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 パテントに関する専門用語
  

 No:  1240   

特許出願中のライセンス契約CS1/進歩性/特許出願

 
体系 権利内容
用語

特許出願中のライセンス契約のケーススタディ1

意味  特許出願中のライセンス契約とは、既に国に対して特許権の付与請求をし、その代償である新規な発明を開示する手続(出願手続)はしているものの、新規性・進歩性等の実体審査その他の特許出願の処理が完了していない段階で、締結されるライセンス契約です。


内容 @特許出願中のライセンス契約の意義

(a)特許出願人は、他人の発明の実施を排除する権利を有していませんので、例えば出願公開された発明を無断で実施することは禁止されていません。

(b)しかしながら、

・出願公開後の警告により補償金請求権を後日行使される可能性があり、その時点での対応に労力とコスト(裁判費用等)をかけるのであれば、最初から特許出願人とライセンス交渉をした方が良い、

・補償金請求権を支払ってもその後に特許発明を実施できる(パテントフリー)ことになる訳ではないので、特許後の実施許諾と合わせて特許出願中の実施許諾についても合意したい

・当該特許出願について出願公開された以上の技術情報(ノウハウなど)や技術指導を含めて、特許出願中のライセンス契約を締結したい

 などの理由で特許出願人とのライセンス契約が締結されることは少なくありません。

(c)しかしながら、特許出願中の発明の保護範囲(請求の範囲)は、例えば新規性・進歩性等を欠く旨の拒絶理由対応のために減縮・変更される虞があります。

 減縮補正により、ライセンシーが実施したいと望む実施態様が請求の範囲から外れてしまい、かつ、ライセンシーはその事実を知らずにライセンス料を支払い続けるという状況も想定されます。

 こうした状況を避けるためには、少なくとも請求の範囲を変更したらライセンシーに知らせることという条項を契約書に入れておくべきであり、それを怠って、それは信義則違反であるとか、債務不履行である等の主張をしても、裁判上で救済されることは非常に少ないと考えるべきです。

 裁判官は、契約自由の原則の下で書面化された合意事項を重んじます。“通知して欲しければ契約書にそのように書いておくべき”というのが裁判官の理屈であり、法律というものは、法律を知らない人間に対しては過酷になるものであります。

 請求の範囲の変更に関する通知義務を論点とした事例を紹介します。

A特許出願中のライセンス契約の事例の内容

zu4

[事件の表示]平成18年(ワ)第11429号

[事件の種類]特許権侵害差止等請求事件(一部認容)

[判決の言い渡し日]平成18年(ワ)第11429号

[発明の名称]熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート

[経緯]

(a)原告は、平成10年1月27日、「熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」の発明を特許出願(特願平10−14565号)しました。

  当該特許出願の出願当初の請求の範囲の請求項1は次の通りです。

「シリコーンゴムに、下記一般式(A)及び(B)で示されるシランカップリング剤から選択されたシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成ることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。

 YSiX3 (A)

 X=メトキシ基又はエトキシ基

 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基

 Y32SiX2 (B)

 ことを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。

(b)原告は、平成12年10月1日に、被告に対し、本件特許出願及びこれに係る特許の技術的範囲に属する熱伝導性シリコーンゴム組成物からなる放熱シート(許諾製品)を日本国内において製造、使用及び販売することについて非独占的実施権を許諾しました。

(c)原告は、平成13年12月4日に、本件特許出願について「請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認められるが、各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての配合量(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない)」旨の拒絶理由通知を受けたために、「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%〜80vol%である」という限定を加えるとともに、一般式(B)を削除する補正を行い、これにより特許査定を受けました。

 その際に補正の事実を被告に伝えていませんでした。

 平成14年3月22日に、当該特許出願について特許権の設定登録が行われました。

(d)被告は、

 平成14年7月17日、被告製品が本件各特許発明の技術的範囲に属さず、許諾製品に該当しないとして、実施料の支払を拒絶する旨を原告に通知し、

 同年12月13日、本件実施契約を解除する旨の意思表示をしました。

 契約期間の約定は、“契約期間は締結日から3年とし、期間満了前3か月前までにいずれの当事者からも契約解除の申出がない限り1年間ずつ延長される”となっていたため、意思表示をしても直ちに契約を解除できるわけではなく、本件実施契約は、約定により、平成15年10月1日をもって終了しました。

