[裁判年月日] |
平成11年 5月27日 |
[事件名] |
審決取消請求事件 |
[主文] |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
[事実] |
第1 請求 特許庁が平成8年審判第20105号事件について平成10年8月14日にした審決を取り消す。 第2 当事者間に争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯 被告は、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)に定める商品区分第28類「酒類(薬用酒を除く)」とし、別紙2のとおり、「宰府寒梅」の文字を書してなる登録第2364864号商標(昭和63年12月7日登録出願、平成3年12月25日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。 原告は、平成8年11月28日、商標法4条1項8号、11号及び15号に違反することを理由として、本件商標の登録を無効とすることにつき審判を請求した。 特許庁は、同請求を同年審判第20105号事件として審理した結果、平成10年8月14日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月7日原告に送達された。 2 審決の理由 審決の理由は、別紙1審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本件商標は、商標法4条1項8号、11号及び15号に違反して登録されたものということはできないから、その登録を無効とすることはできないと判断した。 第3 審決の取消事由 1 審決の認否 (1) 本件商標等 本件商標(審決書2頁3行ないし6行)、請求人(本訴原告)の引用各商標(同2頁8行ないし23行)、請求人の主張(同2頁末行ないし15頁20行)及び被請求人(本訴被告)の主張(同15頁22行ないし23頁4行)は認める。 (2) 商標法4条1項11号についての判断 〈1〉 審決書23頁7行ないし9行「書されているものであり、」までのうち、「まとまりよく」の点は争い、その余は認める。同23頁9行「これより」から11行までは争う。同23頁12行、13行は認める。同14行ないし21行は争う。 〈2〉 引用各商標から生ずる称呼等の認定(審決書23頁22行ないし24頁4行)は認める。 〈3〉 称呼についての判断(審決書24頁5行ないし9行)及び観念についての判断(同24頁10行ないし12行)は争い、外観についての判断(同24頁13行、14行)は認める。まとめ(同24頁15行、16行)は争う。 〈4〉 請求人(原告)の主張に対する判断(審決書24頁19行ないし26頁2行)のうち、「『宰府』の語は、『太宰府』の略称をも意味する語であり、また、太宰府天満宮近辺の行政区画名称である」こと(審決書24頁末行ないし25行2行)、及び「行政区画名称としての『宰府』が太宰府市の一部の地域であり、その地域内の太宰府天満宮の名称が菅原道真公を祭る神社として、あるいは梅の名所として、一般世人に広く知られているとしても、審判乙第7号証ないし同第9号証によれば、『太宰府市の太宰府天満宮』のように記載されていることが認められ、」(審決書25頁4行ないし8行)は認め、その余は争う。 (3) 商標法4条1項8号及び15号についての判断 審決書26頁4行ないし17行は認め、その余は争う。 (4) まとめ 審決書27頁13行ないし16行は争う。 2 取消事由 審決は、本件商標の商標法4条1項8号、11号及び15号該当性についての判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。 (1) 取消事由1(商標法4条1項11号) 審決は、本件商標は商標法4条1項11号に違反して登録されたものということはできない旨判断するが、誤りである。 〈1〉(a) 「産地・販売地+ある言葉○○」は、「産地・販売地」の部分に自他商品の識別性がないために、「○○」の部分が要部となり、「○○」の部分に自他商品識別性がある場合には、登録性を有する。 (b) 被告は、酒類の特殊性を主張するが、被告の主張が成り立つためには、 @ 地名部分が必ず産地表示であること、 A それが真実の産地を表示していること、 B 各産地により、産地毎に味や香りの特徴が一定していること、 C 取引者、需要者が味や香りを商標の産地表示部分で判断していること が必要であるところ、これらはいずれも現状とは合致しておらず、事実に反している。 すなわち、例えば、伏見の蔵元の醸造した酒が名古屋の販売会社に販売された上、当該販売会社が「尾張の○○」との銘柄で販売しても商標法上何ら問題はない。商標中の地名は必ず産地表示でなければならないとの制限はないからである。商標中の地名は産地表示でなければならないと仮定しても、北海道所在の蔵元が「灘○○」との登録商標を有していたりするように、商標法上真実の産地表示でなければならないとの要請は全くない。また、「越」、「出羽」、「加賀」のような地名に該当する領域はかなり広い地域であり、当該地区内の例えば北部と南部とでは「仕込みの水」、「酒蔵の立地条件」、「自然環境」、「周辺の風土」が異なっていることは明らかであるから、同一の地名を冠した日本酒であっても、味や香りにおいて同一の特徴があるとは到底いえない。さらに、取引者、需要者は、味や香りを商標の地名部分で判断しているのではなく、日本酒を解説する本や容器のラベルに記載された味の解説等で確認して購入しているものである。 (c) 被告の製品「筑後の寒梅」について、消費者に販売する酒小売店自ら、「筑後」を捨象して広告販売している事実(甲第28、第29号証)からしても、取引者、需要者は地名部分につき着目していないものである。 (d) 被告は、「全国蔵元一覧表」(乙第2号証)に基づき、清酒の商標として「地名+誉」等のものが多数使用されている旨主張する。 しかしながら、「全国蔵元一覧表」(乙第2号証)は、事実上使用されている銘柄の名称を単に列記しただけのもであり、その中には、商標登録されておらず、少なくとも形式的には他人の登録商標の侵害に当たるものや、審査ミス等の理由により重複登録されているものが混在しているのであって、このような資料から、商標中の地域、地区の表示は他の記載と一体となって商品を識別する上で重要な比重を占めているなどと結論することはできないものである。 〈2〉(a) 本件商標中の「宰府」は、太宰府の略称であり、太宰府天満宮の所在地や旧跡の太宰府跡(「大宰府」との表記もあり得るが、以下、「太宰府」との表記で統一する。)、すなわち現在の福岡県太宰府市一帯を指す名称である。より限定的には、太宰府天満宮の所在地周辺である福岡県太宰府市宰府という名称の行政区画を示している。すなわち、「宰府」は、一般の国語辞典にも「『太宰府』の略」である旨記載されており(甲第6、第7号証)、また、福岡県太宰府市の太宰府天満宮の周辺の地域は、現実に太宰府市宰府という名称の行政区画である(甲第8号証)。 (b) そして、福岡県太宰府市宰府においても、酒の小売店は存在しており(甲第11号証)、また、太宰府天満宮や旧跡の太宰府は観光地として有名であり、日本全国各地の観光地の土産物店では当該地方の地酒を販売している例が極めて多いことは経験則上明らかであるから、取引者、需要者は、本件商標の前半部である「宰府」を産地、販売地、少なくとも販売地として認識するものである。 〈3〉 したがって、本件商標中の「宰府」は、単に本件商標の指定商品について産地や販売地を表示するにすぎず、自他商品の識別性をもたない部分である。 そうすると、本件商標「宰府寒梅」に接する取引者、需要者は、産地、販売地の観念「宰府」地方と相まって、「宰府」を棄捨して、親しみやすく強く印象づけられる「寒梅」の部分を摘出するという取捨選択により、「寒梅」の称呼、観念をもって取引に資することは明らかであり、本件商標と引用商標とは、称呼及び観念において相紛らわしく、類似する商標である。 (2) 取消事由2(商標法4条1項8号) 審決は、本件商標は商標法4条1項8号に違反して登録されたものということはできない旨判断するが、誤りである。 〈1〉 原告「寒梅酒造株式会社」の略称は、「寒梅」である。 〈2〉 寒梅は、原告の著名な略称である。 すわなち、原告の前身である鈴木家は、文政4年(西暦1821年)、「寒梅」の商標を用いて清酒の醸造、販売を開始し、その後、個人営業から合名会社に組織変更し、昭和29年に合名会社金山鈴木商店から寒梅酒造合名会社へと名称を変更し、昭和35年に会社組織の変更に伴って寒梅酒造株式会社となった。 