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特許の活用・保全の必要性CS1/特許出願/進歩性
共通キーワード40個/固有キーワード15個/4035語 {特許の活用策・保全の必要性のケーススタディ1} (意味)
保全の必要性とは、本案訴訟の前に暫定的な措置(保全処分)をとることを正当化できる程度の具体的な必要性をいいます。
特に、特許侵害訴訟では、特許の活用の為に、保全の必要性を効果的に主張・疎明することが重要です。
(内容)
①特許の活用策・保全の必要性の意義
(a)特許法は、新規性や進歩性を備えた発明を社会に公開する代償として発明を保護するため、特許出願人に対して、前記進歩性等の審査を通ることを条件として、独占排他権である特許権を付与します。
(b)この特許の活用方法として、特許権者自ら特許発明を実施して利益を得ることもできますし、また第三者に対して特許ライセンスを許諾して、ライセンス料を受けることもできます(特許法77条、78条)。
(c)また、特許権の侵害に対する救済策として、差止請求権(特許法100条)及び民法70条の損害賠償請求権などが認められています。損害賠償請求権は過去の侵害に対する救済策であるのに対して、差止請求権は、現在進行中の侵害行為を停止させるための救済策という意味があります。
但し、差止請求訴訟を提起しても、裁判所での審理には一般に長い時間を必要とします。
特に相手方が無効理由(新規性・進歩性の欠如など)を理由として、特許無効の抗弁をした場合などには、審理期間が長期化する傾向があります。
また特に特許権の存続期間(特許出願日から20年間)が残り少ないときに侵害行為が発生すると、差止請求訴訟の判決が確定したときには、存続期間が満了しており、相手の行為を差し止めることができないという可能性もあります。
こうした事態を回避するため、侵害訴訟の提起と並行して、保全処分(被疑侵害行為の停止の仮処分)の制度が存在します。
裁判所が仮処分命令を出す条件として、被保全権利(有効な特許権)が存在すること及び保全の必要性が疎明されることが必要です。
保全の必要性とは、例えば市場に特許権者が上市した特許製品と侵害品とが存在しているために、不当な価格競争に引き込まれ、売り上げが減少したとか、市場を侵害品によって浸食されたために、特許ライセンス契約の交渉に支障を生じたなどの具体的な事情が該当します。法律上は侵害者に対して損害賠償請求権を行使できますが、現実には侵害者の所在が判らないとか、さまざまな理由で権利を執行できない可能性があるからです。
この記事では、特許権者自身又はライセンシーの実施により、保全の必要性が認められた事例を解説します。
②特許の活用策・保全の必要性の事例の内容
(1)事例1
[事件の表示]昭和42年(ネ)第1104号
[事件の種類]仮処分控訴事件事件(棄却)
[考案の名称]和服下締具の構造
[保全の必要性の論点]特許権者による特許発明の実施
[事件の経緯]
(a)申請人は、“和服下締具の構造”と称する考案に関して実用新案権を有しており、この実用新案権に基づいて、被申請人は係争物を製造販売してはならない旨の仮処分の裁判を求めた。
(b)地方裁判所は仮処分を認める旨を決定し、これに対して被申請人は控訴した。
[裁判所の判断]
前記控訴人が(イ)号ベルトを業として製造販売して被控訴人の本件新案権を侵害している事実、〈証拠〉を総合すると、
・被控訴人は多大の労力と費用とを投じて新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等を通じて本件新案権実施として製造している「コーリンバンド」のために宣伝普及につとめ、その結果商品の効用と優秀さが世人に認識されるようになつたこと、
・他方控訴人は(イ)号ベルトを製造販売し、かつ(イ)号ベルトを製造販売することはなんら本件新案権に抵触しない旨を一般消費者に強調して一層販路を拡張しようと努めていること、
・控訴人の右行為のために被控訴人の「コーリンベルト」の販路が著しく侵害され、被控訴人が多大の損害を被つていること、控訴人の(イ)号ベルトの製造販売をこのまま継続させると被控訴人の損害は更に増大し、被控訴人に回復し難い損害を与えること
が一応認められ、この認定に反する疎明はない。
よつて本件仮処分の必要性が肯認できる。
(2)事例2
[事件の表示]昭和44年(ヨ)53号昭和年(ヨ)第号
[事件の種類]仮処分決定取消事件(認容)
[発明の名称]寒天原料海藻より寒天を採取する方法
[保全の必要性の論点]特許権者による実施の予定
[事件の経緯]
(a)申請人は、“寒天原料海藻より寒天を採取する方法”と称する発明に対する特許出願に対して特許を受け、この特許権(登録番号第五三五四九八号)に基づいて、被申請人は係争方法を実施してはならない旨の仮処分の裁判を求めた。
(b)債権者は前記特許権に基づき、寒天の製造販売の事業を起こす計画を進めており、且つ債務者近在の訴外Aと右特許の実施契約を取交しているが、近時債務者にならつて本件特許権の無料使用をなすものが現われ、放置するにおいては債権者は甚大な損害を蒙る虞れがある、旨を述べた。