(e)原告は、被告の製品が特許権を侵害しているとして、侵害行為の停止、不法行為による損害賠償、及び本件特許の成立後から本件実施契約の終了までの約定実施料の支払いを求めて提訴しました。

 被告は、侵害の事実を争うとともに、特許出願中の特許ライセンスに関して被告の承諾を得ずに特許出願人(原告)が特許請求の範囲の減縮を行い、不当にライセンス料を得たことによる相殺の抗弁を主張しました。

 裁判所は、被告の製品の一部について侵害を認めました。ここでは被告の総裁の抗弁に関して紹介します。

zu3

[当事者の主張]

{債務不履行に基づく損害賠償請求}

(被告の主張)

 原告は、信義則上、被告に対して、本件補正を通知する義務を負っていたところ、被告に本件補正を秘したまま、これを行ったのであるから、上記義務に違反したというべきである。そして、原告が、上記補正の事実を被告に通知しておけば、その補正の範囲に応じて実施料を減額することとなったはずである。

 したがって、被告は原告に対し、本件補正以降の既払実施料のうち、補正された範囲に相当する<中略>円につき、債務不履行に基づく損害賠償請求権を有する。

(原告の主張)

  争う。

 ア 少なくとも特許成立前の補正について、被告が主張するような信義則上の義務を観念することはできない。特許成立前の段階における実施許諾契約における許諾対象たる発明は、当該特許出願の願書に最初に添付した明細書の開示範囲を超えない限度で、その後の補正により変わり得るのであり、特許が成立しないことも十分にあり得るからである。

 また、かかる状況において、被許諾者が実施許諾契約を締結して実施料を支払う理由は、特許出願に係る発明について将来特許が成立したときに、特許権者から権利行使を受けるリスクを予め回避しておくことにある。

 そして、本件実施契約のように、実施料の支払の根拠となる許諾対象製品を許諾対象たる発明との抵触関係によって定義する場合、その抵触関係の有無の判断は、第一次的には被許諾者の責任においてなされるべきである。なぜなら、被許諾者は、自己が実施しようとする製品の内容を熟知しているし、許諾対象となっている発明の内容についても、これが補正により変化し得る浮動的なものであることを十分に認識した上で実施許諾契約を結んでいることに加え、許諾対象発明の内容について特許庁で出願書類(包袋)を閲覧したり、許諾者に適宜問い合わせることで、容易に知ることができるからである。

イ 他方、許諾者としては、被許諾者からその実施する製品の詳細な構成や実施許諾の動機について特段の説明や情報提供を受けることなく、特許成立後の実施契約よりも低率の実施料で許諾しているのであり、それにもかかわらず補正の都度、被許諾者に逐一通知しなければならないとすれば煩瑣に堪えない。

ウ このように、特許出願段階における実施許諾契約の性質及び契約当事者の利害状況によれば、被許諾者において、許諾対象となった特許出願について注意を払っておくべきであり、何ら契約書に記載がないにもかかわらず、信義則上、許諾者が被許諾者に対して補正内容について通知義務を負うものと解することはできない。本件においても、本件実施契約には、補正内容の通知義務に関する規定は一切ないのであり、信義則上も、原告が被告に対してかかる通知義務を負うものと解することはできない。

エ なお、仮に、原告に通知義務違反という債務不履行が認められたとしても、被告の主張する損害は、被告自身が容易に確認できるクレーム内容の確認を怠ったことにより生じたものであるから、上記債務不履行との因果関係は存在しない。さらに、仮に因果関係の存在も認められたとしても、上記事情によれば被告自身の不注意が損害の発生に寄与していることが明らかであるから、損害賠償の責任及び額を定めるに当たり過失相殺がなされるべきである(民法418条)。

zu1

[裁判所の判断]