原告は、昭和29年以来、一貫して「寒梅さん」の略称で親しまれており、清酒「寒梅」と言えば原告「寒梅」が、原告「寒梅」と言えば清酒「寒梅」が認識されるようになっている。 また、原告及びその製品である清酒「寒梅」は、過去から現在まで、各種の日本酒の辞典やムック本の日本酒の雑誌等に広く紹介されてきている(甲第15ないし第25号証)。 さらに、原告は、日本酒の鑑評会などにおいて、数多く受賞している。資料として現存している最も古いものとして昭和31年度の全国清酒品評会の優等賞状があり(甲第26号証)、最近のものとしては、平成8年度の全国新酒鑑評会金賞賞状があるが(甲第27号証)、その他にも、「関東信越局の鑑評会に四回入賞、杜氏組合の自醸酒品評会では優等賞もたびたび受けた。」(甲第17号証)、「寒梅ブランドは平成元年に関東信越国税局酒類鑑評会で3期連続の金賞受賞。昭和63年度には春(純米酒部門)・秋(吟醸酒部門)で連続受賞を果たしている。」(甲第21号証)、「平成5年鑑評会受賞蔵元」(甲第24号証)など数々の賞を受けている。 以上のとおり、原告の略称「寒梅」が著名であることは明らかである。 (3) 取消事由3(商標法4条1項15号) 審決は、本件商標は商標法4条1項15号に違反して登録されたものということはできない旨判断するが、誤りである。 〈1〉 前記(2)〈2〉に記載のように、原告は、文政4年(西暦1821年)から継続して180年近くにわたり、清酒「寒梅」を醸造、販売しており、商標の登録は、明治24年3月16日にされており、以来、商標「寒梅」を付した清酒「寒梅」を醸造、販売してきた。 〈2〉 被告が本件商標を付した清酒「宰府寒梅」を販売すると、取引者、需要者においてその商品の出所について混乱を生じ、他人たる原告の業務に係る商品である清酒「寒梅」と混同を生ずるおそれがあることは必至である。 第4 審決の取消事由に対する反論 1 認否 審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。 2 反論 (1) 取消事由1(商標法4条1項11号)について 〈1〉 「宰府寒梅」と外観上まとまりよく一体的に構成されているものの称呼を、「宰府」と「寒梅」とにことさら分離して、「寒梅」のみの称呼、観念をもって取引されなければならない格別の理由は見当たらない。 〈2〉 「宰府」には、宰相の役所という意味もあり、同文字が一般に広く知られた地理的名称であるということ自体が疑問である。 有名な観光地として認識されるとすれば、「太宰府(天満宮)」であって、その略称である「宰府」が有名であるということにはならない。 〈3〉(a) 当該商品業界の取引状況を考慮することなく、一律に地域・地名の表示は産地・販売地の表示にすぎず、自他製品の識別力を持たないとするのも、余りに画一的である。 (b) 酒類の商品の特殊性は、原料・製法等により区別された「清酒」、「本醸造」、「純米酒」、「吟醸」、「大吟醸」等の品質表示が義務づけられている一方、当該品質規格内のものにあっても、各銘柄により微妙な味や香りの相違が見られることである。そして、このような銘柄による相違をもたらす要因としては、杜氏の技能経歴、麹作り等の技法、酒造の道具、蔵元の志向や趣味といったことのほかに、原料米、仕込みの水、酒造の建物(土蔵、欅造り、冷蔵蔵など)、酒造の立地条件、自然環境、周辺の風土等の自然要因等、商品の産地の特性が重要な役割を占めていることが指摘されている。したがって、個別的な銘柄もさることながら、「伏見の酒」、「灘の酒」など、どの地域・地区の商品かが取引者、需要者の重要な関心事となっていることも否定できない。つまり、酒類にあっては、ある商品が複数の生産地を有し、ないしは複数の産地を表示することは極めて希有なことであって、標章に挿入された地域・地区の表示は、他の記載と一体となって、商品を識別する上で、他種商品以上に重要な比重占めており、商標の主要な構成部分をなす場合が多いといえる。取引者、需要者においても、当該地名は産地名を表わしているものと認識し、その地名に着目することから、地名の部分も自他商品の識別機能を果たしているものといわなければならない。 (c) 日本酒造組合中央会発行の「全国蔵元一覧表」(乙第2号証)には、全国の各蔵元の製造販売している代表的銘柄2種類までが記載されているが、この中から特に「地名+語句」のものを検討すると、その数は多数に上る。 一例として、「地名+誉」のものを列挙すると、次のとおりである(括弧内は、蔵元所在県名・乙第2号証掲載頁を示す。)。 「曽我の誉」(神奈川・2) 「東の誉」(神奈川・2) 「銚子の誉」(千葉・5) 「府中誉」(茨城・15) 「筑波誉」(茨城・16) 「栃の誉」(栃木・17) 「群馬誉」(群馬・20) 「越の誉」(新潟・33) 「伏見誉」(京都・39) 「岩手誉」(岩手・63) 「秋田誉」(秋田・72) 「鳥海誉」(秋田・72) 「能登誉」石川・97) 「出雲誉」(島根・123) 「隠岐誉」(島根・125) 「筑紫の誉」(福岡・140) 「松浦誉」(佐賀・144) また、「地名+錦」のものを列挙すると、次のとおりである。 「秩父錦」(埼玉・10) 「利根錦」(群馬・21) 「美寿々錦」(長野・23) 「千曲錦」(長野・24) 「信濃錦」(長野・26) 「白馬錦」(長野・28) 「阿賀錦」(新潟・29) 「柳生錦」(奈良・49) 「会津錦」(福島・69) 「秋田錦」(秋田・73) 「三重錦」(三重・90) 「美濃錦」(岐阜・92) 「恵那錦」(岐阜・95) 「赤坂錦」(岡山・115) 「地名+寒梅」を見ても、 「越乃寒梅」 「飛騨の寒梅」 「宮寒梅」 「京乃寒梅」 「周防寒梅」 「豊の寒梅」 「三重の寒梅」 等の多数の標章が存在している。なお、このうち、「越乃寒梅」(新潟県・石本酒造株式会社)が圧倒的に有名であることは周知の事実である。 (2) 取消事由2(商標法4条1項8号)について 〈1〉 商号商標において、会社の種別や業種を表す部分が常に省略されて略称となるものではない。 また、「○○電機」の電機や「○○製作所」の製作所も一概に省略できないから、「寒梅酒造」の酒造も省略されると解することはできない。 〈2〉 仮に、「寒梅」が原告の略称であるとしても、それが全国的に周知・著名とは到底いえない。 (3) 取消事由3(商標法4条1項15号)について 引用各商標の「寒梅」が清酒に使用される原告の商標として全国に広く知られているとは到底いえない。 |
[理由] |
1 取消事由1(商標法4条1項11号)について (1) 本件商標の外観、称呼、観念について 〈1〉 本件商標の構成、指定商品等(審決書2頁3行ないし6行)は当事者間争いがなく、当審(審決)の判断のうち、本件商標は、別紙2のとおりの構成文字よりなるものであるところ、該語は、同一の書体をもって同一の大きさ、同一の間隔で一体的に書されているものであることは、当事者間に争いがない。 そして、本件商標の構成文字のうち、「宰府」の部分は、「サイフ」と称呼されるが、後記〈3〉において認定するように、一般には馴染みの薄い語であり、「宰府」の文字から、広く知られている「太宰府」ないし「太宰府天満宮」と何らかの関係のある意味を有する語ではないかとの推測をすることはできても、その正確な意味・内容が一般に広く知られているとは認められない。他方、「寒梅」の部分は、「カンバイ」と称呼され、寒中に咲く梅という意味の名詞として一般に理解され得ることは明らかである。 したがって、本件商標に接する者は、その意味を理解し得る「寒梅」の文字部分に着目すると同時に、前記のとおり推測はできても正確な意味が広く知られているとはいえない「宰府」の文字部分にもかえって着目するものとみるのが自然であり、外観上の一体性とあいまって、いずれか一方の部分のみをもって称呼しあるいは観念するものとは認め難く、むしろ一体として称呼し観念するものと認めるのが相当である。 〈2〉 以上の事実によれば、本件商標は、同一の書体をもって同一の大きさ、同一の間隔でまとまりよく一体的に書されているものであり、これにより生ずる「サイフカンバイ」の称呼も冗長というほどのものではなく、よどみなく称呼し得るものであるから、本件商標からは、「サイフカンバイ」との一連の称呼が生じ、単に「カンバイ」との称呼が生じるものとは認められない。観念についても、本件商標は、上記のように、外観上、称呼上の一体性が強いものであるから、単なる「寒梅」とは異なるある種類の特別な寒梅との観念、又は前記のような推測から太宰府ないし太宰府天満宮にゆかりのある寒梅との観念が生ずるものと認められる。 〈3〉 原告は、「産地・販売地+ある言葉○○」は、「産地・販売地」の部分に自他商品の識別性がないために、「○○」の部分が要部となるところ、本件商標中の「宰府」は、現在の福岡県太宰府市一帯ないし太宰府天満宮の所在地周辺である福岡県太宰府市宰府という名称の行政区画を示しているものであるから、本件商標からは「カンバイ」との称呼が生ずる旨主張する。 (a) 本件商標中の「宰府」の文字部分は、「宰相の役所、太宰府の略」を意味する語(岩波書店「広辞苑第4版」)と認められること(審決書23頁12行、13行)は当事者間に争いはなく、甲第6号証によれば、久松潜一監修「新装改訂新潮国語辞典−現代語・古語−」(昭和57年10月25日発行)にも上記広辞苑と同旨の説明がされていることが認められる。そして、甲第8号証によれば、「宰府」の語は、太宰府天満宮近辺の行政区画名称であることが認められ、審決の認定のうち「行政区画名称としての『宰府』が太宰府市の一部の地域であり、その地域内の太宰府天満宮の名称が菅原道真公を祭る神社として、あるいは梅の名所として、一般世人に広く知られているとしても、審決乙第7号証ないし同第9号証によれば、『太宰府市の太宰府天満宮』のように記載されていることが認められ(る)」こと(審決書25頁4行ないし8行)も、当事者間に争いがない。 しかしながら、上記広辞苑以外のより小型の辞典類においても「宰府」の語が収録され、説明されていることを認めるに足りる証拠はなく、また、「宰府」が太宰府市の一部の地域名であることが全国的に広く知られていることを認めるに足りる証拠もない。 そうすると、「宰府」は一般には馴染みの薄い語といわざるを得ず、本件商標に接する取引者、需要者(これらの取引者、需要者は、福岡県や北九州地方に居住する者だけではない。)の多くが、「宰府」の部分を全国的に知られている福岡県の太宰府ないし太宰府天満宮と何らかの関係がある意味を有する語ではないかとの推測をすることはあり得るが、これが福岡県の太宰府市の一部の地域の名称ないし行政区画名称であると正確に認識し、「宰府」を産地・販売地と当然に理解するものとは認められない。したがって、「宰府」が需要者等により地名と理解されることを前提として、本件商標からは単に「カンバイ」との称呼等が生ずる旨の上記原告の主張は理由がない。 (b) さらに、本件商標中の「宰府」が需要者等によって地名と理解されることがあるとしても、本件商標は、「宰府寒梅」と一体のものとして認識され、自他商品の識別機能を有しているものということができる。 すなわち、乙第2号証及び弁論の全趣旨によれば、日本酒造組合中央会(平成6年3月)発行の「全国蔵元一覧表」(乙第2号証)には、全国の各蔵元の製造販売している代表的銘柄2種類までが掲載されているが、「地名(地方名を含む)+語句」の銘柄の数は極めて多数に上り、一例として、「地名+誉(ほまれ)」のものを列挙すると、前記審決の取消事由に対する反論2(1)〈3〉(c)に記載のものを含め、少なくとも19個あり、「地名+錦」のものも、少なくとも16個あることが認められる。その他にも、「地名+鶴」(17個)、「地名+正宗」(12個)、「地名+泉」(6個)、「地名+娘」(5個)、「地名+男山」(4個)等の銘柄が認められるのである。そして、この事実及び弁論の全趣旨によれば、本件商標と引用各商標とにおいて共通する指定商品「清酒」は地域性の強い商品であり、清酒の取引者、需要者は、「地名A+○○」や「地名B+○○」のうち、地名部分を必ずしも産地等と理解せずに、「地名A+○○」や「地名B+○○」をそれぞれ一体のものとして把握するか、あるいは、地名部分を産地等と理解しても、「地名A+○○」や「地名B+○○」を前同様に一体のものとして把握し、いずれの場合も全体として自他商品の識別標識として認識する場合が多いものと認められる。 原告は、「全国蔵元一覧表」は、事実上使用されている銘柄の名称を単に列記しただけのものであり、その中には、商標登録されておらず、少なくとも形式的には他人の登録商標の侵害に当たるものや、審査ミス等の理由により重複登録されているものが混在しているのであって、このような資料から、商標中の地域、地区の表示は他の記載と一体となって商品を識別する上で重要な比重を占めているなどと結論することはできない旨主張するが、仮に、「全国蔵元一覧表」に掲載されている銘柄の中に、商標登録がされておらず少なくとも形式的には他人の登録商標の侵害に当たるもの等が一部含まれているとしても、上記「全国蔵元一覧表」からは、「地名+誉」、「地名+錦」、「地名+鶴」、「地名+正宗」のように、特定の語句に異なる地名が組み合わされたものが現実に商標として多数使用されている事実は認定することができるものであり、これをすべて商標権侵害に当たるものや審査ミスに係るものが単に列記されているにすぎないと認めることはできないから、この点の原告の主張は採用することができない。 また、甲第28、第29号証によれば、被告の有する商標「筑後の寒梅」を付した紙パック入り清酒がいくつかの小売店のちらしや陳列棚の表示において「寒梅パック」と表示され、甲第34号証によれば、週刊誌の連載漫画中の吹き出し台詞において、「越乃寒梅」が「寒梅」と呼ばれていることが認められるが、これらの事実は、本件商標とは異なる商標につき、しかも一部の小売店や漫画における表現にすぎないものであるから、これらの事実から本件商標についても、「寒梅」と称呼等されるものであると認めることはできない。 そうすると、本件商標中の「宰府」が太宰府と関係のある地名と認識されると仮定しても、本件商標は、取引者、需要者によって「宰府寒梅」と一体のものとして把握され、「サイフカンバイ」との一連の称呼が生じ、単に「カンバイ」との称呼は生ぜず、観念についても、「太宰府ないし太宰府天満宮に咲く寒梅」のような観念を生ずるものと認められる。 (2) 本件商標と引用各商標との対比 〈1〉 引用各商標の認定(審決書2頁8行ないし23行)、及び当審(審決)の判断のうち、引用各商標から生ずる称呼、観念の認定(同23頁22行ないし24頁4行)は、当事者間に争いがない。 〈2〉 本件商標と引用各商標とを比較すると、本件商標から生ずる「サイフカンバイ」の称呼と引用各商標から生ずる「カンバイ」の称呼は、「サイフ」の音の有無により明瞭に区別することができるものと認められる。 〈3〉 また、本件商標は、前記のように、単なる寒梅とは異なるある種類の特別な寒梅との観念又は「太宰府ないし太宰府天満宮に咲く寒梅」のような観念が生じるものであるのに対して、引用各商標は、単なる「寒梅」の観念を生ずるものであるから、両商標は観念上同一であるとすることはできないものである。 〈4〉 両商標が外観上明らかに区別し得る差異を有することは、当事者間に争いがない。 〈5〉 以上によれば、本件商標と引用各商標とは、称呼、観念、外観のいずれの点についても異なっており、総合的に対比して非類似の商標であるというべきであるから、本件商標は商標法4条1項11号に違反して登録されたものではないとの審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(商標法4条1項8号)について (1) 「寒梅」が原告「寒梅酒造株式会社」の略称であるとしても、この略称が「著名な略称」と認められるか否かの点について判断する。 〈1〉 甲第3ないし第5号証の各1、2(日本登録商標大全等)、甲第15号証(梁取三義著「日本酒大事典」昭和53年12月発行)、甲第16号証(主婦と生活社編「日本酒全蔵元全銘柄」昭和57年11月発行)、読売新聞社「日本の名酒蔵名杜氏百選」発行日不明)、甲第18号証(稲垣真美監修「吟醸美酒」昭和63年12月15日発行)、甲第19号証(講談社編「日本の名酒事典」平成2年4月発行)、甲第20号証(稲垣真美監修「日本うまいSAKE いま人気の吟醸酒265選」平成3年11月発行)、甲第21号証(稲垣真美監修「日本のSAKE 王道をゆく純米酒285選」平成4年11月発行)、甲第22号証(水沢溪編著「日本酒事典」平成5年11月発行)、甲第23号証(綱川鉦一編「最新 日本酒銘鑑」平成6年発行)、甲第24号証(徳間書店「美酒に酔う」平成6年10月発行)、甲第25号証(講談社編「日本の名酒事典」平成7年5月発行)、甲第26、第27号証(賞状)によれば、原告の前身である鈴木家は、文政4年(西暦1821年)、「寒梅」の商標を用いて清酒の醸造、販売を開始し、その後、個人営業から合名会社に組織変更し、昭和29年に合名会社金山鈴木商店から寒梅酒造合名会社へ商号変更をしたものであり、昭和35年に株式会社へと組織変更をして、現在の寒梅酒造株式会社となったものであること、原告及び本件各商標を付した清酒「寒梅」は、これまで各種の日本酒の辞典やムック本の日本酒の雑誌等に他の酒蔵とともに紹介されたことがあるが、本件で提出された証拠のうち、本件商標の登録出願時までのものは、発行日不明のもの等を含めても、前記甲第15ないし第18号証があるにとどまること、原告は、日本酒の鑑評会などにおいてたびたび入賞しており、平成元年には関東信越国税局酒類鑑評会において3期連続で金賞を受賞し、平成8年度の国税庁醸造研究所主催の全国新酒鑑評会で金賞を受賞するなど数多くの受賞をしていること、しかし、原告は、「寒梅」を付した清酒を埼玉県とその近県を中心として販売しており、他の地域での販売量はさほど多くはないことが認められる(なお、原告の清酒「寒梅」が関東地方以外に全国的に多く販売されてきたことを認める足りる的確な証拠はない。)