内容 |
①特許出願の手続遂行義務の意義
(a)特許出願をした発明は実体審査に付され、新規性や進歩性を備えることを条件として特許権が付与されます。進歩性などを備えていない場合には、特許出願人に対して拒絶理由が通知されますが、この通知があったからといって必ずしも悲観的になる必要はなく、特許出願人の意見を聴取して拒絶理由が撤回されることもよくあります。
このためにライセンシーの立場としては、ライセンサーである特許出願人に簡単に権利化を諦めて欲しくはないという希望があります。それに応えるために、ライセンシーからライセンサーに対して特許出願の手続遂行義務が課される場合があります。
②特許出願の手続遂行義務の内容
[事件の表示]平成2年(ワ)第2264号
[事件の種類]損害賠償請求事件(請求認容)
[判決の言い渡し日]平成4年6月5日
[発明の名称]恒久保存立体植物標本
[事件の経緯]
(a)被告は、“恒久保存立体植物標本”と称する発明の特許出願及び“恒久保存さく葉植物標本”と称する公安の実用新案登録出願(以下「特許出願等」という)をしました。
(b)原告は、被告との間で特許出願に係る発明及び実用新案登録出願に係る考案について次の実施許諾契約を締結しました。
・被告は、原告らに対して、本件発明等を独占的排他的に実施せしめる。
・被告は、その負担において本件発明等につき特許及び実用新案登録が受けられるべく努力し、特許出願等の取下げをしない。
・被告は、原告らに対し、本件発明等につき特許及び実用新案登録を受けた場合には、直ちにそれらにつき専用実施権設定手続を行う。
・被告は、原告らに対し、本件発明等に関連する発明又は考案をした場合には、右発明又は考案につき共同出願手続をし、更に專用実施権の設定登録手続をする。
・被告は、本件特許出願等の権利を他に譲渡したり、登録の前後を問わず本件発明等を他に実施させる等の一切の処分をしてはならない。
・被告は、右条項に違約した場合には原告らに対して所定額の金員(違約金)を支払う。
(c)被告は、本件発明について出願審査の請求をしなかったため、同特許出願は取り下げたものとみなさました、本件考案についても取下げをしたか又は取り下げたものとみなされたため公告開もされませんでした。
(d)原告は、被告に対して違約金の支払いを求めて提訴しました。
(e)被告は、特許出願について出願審査請求をしていなかったことを認めましたが、積極的に当該特許出願を取り下げた事実はないと主張しました。
[裁判所の判断]
(a)特許出願があったときは、何人も、の日から七年(※)以内に、特許庁長官にその特許出願について出願審査の請求をすることができる(特許法四八条の三第一項)が、右期間内に出願審査の請求がなかったときは、特許出願は取り下げたものとみなされる(同条四項)。
(※)…これは当時の条文の期間です。現在の法律では特許出願の日から3年です。
(b)被告は、本件出願を積極的に取り下げた事実はなく、現在も研究中であると主張し、また、本件発明等は未完成であったと供述するけれども、本件契約の条項によれば、被告松村は単に本件出願を積極的に取り下げてはならないのみならず、本件発明等につき特許又は実用新案登録が受けられるよう努力すべきものとされていたのであるから、出願審査の請求をしなかった結果取り下げたものとみなされた場合にも、松村は右条項に定められた義務に違反したものというべきである。
[コメント]
被告は、特許出願の日から所定期間内に出願審査請求をする時には当該出願が取下げ擬制されることを知らなかったのかもしれません。ライセンス契約をするときには、権利を維持するためには何をするべきなのかを最低限理解しておく必要があります。
|