 (3) 被告の主張について

 原告は、信義則上、本件補正を通知する義務を負っていたと主張するところ、特許出願段階では補正が認められて特許されるものかどうかが未だ確定しておらず、原告が本件補正書を提出したというだけでは直ちに本件実施契約上の権利義務に影響を及ぼすものではないと解すべきであるから、そもそも補正の事実を通知する実益に乏しく、信義則上、かかる義務を認めることはできない。

 他方で、補正によって特許請求の範囲が減縮された上で特許査定され、特許権が発生した場合には、本件実施契約上の権利義務にも影響を及ぼすことになるから、減縮の事実を被許諾者に通知する実益があることは否定できない。

 また、本件実施契約では、まず、被告において自己の販売する製品が「許諾製品」に該当するかどうかを判断すべきであるから、その判断に当たって特許請求の範囲が減縮されたことは重要な情報といえる。

 したがって、少なくとも、被告から本件特許出願の経過等について問合せがされた場合には、原告はこれに誠実に応答すべき信義則上の義務があったというべきである。

 しかし、さらに進んで、特許請求の範囲が減縮されたことについて、被告からの問合せの有無にかかわらず原告から積極的にこれを通知すべき義務があったか否かについては、これを容易に肯定することはできない。なぜなら、本件実施契約書においてかかる通知義務の存在を窺わせる条項は全く見当たらず、同契約書外においても通知義務を認める旨の合意の存在を推認させる具体的事情は何ら認められないのであるから、本件において通知義務を認めるということは、実施許諾契約一般において、これについての明示又は黙示の合意の有無にかかわらず、許諾者たる特許権者に信義則上の通知義務を負わせることになりかねないからである。

 もともと、特許出願段階で許諾を受けようとする者にとって、契約締結後の補正により特許成立段階で特許請求の範囲が減縮されることは、当然に想定できる事柄であり、減縮があった場合に許諾者から通知して欲しいというのであれば、契約交渉段階でその旨の同意を取り付けて契約書に明記しておくべきといえる(かかる交渉を経ずに許諾者一般にかかる義務を負わせることは、むしろ許諾者に予期しない不利益を被らせるおそれがある。)。

 また、被許諾者は、許諾者に特許請求の範囲を問い合わせたり(少なくとも許諾者には問合せに応答すべき義務がある。)、特許公報等を参照するなどして、特許請求の範囲がどのようになったか調査することができるのである。

 上記のような事情を併せ考慮すれば、許諾者たる特許権者一般に、信義則上、特許請求の範囲が減縮された場合の通知義務を認めることはできないというべきであり、本件においても、原告に、信義則上かかる通知義務があったと認めるに足りる事情はない(なお、上記は特許請求の範囲が減縮された場合を前提としており、拒絶査定不服審判における不成立審決が確定した場合や、特許無効審判における無効審決が確定したような場合における通知義務については別途考慮を要するところである。)。

 したがって、原告には通知義務違反の債務不履行が認められず、これに基づく損害賠償請求権も認められない。

zu2

 [コメント]

 被告は、特許出願人(ライセンサー)が請求の範囲を減縮・変更したときにライセンシーに通知しないのは、信義則に違反すると主張しますが、裁判所は契約書の条項を重視する立場をとるもので、信義則による主張を容易に認めない傾向があります。

 本件でも、ライセンシーが請求の範囲の変更に関してライセンサーに問い合わせたときに答える義務はあるが、そうでなければライセンサーから通知する義務はない、と裁判所は判断しています。

 ライセンシーの立場からすると、その特許出願の流れに関して情報がなければ請求の範囲を変更したかどうかとわざわざ問い合わせしないので、不利な状況に陥ります。

 これを避けるためには、契約書にライセンサー(特許出願人)が請求の範囲を補正したときにはライセンシーに通知しなければならない旨の条項を入れておくべきです。

 またライセンシーは、“通知があれば実施料の減額を請求していた”と裁判で主張していましたが、仮にその請求をしてもラインセンサーに拒否されればそれまでのことです。

 例えば、請求の範囲の変更をしたときには契約を解除できる旨の条項が契約書にあれば、解除を回避するために、ライセンサーも交渉に応ずる可能性があると思われます。


留意点

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