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 パテントに関する専門用語
  

 No:  1440   

訂正審判CS(実質上の変更2)/特許出願

 
体系 審判など
用語

訂正審判のケーススタディ(実質上の変更2)

意味  特許請求の範囲の実質上の変更とは、一見したところ特許請求の範囲の減縮・釈明・誤記訂正のようでありながら、実際には訂正前の特許権の効力を超えて特許請求の範囲を変更することを言います。



内容 @実質上の変更の意義

 特許出願(実用新案登録出願)の明細書・請求の範囲・図面(明細書等と言う)に不備が存在したときには、特許出願人は補正書を提出して請求の範囲等の内容を変更することができます。

 特許が付与された後に、補正に変わる手段として、明細書等の訂正(訂正審判又は特許無効審判の審理中の訂正請求)があります。

 これら明細書等は独占排他権である特許権の権利書としての意味を有するため、その内容を妄りに変更して第三者の利益を害することは許されません。特に請求の範囲は、特許発明(登録実用新案)の技術的範囲を確定するものであるため、その訂正は、減縮・釈明・誤記訂正を目的とするものに限られます。

 しかしながら、形式的には、減縮・釈明・誤記訂正に該当するものであっても、技術的思想として異なる場合があります。

 そこで、請求の範囲の訂正は、実質的な拡張・変更であってはならない旨が規定されています(特許法第126条)。

 ここでは、一見して不明瞭な記載の釈明のようであっても、発明(考案)の技術的な意味から見て、別個の技術的思想へ変更するであり、実質上の変更であると解釈された事例を紹介します。


A実質上の変更の事例の内容

[事件の表示]審判平08-007361

[事件の種類]訂正無効審判

[審決日]平成9年2月25日

[考案の名称]脇下用汗吸収パッド

[訂正前の請求の範囲]

 「吸水・吸臭層と止水層とを備える袖添付け部と身頃添付け部とを吸水・吸臭層を外面側とし止水層を内面側に対向させて重合し、両添付け部を彎曲連結部で相互に連結し、袖添付け部と身頃添付け部の内面側に両面接着テープを取付け、袖添付け部と身頃添付け部の縁部を前記彎曲連結部より曲率の小さな3つの彎曲を連ねた縁形状としたことを特徴とする脇下汗吸収パッド。」

[願書に添付された図面(出願時より変更なし)に表された構成(構成Aと言う)]


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[変更の要点]

 請求の範囲中の「曲率の小さな」を、明瞭でない記載の釈明を目的として「曲率半径の小さな」と訂正すること。

[訂正無効審判の審決]

(a)本件登録実用新案第1957778号の手続きの経緯を見ると、本件登録実用新案登録の願書に最初に添付した明細書には、袖添え付け部と身頃添え付け部の縁部の形状に関する記載がなかった。

(b)そして、願書に最初に添付した明細書の実用新案登録に係る考案は平成2年2月21日付けの拒絶理由通知に記載した理由によって拒絶をすべき旨の査定がされた。

(c)これに対して該出願人は拒絶査定不服の審判を請求するとともに、所定の期間内において、図面をそのままにして明細書の記載を全面的に補正(平成2年8月23日付け)し、

 新たに発見された先行技術の問題点、すなわち前記三日月上の脇下汗吸収パッドにおいては中心部に比べて両端部に至るに従い吸収面幅が急減に減少してしまうという問題点があることを挙げて、

 該先行技術と願書に最初に添付した図面に記載の考案との間に前記問題点を解決する手段、すなわち3つの湾曲を連ねた縁形状とすることを認識し、

 この問題を解決する手段において曲率の小さな3つの湾曲を連ねた縁形状の構成を本件登録の考案の特徴とした

 ものと理解される。

(d)このような本件登録実用新案の明細書の補正の経緯から見ると、先行技術の三日月状のバンドに対して汗吸収性を向上する構造は、両端部に汗吸収性を向上させる吸収面幅が形成される湾曲状に広がった部分を有すれば良いことが理解され、

 該湾曲の形状は湾曲連結部の曲率に対して大きい場合でも小さい場合でも前記吸収面幅大きく取るための設計は可能であることが理解される。(中略)

