側を畳縫着機10に向けて押付ける畳床押込み手段41と、を備えているとともに、該畳床押込み手段41で押付けられた畳床5の下前側の下前基準線Lの位置を計算するため確認する検出センサー53を備えていることを特徴とするものである。」と記載され(【0006】、3欄49行〜4欄11行)ている。

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(中略)

 前記認定・説示によれば、本件装置発明の特徴は、数値制御によりミシン本体の位置決めを行う畳縫着機において、畳床の方向転換と位置決めを自動化することにより省力化を図ったものを提供することにあるといえるところ、直線基準定規は、従前の公知技術にすぎないから、本件装置発明の本質的部分でなく、均等要件(1)を充足する。


 前記認定・説示によれば、本件装置発明の構成要件A’が規定する「直線基準定規(20)」は、その寸法基準面を基準としてミシン本体のX軸方向の現在位置を計数するという方法を採ることにより、切断刃が畳に食い込む力によって、ミシン本体、レール及び畳台に歪みが発生しても、その歪みによる誤差を補正したX軸方向の現在位置をフィードバックして、ミシン本体を目標の設定位置に確実に移動でき、ミシン台のY軸方向の走行に伴い切断刃によって畳を寸法どおりに正確に切断することができるという作用効果を有するところ、被告製品は、そのような作用効果を有しないから、均等要件(2)を充足しない。


 したがって、被告製品は、本件装置発明の技術的範囲に属しない。


 [コメント]
@本事件では、原告(特許権者)は、発明特定事項である“直線基準定規”を有しない被告製品に関して、「直線基準定規」を「無」に置換したものであると主張しました。

(a)均等論は、特許発明の一部の要素を他の要素に置換することを前提とするものであり、「無」に置換するというのは定石的な考え方からは外れています。

(b)前記特許権者の主張は、講学上の不完全利用論(特許発明の構成要件の一部を欠く場合でも特定の条件を満たせば特許権の侵害が成立するという理論)を基礎にしていると考えられます。
→不完全利用論とは

(c)不完全利用論に関しては、古い判例では、「発明の特許請求の範囲の記載の一部を無視し、その拡張的変更を許容したのと同じ結果を生ずるような主張をなすことが許されないことは明らか」であるとして退けられた事例があります(昭和55年(ワ)第1971号、ヒンジドア事件)。

(d)しかしながら、本事例では、裁判官は、原告の考え方を端から否定するのではなく、原告の主張は均等論の要件が、即ち、第一審では第1要件が、第二審では第2要件が充足されていないとして、主張を退けました。

 同様の判断をした例として、平成24(ネ)第10018号(可動人形事件)があります。


Bなお、原告は、置換部分として無を排除するべきではないという主張の根拠として、本件装置発明である畳縫着機はパイオニア発明であり、こうした発明には十分な保護が与えられるべきである旨を主張しています。

 こうした考え方は、我が国で裁判例として定着しているとは言えませんが、米国においては発明をパイオニア発明と改良発明とに分け、後者に比べて前者について広い均等の範囲を認めるという判例があります。
→McCormick v. Talcott, 20 How. 402, 405

我が国の均等論は外国の判例上のそれを導入したものですので、外国の判例に倣った判決が今後出ないとも限らないと思います。しかしながら、本件の場合には、特許出願人が、明細書において、本発明は特許出願人自身が創作した先行発明の改良発明である旨を述べていますので、それがパイオニア発明であると裁判で主張するのは無理があります。


 [特記事項]
 
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