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@要素の錯誤の意義
要素の錯誤の態様の一つとして動機の錯誤があります。これは特許発明(或いは特許出願中の発明)を△△の用途に用いる積もりであったが、当該発明の機能や作用からは当該用途には足りないというケースです。
しかしながら一方の当事者の単なる見込み違いというだけで、全て契約が無効であるとすることはできません。取引の安全を害するからです。動機の錯誤による契約の無効が認められた数少ない事例として人天蓋事件があります。
→要素の錯誤のケーススタディ1(仏具人天蓋事件)
この事案は、
(イ)一方の当事者が発明を契約の動機(特定の用途に使用したい)を表明しており、
(ロ)他方の当事者が当該動機を承知していたことが客観的に明らかである(∵当該用途に発明を実施するために技術指導を行うことを約定している)
というような場合です。これに対して、本欄では、少なくとも前述の(ロ)の条件を欠いている場合を取り上げます。
A瑕疵担保責任の事例の内容
[事件の表示]平成6年(ワ)第12070号特許実施料請求事件
[判決の言い渡し日]昭和59年12月13日
[事件の経緯]
(a)甲(濾過槽の設計会社)は、浄化槽の接触濾材の発明について平成1年6月30日に特許出願を行い、平成8年9月5日に特許権の設定登録を受けています。
(b)乙は、 “安価で大量生産に適しており、操作も簡単でかつ売れ行きの良い玩具用映写機の製作に適する”(←錯誤の内容)
ものと信じて、この点に重点を置いて契約を結びました。
(c)契約の内容は次の通りです。
(イ)乙は、甲に対して、乙が第三者に製造し或いは自ら製品化した本件接触濾材が使用された浄化槽(本件浄化槽という)に関して工場出荷価格の6%の実施料を支払うこと。
(ロ)乙は、甲に対して、各年度半期(6カ月)の実施料の総額について、乙の期間予定数の4分の1を保証し、保証料は期間終了後の所定の日数内に支払うこと。
ただし、この保証は契約日から6カ月ないし乙が浄化槽の型式認定を受けた日のどちらか短い期間は効力を生じないこと。
(ハ)本件契約解除の場合、実施済みのものについては金員の返還及び実施料請求権は消滅しないこと。
(ニ)甲は本件発明が工業的又は商業的に実施できるものであることを保証しないこと。
(d)浄化槽の製造には、浄化槽法に規定された建築大臣の型式認定を受ける必要がありました。
(e)乙は、平成4年3月頃から本件浄化槽の製造を試みましたが、結局、製品として出荷するに至らずに平成6年1月に契約解除の意思表示をしました。この間に実施料は支払われていません。
(f)そこで甲は、乙に対して、契約締結後6か月を経過した時点以後の実施料(保証額)の支払いを求めて提訴しました。
(g)甲の主張に対して乙が裁判で行った反論は多岐にわたりますが、その主張の一つは、次の通りです。
“甲は、本件発明に係る接触濾材を小型浄化槽に用いれば汚水を飲める程度にまで浄化できる旨を説明し、乙の従業員丙を誤信させたため、乙はこのような技術的効果を前提に本件発明を用いれば1年後にはこのような性能を有する小型浄化槽の量産が可能であると考えて、その動機を表示した上で甲と本件契約を締結したのだから、要素の錯誤により無効である。”
[裁判所の判断]
本件においては、乙が汚水を飲める状態にまで浄化できるような浄化槽の開発製造を目指していたことはうかがえるものの…小型合併浄化槽に本件発明に係る接触濾材を用いれば汚水を飲める状態にまで浄化できる性能が得られる旨誤信させたことは認められないというべきであり、他にこれを求めるに足る証拠はない。したがって、本件契約が要素の錯誤によって無効であるという被告の抗弁は採用できない。
[コメント]
法律上は、要素の錯誤により契約が無効になる可能性が残されているものの、それを裁判上で証明することは当事者にとって重い負担となります。発明を所定の用途に使用するという動機を相手に意思表示していたと後日主張しても、相手が記憶にないと言えば水掛け論になってしまうからです。
前述の人天蓋事件では、その動機を協力するために技術指導を行うことが約定に含まれていました。このように動機が重要であるならば、それを相手方が承知していることを示す事実を何らかの形で書面にしておくことが重要と考えられます。
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