内容 |
①真の発明者の意義
複数の人間が発明の完成に関与するときには、真の発明者であるかどうかが問題となります。単に発明者からの指示に従って発明を完成するための実験を行った者は単なる補助者であり、真の発明者ではありません。しかしながら、発明者の手足として実験を行ったのではなく、本人なりに発明完成のために思考・工夫を重ねたときには、真の発明者であるかどうかが問題となります。実務上は、発明完成に実質的に関与した人間全員が互いを発明者と認め合って共同で特許出願をするときには、あまり問題になりません。
特許出願人の一人が真の発明者であるか否かは部外者が口を出すことではないからです。しかしながら、発明を着想した人物から試作品の製作を依頼された人が試行錯誤の末に自ら発明を完成させたとして、単独で特許出願をしたときには問題が大きくなります。そうした事例を紹介します。
②事例1
[事件番号]昭和53年(ワ)第1416号 ・ 昭和52年(ワ)第1107号
[事件の種類]特許登録を受ける権利の確認請求、同反訴事件(→反訴とは)
[発明の名称]穀物の処理方法とその装置
[原告甲の主張]
(イ)甲は各種機械装置の設計・製造等を業とする会社の代表者であり、昭和50年12月頃集塵装置を見学するために丙会社を訪問したところ、同社の丙から圧扁飼料乾燥機の製作、研究の依頼を受けた。
(ロ)甲は、当該乾燥機は、なお解決するべき課題(粉砕損耗分が多い)と考えて依頼を断ったが、丙からの再度の依頼を応ずることとした。
(ハ)甲は、昭和51年2月?3月の間に、次の3つの実験を行ったが、粉砕損耗分を少なくするという初期の目的を達成できないことを知った。
・とうきびを蒸し釜で蒸すこと、
・とうきびを蒸した後、約三〇〇度の温度で加熱すること
・一晩湯につけたとうきびを熱すること
(ニ)甲は、前記実験を行う間に「蒸気によってとうきびの内部まで浸透させる」ことに着想し、乙会社の設備や自ら製作した試験機を使用して種々の圧力条件の下で実験を重ねた結果として、一平方センチメートル当たり四キログラム重以上の圧力を加えれば、所期の目的に合わせて、右実験中に着想した澱粉のアルフア化という目的をも達成しうることを発見した。
(ホ)甲は、昭和51年3月に前記圧扁飼料乾燥機の実用化の目途をつけて本件発明を完成し、製作見積もり価格を算定して、その装置の製作が可能であることを乙に報告した。
(ヘ)甲は、昭和51年4月21日に乙に「穀類圧篇装置仕様書」を提出し、昭和51年5月19日に乙との間で当該装置に関する工事請負契約を締結した。
(ト)甲は、昭和51年5月12日に本件発明に関して本件発明について特許出願をした。
(ホ)以上のとおり、原告甲は自らに帰属する特許を受ける権利に基づいて特許出願をしたのにも関わらず、被告乙らは、本件発明の発明者が丙であつて、本件権利は丙から被告乙を経て丁に譲渡されたものである旨主張し、原告が本件権利を有することを争つている。よつて、原告は本件権利が原告に属することの確認を求める。
[被告の主張]
(イ)昭和四六年頃、丙が工務課長として勤務していた乙社被告では、サラブレツド種の馬の飼料となるえん麦を圧扁してフレーク状にするという試みがされていた。
当時、甲は電気式フレーク装置を有する苫小牧市の丹波屋に飼料の加工を委託していたが、加工代が高いうえ、乾燥の度合が激しく、損耗分が多いため、所期の製品を得られないという状況であつた。
(ロ)丙は、昭和四七年春頃から独自に圧扁フレーク装置の開発に着手し、自ら圧扁フレーク装置の設計をしたうえ、下請け業者に右装置を製作・設置させ、
同年一一月頃にも前記東食から圧扁フレーク飼料のアルフア化度及び水分含有量等に関する資料を入手し、研究を継続し、
昭和四九年四月頃圧扁フレーク飼料とその装置につきヨーロツパ各地を三週間にわたつて視察し、
同年六月頃からは本格的に圧扁フレーク装置の開発に取り組み、従来の既存装置を調査して必要なデータを収集し、訴外の第三者との共同研究を試み、初期の製品を得ることはできなかったものの、発明完成への糸口(圧扁飼料のアルフア化度を高めるためには原料である穀物の芯部まで加温・加湿する必要があり、これを可能にする方法としては蒸気による加圧方式が好都合ではないかと考えた)を掴み、