。 また、乙第2号証、第3号証(稲垣真美著「日本の名酒」新潮選書 昭和59年1月15日)及び弁論の全趣旨によれば、本件商標及び引用各商標以外にも、清酒の商標として「寒梅」を含むものが用いられている例は、複数存在しているところ、本件商標の登録出願時又は設定登録当時、「寒梅」の名称を含む商標として全国的に広く知られていたのは、「越乃寒梅」(新潟市の石本酒造株式会社)であることが認められる。 〈2〉 以上に認定の事実によれば、原告の略称である「寒梅」や原告の清酒を指定商品とする引用各商標、特に引用商標Cは、本件商標の登録出願時(昭和63年12月)において、関東地方を中心に知られるようになり、全国的な出版物にも紹介されることがあったことは認め得るものの、これらが全国的に広く知られていたとまで認定することはできず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。 これに反する原告の主張は採用することができない。 (2) そうすると、「引用各商標が原告の業務に係る商品「清酒」を表示するためのものとして、また、「寒梅」の表示が原告の略称を表すものとして、本件商標の登録出願前より需要者間に広く認識されていたものとは認めることはできない」旨の審決の認定に誤りはなく、原告主張の取消事由2は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。 3 取消事由3(商標法4条1項15号)について (1) 前記2(1)に説示のとおり、引用各商標が原告の業務に係る商品「清酒」を表示するためのものとして、本件商標の登録出願前より取引者、需要者の間に広く認識されていたものとは認めることはできないものである。 (2) そうすると、これと同旨の審決の認定に誤りはなく、原告主張の取消事由3は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。 4 結論 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結の日 平成11年4月13日) (裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳) 理由 1 本件商標 本件登録第2364864号商標(以下「本件商標」という。)は、「宰府寒梅」の文字を書してなり、第28類「酒類(薬用酒を除く)」を指定商品として、昭和63年12月7日登録出願、平成3年12月25日に設定登録されたものである。 2 請求人の引用商標 請求人が引用する登録第45256号商標(以下「引用商標A」という。)は、別紙(1)に示した構成よりなり、第38類「清酒」を指定商品として、明治44年2月15日登録出願、同44年3月23日に設定登録され、その後、昭和5年6月30日、同26年1月19日、同46年8月30日、同56年12月25日、平成3年5月29日の5回にわたり商標権存続期間の更新登録がなされているものである。同じく、登録第380356号商標(以下「引用商標B」という。)は、別紙(2)に示した構成よりなり、第38類「清酒」を指定商品として、昭和23年7月7日登録出願、同24年12月20日に設定登録され、その後、昭和45年11月28日、同55年6月27日、平成1年12月19日の3回にわたり商標権存続期間の更新登録がなされているものである。同じく、登録第1010683号商標(以下「引用商標C」という。)は、別紙(3)に示した構成よりなり、第28類「清酒」を指定商品として、昭和45年11月20日登録出願、同48年4月26日に設定登録され、その後、昭和58年5月20日、平成5年5月28日の2回にわたり商標権存続期間の更新登録がなされているものである。 3 請求人の主張 請求人は、本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求めると申し立て、その理由及び答弁に対する弁駁を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし同第40号証(枝番を含む。)を提出している。 (1)本件商標は、以下に詳述するように、商標法第4条第1項第11号、同第8号又は同第15号、同法第8条第1項、同法第46条第1項第1号に該当するものであるから、その登録は無効とされるべきである。 (2)本件商標及び引用各商標は、それぞれ前記構成よりなるものであるところ、本件商標と引用各商標とでは、冒頭に「宰府」という言葉が付されているか否かの差異はある。しかし、この「宰府」という言葉は、「太宰府」の略称であり、旧跡の「太宰府」跡や「太宰府天満宮」の所在地、即ち、現在の福岡県太宰府市一帯の名称であり(甲第5号証及び甲第6号証)、かつ観光の名所として有名な「太宰府天満宮」の所在地近辺は福岡県太宰府市宰府という名称の行政区画である(甲第7号証)ことからしても「宰府」が地名であることは一般に馴染みが深いものである。 したがって、「宰府」は、単に指定商品について産地や販売地を表示するにすぎず、自他商品の識別性を持たない部分である。 そうすると、「宰府寒梅」に接する取引者、需要者は、産地、販売地の観念「宰府」地方と相俟って、「宰府」を棄捨して、親しみ易く強く印象付けられる「寒梅」の部分を摘出するという取捨選択により、「寒梅」の称呼、観念をもって取引に資することは明らかである(ちなみに、東京高等裁判所の判決[昭和27年5月30日 行裁例集第3巻第4号784頁以下]は「地名を示す形容詞は・・これを省略して、単にその構成部分中最も顕著な部分・・の略称を以て称呼するにいたるのが通常である」と判示している)。 したがって、本件商標と引用各商標は、称呼及び観念において相紛らわしく酷似する商標といって過言ではない。 商標の冒頭に地名を付した場合、地名部分は指定商品の産地、販売地と判断され、地名以外の部分が自他識別標識として取引に資されるとした旧第28類の審決例として、「奥州関の正宗」と「関正宗」、「奄美白波」と「白波」及び「潮来大黒夫」と「大黒(正宗)」が存在する(甲第8号証ないし同第10号証)。 酒類以外の商品についての審決例(但し、「菓子」や「雑誌」といった、「酒類」と同様に一般消費者が日常的に小売店で目にする商品についての審決例であり、商品が異なるとはいえ「酒類」を指定商品とする本件の審決例である。)に言及すると、地名を商標の冒頭に付した場合に地名部分は指定商品の産地、販売地であると判断された審決例としては、「うたげ」と「京うたげ」、「ロマン」と「大阪ロマン」、「きんさい」と「博多きんしゃい」、「生協(の味)」と「室蘭生協」、「アルバイト情報」と「東京アルバイト情報」、「山形屋」と「東京山形屋」、「花暦」と「京の花ごよみ」、「極楽堂」と「大阪極楽堂」、「ちび丸」と「南部ちび丸」等が存在する(甲第11号証ないし同第19号証)。これらも本件審判を判断する上で十分に参考になる審決例である。 なお、東京高等裁判所の判決として、「地名+ある言葉」を同一の書体、同一の大きさの文字にて、一連に書してなる商標が、当該「ある言葉」からなる商標に類似する旨を判示したものとして、「阿武隈川」と「東京阿武隈」及び「雲龍」と「白山雲竜」が存在(甲第20号証及び同第21号証)し、後者は最高裁判所でも類似と判断されている(甲第22号証)。 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号、同法第8条第1項に該当する。 (3)請求人の前身である鈴木家は文政4年(西暦1821年)以来、継続して180年近くにわたり「寒梅」商標を用いて清酒を醸造、販売している。請求人は、昭和31年当時は寒梅酒造合名会社であり、昭和35年に寒梅酒造株式会社となり、「寒梅」の名称の商号のもとで40年以上にわたり清酒「寒梅」を醸造し販売してきており、清酒「寒梅」と言えば寒梅酒造を、寒梅酒造と言えば清酒「寒梅」を認識する程周知となっており、その結果として、「寒梅」は、請求人の商標としてだけでなく、請求人の略称として、取引者、需要者間に広く認識されるに至っている。 