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@専用実施権の意義
特許出願人が特許権の設定登録を受けると、特許発明を業として実施する権利を専有し、当該発明の利用の形態として、専用実施権の設定も認められます。
この専用実施権は、用益物権的権利であり、特許法第68条は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲についてはこの限りでなない。」と規定されています。
すなわち、設定行為で定めた範囲では、“特許権者は実施をする権利を専有しない”と解釈できるわけですが、このことの意味は、自分が実施できないというだけなのか、第三者の侵害行為の排除もできないという意味なのか、がはっきりしません。
この点が争われた事例を紹介します。
A専用実施権の事例の内容
[事件の表示]平成16年(受)第997号
[事件の種類]特許権侵害差止請求事件
[判決の言い渡し日]平成17年 6月17日
[発明の名称]生体高分子−リガンド分子の安定複合体構造の探索方法
[経緯]
(a)特許権者は、他人に対して範囲を全部とする専用実施権を設定しました。
(b)その後、特許権者は、第三者の侵害行為の差止を求めて提訴し、その際に凡そ次のように主張しました。
“(ア)特許法100条の文言からみて、専用実施権を許諾した特許権者について、差止請求権を否定すべき理由はない。
(イ)特許権者が専用実施権を設定する関係は、所有権者が用益物権を設定する関係に等しく、用益物権を設定した所有権者が物上請求権を失わないのと同様に、専用実施権を設定した特許権者は、設定した専用実施権の範囲についても、自ら実施することができないだけで、なお差止請求権を有すると解すべきである。
(ウ)特許権者が専用実施権を設定している場合に、設定契約において、特許権者が、専用実施権者の発明の実施を完全にするために、第三者の違法な特許侵害を停止させる義務を負担する場合もある。このような場合には、特許権者は、自ら差止請求権を行使することができなければならないはずである。
(エ)特許権者が、専用実施権許諾期間中の第三者の侵害を停止することができなければ、特許権者に入るべき専用実施料が少なくなり、損害を被ることがあるだけでなく、その期間中に実施権者が第三者による侵害行為を放任すれば、第三者が多量の製品を製造販売してしまい、特許権者が権利を回復した後に、特許発明の実施による独占的利益を取得する余地が減少し、その結果損失が生じる、というおそれがある。専用実施権の設定期間が特許権の存続期間全部とされた場合であっても、特許権者と専用実施権者間の許諾契約の解除、専用実施権の取消し、専用実施権の放棄、混同等により専用実施権が消滅することもあるから、決して、特許権者の特許権実施による独占的利益取得を保護する必要性がなくなるものではない。
(オ)特許権者は、専用実施権を設定した場合にも、特許権を譲渡したり、担保権を設定したりなどの処分行為をする権能を失わない。このような処分行為に当たって、特許権の価値として把握されるところが重要になる。ところが、特許権者自らが差止請求ができないときには、第三者の侵害行為により特許権の価値が減少させられるにもかかわらず、その侵害行為を排除できないことになるのである。”
(c)この特許権者の主張に対して、第一審は否定、控訴審は肯定、最高裁は肯定という判断をしました。以下、その要旨を紹介します。
[第一審の判断]
「特許権に専用実施権が設定されている場合には、設定行為により専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、差止請求権を行使することができるのは専用実施権者に限られ、特許権者は差止請求権を行使することができないと解するのが相当である。」
[控訴審の判断](平成15年(ネ)第1223号
特許法100条は、明文をもって「特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定している。しかも、専用実施権を設定した特許権者にも、次のとおり、上記権利を行使する必要が生じ得るのであり、上記権利の行使を認めないとすると、不都合な事態も生じ得る。これらのことからすれば、専用実施権を設定した特許権者も、特許法100条にいう侵害の停止又は予防を請求する権利を有すると解すべきである。
専用実施権を設定した特許権者といえども、その実施料を専用実施権者の売上げを基準として得ている場合には、自ら侵害行為を排除して、専用実施権者の売上げの減少に伴う実施料の減少を防ぐ必要があることは明らかである。特許権者が専用実施権設定契約により侵害行為を排除すべき義務を負っている場合に、特許権者に上記権利の行使をする必要が生じることは当然である。特許権者がそのような義務を負わない場合でも、専用実施権設定契約が特許権存続期間中に何らかに理由により解約される可能性があること、あるいは、専用実施権が放棄される可能性も全くないわけではないことからすれば、そのときに備えて侵害行為を排除すべき利益がある。そうだとすると、専用実施権を設定した特許権者についても、一般的に自己の財産権を侵害する行為の停止又は予防を求める権利を認める必要性がある、というべきである。
[最高裁の判断]平成16年(受)第997号
特許権者は、その特許権について専用実施権を設定したときであっても、当該特許権に基づく差止請求権を行使することができると解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
特許権者は、特許権の侵害の停止又は予防のため差止請求権を有する(特許法100条1項)。そして、専用実施権を設定した特許権者は、専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、業としてその特許発明の実施をする権利を失うこととされている(特許法68条ただし書)ところ、この場合に特許権者は差止請求権をも失うかが問題となる。特許法100条1項の文言上、専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない。
また、実質的にみても、専用実施権の設定契約において専用実施権者の売上げに基づいて実施料の額を定めるものとされているような場合には、特許権者には、実施料収入の確保という観点から、特許権の侵害を除去すべき現実的な利益があることは明らかである上、一般に、特許権の侵害を放置していると、専用実施権が何らかの理由により消滅し、特許権者が自ら特許発明を実施しようとする際に不利益を被る可能性があること等を考えると、特許権者にも差止請求権の行使を認める必要があると解される。これらのことを考えると、特許権者は、専用実施権を設定したときであっても、差止請求権を失わないものと解すべきである。
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