[事件の概要] |
液体食品の包装紙容器は、常温保存可能なアセプチック包装と、牛乳容器の様にチルド流通するチルド包装とに大別されます。 従来、ウェブ状積層材料を高周波誘導加熱によりヒートシールして包装容器とする技術は、素材としてアルミニウムを利用しており、チルド包装に属するものでした。 しかしながら、チルド包装及びアセプチック包装の一方を他方へ転用することが可能なヒートシール方法があればエネルギー及び資源の削減・省コストに貢献します。 こうした観点から原告は、次の積層材料を発明し、出願しました(特願2003−53245号)。 「少なくとも支持層1及び熱可塑性最内層2からなる包装容器用ウェブ状積層材料であって、 該容器形成のために高周波誘導加熱によりヒートシールされる帯域5に、該誘導加熱により発生した熱が該最内層に伝わるように該支持層と該熱可塑性内層との間に積層された導電性層3を有し、 該導電性層が、実質的に金属性材料からなる薄膜/形成層であることを特徴とする積層材料」 なお、その後導電性層を“高周波誘導によって該ヒートシールに十分な熱を発する無電解メッキ薄膜”に限定する補正をしましたが、拒絶査定を受けました。 本件の拒絶査定不服審判において、審判官は次の引用例1を挙げ、さらに複数の引例を参酌して、本件発明に容易に想到し得たと結論しました。 (引用文献1) 包装容器製造用の管状ウェブで2つのポリエチレンフィルム層の間に紙及びアルミ箔層を含む積層構造体として形成し、 熱シールジョーのインダクタによりアルミ箔に渦電流を流すことで熱を発生させポリエチレンフィルム層を溶融させて横シールするもの。 (結論) 引用例1の流動性食品を充填する管状ウェブがアセプチック包装のみならずチルド食品包装用としても用いられていることが出願前周知であったから両包装システムの一部を転用することを、当業者であれば容易に想到し得た。 |
[裁判所の判断] |
高周波誘導加熱のために渦電流を生じて発熱する導電性層として「アルミ箔層」に代えて「非磁性基材上に無電解メッキ法等により磁性メッキ相を形成したもの」を置換することは引用発明1の技術分野である紙を積層した多層材料から形成される包装材料で周知であるとは言えない、 当業者は引用発明1の多層構造体中のアルミ箔はポリエチレンを溶融する機能の他にガスバリア性を付与する機能を有すると理解でき、 それをアルミ箔と同レベルのガスバリア性を有しない別の材料に置換することには阻害要因がある、 と判断されました。 |
[コメント] |
本件では、審決は「導電性層を用いてヒートシールする技術」は本願発明が属する包装容器・包装材料の技術分野だけでなく家電・事務機器・電線など広い範囲で知られていると認定しました。 しかしながら、本件発明は、紙を積層した多層材料から形成される包装材料に関するものなので、転用すべき技術が隣接する多くの分野で知られているというエビデンスがあっても、本件発明の技術分野で知られているのかというと疑問が残ります。 実務家にとって、本件発明の技術分野を過剰に広くとられて、技術分野の共通性を根拠に進歩性を否定するという傾向が強まることは困った問題です。 この意味で判決が相対的に狭い範囲を技術分野と認定して、この分野で周知でなければ創作容易とは言えないと判断したことに注目すべきです。 もっとも或る技術分野の発明の一部の構成要件として、別の産業分野の製品をそっくりと入れている場合には事情が異なります。 参考例4Bに、印刷機の発明としてポンプ(正逆可能なポンプ)を用いた事例を挙げました。 この場合、印刷機の技術者は、自らポンプを発明するのではなく、既存のポンプのカタログの中から必要とする機能を持つポンプを選ぶだけです。 従ってたまたまある種の印刷機の分野で正逆可能なポンプを用いた引用文献が見つからなくても、進歩性を認められにくいと考えられます。 |
[特記事項] |
「パテント」2012年8月号で掲載された事案 |
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