(c)債務者は、本件において被保全権利が存在するとしても保全の必要性がない。即ち債権者は現に本件特許を実施しておらず、債務者の前記寒天製造により直ちに大きな損害を蒙る虞れはないのに反し、債務者は従業員一三名の小企業で現在の製造方法を止められるときは企業の成立自体危殆に瀕し、回復できない損害を蒙る虞れがある旨を述べた。
[裁判所の判断]
本件保全処分の必要性について判断する。債権者本人の供述によれば、債権者は本件特許を近々に自ら実施して寒天製造事業の再開を計画しており、また現在訴外今井貞吉に対しこれの通常実施を許諾し、また他にも右実施許諾をし、実施料を取得したい意向であるが、債務者において本件特許に抵触する製造方法を開発し、これを利用しており、他にも二、三の業者が債務者にならつて同方法を採用しているため、債権者の右計画、意向の実現に支障を来たしている事実が一応認められるところ、
債務者は債務者の実施方法が差止められるときは、債務者は事業を閉鎖の止むなきに至り回復することのできない損害を蒙る虞れがある旨を主張するが、本件特許の眼目である「原料海藻を常温で機械を用いて微粒子化する」方法は従来一般に採られている寒天製造工程中の一工程の工夫に過ぎないから、債務者が右の方法を採れなくなるとしても、その寒天製造事業の閉鎖を来たす破目に陥るとは到底考えられず、債務者の右主張は容れるに由ないところで、
前記事実により、本件において保全の必要性は肯認されるべきである。
(3)事例3
[事件の表示]昭和46年(ヨ)第2号
[事件の種類]実用新案権侵害禁止仮処分申請事件(認容)
[考案の名称]防疫二重袋
[保全の必要性の論点]
[事件の経緯]
(a)申請人は、“防疫二重袋”と称する考案に関して実用新案権(登録第七四八二八〇号)を有しており、この実用新案権に基づいて、被申請人は係争物を製造販売してはならない旨の仮処分の裁判を求めた。
(b)債務者は、保全の必要性に関して、“債権者はもとよりのこと申請外Aにおいても、現在本件実用新案にかかる防疫二重果実袋の製造、販売はしていないのであるから仮処分の必要性は全くない。”と主張した。
(c)債務者は、保全の必要性に関して、“債権者は本件実用新案の登録権利者であること前記のとおりであるとともに、申請外Aに対し、本件実用新案の実施を許諾し、同会社はこれが防疫二重果実袋を製造し、主として青森県下などにおいて販売しているところ、債務者は債権者の停止請求にもかかわらず、本件果実袋を大量に製造し、青森県下においてこれが販売を継続しているものであって、本案判決確定に至るまで、債務者が右行為を継続するにおいては、債権者は本件実用新案の登録権利者として、少くともこれが実施料等に相当する損害をうけるのみならず、さらにはAの本件実用新案にかかる防疫二重果実袋の売上が減少し、これがため同会社の大株主である債権者は損害を受けることは明らかであり、しかも債権者の蒙るこれらの損害額の立証は極めて困難であるため本案判決の確定をまってその救済を受けるとすると著るしい損害を被むることが明らかであるから保全の必要性がある。”と主張した。
[裁判所の判断]
債権者が本件実用新案の登録権利者であること、債務者が業として本件果実袋を製造し、主として青森県下において販売していることは当事者間に争いのないところであり、
・さらに成立に争いのない疎甲第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる疎甲第三号証および証人甲の証言によると、
債権者は、自己が株式総数の四割を所有して代表取締役の地位にあるAに本件実用新案の実施許諾をなし、同会社は本件実用新案にかかる防疫二重果実袋を製造し、青森県下においても多数販売してきたことが疎明され、
・また証人乙の証言と債務者代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、
本件果実袋を製造している自動製袋機は、債務者が専ぱら、本件果実袋を製造するために申請外Bに注文したうえ、購入したものであって、本件果実袋の製造にのみ供していることが疎明されるので、
本件果実袋の製品および半製品(本件果実袋の構造を具備しているが、いまだ製品として完成するに至らないもの)ならびに本件果実袋の製造に供している自動製袋機につきいずれも保全の必要性を肯認することができる。
[コメント]以上の先例の傾向をまとめると、特許発明が特許権者又は実施権者により現に実施されている場合は当然として、侵害者の存在が特許ライセンスの締結の障害になっているような場合でも保全の必要性が認められる可能性が高いと言えます。
これに対して、特許権者が積極的に特許の活用を図っている旨の疎明がない場合には、保全の必要性なしと判断される可能性があります。
→特許の活用策・保全の必要性のケーススタディ3
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