(e)また前記補正された明細書では、全明細書に亘って湾曲連結部の曲率に対して曲率の小さな3つの湾曲を連ねたもののみを説明し、登録請求の範囲の説明とも一致するものとしている。

(f)ところで、前記明細書において使用している「曲率の小さい」の用語は、請求人が提出した甲第2号証乃至甲第6号証及び被請求人が提出した乙第2号証から見ても技術的意味が明瞭であり、この用語の概念は前記曲率と同様に曲線の形態を表す表現である「曲率半径の小さい」とは全く逆の概念であることも明らかである。

(g)してみると、実用新案登録請求の範囲第1項において「曲率の小さな」とあるのを明瞭でない記載を明瞭でない記載の釈明を目的として、「曲率半径の小さな」とした訂正、並びに、明細書の対応箇所に対する同様の訂正は、「曲率が小さい」の用語がそれ自体技術的な意義が明瞭であるから、明瞭でない釈明とすることができない。

(h)また願書に最初に添付した図面を一見すると、「湾曲連結部の曲率に対して曲率の大きな3つの湾曲を連ねた縁形状」、換言すれば、「曲率半径の小さな3つの湾曲を連ねた縁形状」が認識されるから、

 「曲率半径の小さな」とすべきところ「曲率の小さな」と錯誤により記載してしまった、すなわち「曲率」と「曲率半径」とを混合したものとも考えられ、この点からすれば誤記の訂正ということができるけれども、

 「湾曲連結部の曲率に対して曲率の小さな3つの湾曲を連ねた縁形状」、換言すれば、「湾曲連結部の曲率半径に対して曲率半径の大きな3つの湾曲半径を連ねた縁形状」としても考案が成り立ち得るので、この記載自体には技術的な意味があり、「曲率の小さな」と記載したことは単なる誤記ではなく、これを「曲率半径の小さな」とする訂正は、訂正前の登録請求の範囲に含まれていない構成に登録請求の範囲を変更するものであるから、実用新案法第39条第2項の規定にも適合しない。

(i)以上要するに、前記訂正は、実用新案法第39条第1項第3号及び前記第2項の規定に違反しているから、(旧)実用新案法第40条第1項の規定により無効とすべきものである。



[コメント]

(a)請求の範囲の「曲率の小さな」を「曲率半径の小さな」とした訂正が無効とされた事例です。

 「曲率の小さな」という言葉自体の技術用語としての意義は明瞭だから、“不明瞭な記載の釈明”には相当しないし、考案の課題を参酌すると、考案全体からの「曲率の小さな」という記載も技術的に意味が通るので、単なる誤記の訂正でもなく、考案の構成を実質的に変更することになるという判断です。

 一般に、曲率(κ)とは、曲線上のある点におけるその曲線の曲がりの程度であり、曲率半径の逆数(r)として表されます。曲線の曲率が小さいことは、その曲線の曲がりが小さく、直線に近いことを意味します。

 この意味から、「袖添付け部と身頃添付け部の縁部を前記彎曲連結部より曲率の小さな3つの彎曲を連ねた縁形状」を字句通りに解釈すると、下図のように、より直線に近い湾曲を3つ連ねた形(構成B)になります。この構成でも、三日月状のパッドに比べて両端部の吸収幅dを大きく取ることはできます。


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 登録請求の範囲に記載した要件を、字句通りの構成Bと判断すると、図面に記載された構成と一致せず、また図面通りの構成Aと判断すると、考案の詳細な説明の記載と一致しません。

 そうなると、「曲率の小さな」を「曲率半径の小さな」と訂正することは、単なる誤記の訂正とは言えず、解釈次第では実質上の変更と判断される可能性が生じます。

 例えば、本考案の明細書・図面を見た当業者は、出願当初には、出願人は構成A及び構成Bの双方を含む上位概念をアイディアの範囲としており、一例として構成Aを図示していた、そして補正により、登録請求の範囲を構成Bを要件とする考案に限定した、

 と理解する余地があります。

 そうなると、構成Bを要件とするパッドを、構成Aを要件とするバッドに変更することは、実質上の請求の範囲の変更ということになります。



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