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①特段の事情の意義
保護の対象(発明の要旨)の認定に関する最高裁判決である、リパーゼ判決は、特段の事情がない限り、発明の要旨は特許出願の請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない、と判示しています。
そして、そうした事情の第一として挙げられているのが、特許出願人によって作成された請求の範囲が“記載の技術的意義が明確に理解できる”ものではないことです。
記載の技術的意義が明確に理解できるものでないとはどういう場合をいうのかを、リパーゼ判決後の判例を通じて考えます。
②特段の事情の内容
(a)平成21年(行ケ)第10403号(洗濯機の脱水槽事件)は、特許無効審判の審決(棄却審決)の取消請求事件です。
(b)洗濯機の脱水槽は、金属板を円筒にして両端を接合して胴部とし、その下端に底板を結合し、さらに胴部の上端部にバランスリングを装着したものを基本構成とします。
(c)その接合部が脱水槽を覗く利用者に見えて外観上良くないとか、溶接した接合部が錆びるとか、あるいは錆が洗濯物に付着してしまうという不都合を避けるため、従来の脱水槽では、前記接合部を内側から流路形成部材で覆うようにしています。しかしながら、この部材はプラスチック製であり、金属とは熱膨張率が異なり、冷えたときの熱収縮量が胴部より大きいので、バランスリングとの間、底板との間に隙間を生じてしまい、その隙間に洗濯物がはさまるなどの問題点がありました。
(d)こうした問題点を解決するため、特許出願人は、前記基本構成に加えて、「フィルタ部材を具え、このフィルタ部材が上下の全
長で前記胴部の接合部を内側より覆い、その上下の全長 より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は
底板との間に余すこと」を特徴とする請求の範囲を記載し、特許権を取得しました。
(e)この“隙間”が、“記載の技術的意義が明確に理解できる”かどうかが問題となりました。
(f)明細書には、この隙間の作用として、「フィルタ部材が熱収縮しても、こ
れとバランスリングとの間、又は底板との間にはもともと隙間があり、それらが広くなるだけで、そこには洗濯
物が挟まれるようなことはない。更に、フィルタ部材は バランスリングと底板とに関係なく組付けることができる。」と記載されていました。
(g)原告(無効審判請求人)は、「請求項1における「隙間」という文言は,「物と物との間のすいた所。」(広辞苑第四版)と一義的に明確に理解することができ,これは一見して誤記であるとも認められないから,その解釈に当たって,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する余地はない。」と主張しました。
(f)これに対して裁判所は次のような事情を考慮して“隙間”の意義を解釈しました。
・バランスリングとフィルタ部材の間の隙間は,脱水槽内を覗く使用者の視点から,バランスリングの陰(死角)となって見えない程度の大きさでなければならないところ,バランスリングは,脱水槽の上部開口部の周囲に存在するから,その幅及び上下の長さは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてそれ程大きくすることはできないと推認され,そうすると,バランスリングの陰(死角)となって見えない程度の大きさというのは,脱水槽の上下方向の長さ(深さ)に比べてかなり小さいものと推認される。
・バランスリングとフィルタ部材の間の隙間及びフィルタ部材と底板の間の隙間は,洗濯物が,バランスリングとフィルタ部材及びフィルタ部材と底板にそれぞれ止められて,隙間に現れている接合部に触れることがない程度の大きさにとどまるものでなければならず,その点からも,隙間は小さいものでなければならない。
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