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@要素の錯誤の意義
(a)要素の錯誤の態様としては、
(イ)表示行為の意味の錯誤
(ロ)表示上の錯誤
(ハ)動機の錯誤 があります。
(b)知財の分野では、(イ)に関しては製品に「特許」或は「特許出願中」という表示の意味の違いを理解しておらず、特許出願をしたものの、未だ特許権を取得していないのに、誤解により「特許」と表示をしてしまったという場合です。
(ロ)に関しては、「特許出願中」と表示するつもりでHP
に広告をアップしたのに、事務方が「特許出願中」を「特許」とタイプミスしたというような場合です。
いずれも特許法第188条の虚偽表示禁止の規定に違反することになりますが、それとはそれらの表示を見た顧客が製品を特許品と信じて購入した場合には、要素の錯誤の問題が生じる可能性があります。
(ハ)は、特許出願中の発明又は特許発明に関して、その発明品又は発明方法を用いて△△ができると信じて取引をしたところ、その動機に錯誤があった問題です。例えば浄水器を用いて汚水を飲料水に変えることができると信じていたのに、さすがに飲料水レベルは無理だが、飲料水以外の生活用水としては利用できるというような場合です。
(イ)及び(ロ)は表示者の側に責任があるので、要素の錯誤が認められ易いのに対して、(ハ)の場合には、相対的に要素の錯誤に認められにくいといえます。単に買主側の見込み違いというような場合まで要素の錯誤を認めると取引の安全を害するからです。ここでは動機の錯誤のケースを紹介します。
A要素の錯誤の事例の内容
[事件の表示]東京控訴院判昭和13・10・27
[判決の言い渡し日]昭和13年10月27日
[発明の名称]玩具用活動写真映写機及び紙フィルム
[事件の経緯]
(a)甲は、“玩具用活動写真映写機及び紙フィルム”の発明を特許出願し、そして取得した特許権に関して乙との間でライセンス契約を締結しました。
(b)その後に乙は、当該発明品は事実上実施が困難なほどに欠陥が多いことに気づきました。玩具用活動写真機の発明なのですが、専用のフィルムが切れるなどの不具合が生じて到底商品として成立しなかったのです。そこで乙は、要素の錯誤により契約は無効であるとして訴えを提起しました。
[裁判の判断]
裁判所は、その発明品は“機械の運行円滑ならず画面移動し紙フィルム切断するなどの故障を生じ到底商品として価値なきものにして…契約を締結するに際して思った如く安価にして大量生産に適し操作容易にして勝つ売行きよき商品を製作するには全然適せざるものなりしことを認むるに十分”であるとして、要素の錯誤により契約を無効としました。
[コメント]
この裁判例では、発明が事実上実施できないことを理由として要素の錯誤による契約の無効を認めていますが、これに対して批判もあります。すなわち、特許法第69条第1項により、特許発明が特許出願人が作成した明細書通りの性能を発揮できるか否かを試験することに関しては特許権の効力は及ばないのであるから、ライセンス契約の締結前にそうした試験をしなかったライセンシーの側にも手落ちがあるのではないか、というのです。そうした試験が常に容易に行えるとは限らないので、そうした批判に全面的に賛成する訳ではないですが、ライセンス契約に臨む人の心構えとしては可能であれば性能試験を実施するということも考えておいた方が良いでしょう。裁判となると多くの費用と労力を要するからです。
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