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①保存行為の意義
(a)共有物の管理に関しては、共有者の持分の価値に従って多数決で決するのが原則ですが、保存行為に関しては、各共有者が単独で行うことができるとされています。
保存行為を含む管理行為は、処分行為に対する概念です。
(b)特許を受ける権利が共有に係る場合(例えば共同で発明をした場合)には、
・各共有者は他の共同者と共同でなければ特許出願をすることができず(特許法第38条)、
・共有に係る特許権又は共有に係る特許を受ける権利について審判を請求するとき(例えば特許出願の拒絶査定に対して不服審判を請求するとき)は、共有者の全員が共同してしなければならないとされています(同法132条第3項)。
しかしながら、その審決に関して審決取消訴訟を提起する場合に関しては、規定がないため、前記132条第3項を類推適用するのか、それとも異なる解釈をするのかが問題となります。
(c)2人以上が共同で手続をしたときには、特許出願の変更・放棄・取下げ…拒絶査定不服審判の請求以外は、代表者を定めて特許庁に届け出た場合を除いて、各人が全員を代表するものとされています(特許法第14条)。
すなわちいわゆる不利益行為を除いて各人が全員を代表して手続することができます。
同条に掲げられた行為のうちで特許出願の変更・放棄・取下げなどは、特許を受ける権利の処分に結びつくために、各人(共同で特許出願した者のうちの各人)単独で認められないのは当然であります。
これに対して、特許請求の範囲や明細書の補正は手続の不備(例えば請求の範囲が広過ぎるために特許出願を拒絶される可能性があるなど)を目的としており、特許庁の側からすると特許出願人全員の利益になるはず(常にそうとは限りませんが)のものですので、各人が手続すれば有効となります。
(d)そういう意味では、特許出願の拒絶査定に対する不服審判なども拒絶査定を放置すると、当該査定が確定し、権利を取得できなくなる訳ですから、保存行為として各人が請求することを認めても良さそうなものですが、それは言っても仕方がないことです。
一般法をそのまま適用しては不都合があるから特別法が規定されているのであり、特別法である特許法に、拒絶査定不服審判の請求に関しては各人が全員を代表して手続をすることができないと明記されている以上、これに関してはその通りに解釈するしかありません(→特別法優先の原則とは)。
(e)話を元に戻すと、共有に係る特許権に関する取消訴訟の提訴に関しては、明文の規定がないからこそ、一般法に立ち帰って、保存行為として当該提訴を認める余地があり、そこをどう解釈するかが問題となります。
②保存行為の事例の内容
[事件の表示]平成13年(行ヒ)第154号
[事件の種類] 特許取消決定取消請求事件
[判決の言い渡し日]平成14年3月25日
[発明の名称]パチンコ装置事件
[事件の経緯]
(a)上告人甲及び訴外会社丙とは、名称を「パチンコ装置」とする発明の特許出願を共同で行って、特許第二八八八五二八号を取得しました。
(b)乙は、本件特許につき特許異議の申立てをしました。
(c)特許庁は、上記異議申立てにつき、本件特許の請求項一に係る特許を取り消す旨の決定をしました。
(d)本件訴えは、上告人甲が単独で上記決定の取消しを請求するものであるところ、原審は、次のとおり判断して、本件訴えを却下しました。
“共有に係る特許権につき、特許異議の申立てに基づいてされた特許を取り消すべき旨の決定(以下「取消決定」という。)の取消しを求める訴えは、共有者全員の有する一個の権利の存否を決めるものとして、合一に確定する必要があり、共有者それぞれについて異なった内容で確定され得ると解する余地はないから、固有必要的共同訴訟である。特許法は、特許を受ける権利又は特許権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には、一個の特許権全体について、その取得又は存続ができなくともやむを得ないとしているから(特許法一三二条三項)、取消決定に対する取消訴訟の場合に同様の扱いをすることが不合理とはいえない。”
[最高裁の判断]
(a)前述の通り、特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ特許出願をすることができず(特許法三八条)、共有に係る特許を受ける権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同してしなければならないとされているが(同法一三二条三項)、これは、共有者の有する一個の権利について特許を受けようとするには共有者全員の意思の合致を要求したものにほかならない。これに対し、いったん特許権の設定登録がされた後は、特許権の共有者は、持分の譲渡や専用実施権の設定等の処分については他の共有者の同意を必要とするものの、他の共有者の同意を得ないで特許発明の実施をすることができる(同法七三条)。
(b)ところで、いったん登録された特許権について特許の取消決定がされた場合に、これに対する取消訴訟を提起することなく出訴期間を経過したときは、特許権が初めから存在しなかったこととなり、特許発明の実施をする権利が遡及的に消滅するものとされている(同法一一四条三項)。したがって、特許権の共有者の一人は、共有に係る特許の取消決定がされたときは、特許権の消滅を防ぐ保存行為として、単独で取消決定の取消訴訟を提起することができると解するのが相当である。なお、特許法一三二条三項の「特許権の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するとき」とは、特許権の存続期間の延長登録の拒絶査定に対する不服の審判(同法六七条の三第一項、一二一条)や訂正の審判(同法一二六条)等の場合を想定しているのであって、一般的に、特許権の共有の場合に常に共有者の全員が共同して行動しなければならないことまで予定しているものとは解されない。
(c)特許権の共有者の一人が単独で取消決定の取消訴訟を提起することができると解しても、合一確定の要請に反するものとはいえない。また、各共有者が共同して又は各別に取消訴訟を提起した場合には、これらの訴訟は類似必要的共同訴訟に当たるから、併合して審理判断されることになり、合一確定の要請は充たされる。
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