昭和53年12月発行「日本酒大事典」(甲第23号証)、昭和57年発行「日本酒全蔵元全銘柄」(同第24号証)、1990年発行「日本の名酒事典」(同第27号証)、1993年発行「新編日本酒事典 厳選美酒名酒」(同第30号証)、1995年5月発行「日本の名酒事典」(同第33号証)には、それぞれ請求人の清酒「寒梅」が請求人の名称と共に掲載されており、1988年発行「吟醸美酒」(同第26号証)には、請求人の「寒梅大吟醸」が「厳選美酒260」の1つに、平成3年発行「日本うまいSAKE」(同第28号証)には、請求人の「寒梅大吟醸」が「いま人気の吟醸酒265選」の1つに、平成4年発行「日本のSAKE」(同第29号証)には、請求人の「純米酒寒梅」が「王道をゆく純米酒285選」の1つに、それぞれ選ばれ、請求人の名称と共に掲載されている。また、昭和61年発行「日本の名酒蔵・名杜氏百選」(同第25号証)及び1994年発行「最新日本酒銘鑑」(同第31号証)において、請求人は、前者は名酒蔵「百選」の1つに、後者は「厳選542蔵元」の1つに、選ばれ、請求人の清酒「寒梅」が紹介されており、平成6年発行「美酒に酔う 平成4年から6年全国国税局別鑑評会受賞蔵元一挙掲載!」(同第32号証)には、請求人は平成5年鑑評会受賞蔵元として、請求人の清酒「寒梅大吟醸」と共に紹介されている。 上記の各種の日本酒紹介雑誌の約半分は、本件商標の登録出願日以降の発行に係るものであるが、これは、いわゆる「地酒ブーム」が昭和60年頃から開始し、その頃からこの種の雑誌が頻繁に発行されたことに基づくものであって、それ以前において請求人の清酒の名称であり、請求人の名称(略称)「寒梅」が有名ではなかったことを意味するものではない。むしろ、以前から有名であるからこそ、「地酒ブーム」の開始と同時にこの種の雑誌に紹介され、今日に至るまでほぼ毎年のように紹介されているのである。 上記の書籍の紹介記事に加えて、請求人の「寒梅」は、日本酒の鑑評会などにおいて、受賞しているという事実がある。資料として現存している最も古いものとして昭和31年度の全国清酒品評会の優等賞状(甲第34号証)、最新のものとしては平成8年度の全国新酒鑑評会金賞賞状がある(同第35号証)が、他にも「関東信越局の鑑評会に四回入賞、杜氏組合の自醸酒品評会では優等賞もたびたび受け・・」(同第25号証)、「寒梅ブランドは平成元年に関東信越国税局酒類鑑評会で3期連続の金賞受賞。昭和63年度には春(純米酒部門)・秋(吟醸酒部門)で連続受賞を果たしている・・」(同第29号証)、「平成5年鑑評会受賞蔵元」(同第32号証)等、数々の賞を受け、このことからも、「寒梅」の商標は有名になり、取引者、需要者間に広く認識されるに至っていることがわかる。 本件商標は、請求人の著名な略称「寒梅」を含むものでありながら、本件商標の商標権者は、請求人の承諾を得ずに本件商標の出願を行ない登録を得ている。したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第8号にも該当する。 (4)上記(3)で記載したとおり、請求人の名称のみならず請求人の所有に係る商標「寒梅」は、全国的に知られている以上、本件商標の如く「宰府」の文字を「寒梅」の文字の頭に冠して出願人が酒類(薬用酒を除く)「宰府寒梅」を販売すれば、かかる商品につき、取引者、需要者に商品の出所について混乱を生じ、他人たる請求人の業務に係る商品である清酒「寒梅」と混同を生ずるおそれのあることは必至である。 よって、仮に本件商標が商標法第4条第1項第8号及び第11号のいずれにも該当しないとしたにせよ、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当する。 (5)答弁に対する弁駁 〈1〉被請求人は、乙第1号証ないし同第3号証(国語辞書)を挙げて、「宰府が行政区画名であるにしても、世間一般に広く知られた地理的名称ではなく、本件商標は造語商標といえる」旨結論づけているが、この主張は極めて妥当でない。 なるほど乙第1号証ないし同第3号証には、「宰府」の項目はないが、そのことから直ちに、「宰府」が地名として知られていない、との結論が導かれるわけではない。乙第1号証は、日本国において全国的に有名な地名である「東京」も「大阪」も、項目としては欠落しているのである(甲第36号証)。 まず、「太宰府天満宮」が観光地として有名であり、毎年多くの人々が訪れる場所であることは、乙第7号証ないし同第9号証から明らかである。 ところで、甲第37号証は、「太宰府天満宮」近くの土産物屋の店頭を撮影した写真と、その戸口に表示された行政区画の表示板を撮影した写真の証明書である。この類の表示は、「太宰府天満宮」近辺ではいたる所に見受けられることからして、「太宰府天満宮」を毎年訪れる多数の観光客は、当地が「宰府」という行政区域であることを知って帰宅するものである。 してみると、乙第1号証ないし同第3号証に「宰府」の項目が掲載されていなくとも、観光旅行を通じて、「宰府」が行政区画名であり地名であることは、世間一般に知られているものである。さらに付言すると、「宰府」の語を「太宰府天満宮」近辺の地名として使用していると思料される「宰府の紅梅」「宰府の白梅」の商標が公告になっている事実も存在する(甲第38号証の1及び2)。 これらからすれば、「宰府」が「太宰府天満宮」近辺の地名であることは、一般に知られていると解するのが妥当である。 〈2〉被請求人は、「太宰府」が「酒類」の産地・販売地として認識されるような事実はない旨主張するが、これも失当である。 およそ商品「酒類」の生産は、これが不可能と考えられるような地名以外、日本国では、全国津々浦々で米が栽培され、酒が造られているのであって、取引者、需要者は地名であれば原則として商品「日本酒」の産地と認識する。したがって、「宰府」を産地表示と認識するものである。この点については、日本国の津々浦々で米が栽培され酒が造られているという厳然たる事実に鑑みれば、「例外は、その例外を主張する者が立証責任を負う」との立証責任の分配の法則からして、被請求人が「取引者、需要者にとって、『宰府』が『産地』と認識されることが有り得ない」旨につき立証しなければならないと解する。 また、観光地では土産物屋がその土地の地酒を店頭などで販売するのが常であるから、「太宰府天満宮」という観光地近辺でも、酒類の販売は取引者、需要者にとって予想され、取引者、需要者は、「宰府」につき、少なくとも販売地との認識は持つものである。さらに、福岡県太宰府市宰府にも酒販店は存在している(甲第39号証)。 以上からすれば、取引者、需要者は、「宰府」につき、産地、あるいは少なくとも販売地との認識を持つと解するのが妥当である。 〈3〉被請求人は、請求人が示した審決例並びに東京高等裁判所及び最高裁の判例を否定して、「越乃白梅」と「白梅」についての審決(乙第4号証)を根拠に反論するので、該審決の背後事情について、まず明確にしておく。 「地名+ある言葉」が当該「ある言葉」に類似するか否かという問題であるが、例えば「東京タワー」と「タワー」のように、「地名+ある言葉」を固有名詞とする物が実在し、取引者、需要者にとって当該固有名詞が広く知られている場合には、「地名」部分と「ある言葉」部分とが一体として認識され、冒頭の地名部分は産地、販売地と認識されることはないものである。 しかしながら、上記「越乃白梅」と「白梅」の審決のように、「越乃白梅」について「“北陸道地方の白い梅の花”のごとき意味合い」との理由は相当ではない。なぜならば、「越乃白梅」が特定の梅の花の固有名詞として存在しておらず、取引者、需要者は、「越」を産地、販売地、「白梅」を要部と認識するからである。 仮に、「越乃白梅」と「白梅」の審決が妥当なものとするならば、例えば、「奄美白波」と「白波」の審決例(甲第9号証)も同様の理由で非類似になった筈であり、冒頭に地名を付したすべての商標は、「○○地方の〜のごとき意味合い」との理由により非類似となるとの結論に至り、産地、販売地表示部分は自他商品の識別力がない、との商標法の大前提が崩れることになる。 思うに、「越乃白梅」と「白梅」の審決の背後には、請求人の「寒梅」以外に「越乃寒梅」という商標が登録されている事実があるため、「越乃白梅」と「白梅」とについても同様に非類似とすべきではないかとの判断が先に立ち、その上で、その理由として「“北陸道地方の白い梅の花”のごとき意味合い」と述べたものと解釈される。 そこで、請求人の「寒梅」と「越乃寒梅」との両方が登録されている事実について、若干説明をする。「越乃寒梅」は、旧国名であり産地・販売地表示である「越の国」の意味の「越乃」を「寒梅」の冒頭に付しただけのものであり、現在の商標法の基準に照らせば、請求人の登録商標「寒梅」と類似して登録できない筈の商標である。しかしながら、「越乃寒梅」の登録は、明治時代の商標法下で登録された商標(登録第35980号、甲第40号証)であり、当時の商標法には、いわゆる「先使用権」の規定が欠落していた代替として、善意使用者を保護するために善意使用者に対して二重登録を正面切って認めていたものである(東京地方裁判所昭和39年10月31日判決、下級民集第15巻10号2626頁、特に2634頁参照)。