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①一部請求の意義
(a)例えば交通事故の被害者の後遺症の損害賠償のように訴えの段階で損害額が最終的にどの程度になるかが分からない種類の債権があります。
こうした場合に、とりあえず判明している損害額について一部請求をするということが行われます。
(b)また後述の職務発明に関して特許出願をする権利(特許を受ける権利)を会社に譲渡したときの対価請求事件の如く、個人が企業を相手にする訴訟であって、結末の見通しがつきにくい段階で多額の賠償金の印紙代を個人が負担するのは難しいというときに一部請求が行われる場合があります。
(c)こうした場合に、一部請求をすることに関しては問題がありませんが、後日に残部を請求する場合に、請求の可否や一部請求との関係で問題が生じます。
(d)訴訟の提起による消滅時効に関しては、判例によると、“一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明らかにして訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、右趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の金部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴の提起により、右債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。”という判断が示されています(昭和44年(オ)第882号・最高裁)。
すなわち、可分債権の一部についての請求である旨を原告が明示しているときには、残部に関して時効中断の効力はないが、明示していないときには、債権の同一性の範囲において時効中断の効果があるということです。
→時効の中断とは
②一部請求の内容
(a)職務発明の対価請求に関して、一部請求の残額について裁判上の催告が認められた事例を紹介します(平24(ネ)10028号 ・
平24(ネ)10045号)。 →催告とは
(b)原告は、訴えの提起の段階では、職務発明の相当の対価の「一部」として、150万円を請求しました。
その理由としては、
(イ)原告が個人であり、多額の印紙代を負担することが困難であることに加えて、
(ロ)職務発明の対価の算定には、予測可能性が高いとはいえない
ことが挙げられます。
すなわち、職務発明に対して特許を受ける権利を譲渡しても、その時点では特許出願をする権利を譲渡したに過ぎず、その後に
・特許出願が特許要件(新規性・進歩性)の審査を通過して特許に至ることができるか、
・特許出願人は進歩性が認められるために請求の範囲をどの程度減縮するべきなのか、
・特許になっても市場においてどの程度の利益があるのか
を予測しにくいという事情があります。
このように訴訟の進行過程において金額が漸次明確化していく損害賠償請求については、当初から金額が明確になっている一般の債権(貸金)の場合とは異なり、一部請求を認めるべき要請があるのです。
(b)この事例では、第一審では対価請求権そのものについて時効が成立したと判断されましたが(第1次第1審判決)、控訴審でその判断が覆されました(第1次控訴審判決)。
(c)原告は、差し戻し後の地裁の審理での平成21年8月17日に、請求を拡張しました。しかし、対価請求権の時効期間は、平成20年10月6日に満了済みでした。もっとも、第2次第1審判決は、裁判上の催告の理論を用いて、時効が中断すると判断し、第2次控訴審判決もその判断を是認しました。
(d)原告は、訴えの提起にあたり、「原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である」と主張しました。
この主張について、第2次控訴審は、「本件訴訟で時機をみて残部についても権利を行使する意思を明示していたと認められる。」と判断しました。
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