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①制限種類債権の意義
(a)一般に、種類物(物としての個性を持たず、債権の目的物を種類と数量のみを指定できる物)の給付を目的とする債権を、種類債権といいます(→種類債権とは)。
種類物は、不特定物ともいい、特定物に対する用語です。
種類物の具体例は、例えば工場で大量生産される自動車の如くであり、その自動車の種類及び数量(例えばベンツを10台)を特定することで、これの給付を目的とする債権の中身が決定できるようなものです。
他方、特定物の具体例は、例えば中古品の自動車です。走行距離はどの程度であるのか、傷はないかといった個性があります。
中古品とは逆に特許出願の対象となるような新製品(例えば燃費が△△以上である自動車)を想定します。量産性があり、同じ物が提供できるのであれば、特定物ではないので、不特定物(種類物)ということになります。しかしながら、△△以上の燃費を謳い文句として販売をしたのなら、その条件を満たす製品を給付しない限り、債務不履行の問題を生じます(→債務不履行とは)。こうした物を給付することを目的とする債権を、制限種類債権といいます。
ここでは、特許又は特許出願の対象である製品の給付を目的として制限種類債権が成立している場合に、その“制限”の意味合いに関してケーススタディします。
②制限種類債権の事例の内容
[事件の表示]平成16年(ワ)第25945号
[事件の種類]損害賠償請求事件
[判決の言い渡し日]平成19年1月31日
[発明の名称]超高温熱分解装置
[事件の概要]
本件は,原告が超高温熱分解装置(以下装置Xという)の製造販売者である被告に対して,被告との間で締結した特別代理店契約に関して
・主位的に,表示された性能を満たす装置Xを供給することができない点において本件代理店契約上の債務不履行(履行不能又は履行遅滞)があるとして損害賠償を求め,
・予備的に,故意又は過失によって,性能において原始的に不能な装置Xについて本件代理店契約を結ばせ権利金を支払わせたのは不法行為を構成するとして,これに基づく損害賠償を請求するとともに,性能において原始的に不能な装置Xについて本件代理店契約を結ばせた場合,契約が不成立とみるべきであり,支払済みの権利金は不当利得金となるとして,この利得金の返還を求めた
事案です。
[事件の経緯]
(a)被告は、焼却炉,超高温熱分解炉の製造・販売及び設置・工事等を目的とする会社であり、装置X(被告によれば当該装置について特許出願が行われ特許権の設定登録が行われている)を主力商品として製造及び販売をしていました。
(b)被告は、当該商品の説明書に次のように記載していました。
・装置Xは焼却炉ではなく,煙も臭いも出ず,灰も残らない超高温熱分解装置であること
・塩素ガスの排出量は国の定める基準以下であること
・ダイオキシンが出ないこと
・煙突も灰の処理も不要であること
・処理能力は,装置Xの300D型において、約3時間で300リットルの物体を分解し,9時間の稼働で900リットルの物質を分解するものであること
・沸点が3000℃を超える物質の分解はできないこと
(c)原告は,株式会社Aで産業廃棄物処理の責任者であり、
平成11年12月6日、被告に対し,装置X及び特別代理店制度に関する資料請求をするなどした上,被告との間で,当該装置に関して特別代理店契約(本件代理店契約)を結び,同月8日までに,被告に対し,権利金として500万円を支払いました。
(ア)原告は,被告の製品を販売するとともに,その必要な部品,使用材料に関しても,被告の指定する純正品を特約店に販売させ,ユーザーに使用させる。
(イ)被告は,製品に被告の責めによる瑕疵あることが明らかなときは,責任をもって修理・交換する。
(ウ)被告から原告に一次卸する価格は,被告の定める定価の58パーセントとする。
(エ)契約の期間は平成11年12月9日から平成14年12月8日迄の3年間とする。
(d)しかし装置Xの性能を巡っては被告と第三者との間で次の紛争が生じていました。
(イ)原告が勤務する株式会社Aは,
・平成11年12月8日ころ,被告との間で,代理店契約を結び,
・同月29日ころ,被告から,代金1075万2000円で,装置Xの500D/S型を購入し,平成12年3月25日に納品され,
・納品された装置Xにつき,被告の技術者等が来訪して調整を重ねたり,試運転も行われたが,結局使用に耐えない状況が続いたため、
・平成13年に,表示した性能を満たさない点において債務不履行があるとして,被告に対し,損害賠償を求める訴訟を提起した(平成13年(ワ)第184号(A事件))。
・この事件は,被告が受領した金員を返還する方向での訴訟上の和解が成立した。
(ロ)株式会社Tは,被告から,装置Xの1000D型を購入したが,
・平成13年に,被告が表示された性能を有する機械を引き渡す義務などの債務を履行しなかったなどと主張して,売買契約を解除して原状回復請求として代金の返還及び債務不履行に基づく損害の賠償を求めて、被告に対し,損害賠償等請求訴訟を提起し(平成13年(ワ)第17244号(T事件)),
・平成14年9月4日ころ,訴訟係属中に被告の装置X長野研究所内において,装置Xを使用して,塩化ビニールパイプ(市販のもの)68キログラムを3時間で分解できるか否かの稼働実験を行った。
実験結果は,途中約30分間,刺激臭のある黄みを帯びた煙が噴出し続け,あたりに広がり,稼働開始後3時間して電源を落とし冷却に入ったが,試料は原型を留めたまま残っているものもあった、というものであった。
・この事件は,平成14年11月27日に,被告が,受領済みの売買代金を返還する等の内容の訴訟上の和解が成立した。