このような規定が明治時代の商標法に存在していたからこそ、請求人の有する「寒梅」が明治24年に登録されていたにもかかわらず、「越乃寒梅」も重複登録されたのである。 「越乃白梅」と「白梅」の審決は、上記「越乃寒梅」についての明治時代の商標法に遡及する特殊な経緯の存在を知らずに、「寒梅」と「超乃寒梅」との両方が登録されている事実とパラレルに考えて、「白梅」が登録されていても「越乃白梅」は登録されるとの結論だけが先行し、その上で、「“北陸道地方の白い梅の花”のごとき意味合い」との不十分な理由が付せられたのであろうと解される。 以上のように、被請求人が自己の主張の根拠として引用する「越乃白梅」と「白梅」の審決は妥当でなく、「潮来大黒天」と「大黒正宗」の審決(甲第10号証)のように、「地名を冠することにより地名と一体となった特別な固有名詞の観念が生じる」場合にのみ、冒頭の地名部分が産地、販売地表示とならないと解するのが相当である。 〈4〉被請求人は、「『サイフカンバイ』の称呼も7音で冗長といえず、淀みなく一連に称呼し得るものである」ことを根拠に、本件商標は「寒梅」と非類似と主張するが、「奄美白波」と「白波」の審決(甲第9号証)の例でも「『アマミシラナミ』の称呼も7音で冗長といえず、淀みなく一連に称呼し得るものである」ところ、「白波」に類似するとの判断が下されているのである。したがって、被請求人のこの主張は理由がない。 また、被請求人は、「同じ書体、同じ間隔、同じ大きさで一連に表記し、特に軽重の差を見出すことができない程外観上まとまりよく一体的に構成されている」ことを根拠に本件商標は「寒梅」と非類似と主張するが、「潮来大黒天」と「大黒正宗」の審決(甲第10号証)の例でも「潮来大黒天」は「同じ書体、同じ間隔、同じ大きさで一連に表記し、特に軽重の差を見出すことができない程外観上まとまりよく一体的に構成されている」(甲第41号証)のであるから、この主張もまた理由にならない。 〈5〉被請求人は、本件商標の観念につき「造語商標であり、観念を有しない」と述べるが、漢字には固有の意味があり、漢字商標に接する者はこれを意味によるまとまりとして知覚するものであるから、本件商標に接する取引者、需要者は、「宰府」と「寒梅」との2つのまとまりと認識するのは明らかである。 被請求人は、「〈1〉称呼について」及び「〈2〉観念について」において、「『早春に咲く菅原公の梅』の観念をもって称呼される」、「『宰府』が『太宰府』を指すとしても、・・『早春に咲く菅原公の梅』と観念するのが一般的」とするが、そうだとすると、次のような矛盾が生じる。「宰府の紅梅」「宰府の白梅」の商標(甲第38号証の1及び2)は、本件商標と観念が同一となり、これら2件の商標は公告されなかった筈である。「太宰府天満宮」の「菅原公の梅」を含む梅については乙第7号証や同第8号証に示されるように、あくまでも「飛梅」「白梅」「紅梅」と称されており、これを「寒梅」と称することは皆無であるという厳然たる事実に反する。したがって、本件商標に接する取引者、需要者は、産地、販売地の「宰府」と要部「寒梅」との結合と把握するのが通常である。 〈6〉被請求人は、両商標の外観非類似を主張するが、「潮来大黒天」商標の態様(甲第41号証)と「大黒正宗」商標の態様(甲第10号証)とを比較すれば、外観上の差異があっても登録無効とするのを妨げないことは明らかである。 〈7〉被請求人は、乙第11号証ないし同第22号証を示しているが、請求人は、乙第11号証の「尾張の寒梅」について、すでに商標法46条第1項に基づく登録無効審判を請求している(平成8年審判第7364号)。 そもそも、乙第11号証の「尾張の寒梅」が登録に至ってしまったのは、「越乃寒梅」が登録されていることから、単純にパラレルに考え、「越乃寒梅」には明治時代の特殊な経緯がある事実を知らずに、かかる特殊経緯のない「尾張の寒梅」も登録してしまったのではないかと思料するところである。 また、被請求人は、乙第23号証を示し「『寒梅』の文字を含む商標を付した商品が現実の市場に多数存在する」とし市場の混乱はない、とするが、これは論理の飛躍である。あるヒット商品が発売されると、それと同一の商標や類似した商標を付した商品が、良く言えば「便乗商法」悪く言えば「海賊版」として町中にあふれるのは、よくあることである。本件審判請求や、「尾張の寒梅」に対する登録無効審判請求は、請求人の「寒梅」について「便乗商法」を行なう者が増えてきたので、これら偽「寒梅」ブランドを取り締まろうとの請求人の方針に基づくものであって、被請求人の理屈は、他に「寒梅」の侵害者が多数いることをもって自己の抗弁としようとしているものであり、不当であることは明らかである。 〈7〉被請求人は、周知、著名性について、具体的な証拠を提示していない、とするが、請求人は甲第23号証ないし同第35号証を提出している。このうち、書籍類は全日本に流通している。年間製造量などの被請求人摘示の事項の情報を示すまでもなく、名酒の蔵として出版社の取材の対象とされ、取材記事の掲載された書籍が全国に流通し、全国の書店で消費者に販売された事実をもってすれば、周知、著名性は満たしている。 被請求人は、甲第23号証ないし同第25号証を「カタログ的色彩が濃く、請求人の一広告記事にすぎない」と主張するが、これこそ何等の根拠もない誹謗である。請求人の商品「寒梅」を掲載した書籍群の出版社が同一の出版社で一社であれば、何らかのコネで広告代わりに掲載してもらったのではないかとの抗弁も成り立ち得ようが、それぞれに出版社は異なるのであるから、広告記事であるはずがない。しかも、甲第25号証は「読売新聞社」という日本有数の出版業者が、多数存在する日本酒の蔵元から百蔵元を選んで取材し、発行した本であり、名声がある蔵の「寒梅」ブランドだからこそ掲載されたのである。 また、地酒ブームが生じる以前は、この種書籍は発行されていなかったが、請求人の「寒梅」及び請求人の略称「寒梅」は、それ以前から有名であったことは、前記したとおりである。 さらに、被請求人は、乙第24号証及び同第25号証を示して反論するが、「全国新酒鑑評会」が権威ある品評会の一つであることは認めるにしても、他の品評会などで受賞し清酒「寒梅」及びその蔵元名の略称「寒梅」が取引者、需要者に知られていた事実を全く無視し、あたかも「全国新酒鑑評会」の受賞でなければ、周知、著名性の立証に役立たないかのごとき議論は不当である。 〈8〉被請求人は、最高裁昭和57年11月12日判決を根拠に、請求人の略称は、「株式会社」を除いた「寒梅酒造」であり、本件商標には「寒梅酒造」の文字は含まれていない旨反論するが、これは、当該最高裁判例をあまりに杓子定規に解釈した結果であって妥当ではない。 会社の場合、その商号から「株式会社」「有限会社」といった部分を除いた残りが略称になる場合が多いが、上記判決は「略称は、必ず、商号から『株式会社』『有限会社』といった部分を除いた残りである」とまでは判示していない。例えば、昨年秋に経営破綻してマスコミで大きく取り上げられた「株式会社山一証券」は、「山一」と略称されていた。その他、「株式会社三和銀行」が「三和」、「株式会社日立製作所」が「日立」と略称されるように、「株式会社」「有限会社」といった部分のみならず、その業種を示す「証券」「銀行」「製作所」もまた除かれて略称となるのである。(乙第28号証参照) 請求人の略称は、「株式会社」及び業種を示す「酒造」を除いた「寒梅」である。(甲第25号証には「この地に『寒梅』蔵元が創業したのは」との記載があり、また、同第28号証には「蔵元・寒梅は、・・」とあることからも理解されよう)したがって、本件商標は「寒梅」を含むのは明らかである。 4 被請求人の主張 (1)被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として、乙第1号証ないし同第28号証を提出している。 (2)商標法第4条第1項第11号及び同法第8条第1項について、 〈1〉請求人は、本件商標中の「宰府」は、地名であるので、指定商品の産地、販売地表示にすぎず、自他商品の識別性を有しないから、本件商標は「寒梅」の称呼、観念をもって取引に資され、両商標は類似する商標である旨主張し、甲第5号証ないし同第7号証を挙げている。 しかしながら、手頃な価格で家庭でも一般的に使用される乙第1号証ないし同第3号証(国語辞典)には、「宰府」の記載がないことからすれば、「宰府」が行政区画名であるにしても、世間一般に広く知られた地理的名称ではなく、本件商標は造語商標である。 したがって、本件商標中「寒梅」の文字部分のみが自他商品識別標識として取引に資されることはないものである。 