●平13(ワ)2176号 (「チャイルドシート」事件)
[事件の概要] |
@事実関係は次の通りです。 ○甲は、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」というスローガン(以下「甲スローガン」という。)を創作し、平成六年秋の全国交通安全スローガン募集に応募したところ優秀賞に選定され、新聞の第一面に掲載された。 ○乙協会は、平成九年度後半の交通事故防止キャンペーンとして、チャイルドシート装着を訴えるための啓発及び宣伝をするため、乙にその宣伝の依頼をし、乙電通は、「ママの胸より チャイルドシート」というスローガン(以下「乙スローガン」という。)を作成し、乙らは、宣伝として乙スローガンをテレビ局に放映させた。 A裁判において、甲及び乙は著作物性について次の様に主張しました。 (甲の主張) 標語やキャッチフレーズであっても、例えば俳句に準ずるようなものなど、思想又は感情を創作的に表現したものであれば、著作物性は認められる。甲スローガンは、単に言葉を羅列して組み合わせただけのものではなく、甲の思想及び感情を創作的に表現したものであり、著作物性が肯定される。 (乙らの主張) 甲スローガンは、ありふれた表現として創作性に欠けること、文化的所産として著作権の対象にするだけの創作性がないこと、キャッチフレーズやスローガンは字数や用いる言葉の制約が多すぎて選択の余地がないこと、公衆に周知徹底させる目的があり特定の者の独占に親しまないこと等の理由から、その著作物性は否定されるべきである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、著作物性の要件に次の見解を述べました。 著作権法により保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものである」ことが必要である。「創作的に表現したもの」というためには、当該作品が、厳密な意味で、独創性の発揮されたものであることまでは求められないが、作成者の何らかの個性が表現されたものであることが必要である。文章表現による作品において、ごく短く、又は表現に制約があって、他の表現がおよそ想定できない場合や、表現が平凡で、ありふれたものである場合には、筆者の個性が現れていないものとして、創作的に表現したものということはできない。 @裁判所は、上記見解を本件に次のように当て嵌めました。 (イ)甲は、親が助手席で、幼児を抱いたり、膝の上に乗せたりして走行している光景を数多く見かけた経験から、幼児を重大な事故から守るには、母親が膝の上に乗せたり抱いたりするよりも、チャイルドシートを着用させた方が安全であるという考えを多くの人に理解してもらい、チャイルドシートの着用習慣を普及させたいと願って、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という標語を作成したことが認められる。 (ロ)甲スローガンは、三句構成からなる五・七・五調(正確な字数は六字、七字、八字)調を用いて、リズミカルに表現されていること、「ボク安心」という語が冒頭に配置され、幼児の視点から見て安心できるとの印象、雰囲気が表現されていること、「ボク」や「ママ」という語が、対句的に用いられ、家庭的なほのぼのとした車内の情景が効果的かつ的確に描かれているといえることなどの点に照らすならば、筆者の個性が十分に発揮されたものということができる。 (ハ)したがって、甲スローガンは、著作物性を肯定することができる。 A裁判所は、著作権侵害の成否について次のように判断しました。 (イ)両スローガンは、「ママの」「より」「チャイルドシート」の語が共通する。上記共通点については、両スローガンとも、チャイルドシート着用普及というテーマで制作されたものであるから、「チャイルドシート」という語が用いられることはごく普通であること、また車内で母親が幼児を抱くことに比べてチャイルドシートを着用することが安全であることを伝える趣旨からは、「ママの より」という語が用いられることもごく普通ということができ、甲スローガンの創作性のある点が共通すると解することはできない。 (ロ)これに対し、甲スローガンは、乙スローガンと対比して、次の点において相違する。 @「ボク安心」の語句があること、 A前者が「膝」であるのに対し、後者は「胸」であること、 B前者は、六字、七字、八字の合計二一字が三句で構成されているのに対し、後者は、七字、八字の合計一五字が二句で構成されていること (ハ)@に関して、甲スローガンにおいては「ボク安心」という語句が加わっていることにより、子供の視点から見た安心感や車内のほのぼのとした情景が表現されているという特徴があるのに対し、乙スローガンにおいては、そのような特徴を備えていない。 (ニ)Aに関して、「ママの膝」と「ママの胸」とでは与えるイメージ(子供の年齢、抱きかかえた姿勢等)に相違がある。 (ホ)Bに関して、甲スローガンにおいては、三句構成からなる五・七・五調が用いられ、全体として、リズミカル、かつ、ゆったりした印象を与えるのに対し、乙スローガンにおいては、二句構成からなる七・五調が用いられ、極めて簡潔で、やや事務的な印象を与える。 (ヘ)前記各相違は、決して些細なものではなく、いずれも甲スローガンの創作性を根拠付ける部分における相違といえる。 (ト)そうすると、両者は、前記の共通点があっても、なお実質的に同一のものということはできない。 |
[コメント] |
本件訴訟は、標語やスローガンのように短くて実用的な言葉であっても、著作物性が認められ得るということを示しているという点で意義があります。特許出願の出願書類に、標語の如きものを引用することはまずないと考えますが、他人の言葉の引用には十分留意すべきであります。 |
[特記事項] |
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