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@遡及的ライセンスの意義
(a)遡及的ライセンスとは、前述のライセンスの効力をライセンスの締結時点より前に遡って生じさせることを、ライセンス契約の当事者同士で認め合うライセンスですが、これは私人同士の間の取り決めに過ぎません。
(b)従って、法律の条文に“遡る”と規定してある場合とは異なり、その効果は限定的であることに注意する必要があります。
第三者の権利と関係する事柄、例えば訴訟の当事者適格の問題に“遡及”の効果が及ぶものではありません。そうしたことを裁判所が判示した事例を紹介します。
A遡及的ライセンスの事例の内容
[事件の表示]ENZO APA & SON, INC. v. GEAPAG
A.G. 134 F.3d 1090
[事件の種類]特許侵害事件(控訴審・請求棄却)
[発明の名称]乳化剤ユニット
[事件の経緯]
(a)PAOLETTI
LUCIANO は、乳化剤ユニット、特にスチーム及びミルクを乳化させてカプチーノ等の飲料物を製造するための乳化剤ユニットを発明し、1986年1月31日に米国に特許出願を行い、特許権(第4715274号)を取得しました。
前記米国特許出願は、パリ条約優先権を伴うものでした。これら優先権の基礎は、イタリア国に対する2つの特許出願です。
前記米国特許権(274号特許)の譲受人としてSpidemが記録されています。
(b)Spidemは、1987年12月4日にJoplin and Knox Ltd.
(J&K)に対して前記2つのイタリア特許出願に関して排他的ライセンスを許諾しました。
(c)J&Kは、Geapagに対して前記2つのイタリア特許出願に関して製品を製造・販売する排他的権利を許諾しました。
(d)Geapagは、1988年2月3日に、Nuova Faema S.P.Aに対して274号に関する排他的ライセンスを許諾しました。
(e)1993年1月27日、Enzoが274号特許の無効の宣言を求めるアクションを提起し、その直後にGeapagはNuova
Faema S.P.A と共にEnzoを特許侵害で提訴しました。
(f)訴訟の進行中である1993年10月15日に、Geapagは、274号特許の名義人であるSpidemから排他的ライセンスの許諾を受けました。このライセンス契約は、1992年12月4日を効力発生日(effective
date)とし、この日まで遡って効力を生ずる契約(nunc pro tunc agreement)でした。
(g)地方裁判所は、1995年4月に、Geapagの当事者適格を認めた上で、Geapagの訴えを認容し、これに対してEnzoは控訴しました。
(g)Enzo控訴審で特許無効の主張などとともに、前記遡及的ライセンスではGeapagの当事者適格の不備を解消できないと主張しました。
[控訴裁判所の判断]
控訴裁判所は、下記の理由により、遡及的ライセンスにより当事者適格の不備は解消できないと判示し、原判決を取り消しました。
“一般的に、裁判所の当事者は、裁判で権利の弁明(vindicate)を開始する前に、当該権利を補修しているべきである。
後日権利を譲り受けることで、当事者適格が自動的に治癒(cure)されることを許すのは、裁判を提起する権利を有する人の数を不当に増やすことになる。
もっとも当事者は権利の譲渡が差し迫っている(imminent)であることを裁判所に証言(aver)することで早すぎる提訴を正当化することができる。
いずれは権利を取得するというだけで、特許のオーナーでない者やライセンサーに訴える権限を与えることは、司法界を抽象的な議論や訴訟の重複のリスクに陥らせる。さらには、訴訟の在庫(arsenal)及び範囲を広げるために権利を譲り受けるという不合理を加速するインセンティブにすらなり得る。”
[コメント]
(a)提訴以前に遡るライセンス契約の締結により地方裁判所が原告適格を認める判決を出し、この判決を控訴裁判所が覆すという事例は本件以外にもあります(例えばETHICON事件)。要するに、控訴裁判所は、遡及的ライセンスの効力で第三者が過去の侵害に対して救済を受けることが妨害されることを認めないという立場です。
(b)この事例では、少なくともライセンシーの側で誤解があったものと推定できます。イタリア特許出願に基づくライセンスのライセンサーが、更に米国特許に関するライセンスを許諾するというのは普通に考えれば明らかに不自然です。
ライセンサーは“イタリア特許出願の発明”という言葉によって274号特許もライセンスの対象となるという誤解していた節があります。ライセンス交渉の途中でそうした誤解を生じさせるやりとりがあったのかもしれません。
しかしながら、契約書に“イタリア特許出願の発明”とライセンスの対象を特定してしまったら、後でそれは別の意味であるという言い分は通用しません。契約書の作成時に主要項目が妥当であるかをよくチェックするべきです。
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