〈2〉仮に、百歩譲って、「宰府」の文字が「太宰府の略称」という地名として認識されたとしても、直ちに地名が産地、販売地を表示するものとして省略され、地名以外の部分が自他商品識別標識として取引に資されることは、以下の理由によりないものと思料される。 まず、「太宰府」が指定商品「酒類」やその原料である米の産地、販売地として認識されるような事実はなく、請求人も、何らそのことについては立証していない。 また、請求人は、本件商標が「寒梅」の文字をもって取引される可能性がある証拠として、甲第8号証ないし同第19号証及び甲第20号証ないし同第22号証を挙げている。しかしながら、これらの審決で挙げられた商標の地名部分に該当する「奥州」、「奄美」、「潮来」、「京」、「大阪」、「室蘭」、「東京」、「南部」、「博多」、「白山」は、上述の国語辞典にも地名として記載されている。しかも、その審決及び判決の理由を精査するに、単に商標構成中の地名を除いたことのみで商標を類似と判断したものではなく、その対象となった商標の外観、称呼、観念並びに指定商品、商品取引の実情等を総合的に考慮したうえで、類似であると判断している。したがって、これらの証拠は本件について採用するに値しないものである。 〈3〉以上の点をふまえて、本件商標と引用商標の類似性について判断した場合、 (a)称呼について;本件商標は、漢字4文字を同じ書体、同じ間隔、同じ大きさで一連に表記し、特に軽重の差を見出すことができない程外観上まとまりよく一体的に構成されている。これより生ずる「サイフカンバイ」の称呼も7音で冗長といえず、淀みなく一連に称呼し得るものであるため、「寒梅」の文字部分のみが独立して認識されることはないものである。したがって、本件商標は、その構成文字に相応して「サイフカンバイ」の称呼のみを生じ、引用商標から生じる「カンバイ」とは称呼上非類似である。 このことは、指定商品「酒類」において、本件と同じく語頭に地名を付した商標とその地名を除いた商標で、かつその比較する2つの商標も本件と同じ7音と4音である「越乃白梅」と「白梅」が称呼上非類似であるとした審決(乙第4号証)からも明らかである。この審決において、「趣乃白梅」は、「構成中『越』の文字は、もとの北陸道(・・)を表し、『白梅』の文字は白色の梅の花を意味することから、この商標全体から“北陸道地方の白い梅の花”のごとき意味合いを容易に理解させるものといわなければならない。また、前半の『越乃』の文字と後半の『白梅』の文字とは、書体、文字の大きさ、間隔等を同じくし、外観上まとまりよく一体的に表現され、特に軽重の差を見いだすことができないものである。しかも、この商標から生じると認められる称呼『コシノシラウメ』も淀みなく一連に称呼し得るものであり、『白梅』の文字部分のみが独立して認識されると見るべき特段の事情はみいだせない。そうとすれば、本願商標は、その構成文字に相応して『コシノシラウメ』の称呼のみを生じるものとみるのが相当である。・・」というふうに、商標を認識する際は、地名よりもむしろ、観念、外観、称呼の音数を中心に判断している。本件商標がこの審決例と同様に、商標全体から一定の観念を生じること、外観上も一体不可分であること、称呼も冗長でないことは前述したとおりである。 また、本件商標と指定商品を異にするにしても、本件商標と同様に一般需要者を対象とした商品を指定商品とした「吉備田楽」と「田楽」、「京都大仏」と「大仏」を、いずれも称呼上非類似とした審決例(乙第5号証、同第6号証)があるが、いずれも外観上のまとまりのよさや観念、称呼の音数の点から商標全体をもって類否判断をし、その上で非類似と判断している。 しかして、本件商標から生じる称呼「サイフカンバイ」と引用商標から生じる称呼「カンバイ」を比較するに、両称呼は、音構成の差異等により、それぞれ一連に称呼するも、十分に識別し得るものである。 また、仮に請求人主張の如く、「宰府」が「太宰府」を指すとしても、世人は、菅公で有名な飛梅を想起し、本件商標は全体として「早春に咲く菅公の梅」の観念を生じる。しかも、「太宰府天満宮」が学問の神様である菅原公と共に、梅の名所として一般に広く知られている(乙第7号証ないし同第10号証)ことからすれば、「宰府」の文字が商標全体に与える影響は大きく、称呼する際に、構成全体を一体不可分のものとして、「早春に咲く菅原公の梅」の観念をもって称呼される。 よって、両商標は称呼上非類似と思料される。 (b)観念について;本件商標は、造語商標であり、観念を有しないが、強いていえば、「宰相の役所で早春に咲く梅」の観念を生じるものである。他方、引用商標は「寒中に咲く梅」の観念を生じる。 また、百歩譲って、請求人主張の如く、「宰府」が「太宰府」を指すとしても、前述のように世人は「飛梅」を想起し、「早春に咲く菅原公の梅」と観念するのが一般的であり、単なる「寒梅」とは別異の観念を生じ、両商標の観念は明らかに異なる。 (c)外観について;本件商標は漢字4文字をゴシック体を用いて普通に書してなるものである。他方、引用商標A、Bは、共に図形と漢字2文字からなる結合商標であり、かつその文字部分は特殊な書体を用いたものである。引用商標Cもまた特殊な書体を用いてなる商標である。したがって、本件商標と引用各商標は、時と所を異にして観察した場合でも、互いに異なる印象を与えることは明らかであって、外観上非類似である。 以上のことより、本件商標と引用各商標は非類似の商標であり、混同を生じることはない。 〈4〉なお、指定商品「酒類」において、過去の登録例及び公告例を概観すると、構成中に「寒梅」の文字を含む商標は、本件と同様に地名を語頭に有するものだけでも、多数存在する(乙第11号証ないし同第22号証)。これらはいずれも、本件と同様に地名が産地、販売地として省略されることなく構成全体が一体不可分のものとして認識されることで、引用商標とは非類似の商標として判断され、公告及び登録されたものである。 〈5〉また、「日本酒ベストセレクション392」(乙第23号証)の紹介記事等からも明らかなように、「寒梅」の文字を含む商標を付した商品が現実の市場に多数存在することから勘案すれば、仮にこれらを請求人の主張どおりに地名が付されていることを理由に「カンバイ」と称呼し取引を行った場合は、相互の商品の識別が不可能となり、市場は混乱を生じるはずであるが、そのような混乱は現実には起きておらず、取引の実際においても本件商標が「宰府寒梅」と認識され、商標「寒梅」とは別異の商品として取引されていることは明らかである。 (2)商標法第4条第1項第8号及び同第15号について、 〈1〉請求人は、周知、著名性を立証する具体的な証拠、例えば、引用商標を使用する商品の年間製造量、年間売上高、販売経路、販売地域等を何ら提示していない。また、証拠として提示した刊行物甲第23号証ないし同第33号証、同第34号証及び同第35号証のうち、本件商標の登録出願日前のものは、甲第23号証ないし同第25号証及び同第34号証の4件のみである。他の9件は、いずれも本件商標の登録出願日以降のものであるため、引用商標が広く一般に認識する程周知であったことを立証するものにはなり得ないものである。 請求人は、上記本件商標の登録出願以降の証拠提出に関し、「地酒ブームが昭和60年頃から開始し、その頃からこの種の雑誌が頻繁に発行され出したことに基づくもので、『寒梅』が以前から有名であるからこそ、地酒ブームの開始と同時にこの種の雑誌に紹介され、今日に至るまで、ほぼ毎年のように紹介されている」旨説明しているが、この記述には何の根拠もなく、証拠として提出したこの種の刊行物の発行が本件商標出願日以降であったことを弁解するにすぎない。 〈2〉本件商標の登録出願日前に発行された刊行物について検討するに、甲第23号証ないし同第25号証は、カタログ的色彩が濃く、請求人の一広告記事にすぎないものであるため、引用商標の周知、著名性を立証するものとはなり得ない。 また、請求人は、甲第34号証(昭和31年度全国清酒品評会の優等賞状)や同第25号証(「関東信越局の鑑評会に4回入賞、杜氏組合の自醸造品評会では優等賞もたびたび受けた」の記載)をもって、周知、著名であることを主張している。 しかしながら、周知、著名性を立証するような酒造業界において最も権威ある日本酒の品評会といえば、明治44年に発足し現在でも続いている「全国新酒鑑評会」であり、そのことは乙第24号証(日本の酒づくり)、同第25号証(昭和60年審判第24895号審決)の記載に徴し、明らかである。 「全国新酒鑑評会」の金賞の選考方法については、乙第26号証(日本酒ベストセレクション392)に記述のとおりであるが、引用商標を使用した商品が、本件商標の登録出願前に「全国新酒鑑評会」において金賞を受賞した事実はない。 