昭和五〇年六月頃訴外第三者の蒸気式圧扁フレーク装置を見学したが、その際同装置においては一応加圧方式が採用されてはいたものの、実際には加圧が行われていないことに気付き、加圧状態を保つたうえで原料を加圧罐に連続的に供給するためには、加圧罐の入口と出口にロータリーバルブを介在させる以外に方法はないと考えるに至り、
昭和五〇年一〇月頃には蒸気を利用した加圧、加温、加湿方式による圧扁フレークの製造法及び装置の基本的構想ができ上り、本件発明は完成した。
(ハ)すなわち、従前の蒸気を利用した製法ないし装置においては、
・蒸気による加温、加湿が穀物の芯部にまで及ばないため、アルフア化が不十分である、
・ロール圧扁機による圧扁操作に極めて大きな動力を必要とするうえ、蒸気使用料も過大であつて、ランニングコストが高い、
・穀物の品温が十分に高くならないため、水分の除去が不十分であり、乾燥時にアルフア化が戻つていわゆる老化現象を起こし易い
・連続的な圧扁加工が不可能である
等の欠陥が存したところ、本件発明はこれらの欠陥をすべて克服することを目的とするものである。
[請求の範囲(特許出願の)]
「(1) 穀物を高圧蒸気により加圧、加水、加熱したのち圧扁ローラーにて圧扁片を形成し、上記圧扁片を加熱乾燥したのち常温冷却することを特徴とする穀物の処理方法。
(2) 上方にロータリーバルブを有する加圧タンクの排出口をロータリーバルブを介して圧扁ローラーを連結し、上記圧扁ローラーには乾燥機を連結せしめ、上記乾燥機は被処理物を熱風乾燥したのち常温冷却することを特徴とする穀物の処理装置。」
[裁判所の判断]
(イ)認定事実によれば、丙は、被告乙の工務課長として、従前の圧扁フレーク製造法ないしその装置の有する種々の欠陥を十分に認識し、これを除去、改良すべく昭和四七年頃から研究、開発を継続し、創意、工夫を重ねた結果、昭和五〇年一〇月頃本件発明を完成して本件権利を取得するに至つたものであるのに対し、甲は、単に丙の指示に基づき、本件発明にかかる装置の製作図面の作成等を担当したにすぎないものであることを認めるに十分である。
(ロ)もつとも、証拠中には、甲は、三種類の実験の結果、蒸気によりとうきびの内部まで(湿度及び水分を)浸透させること、すなわち、蒸気による加圧方式を着想し、次いで、前記江別工場の蒸気ボイラー等を使用しての実験中に飼料のアルフア化ということを思いつき、昭和五一年三月中には本件発明を完成した、との部分が見受けられる。
(ハ)しかしながら、前者の実験なるものは本件発明に至る道程としては余りにも幼稚拙劣なものというほかはないし、一方、後者の実験が丙の指示に基づくものであることは前記認定のとおりである。
(ニ)そして、加圧蒸気による圧扁フレーク装置は、加圧の効果が不十分なものではあつたが、従前すでに製作されており、また、飼料のアルフア化にしてもすでに周知の事項であつたことは前記認定のとおりであるから、甲が前述の各実験から突如として蒸気による加圧方式及び飼料のアルフア化を着想したというのは少なからず不自然な感じを免れないのであるが、仮に甲がそのように着想したとすれば、同人のこの種の知識がそれだけ乏しかつたことを示すことにもなろう。
(ホ)加えて、甲は、前記認定のとおり、昭和五〇年一二月頃丙と接触する以前は圧扁飼料の製造法ないしその装置につき殆んど予備知識を持ち合わせていなかつたというのであるから、その後わずか三か月程度の間に本件発明を完成したとするのも全く不自然といわざるをえない。したがつて、前掲証言部分は到底信用することができない。
[コメント]乙及び丙は、自らの特許出願が完了する前の発明の試作品の製作を社外の人間に依頼するときには、勝手に改良発明を特許出願しない旨の条項を含む秘密保持契約を予め甲と締結してから、技術内容を開示するべきでした。→秘密保持契約とは
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