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①寄与率の意義
特許侵害訴訟の攻防において、特許権者の側には、差止請求権や損害賠償請求権が認められており、他方、相手方に対しては、特許発明の技術的範囲に即しない旨の主張や各種の抗弁(例えば禁反言の原則など)、特許無効の請求などが認められる他、たとえ侵害が成立するとしても損害額の算定が不適当である旨の反論を行うことができます。
損害額の算定に関しては、特許権者側は、過失の推定や損害額の推定等の規定(特許法第102条、103条)を用いて立証責任を果たすことができます。
これに対して、相手方は、損害額の算定方法に不具合(例えば水増し)があるなど主張して、裁判所が推定の全部又は一部を覆すこと(覆滅)を求めることができます。
しかしながら、こうした手立てを講じても、特許発明の機能・作用などから、当該発明が被疑侵害品の価値の全体に直結しないため、通常の算定方法では、算定された賠償額が過剰となってしまう場合があります。
こうしたときに損害額を調整するための概念として寄与率があります。
ここでは、どういう場合に寄与率が用いられるべきか、寄与率と推定の覆滅との関係に関して論じられた事例を紹介します。
②寄与率の事例の内容
[事件の表示]平成25年(ワ)第10958号
[事件の種類]特許侵害訴状事件(認容)
[発明の名称]掘削装置(本件特許1)他
[事件の経緯]
(a)本事件は
・本件特許1…「掘削装置」の特許出願に付与された特許権(特許第2981164号)
・本件特許3…「穿孔工法用回転反力支持装置」の特許出願に付与された特許権(特許第3640371号。)
・本件特許4…「掘削土飛散防止装置」の特許出願に付与された特許権(特許第4553629号)
を有する原告が、被告がその工事に使用する
・「鋼管杭キャップ工法」に用いる掘削装置(被告装置1」)、
・「ダウンザホールハンマー(拡径ビット)工法」に用いる穿孔工法用回転反力支持装置(被告装置2)及び
同工法に用いる掘削土飛散防止装置(被告装置3)が、
本件特許権1の特許請求の範囲請求項1又は2に係る各発明、本件特許権3の特許請求の範囲請求項1に係る発明もしくは本件特許権4の特許請求の範囲請求項1に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、
原告が被告に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各装置の製造・販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、
民法709条及び特許法102条2項に基づき、損害賠償金2億7170万7951円及び遅延損害金の支払を求める事案です。
以下、寄与率に関する当事者の主張及び裁判所の判断を紹介します。
[被告の主張]
(a)本件訂正発明1の1の寄与率は、代替技術のある点や山(崖)側のケーシングの態様(下部/1本のH形鋼)で行うことにも支障がない点等を踏まえると、相当低い。
(b)本件訂正発明4の「掘削土飛散防止装置」は、回転駆動装置の附帯物であるにすぎず、掘削に必須なものではない。また、本件訂正発明4に代わる方法によって掘削作業は行える(水中の汚濁防止には汚濁防止膜[シルトフェンス]があり、ウィンチのない幌様のもので代替して使用されている。)。
さらに、ダウンザホールハンマを囲繞するように筒状部が蛇腹状の側壁を有するように形成された蛇腹の構成は、本件特許4の特許出願前において周知・慣用技術であり、ありふれた技術である。これらの事情を考慮すると、本件訂正発明4の寄与度は極めて低いというべきであり、3分の1以下である。
[原告の主張]
損害額の算定に当たっては、本件訂正発明1の1及び1の2がどれだけの貢献をして、発注者が被告に対し発注をしたのかという全体像を捉える必要があり、請負代金全額を基礎に、寄与率を乗じるべきである。
[裁判所の判断]
「寄与率{損害額の推定の覆滅}
・被告は、本件訂正発明1の1の売上に対する寄与率{寄与の程度}は低いなどと主張するので検討するに、特許法102条2項は、損害が発生している場合でも、その損害額を立証することが極めて困難であることに鑑みて定められた推定規定であるから、当該特許権の対象製品に占める技術的価値、市場における競合品・代替品の存在、被疑侵害者の営業努力、被疑侵害品の付加的性能の存在、特許権者の特許実施品と被疑侵害品との市場の非同一性などに関し、その推定を覆滅させる事由が立証された場合には、それらの事情に応じた一定の割合(寄与率)を乗じて損害額を算定することができるというべきである。」
(中略)
・ さらに、被告は、各杭の「掘削長×掘削基本時間」の単価計算から求められたものに(「掘削時間」/〔「掘削時間」+「準備時間」+「排土埋戻し時間」〕)を乗じたものが、掘削に対しての時間の割り出し単価となるなどと主張しており、工事費用について時間当たりの単価を算出して、現実に掘削に要した時間に相当する分についてのみ本件訂正発明1の1が寄与しているかのような主張をしているが、被告が「先行削孔砂置換工」のうちの掘削作業のみを受注しているものではなく、また、一般に掘削作業のみを受注する形態が考えにくいこと、掘削作業が「先行削孔砂置換工」の重要部分を占めると考えられること、発注者は準備時間や排土埋戻しのために被告に工事を発注しているものでなく、準備や排土埋戻しの作業が利益をあげているとはいえないことなどからすると、被告の上記主張は採用することができない。
そうすると、代替技術の存在を考慮に入れたとしても、上記額が原告の損害であるという推定を覆滅させるに足りる証拠がないというほかないから、被告の寄与率{損害額の推定の覆滅}に係る主張は理由がない。
※{}は2審で修正された箇所、(寄与率)は2審で削除された箇所です。
[コメント]
(a)被告は、被告装置のうち特許発明に相当する部分に関して代替技術が存在することを根拠として、寄与率が低い旨の主張をしています。
(b)しかしながら、寄与率という概念は、特許発明の作用効果に鑑み、当該発明が“必ずしも被疑製品全体の利益に直結するとはいえない”ような場合(例えば被疑製品が特許の塊であり、被疑製品の製品を実現するために複数の特許が関係しているような場合)に用いられるべきものです(→
寄与率のケーススタディ3(特許侵害))
従って、単に代替技術が存在するとか、特許出願前の技術水準から見てありふれた技術であるからとか、そういう理由だけで、安易に寄与率を用いるべきではありません。
(c)代替技術の存在を損害論に用いたいのであれば、“代替技術が存在するから、侵害行為がなければ権利者が販売することができた物の単位当たりの利益の額(特許法第102条第1項)は高過ぎる。”のように主張して、相手の推定を覆す(覆滅)ような形で、論理的に裁判官を説得するべきです。
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