また、「全国清酒品評会」(甲第34号証)は、乙第27号証(吟醸酒の来た道)に記載の如く、「日本醸造協会」が酒造会社に呼びかけ明治40年に開始され、戦前は「全国新酒鑑評会」以上に盛大に開催されていたが、昭和13年で中止となり、戦後は昭和27年に別団体により復活したものの、隔年開催で昭和33年の第4回をもって中止となった経緯があるため、その賞状をもって、本件商標の登録出願日以前に周知、著名性を取得していたことを立証するに足りるものとは到底言えない。仮に、百歩譲って「全国清酒品評会」が権威ある品評会であったとしても、本件商標の登録出願日より32年も前の話であり、現在では開催されていないことからすれば、周知性を立証するものではない。したがって、これら請求人のあげた賞の受賞の事実をもってしても、引用商標の周知、著名性を何ら立証するものではない。 〈3〉請求人は、被請求人が請求人の承諾を得ずにこの著名な略称「寒梅」を含む本件商標の出願を行い登録を得ているので、商標法第4条第1項第8号に該当する旨主張するが、請求人の名称は、「寒梅酒造株式会社」であり、その略称は「株式会社」を除いた「寒梅酒造」である。このことは、最高裁昭和57年11月12日の判決(乙第28号証)で、「株式会社の商号から株式会社の文字を除いた部分は商標法4条1項8号にいう『他人の名称の略称』にあたり、右のような略称を含む商標は、右略称が当該会社を表示するものとして『著名』であるときに限り、商標登録を受けることができない。」旨判断したことからも明らかである。 してみると、本件商標は「宰府寒梅」であり、その略称「寒海酒造」を含まず、かつ、請求人が略称であるとする「寒梅」も前述したように周知、著名でないことは明らかである。 (3)以上、本件商標は、商標法第4条第1項第11号、同第8号、同第15号、同法第8条第1項に該当せず、したがって、同法第46条第1項第1号に該当しないものである。 5 当審の判断 (1)商標法第4条第1項第11号、同法第8条第1項について、 〈1〉本願商標は、前記構成文字よりなるものであるところ、該語は、同一の書体をもって同一の大きさ、同一の間隔でまとまりよく一体的に書されているものであり、これより生ずると認められる「サイフカンバイ」の称呼も冗長という程のものではなく、淀みなく称呼し得るものといえる。 また、本件商標中の「宰府」の文字部分は、「宰相の役所、太宰府の略」を意味する語(岩波書店「広辞苑第4版」)と認められるが、一般世人には馴染みが薄い語というのが相当であるから、該語より直ちに上記意を理解するものとは認め難いところである。 してみると、本件商標は、前記したように、外観及び称呼上不可分一体性が強いところから、全体として1つの造語を表したと把握、認識されるものと判断するのが相当である。 そうとすれば、本件商標は、その構成文字に相応して「サイフカンバイ」の一連の称呼を生ずるものであって、単に「カンバイ」の称呼は生じないものといわなければならない。 これに対して、引用商標A、Bは、それぞれ別紙(1)(2)に示したとおり文字と図形との組み合わせよりなるものであるところ、その構成中顕著に書された文字部分は、「寒梅」と草書風に表されているものであるから、該文字より「カンバイ」(寒梅)の称呼、観念を生ずるものである。 また、引用商標Cは、別紙(3)に示したとおりの構成よりなるものであるから、その構成文字に相応して、「カンバイ」(寒梅)の称呼、観念を生ずるものである。 そこで、本件商標と引用各商標を比較すると、まず、称呼についてみるに、本件商標より生ずる「サイフカンバイ」の称呼と引用各商標より生ずる「カンバイ」の称呼は、前半部において「サイフ」の音の差異を有するものであるから、両称呼は明瞭に聴別し得るものである。 また、本件商標は、前記したように、造語よりなるものであるのに対して、引用各商標は、「寒梅」の観念を生ずるものであるから、両商標は観念上比較することができないものである。 さらに、両商標は、前記した構成よりみて外観上明らかに区別し得る差異を有するものである。 してみると、本件商標と引用各商標は、称呼、観念、外観のいずれの点についても非類似の商標といわなければならない。 〈2〉上記〈1〉に関し、請求人は以下の如く主張するのこの点について検討する。 (a)本件商標中の「宰府」は、「太宰府」の略称であり、太宰府天満宮近辺の行政区画を表示するものであるから、地名としてよく知られ、指定商品に使用するときは、商品の産地、販売地を表示するにすぎす、自他商品の識別機能を果たし得ない部分であるから、本件商標と引用各商標は類似する旨主張し、審決例、判決例を挙げている。 甲第5号証ないし同第7号証及び同第37号証によれば、「宰府」の語は、「太宰府」の略称をも意味する語であり、また、太宰府天満宮近辺の行政区画名称であることが認められるとしても、「宰府」の語は、前記したとおり、一般世人に馴染みが薄い語であること、行政区画名称としての「宰府」が太宰府市の一部の地域であり、その地域内の太宰府天満宮の名称が菅原道真公を祭る神社として、あるいは梅の名所として、一般世人に広く知られるとしても、乙第7号証ないし同第9号証によれば、「太宰府市の太宰府天満宮」のように記載されていることが認められ、「太宰府市」と「太宰府天満宮」とを結びつけて連想する場合があるとしても、「宰府」と「太宰府天満宮」とを結びつけて、両語を関連付ける場合は少ないものと考えられること、「宰府」が酒類、とりわけ清酒の産地、販売地を表示するものとして、よく知られているという事実を見出し得ないこと、さらに、清酒が地域性の強い商品といった性質からすると、使用される商標中に地名が含まれている場合、当該地で生産された商品であることをある程度暗示させることはあるとしても、当該地名を直ちに産地等の表示と理解せず、むしろ、地名と結合された他の語とを一体のものとして把握し、全体として自他商品の識別標識として認識する場合が多いことなどを考慮し、前記に認定した、本件商標の一体不可分性が強いことなどを併せ考えると、本件商標中の「宰府」の文字部分を産地、販売地表示と理解し、「寒梅」の文字部分のみを抽出して称呼、観念し、取引に当たるものとはみられないところであるから、請求人のこの点に関する主張は採用できない。 また、請求人の挙げた審決例、判決例が本件審判と必ずしも事案を同じくするものとはいい難く、本件商標と引用各商標が非類似であるとする結論を左右するものではない。 (2)商標法第4条第1項第8号及び同第15号について、 請求人は、引用各商標及び同人の略称である「寒梅」は、需要者間に広く認識されている旨主張し、甲第23号証ないし同第35号証を提出しているので、該証拠についてみるに、本件商標の登録出願前に発行されたと認められる証拠は、甲第23号証ないし同第25号証(但し、甲第25号証は請求人が請求理由中で「昭和61年に発行」と述べるのみで証拠からは確認できない。)及び甲第34号証である。 そして、本件商標の登録出願後に発行された甲第26号証ないし同第33号証には、請求人は「文政4年の創業」なる記載が認められ、請求人が古くから清酒の製造、販売をしていたことは認められる。 また、甲第34号証をはじめ、同第25号証、同第29号証によれば、請求人の業務に係る商品「清酒」は、全国清酒品評会、関東信越局の鑑評会等において受賞したことも認められる。 しかしながら、本件商標の登録出願前において、引用各商標を使用した清酒が年間如何なる数量を製造し、販売したのか、また、如何なる地域で取り引きされたか全く明らかでなく、甲第23号証、同第24号証にしても、請求人及び同人の取扱いに係る商品は、数ある清酒の商標及び蔵元を紹介するもののうちの一つを示しているにすぎない。のみならず、本件商標の登録出願前に発行された証拠中には、請求人を単に「寒梅」と略称して表示しているものは見当たらない。 してみると、請求人の提出した証拠をもってしては、引用各商標が請求人の業務に係る商品「清酒」を表示するためのものとして、また、「寒梅」の表示が請求人の略称を表すものとして、本件商標の登録出願前より需要者間に広く認識されていたものとは認めることはできない。 さらに、前記(1)〈1〉で認定したとおり、本件商標は、書された文字全体が一体不可分のものとして、把握、認識されるものであるから、その構成中の「寒梅」のみが独立し認識されるものではないことも相俟って、本件商標は、他人の名称の著名な略称を含むものとはいえず、かつ、被請求人がこれをその指定商品に使用しても、商品の出所について混同を生じさせるおそれはないものとみるのが相当である。 (3)以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第11号、同第8号、同第15号及び同法第8条第1項に違反して登録がなされたものということはできないから、同法第46条第1項の規定によりその登録を無効とすることはできない。 よって、結論のとおり審決する。 |
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