[事件の概要] |
@甲は、氷山の図形+白抜きの「氷山印」+「日東紡績」の白抜きの文字を記して成る本願商標について、指定商品を「硝子繊維糸」として、商標登録出願(昭和三四年商標登録願第二八六四一号)をしました。 A上記出願に対して、登録第五五三四八二号(引用登録という。)を引用して、拒絶査定がされましたので、甲は、この拒絶査定を不服とする審判を請求し、請求は成り立たない旨の審決がされたので本訴訟に至りました。 本件商標 引用商標 B審決では、両商標の類否について次のように述べています。 (イ)本願商標からは『ひょうざん』、引用登録商標からは『しょうざん』なる称呼を生ずる。 (ロ)この両者の称呼を比較するに前者の『ひょうざん』と後者の『しょうざん』とは語頭において『ひ』と『し』の相異があるが、これとて僅かに舌音の間に存する微差に過ぎず、その接続母音を共通にする。 (ハ)従って他の四音を共通にする両者はこれを一連に称呼すると音調相近似し全体としての称呼において彼此相紛れるおそれある類似の商標と認めるのが取引の実験則に照して相当である。 C甲は、下級審において次のように主張しました。 (イ)本願商標が「日東紡績」、「氷山」あるいは「日東紡績の氷山印」の観念を有するのに対し、引用登録商標はその商標権者の商号「株式会社しょうざん」または代表者松山政雄の「松山」から「松山」(しょうざん)の観念を生ずる。 (ロ)「ひょうざんじるし」の称呼が生ずる本願商標と引用登録商標とが外観および観念において全く異なる以上、称呼について対比するに当り前者における「印」の文字の有無を度外視することは不当であるのに対し、引用登録商標から生ずべき称呼は「しょうざん」であるから、両者は、明らかに異なる。 (ハ)両者を「氷山」と「しょうざん」として比較しても、両者は別異の商標である。「氷山」がひょうざんの称呼を生ずるとともに、この称呼がただちに「氷の山」の観念を生起することは経験上明らかであり、本願商標のように称呼と観念が不離に結合した商標については、称呼だけを切り離して考察することは誤りである。 (ニ)本願商標の指定商品硝子繊維糸その購入者は一般市民ではなく、電気機具製造者、電気工事請負者であつて、硝子繊維について特別の知識を持つから、本願商標は、引用登録商標とは相紛れるおそれがない。。 D下級審は、次の理由から両商標が類似しないと判断しました。 (イ)製品としての硝子繊維糸等はいわば注文生産的にきまつた取引系列のもとの特定の取引者によって取引され、店頭販売ないし小売販売されることはほとんどなく、一般市民に直接販売されることは全くないといつてまずさしつかえがない。硝子繊維メーカーの大手会社は、甲会社を含め五社であり、…甲の製品についても、多く品番、数量、単位等とともに、その社名にかかる製品ということで取引者間に明確に認識され取引されていることが認められる。 (ロ)比較的高価な当該指定商品が一般市民を直接の取引の相手方とせず、特定範囲の取引者によって取引されるということは、音声ないし音調を介し聴覚に訴える効果だけによって、その商標を識別し、ひいて、商品の出所を知り品質を認識するということがほとんどなくなり、多種多様な取引者を介する場合に生じうる発音の不明確、これに由来する商品の誤認混同をなくするであろう。 (ホ)このような場合、音響的な現象を中心としてみる称呼の対比を比較的緩やかに解釈しても、商品の出所の誤認混同を生ずるおそれがない。 (ヘ)また称呼は、もともと、商標を構成する文字、図形もしくはこれらの結合またはこれらと色彩との結合したものから生ずべきものであるから、いきおい、その称呼類否の判断をするにあたつても、…単に対比しようとする両者の語音を抽出して類否を対比決定するだけで十分とすることができない。 (ト)本願商標において、「氷山」の文字と図形とは、一体の圧倒的要部を成していると認められ、引用商標とは外観および観念において全く異なるから、両者の称呼が比較的近似であるとしても、この外観および観念の差異を考慮すべく、単に両者の抽出された語音を対比して称呼の類否を決定すべきではない。 (チ)両者は、すでに称呼上「ひょうざん」と「しょうざん」との差異があり、それも、支配的な語頭音が「ひよう」または「しよう」とそれぞれ一音に連続し長く明確にたがいに区別して発音され、つぎの「ざん」の音に接続しており、両者における称呼上の差異は容易に認識しえられることが明らかである以上、「ひ」と「し」の発音が明確に区別されにくい傾向のある一部分地域があることその他諸般の事情を考慮しても、取引の実情等に示した判断に徴し、両商標は、指定商品の出所の誤認混同を生ずるおそれはなく、称呼においても類似するものではない。 |
