内容 |
○事例1
事件番号:平成20年(行ケ)第10366号
事件の種類:無効審決取消請求事件(請求棄却)
事件の争点:用途発明の進歩性・発明の作用機序の相違の評価
〔発明の名称〕胃炎治療剤
〔事件の経緯〕
原告は,名称を「胃炎治療剤」とする発明について特許出願(特願平1−210504号)をし,設定登録(特許第2812998号)を受けた。
被告は,本件特許の無効審判請求をした。特許庁は,審理の上,進歩性の欠如を理由として当該特許を無効とする旨の審決をし,その謄本は,原告に送達された。
〔特許請求の範囲の記載〕
「2−(4−クロルベンゾイルアミノ)−3−(2−キノロン−4−イル)プロピオン酸またはその塩を有効成分とする,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤。」
〔審決の理由〕
(a)本件特許発明は,本件特許の出願前に頒布された刊行物である特開昭60−19767号公報(甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである
(本件発明と引用発明との一致点)
本件2−(4−クロルベンゾイルアミノ)−3−(2−キノロン−4−イル)プロピオン酸(以下「本件化合物」という場合がある。)を有効成分とする医薬品である点。
(本件発明と引用発明との相違点)
本件特許発明が胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤であるのに対し,引用発明は胃潰瘍治療剤である点。
(b)具体的理由
胃潰瘍の治療に有効な化合物について,種々の化学構造や物理的性質を有する化合物が,胃炎の治療にも有効であることが知られており,胆汁酸の胃内への逆流は胃炎の主な原因の一つであり,胆汁酸投与により胃炎を発生させた実験胃炎モデルを用いて調べることが一般的であるから,引用発明の胃潰瘍治療剤について,胃炎の治療に有効であることを期待し,胆汁酸投与により胃炎を発生させた実験胃炎モデルを用いて調べ,胆汁酸の胃内への逆流に起因する胃炎の治療剤としての有効性を確認することは当業者が容易に着想し,実施し得ることである。そして,本件特許明細書の記載からは,本件特許発明の効果が当業者が予想できないものとは認められない。
[特許権者の反論]
胃は,その表面から粘膜,粘膜筋板,粘膜下組織及び漿膜からなる。
胃潰瘍は,粘膜が消化されて起こるのではなく,血管の痙攣等により粘膜下からこつ然と発生する組織欠損である。胃潰瘍は胃粘膜の炎症に続いて起こるのではない。胃炎の「びらん」が悪化して胃潰瘍になるのではない。これに対し,胃炎は粘膜の損傷(炎症)である。胃潰瘍より重篤な(急性)胃炎も存在し,ほとんどの胃炎は重症になっても胃潰瘍に進行しない。
このように,両者はその病態・発生機序を異にする別の疾患であり,胃炎の治療が胃潰瘍の予防になるという考え方は一般的ではない。
[裁判所の判断]
上記各記載によれば,本件特許出願当時までの文献において,急性胃炎の原因として急性胃粘膜病変が指摘されるようになっていたことがうかがわれるが,胃潰瘍についても,胃液の刺激による正常な粘膜への攻撃が指摘されており,両者の病態や発症機序が明確に区別して認識されていたとは認められない。また,本件特許出願後の文献,意見書においては,ピロリ菌発見後の胃炎の分類の変更がみられるものの,胃潰瘍と胃炎の関係については,胃炎の進展したものが胃潰瘍であるとの見解もあれば,原告が提出する意見書のように胃潰瘍と胃炎は発症機序として異なるとの見解もあり,本件特許出願前後を通じて,胃潰瘍と胃炎の病態・発症機序が異なるとする確立した見解はなかったというべきである。
そうすると,本件特許出願当時,当業者においても,胃潰瘍と胃炎とが病態・発生機序において異質であり,その治療剤の作用機序が異なるとの認識をもっていたとは認め難い。
したがって,胃潰瘍と胃炎の病態・発症機序が異なり,胃潰瘍治療剤と胃炎治療剤の作用機序が異なることを理由として,胃潰瘍治療剤である本件化合物について胃炎治療剤としての用途を予測することが容易でなかったとの原告の主張は採用できない。
なお,原告は,国民衛生の動向においても,胃潰瘍患者と胃炎患者とが別異に分類されており,医療現場においても区別して取り扱われていることや,医薬品の製造承認において胃潰瘍治療剤と胃炎治療剤が区別されていることを根拠として,胃潰瘍と胃炎の治療剤のそれぞれの作用が異なると主張する。しかし,胃潰瘍と胃炎が別個の疾患として区別されているからといって,胃潰瘍治療剤と胃炎治療剤の作用の相違を示すことにはならず,また,胃炎に対する治療効果を妨げる理由にもならない。
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