[事件の概要] |
@甲は、「粉末圧縮成形機」の発明について特許出願を行い、特許を取得した後に発明の名称を「回転式錠剤製造機」に変更するとともに特許請求の範囲を変更することに関して訂正審判を行いました。そして進歩性の要件との関係で当該訂正後の発明が特許出願の際に独立して特許を受けることができない旨の請求棄却審決に対して審決取消訴訟を提訴しました。 A訂正を求めた権利範囲は次の通りです 圧縮成形時に於ける圧縮ロールに掛かる荷重の変化を電気的歪計によって電気量の変化に変換し、該電気量の限界以上の変化によってリレー及び原動機が作動するようにし、該原動機の作動によって重量レールが上下に昇降するようにし、この重量レールの昇降によってこの上の下杵の高さを変化させて下杵の高さによって決定される臼の容積を増減させ、これによって粉末の臼への供給量を調整するようにした回転式錠剤製造機に於ける成形品の重量自動調整方法。 B引用例1の発明の内容は次の通りです。 (a)引用例1は、回転式錠剤製造機です。 (b)その構成は、重量レール(カム40)を手動で昇降させることによって、この重量レール上を通る下杵(下方パンチ21)の高さを変更させ、その高さによって決定される金型の容積を増減させ、これによって成形品を得るものです。 C引用例2の発明の内容は次の通りです。 (a)引用例2は、煉瓦成形機です。 (b)引用例2の構成は、杵にかかる荷重の変化を電気的歪計によって電気量の変化に変換し、この電気量の限界以上の変化によってリレー及び電動機を作動させるようにし、この原動機の作動によって下杵の高さを変化させ、その高さによって決定される金型の容積を増減させ、これによって重量調整した成型品を得るものです。 D引用例1及び引用例2の組み合わせにより発明を進歩性を否定する旨の審判官の見解に対して甲は次のように主張しました。 (ア)引用例1の製造機と引用例2の成形機とが利用される産業分野が異なる。そのことは特許庁編「産業別審査基準」や「発明および実用新案の分類表」などによっても明らかである。 (イ)引用例2の成形機はプレス機械の技術に属するのに対し、引用例1の製造機は小さな成形品を対象とし、特有の技術に属するから、両者は相違する。 (ウ)引用例2には本件訂正後発明における成形品の重量と荷重との精密な比例関係が開示されていない。 (エ)本件審決は、引用例2の成形機においても大量生産できると誤認し、本件訂正後の発明が奏する大量生産という効果も比較の問題でしかないとしたのは(本件訂正後の発明の奏する特段の効果を看過誤認したものであり)誤りである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、回転式錠剤製造機及び煉瓦成形機の技術分野の一致性に関して次のように判断しました。 引用例1の製造機も引用例2の成形機も、その目的は粉末を圧縮して成形品を得るものであり、そのために金型へ入れる成形用粉末材料の容積を調整することによって成形品の重量を調整する技術手段をもつものであつて、その技術思想を共通にするものということができる。その成形品が前者では錠剤であり、後者では煉瓦であることを以て両者は技術分野を異にするものと断ずることは不当であり、むしろ両者は、金型中の粉末を杵により圧縮して成形する形式の成形機であつて、その成形のための原理は同一で、粉末材料から成形品を得る圧縮成形機という技術分野において一致するものというのを相当とする。 Aさらに裁判所は2つの引用例を結びつけることを妨げる事情(いわゆる適用阻害要因)に関する甲の主張に関して次のように述べました。 (ア)に関して、「産業別審査基準」は各産業分野特有の問題についての基準を加えて作成されたもの「発明および実用新案の分類表」は発明の属すべき産業分野又はそれ以外の産業分野からも必要とする公知文献を調査、検索し、検出するに役立つ資料に過ぎないから、それらを根拠に引用例1の製造機と引用例2の成形機とがその属する技術分野を異にするとすることはできない。 (イ)に関して、両者の機械の相違ないし対象となる成形品が相違するからといつて、その技術分野を異にするとはいえない。 (ウ)に関して、引用例2には、「圧縮荷重が高くなりすぎたら金型の容積を適当に減少する作動を行わせ、圧縮荷重が低くなりすぎたら金型の容積を適当に増大する作動を行わせることによって、金型の容積を正確に調整することができる」旨が記載されており、成形品の重量を一定値に調整するには、粉末の量をきめる金型の容積を調整することにより行うものであり、この場合、成形品の重量は金型の容積に比例することにより調整することができる。 (エ)に関して、引用例2の成形機における成形品の重量を自動的に調整する技術的手段は、手動的調整手段による場合と対比し、成形品の重量を検査するに際し成形品を取り出す必要がなく、したがつて検査から金型の容積を調整するまでの時間を必要としないものであること、を認めることができる。 |
[コメント] |
本件で興味を惹くのは、特許庁編集の「産業別審査基準」等の資料に基づく主張を退けて技術思想の共通性を根拠として技術分野の一致性を認めた点です。 煉瓦製造業の技術者と錠剤製造業の技術者とは殆ど重ならないと思われます。一般論として、発明者の立場からは、物を煉瓦製造業の技術者が自分の職務が属する業種で知られた技術を創作活動に利用することは、異業種で知られた技術を利用するよりも事実上容易に感じられる傾向があります。自分の得意分野で物事を組み合わせているからです。 しかしながら、業種の範囲は技術的な観点から決まるものではありません。発明の課題や発明の原理、装置のメカニズムなどの他、技術が用いられる用途なども発明の課題の起因となるので、技術分野の一致性の判断に考慮すべき技術的な観点と考えられますが、業種は別に考えるべきでしょう。進歩性の条文は「発明の属する技術の分野において」と規定しているのであり、“発明をした者が所属する業種の範囲”と規定しているのではないからです。従って裁判所の判断が妥当と思われます。 なお、本事例は、業種を超えて技術分野の一致性を認めた事例ですが、米国の判例で同じ業種(石油業界)でも技術分野の共通性に類似する要件(Field of Endeavor)が認められるとは限らないとした事件があります(→966 F. 2d 656)。 |
[特記事項] |
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