[裁判所の判断] |
@商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。 A原判決が、硝子繊維糸の現実の取引状況を取りあげ、その取引では商標の称呼のみによって商標を識別し、ひいて商品の出所を知り品質を認識するようなことはほとんど行なわれないものと認め、このような指定商品に係る商標については、称呼の対比考察を比較的緩かに解しても、商品の出所の誤認混同を生ずるおそれがない旨を判示したのを失当ということはできない。 B上記認定の下では、商標の称呼の類似から商品の出所の混同を生ずるというような一般取引における経験則はそのままには適用しがたく、商標の称呼は、取引者が商品の出所を識別するうえで一般取引における重要さをもちえない。 C原判決は、両商標の称呼は近似するとはいえ、なお称呼上の差異は容易に認識しえられるから、「ひ」と「し」の発音が明確に区別されにくい傾向のある一部地域があることその他諸般の事情を考慮しても、硝子繊維糸の特殊な取引の実情のもとにおいては、外観および観念が著しく相違するうえ称呼においても右の程度に区別できる両商標をとりちがえて商品の出所の誤認混同を生ずるおそれは考えられず、両者は非類似と解したものと理解することができる。 |
[コメント] |
@特許庁の商標の類否の判断基準では、4文字以上の商標同士で1音のみが異なっており、その1音が母音共通又は子音共通であるときには、基本的に類似とされています。 Aそうした基準からは、「ひょうざん」及び「しょうざん」は、「ょ」を一音とカウントすれば5音の商標同士で、「ひ」及び「し」は母音共通ですから、類似ということになります。 Bしかしながら、上記の基準は原則的な考え方であり、相異する一音が語頭にあって注目を集めやすい、「ひょうざん」は氷山の観念を連想させ、その観念を決定付ける「ひ」の音を他の音と取り違えることは少ないことを考慮すると、称呼上の相違はもともと大きいと考えられます。 Cそこに加えて、本件商標は図形・文字の結合商標で図形が重要な位置を占めること、称呼のみで商標の類否を判断することは殆どないという指定商品(硝子繊維糸)の取引の具体的な実情に鑑み、「外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合として全体的に考察」したところ、両者は非類似という結論に至ったものです。 D非常に特殊な要因が重なって、“一般取引における経験則はそのままには適用しがたい”という判断に至ったのであり、その経験則を軽視して商標の類否判断を行うことはすべきではないと考えます。 Eすなわち、裁判において取引の具体的な実情に基づく主張はしばしば見かけることがありますが、その主張が認められることはなかなかありません。例えばパチンコ機などの購入には公安委員会や警察等による風俗営業関係に対応する必要があり、称呼のみで出所混同を生ずることはないと当事者が主張された事例がありますが(→平成22年(行ケ)第10152号)、商標が非類似と認められるには至りませんでした。 Fなお、商標法第4条1項11号(商標の類否)は商標の一般的な出所混同の防止の規定、商標法第4条1項15号は具体的な出所混同の防止の規定と言われることがありますが、本判決の裁判にいう「具体的な取引状況」はそれとは意味が違うと考えます。 G判決の「具体的な取引状況」は、指定商品の取引界での具体的な事情という意味であり、出願人における具体的な事情(商標の使用の程度)まで考慮するものでない(∵それをすると登録主義の下で未使用商標の類否を判断できない)ことは文脈上明らかです。? |
[特記事項] |
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