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①従業者等の意義
(a)特許法の基本的な考え方では、国家に対して特許を付与することを請求する手続(特許出願)をすることができる権利、すなわち、特許を受ける権利を原始的に取得するのは、発明者です。しかしながら、企業に雇用される技術者が企業の業務範囲に属する発明をする場合には、発明を完成させるために、当該技術者の給料を支払ったり、研究の場所や道具を提供したりと、相当の支援をしているのが一般的であり、発明者が自己の名義で特許出願をしたときに、企業側に何の見返りもないのは不公平です。
(b)個人である事業者に雇用されている他人(従業者)、国の機関等に勤務する国家公務員或いは地方公共団体に勤務する地方公務員が特許出願をした場合にも、同様の不公平を生じます。
(c)企業等の法人の役員は、経営に携わる者であるため、従業員・国家公務員・地方公務員とは立場が異なりますが、役員の時代に法人の業務範囲に属する発明を特許出願して設定登録を受け、役員を退任した後にその会社に対して当該特許権を行使することがあれば、なおさら不公平というべきです。
しそうしたことから、特許法第35条は、“従業者、法人役員、国家公務員、地方公務員”を“従業者等”と称し、少なくとも従業者等が職務発明について特許出願をしたときには(→職務発明とは)、その出願に対して付与された特許権に対して法定通常実施権を与える、当事者の合意があるときには使用者等が特許を受ける権利(特許出願をする権利)を原始的に取得することができるなどの利益を与えています。
(d)もっとも法人の役員(特に代表取締役)においては使用者等の事業を立ち上げるために従業者以上に注力することが少なくないため、その地位を退いてから、トラブルを生ずることが少なくありません。ここでは、法人の役員がした職務発明についてケースステディします。
②従業者等の事例の内容
[事件の表示]昭和62年(ヨ)第527号
[事件の種類]実用新案等の製作販売等禁止仮処分申請事件(申請棄却)
[判決の言い渡し日]平成元年12月12日
[考案の名称]油圧式倒伏ゲート
[経緯]
(a)甲(債権者)は、乙(債務者)の設立当初からの代表者であり、“油圧式倒伏ゲート”と称する考案について昭和五六年四月九日に実用新案登録出願を行い、平成元年四月四日の設定登録により、実用新案権を取得しました。
(b)乙は、昭和四四年八月一日、商号をKとし、目的を水門その他水路構造物の設計、製作、据付工事等として設立され、昭和五八年八月頃に丙の資本参加を受けてその商号をNと変更しました。
(c)なお、この考案の完成時期に関しては、債務者は昭和五六年二月と主張し、債権者はこれを昭和五二年であると主張としていますが、甲は、債権者は、昭和四四年八月以来右いずれの時期までも債務者会社の代表取締役社長の地位にありました。
(d)甲は、昭和六二年六月八日付で代表取締役を辞任しました。
(e)本件の主たる争点は乙が職務考案について法定通常実施権を有するか否かです。
[債権者の主張]
(a)債務者会社は、とりわけ商号をKと称していた当時、具体的な日常業務のほとんど全てを代表取締役で直接に手がけていた零細企業であり、債務者が言うような「技術部門」であるとか「技術部門の最高責任者」であるとか或いは「技術担当取締役」とか言うような概念や言葉自体が観念的にせよおよそ成り立ち得ない状態であった(中略)。
(b)法が職務発明として使用者に通常実施権を無償で付与しているのは、「使用者が被用者に対し、かかる発明を命じた場合のみならず、その業務の範囲に属する技術問題についてその進歩改良のために研究すべきことを命じ、あるいはこれを期待して発明者にたいし相当の便益を供し、よってかかる発明を完成する機会を与えた如き場合には、かかる発明に対する使用者の間接的寄与に報いるためこれに実施権を認め、」もって使用者と従業者との間の利益調整を図るためである。
(c)これを逆に言うならば、その発明考案が被用者の職務に関連するものであったとしても、使用者がその発明等の完成に対し、「相当の便益を供」していない場合には「発明者の職務に属する考案ではない」として、使用者に「職務発明」としての通常実施権を与えるべきではないのである。
[裁判所の判断]
(a)会社の設立当初より継続して代表取締役社長として会社の経営にあたるとともに、会社の技術部門担当の最高責任者であった者は、後者の地位に基づき、会社の人的・物的資源を総動員しても生産技術の改良考案を試みてその効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していると解されるから、その者が右技術につき考案の創作を完成した場合には、具体的な便益供与の有無・程度について検討するまでもなく、その考案は、会社の役員としての職務に属する行為であると推定すべきである。
(b)そして、右最高責任者以外の従業者等については、考案や意匠の創作をするに至った行為が創作者の職務に属する場合とは、特に会社から考案や意匠の創作を命ぜられ、あるいは具体的な課題を与えられている場合に限られず、結果からみて考案や意匠の創作の過程となりこれを完成するに至った思索的活動が使用者等との関係で従業者等の義務とされる行為の中に予定され期待されてその創作を容易にするため使用者等が従業者等に対し相当の便宜供与をした場合をも含むと解するのが相当である。(中略)
(c)債権者は、再抗弁として、本件考案につき債務者から職務考案の成立を肯定するに相応しい便益の供与を受けなかったから債務者は通常実施権を取得しえない旨主張する。
しかし、債権者は、前記認定のとおり終始債務者会社の技術部門の最高責任者の地位にあった者であるから、前述の法理に鑑みると、全く会社から便益供与を受けず、独力で創作を行なったというような特段の事情が存しない限り、再抗弁は成り立たないと解するのが相当である。
(d)以上の次第であるから、債権者の本件考案は、いわゆる職務考案に該当するといわねばならないから、債務者は、実用新案法九条三項、特許法三五条一項により、本件考案につき通常実施権を取得したことが明らかである。
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