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@妨害排除請求権の意義
(a)所有権は、有体物の全面的な支配を内容とする絶対的な権利であるため、その有体物を占有する他人に返還を請求できるのは当然のことながら(→物権的返還請求権とは)、占有以外の形で有体物の完全な支配が妨害されている場合には、妨害排除請求権が認められています。
(b)本稿では、この妨害排除請求権がどこまで適用されるのかを考察します。
(c)妨害排除請求権は、物権的請求権の一つであるので、民法上で所有権以外の物権と言われるものについては当然に認められます。
(d)知的財産の分野では、特許出願中の段階では妨害排除請求権の如き保護は認められませんが、当該特許出願に対して設定登録が行われ、特許権が成立すると、妨害排除請求権に類似する差止請求権が認められます(特許法第100条第1項)。
特許権が物権的権利であると言われる所以です。
(e)物権と対立する概念である債権に関しては、基本的に妨害排除請求権が認められません。
債権は人と人との間に成立するものであり、物権とは理論構成を異にするからです。
しかしながら、これには、債権の物権化と呼ばれる例外があります。不動産賃貸借権に関しては、登記等を条件として妨害排除請求権を認めるという判例があるのです(最高裁・昭和26年(オ)第658号)。
(f)本稿では、こうした事情を背景として、当事者がノウハウに関して妨害排除請求権を主張した事例(請求棄却)がありますので、紹介します。
A妨害排除請求権の事例の内容
[事件の表示]昭和41年(ラ)第381号
[事件の種類]仮処分申請却下決定に対する抗告事件
[判決の言い渡し日]昭和41年9月5日
[対象物]シーリング・ノウハウ
[事件の概要]
甲と乙とは、ノウハウの提供を含む技術援助契約を締結しました。契約書には、指定された範囲外に情報を漏らしてはならない旨の条項が定められていました。ところが、被援助者乙がその条項に反して第三者丙にノウハウを漏らしたため、ノウハウの提供者である甲が丙に対してノウハウを使用した製品の製造を差し止めようとした事例です。第一審は甲の請求を棄却し、甲は控訴していました。
[甲の主張]
・丙は単純な第三者ではなく、乙の変身・分形というべき存在であるのに、原審が丙の第三者性を否定できないと判断したのは正当ではない。
・一般の債権の場合においても、妨害排除請求権を是認しなければ著しく正義公平の原則に反し、信義誠実の原則を蹂躙する結果となるような特別事情のある場合には、妨害排除請求権を認めるべきである。
[裁判所の判断]
ノウ・ハウ契約(技術援助契約)により被援助者(ノウ・ハウについて)である締約当事者は右契約により知得したノウ・ハウを契約で限定された範囲外に洩らしてはならない義務を負担することは当然であるが、右義務は契約上の債務であり、約旨に反して、ノウ・ハウを他に洩らした債務者(仮処分の債務者でない、以下同断)が、契約法上の損害賠償等の責を負うことも疑ないけれども、締約当事者以外の第三者が、債務者より教示され、又は偶然の事情等によりノウ・ハウを知得した場合、右ノウ・ハウを使用して製作をする場合、これが差止めをすることは、現行法上、特段の規定がないので、できないものと解するを相当とする。
けだし、ノウ・ハウは財産的価値のあるものではあるが、権利(無体財産権であるか、債権であるかを問わず)的なものとして第三者にも強制的にこれを認めさせるだけの効力を法律が許容しているとまでは現在のところ、解し得ないからである。ノウ・ハウの擁護はこれを保持する者が産業上の秘密として他に漏洩することを事実上防止する外はないと云わざるを得ない。
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