[事件の概要] |
従来の段ボールシート用印刷機は、その段に直交する(縦)方向にシートを通す縦通し輪転機と、横通しするプリント・スロット(「プリスロ」と略称する)輪転機とがあります。 後者は高粘度グリコール系インキを用いるので色変に際してインキの掻き取りが可能という長所と印刷後の乾燥に時間を要する短所を有します。 前者は低粘性インキを用いるため真逆の長所及び短所を有します。 被告は、小スロット印刷の色変えを円滑に行うためにプリスロ用インクに近い低粘性・速乾性を有するインクを開発しました。 そして被告は、このインクの特性を最大限に発揮するために次の基本構成及び特徴を有する印刷機を開発しました。 (印刷機の基本構成) 版胴44に接するインキ転移ロール50及び絞りロール52の間に形成されるインク貯蔵部Aにインク供給チューブの開口部60aを臨ませ、この開口部を両ロールの長手方向に沿って平行移動することが可能なモータ96を設けた。 (印刷機の特徴) 上記開口部をインク貯蔵部内へ下降させた後にモータを逆回転させてインクを回収することを可能とする。 被告はこの印刷機を出願し、実用新案登録を得ました(実用新案登録第3002218号)。 原告は、上記基本的構成を開示する引用例1(実開昭60−119540号)や特徴的事項を開示する引用例3(実開昭61−266248)などに基づいて無効審判を請求しました。 審判官は、それら引用例が本件考案の課題を有しないことを指摘し、「具体的な技術的課題を捨象して、およそ印刷機である以上はインキの好適な供給と迅速な回収は周知の技術的課題であるとすれば、殆ど全ての公知技術の組み合わせが容易ということになり、極めて不当である。」として、審判請求を退けました。 |
[裁判所の判断] |
インキ供給用の移送ポンプのモータを逆転可能として吐出・吸引ポンプとする技術は引用例3によれば出願時広く知られていたから、引用例1の印刷機に引用例3を適用することに格別の困難性は認められない、 別の引用例によれば上記技術は印刷機以外の分野(繊維材料へのインクの捺染)でも出願前広く知られていた、 正逆回転の切り換え可能な吐出・吸引ポンプは極めて基礎的な技術手段に過ぎないから、具体的な課題が本件発明と異なることは上記技術の転用が容易であったことを否定する根拠とはならない、 と判断されました。 |
[コメント] |
本件では、発明の課題が相違しても、“印刷機の印刷箇所にインクを供給する” という如く、一定の範囲の技術の分野が共通して引用文献を結び付ける動機付けが得られれば、進歩性が否定できるとしています。 単純に印刷機の分野であれば何を組み合わせても構わないというのではなく、発明の主題に照らして、技術分野の範囲を合理的に設定することが重要だと考えます。 技術分野の範囲に関しては米国においてさまざまな判決が出されて、参考になります。 例えばClay判決(→参考例4@参照)では、単純に業種の関係(石油産業に関連すること)だけで引用例の組み合わせの容易性を肯定すべきではないと述べています。 |
[特記事項] |
特許庁審査基準に引用された事例 |
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