(e)原告は,株式会社Aの被告に対する訴訟が係属しているため,その決着を待つとともに,自らが特別代理店として不良品を販売すれば購入先に迷惑をかけることにもなるため,本件代理店契約を結んだ後,被告に対し装置Xを発注しませんでした。
[原告の主張]
(イ)被告の製造・販売する装置Xは,説明文に記載された性能(煙も臭いも出ず、塩素ガスの排出量は国の基準以下であり、ダイオキシンも出ない、処理能力は300D型では約3時間で300リットルの物体を分解するなど)は備わっておらず,このことはT事件の稼働実験などに示されており,表示された性能を満たす装置Xを供給することができないから,本件代理店契約上の債務不履行(履行不能又は履行遅滞)を構成する。
(ロ)装置Xの性能は原始的に不能であり,被告はこれを知って本件代理店契約を締結させたのであるから不法行為を構成するとともに,被告がこれを知らなかった場合,本件代理店契約は不成立とみるべきである。
→原始的不能とは
[被告の主張]
(イ)主位的請求のうち,履行不能の主張については,不特定物の販売委託を目的とする契約においては,社会通念上,不能は観念できない。
(ロ)予備的請求については,不法行為責任については故意又は過失に関する具体的な主張がなく,不当利得返還請求についても,無効事由の主張がなく,主張自体失当である。
・装置Xの性能とは,理論想定値的性能ではなく,原被告間の共通認識おいて特定された性能であり,一般廃プラスティック等を処理するに足りるだけの性能をもっていれば契約目的を達するものである。そして,装置Xは,その性能を充足していた。
・煙が出ないとは,通常物質が燃焼した際に排出される二酸化炭素を含む煙が出ないという意味であり,
・灰が残らないとは,通常物質が燃焼し尽くした後に生じる紛状の物質が残らないということであり,
・臭いが出ないとは,従来の焼却処理と比べて悪臭が極めて少ないという意味であり,
・塩素ガスの排出量は国の定める基準以下とは,塩素を微量に含有する物質が投入された場合に塩素ガスの排出量は国の定める基準以下ということであり,
ダイオキシンは出ないとは,ダイオキシンの発生を国の定める基準以下に抑えることが可能になるという意味であり,
・処理能力については,ベーシックな廃プラスティックを処理した場合の標準を示しているにとどまり,特殊なプラスティックまでを対象に含めているものではない。
(ハ)被告において責任が認められるとしても,原告は,株式会社Aにおいて,産業廃棄物の責任者を務めており,分解困難な物質やリサイクルにまわすべき物質等の知識を有していたのであるから,原告にも落ち度があり,相当程度の過失相殺がされるべきである。
→過失の相殺とは
[裁判所の判断]
(a)T事件における稼働実験に照らせば,装置Xの実際の性能が,少なくとも,煙の排出,臭いの発生及び処理能力の点で,説明書などに示されたものと相違し,これらの点において,性能が欠いているか,劣っていることが認められる。
(b)原告は,株式会社Aにおける産業廃棄物処理の責任者という立場もあって,本件代理店契約を結ぶまでに,
・(試験の対象である)塩化ビニール管は焼却処理も分解処理も困難な物質であることを認識していたこと,
・廃プラスチック及び塩化ビニールなど焼却炉では処理が困難なものを基本的に処理することが目的で,ダイオキシン排出の問題が解決できるような基本性能を充たしていればよく,そのレベルとしては,量的に90パーセント以上分解できれば基本性能を充たしたものと考えていたこと,
・装置に万能の性能を求めたものではなく,細かい性能も気にしてはいなかったことを認めることができる。
(b)しかしながら、こうした原告の認識を勘案しても、装置Xは、量的に90パーセント以上分解できるという水準に至っていないと認めるのが相当である。
(c)したがって,本件代理店契約に基づいて,上記性能を有する装置Xを原告に供給すべき被告の債務は,同契約の終期である平成14年12月8日(なお,T事件における稼働実験が行われたのは,同年9月4日ころである。)の時点で,履行が不能であったものと認めることができる。
(d)なお,原始的に不能であったものとは認めることはできない。
(e)被告は,履行不能の点につき,不特定物の販売委託を目的とする契約においては,社会通念上,不能は観念できない旨主張するが,装置Xは,被告の製造する装置(被告の主張によれば,特許を取得している。)であるから,この供給を求める権利は,いわゆる制限種類債権に該当するものと解するのが相当であって,この主張は採用できない。
(f)従って,原告の主位的請求のうち,本件代理店契約に基づく被告の供給債務が履行不能であるとして,支払済みの権利金相当額の損害の賠償を求める請求は理由がある。
(g)被告が主張する過失相殺)については、
原告は,株式会社Aにおいて,産業廃棄物の責任者を務めており,分解困難な物質やリサイクルにまわすべき物質等の知識を一定程度有していたことが認められる上,株式会社Aに先んじて本件代理店契約を結んで,後記のとおり,紹介手数料を受領するなど本件代理店契約の締結に積極的であったことがうかがわれること等に照らすと,本件代理店契約を結ぶに当たり,軽率な点があったことは否定できず,原告における過失の割合は,本件にあらわれたすべての事情を考慮し,2割をもって相当とする。
[コメント]
(a)制限種類債権における“制限”とは、商品説明書に記載された説明書も含まれますが、本判決において裁判官が“必ずしも説明通りではなく”と述べている点には注意するべきです。
例えば説明書で“ダイオキシンは出ない”と断定していても、説明を受ける側の地位や経験に照らして、例えば“常識的に考えて基準値を超えるダイオキシンは出ない。”と解釈するのが普通であるとすれば、その意味合いを割り引いて解釈される余地があるということです。
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