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@特許を受ける権利の予約完結権の意義
(a)職務発明についての特許を受ける権利を使用者等が承継する旨の定めを使用者等と従業者等との間で職務発明規定(勤務規則)で定めた場合、その規定の意味合いとして、
・職務発明をした時点で、何らの意志表示を示すことなく、特許を受ける権利が使用者等に承継されるのか(停止条件付き譲渡契約の考え方)
・職務発明をした後に予約を完成させる旨の意思表示を使用者等が行うことで特許を受ける権利が承継されるのか(予約完結権の考え方)
はあとあと問題になることがあります。使用者等が職務発明についての特許出願をする際に、従業者等に対して、承継人として当該発明の特許出願を行う旨の意思を伝えていればよいのですが、そうでない場合には、後者の場合には、未だ特許を受ける権利の承継が完了していない段階で特許出願をしたことになり、冒認出願になってしまうからです。
A特許を受ける権利の予約完結権の事例の内容
(a)裁判において、職務発明規定が予約完結権を規定したものと解釈した事例はみあたりませんでした。
(b)そこで、当事者が予約完結権に基づく主張をしたものの、裁判所には認められなかった事例を紹介します。
[事件の表示]平成19年(ワ)第12655号(バリ取りホルダー事件・第一審)
[事件の種類]特許を受ける権利を有することの確認請求事件(請求棄却)
[判決の言い渡し日]平成21年1月29日
[考案の名称]バリ取りホルダー
[事件の経緯]
原告(発明者の元雇用者)が被告(発明者の現在の雇用者)がした特許出願に関して、原告が特許を受ける権利の確認を請求した事件の第一審であり、請求は棄却されています。もっとも控訴審において、信義則を理由として第一審判決は取り消されています。
[職務発明規定の内容]
第5条第1項 業務に関する発明・考案・意匠の創作をなした時は、その発明・考案・意匠の創作に至った行為が会社における現在または過去の職務に属する時はその発明・考案・意匠の創作につき国内及び外国における工業所有権を出願する権利(以下出願権と言う)および工業所有権を受ける権利は、会社がこれを承継する。
第62条
社員が会社の業務範囲に属する事項について発明、考案した場合は、遅延なく所定の手続きにより所属長に届け出し、その発明、考案が現在又は過去の職務に関するものであると会社が認めた場合は、工業所有権を受ける権利を会社に譲渡しなければならない。これに対する補償、その他の取扱については別に定めるところによる。」
〔原告の主張〕
(a)原告の規則及び細則において、規則は一般準則にすぎず、職務発明についての具体的な取決めは、細則によって規律されるから、専ら細則5条1項が適用されて、発明の完成により、当然に特許を受ける権利が原告に対して承継される。
本件発明は、職務発明であるから、平成15年8月23日に完成したのと同時に、原告に対して本件特許を受ける権利が承継された。
(b)また、細則5条1項を原告に予約完結権が留保された規定とみる被告の主張は、売買の一方の予約の考え方を援用するものであろうが、そのように解する規定上の根拠がなく、そもそも、予約承継は、特許法35条2項の反対解釈などから、売買とは性質が異なるものであり、理由がない。
〔被告の主張〕
(a)原告の規則及び細則において、規則62条は、工業所有権を受ける権利につき譲渡行為の存在を想定し、細則5条2項は、特許法35条1項の発明者主義に準拠し、細則8条(1)号は、細則4条の届出による工業所有権を取得する権利の譲り受けの決定に関する事項の審査を定め、細則10条1項は、細則8条の場合に限って審査の上で工業所有権の出願をすることを定め、また、原告のこれまでの実務慣行としても、細則4条1項の届出は、例外なく同条2項の「譲渡証書」を提出させて行われている。
(b)これらによれば、原告の業務範囲に属する事項の発明による特許を受ける権利の承継には、発明をした社員と原告との間で、これを譲渡する法律行為が必要であって、この譲渡行為がなくても、発明の完成と同時に原告に承継されるというものではない。その意味において、職務発明の場合の細則5条1項の「会社がこれを承継する」とは、「会社がこれを承継できる」との趣旨に解すべきである。
本件発明の発明者である丙は、原告との間でその特許を受ける権利の譲渡行為をしていないから、原告に本件特許を受ける権利は承継されていない。あるいは、原告は、せいぜい、本件特許を受ける権利の譲渡を求める請求権を有するにすぎない。
(c)仮に、そのように解することができないとしても、職務発明の場合の細則5条1項は、特許を受ける権利の承継の予約を定めた規定、すなわち、予約承継規定であって、原告に予約完結権を認めたものとみることができる。
原告は、本件発明について、いまだ上記の予約完結権を行使していないから、本件特許を受ける権利を有していない。
[裁判所の判断]
(a)従業者等の発明等が原告の職務発明等であるときにおいても、規則62条の文言によれば、従業者等の届出、原告による職務関連性の認定、従業者等と原告との間の譲渡が必要であるようにも読める。他方、「(権利の承継)」と題する細則5条の1項によると、「業務に関する発明・考案・意匠の創作をなした時は」、「その発明・考案・意匠の創作に至った行為が会社における現在または過去の職務に属する時は」、「工業所有権を出願する権利」及び「工業所有権を受ける権利は、会社がこれを承継する。」と規定しており、同規定は、明らかに、届出、認定、譲渡を要せず、発明等の完成時におけるその客観的な性状に従って当然に承継がされることを趣旨としたものである。したがって、職務発明等のときには、規則62条は、細則5条1項の規定内容の趣旨から理解すべきであって、この限度で変容を受けることになる。(中略)
(b)被告は、細則5条1項について、原告に予約完結権を認めた規定であって、原告において、いまだ上記の予約完結権を行使していない旨を主張する。しかし、細則5条1項をそのように解する文言上の手掛かりはなく、規定の趣旨については、上記のとおりであるということができる。
したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
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