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@証明力の内容
自由心証主義の下では証拠の証明力の評価は裁判官の自由な心証に委ねられていますが、単なる私見で恣意的に判断してもよいものではありません。ある程度の論理則や経験則に従って判断することが必要です。ここでは、書証の内容に関して書証作成者の裏付けが取れない場合の証明力に関して審判部と裁判所とで判断が分かれた事例を紹介します。
A〔事例1〕
事件番号:平成26年(行ケ)第10202号 事件の種類:審決取消訴訟(無効審判請求棄却→審決取消)
事件の論点:公然実施の事実の有無(新規性など) 本件発明の名称:「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」
〔本件発明の内容〕
【請求項7】
「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160〜166℃である9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」(本件発明7)
〔事件の経緯〕
(イ)被告は,名称を「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」とする発明について,平成20年2月8日(本件出願日。優先権主張平成19年2月15日,本件優先日),特許出願をし,平成20年6月20日,その特許権の設定登録(特許第4140975号)を受けた(本件特許。甲1)。
(ロ)原告が,平成25年2月20日に本件特許の無効審判請求(無効2013−800029号)をしたところ,特許庁は,平成26年7月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決謄本は,同年8月4日に原告に送達された。
〔審決の判断〕
(イ)平成14年3月に、ロット02018〜02021のBPEFを原告から●●●●●●株式会社(以下「α社」)に譲渡した取引(第1取引)、
(ロ)平成14年8月に、ロット420506のBPEFを原告からα社に譲渡した取引(第2取引)、
(ハ)平成14年10月及び平成15年5月に、ロット520701〜520713のBPEFを原告からα社に譲渡した取引(第3取引)、
(ニ)平成15年1月に、ロット02023のBPEFを原告から●●●●●株式会社(以下「γ社」)に譲渡した取引(第7取引)、
(ホ)平成15年6月に、ロット02018のBPEFを原告からγ社に譲渡した取引(第8取引)、
(ヘ)平成15年12月に、ロット520709のBPEFを原告からγ社に譲渡した取引(第9取引)
は、存在自体は認められるものの、取引されたBPEF製品は本件発明7の多形体Bに相当するものであったと認めることができず、また、本件発明7の多形体Bに関する技術情報及び/又は取引に供された特定ロットのBPEF製品の技術情報については、各取引の関係者に守秘義務が存在していたと認められる。
〔裁判所の判断〕
(イ)審決は、「本件発明7の多形体Bの技術情報については、・・・乙6の3の『覚書』における3社会議の守秘義務が請求人(原告)及び大阪瓦斯株式会社(Y社)並びに●●株式会社(X社)…において存在したものと認められる。」と説示する。
しかし、(中略)この3社会議による共同開発は、平成8年12月1日付けの乙5の4覚書(甲163)の締結により、終了したものである。原告が第1取引にて販売したBPEFは、原告が3社会議とは別に独自に開発したBPEFであるから、被告から守秘義務を課せられるものではない。
(ロ)審決は、第4取引〜第6取引と、第10取引〜第13取引の存在を否定した。その理由は、当該取引関係書類(甲37の2及び4、甲39の1及び2、甲40の1及び2、甲41、甲47の1及び2、甲49の1、2及び4、甲51の2及び4、)の原本の存在、原本との同一性、原本における文書の真正な成立が確認できないとして、認定の資料として採用しなかったところにある。
しかし、上記書証はいずれも、@作成者であるとされている者と異なる者が作成していると考え得る具体的な根拠があるものではないから、文書の真正な成立を否定すべき理由はなく、また、A具体的に改ざんの可能性等が指摘できるような不審な点があるわけでもないから、原本の存在及び写しとの同一性が確認できないとしても、それにより各書証の証明力を一切否定すべき合理的理由はない。
(ハ)審決は、第2取引及び第10取引〜第12取引の対象物に関する試験成績書(甲33)について、@BPEFのモノマーを対象とするのかポリマーを対象とするのか一義的ではない、ADSCの測定値が示差走査熱分析による融解吸熱最大を必ずしも意味しているとは限らない、Bマスキング部分が多く内容を正確に把握することができず、作成者の名称や承認者の欄もマスキングされているため、原本の存在、原本との同一性、原本における文書の真正な成立が確認できないとして、これを認定の資料として採用しなかった。
しかし、@甲33がBPEFのモノマーを対象としたものではないとの疑いを差し挟む具体的な根拠はなく、ADSCの測定値が示差走査熱分析による融解吸熱最大を意味すると考えることに不自然な点はなく、Bマスキング部分は要証事実と関連の薄い部分のみに施されており、作成者の名称等がマスキングされていることによって、内容が改ざんされたなどと疑うべき不審な点もない。
〔コメント〕新規性・進歩性を否定する証拠中の関係者の使命等にマスキングがされているだけで証拠を採用しないとした特許庁の判断は行き過ぎで、証明力の評価においては証拠の真正さを疑わせる不審な点があるかを検討しなければならないと判示された事例です。審判官としては、書類の作成者に直接事実関係を問いただすことができないような証拠は信用できないと考えたのかもしれませんが、裁判所の考え方は違いました。
→証明力のケーススタディ(否定的に判断された例)
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