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●平成12年(ワ)第20946号「ティッシュペーパー用包装箱」事件


包袋禁反言(特許出願の経過の参酌)/意見書/包装箱

 [事件の概要]
@本件は実用新案法に無審査主義が導入される以前の事案であり、実用新案登録出願についても特許出願と同様に審査が行われていました。

A甲は、ティッシュペーパー用包装箱の考案について実用新案登録出願を行い、下記の経緯を経て権利を取得しました。

(イ)平成3年12月→実用新案登録出願を行う。

(ロ)平成8年11月→拒絶理由通知書に対して、請求の範囲にシートに関して「引き裂きに対して抗力のある」及び「溶かしても支障がない」という限定を加える補正を行うとともに、意見書を提出してそれぞれ限定の趣旨を説明する。

(ハ)平成9年4月→実用新案登録を受ける。

B甲は、乙に対して乙が実施する製品の製造・販売の差し止め及び損害賠償を求めて訴訟を提起しました。

C実用新案権の内容は次の通りです。

(A)ティシュペーパaを収納した紙製箱本体P上面にそのティシュペーパ取出し用開口1を形成し、その開口1を被うシートFを箱本体Pに貼着し、そのシートFにはティシュペーパ取出し用スリット2を形成したティシュペーパ用包装箱において、

(B)上記シートFを、箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく、かつ引裂きに対して抗力のある和紙などの素材から成すとともに、

(C)そのシートFの貼着のりも溶かしても支障のないものとしたことを特徴とする

(D)ティシュペーパ用包装箱

図面

D争点

 ア 被告製品が構成要件A及びBを充足するか(争点1)。

 イ 被告製品が構成要件Cを充足するか(争点2)。

 ウ 本件実用新案権には無効事由があり、本訴請求は権利濫用に当たるか(争点3)
→以下、要件B,Cに関して紹介します。

E要件Bに関して

(イ)甲の主張

 「引裂きに対して抗力のある」とは、シートFが、紙製箱本体に収納されているティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく、塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができ、実際の製品として支障が生じないことをいうものである。紙製箱本体に収納されているティシュペーパのすべてを取り出すまで、取出し時の引裂きに耐えるという作用が維持されれば足り、従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はない。

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(ロ)乙の主張

 「引裂きに対して抗力のある」とは、出願経過を参酌すると、原告は、特許庁に提出した平成8年11月27日付け意見書中で、この要件を加入した目的につき、「シートFが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなすことを明確にするため」と説明しているから、少なくともかかる作用が必要なことが明らかである。乙2の試験結果報告書によれば、被告の別製品たるティシュペーパ用包装箱の取出し口シートに使用されたポリエチレンフィルムからなるシートが、引裂き強さ538gfを有するのに対し、被告製品のシートの引裂き強さは28.1gfであり、その19分の1の強度しかない。原告が出願経過で述べた「シートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなす」などとは到底いえないことは明らかである。

 原告は、本件において、本件考案のシートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はないと主張するが、出願経過における主張と矛盾し、禁反言の原則に反する主張で許されない。

F要件Cに関して

(イ)甲の主張

 被告製品のシート20の貼着のりである「シート貼着用接着剤31」は、「酢酸ビニル重合体を主成分として、フタル酸ジ−n−ブチルを可塑剤として含む」もの(被告主張の製品名「マルカボンドC680G」)である。酢酸ビニル重合体を主成分とする接着剤は、「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」であり、合成樹脂系接着剤の中で一番多く使用されている接着剤であって、その主用途は木工用と紙工用(包装、製本、合紙、紙管など)である。

 そして、「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」は、回収と紙再生が最もよく行われている段ボール箱の製造において、ごく一般的に使用されている接着剤である。段ボール箱による紙再生過程において、「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」が使用されていることは障害とされていない。

 したがって、被告製品において、「シート貼着用接着剤31」として、酢酸ビニル重合体を主成分とする「酢酸ビニルエマルジョン接着剤」が使用されていても、紙再生に何らの支障もない。

(ロ)乙の主張

 構成要件Cは、抽象的・機能的で、実用新案の構成要件として意味不明である。「支障がない」とは、何か1つの基準が設定されたうえでの表現であり、単に「溶かしても支障がない」というだけでは、考案の構成自体理解できない。

 本件明細書には、

「その再生には、紙製包装箱を溶かして行うが、その際、再生に不要な付着物は除去する必要がある」(【0004】)、

 「そのシートの貼着のりも溶かしても支障のないものとした」(【0007】)、

 「でんぷん樹脂などのように水可溶性のものからなる不織布などを採用し得る。」(【0008】)とある。

 かかる本件明細書の記載に照らせば、構成要件Cにいうのりは、少なくとも、水溶性ののりであり、再生に当たってその除去作業を行う必要がないようなのりを指していることは明らかである。

 被告製品のシート接着のりの成分(酢酸ビニル重合体)には水溶性がない。

 被告製品のシート接着のりに使用されている酢酸ビニル重合体は、エマルジョン系接着剤としても、ホットメルト接着剤としても使用されている。…ホットメルト接着剤は古紙再生に当たっての阻害要因物質であり、再生に当たっては除去しなければならないものである。エマルジョン系接着剤も、ホットメルト接着剤として使用した場合と同様、紙再生の阻害要因となる。


 [裁判所の判断]
@要件Bについて

(イ)「引裂きに対して抗力のある」とは、シートのスリットからティシュペーパを取り出して使用する際、「この取り出し時、ティシュペーパがスリットの縁に擦れてシートに引裂き力が加わるが、シートはその抗力を有するもののため支障がない。」(本件明細書【0009】)ことをいうものと解される。

(ロ)被告は、被告製品のシートの引裂き強さは、ポリエチレンフィルムからなるシートの19分の1の強度しかなく、原告が出願経過で述べた「シートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなす」などとは到底いえないから、被告製品のシートは「引裂きに対して抗力のある」ものとはいえず、構成要件Bを充足せず、原告が、本件において、本件考案のシートが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと物理的に同等のレベルの引裂き強度を有する必要はないと主張するのは、出願経過における主張と矛盾し、禁反言の原則に反し、許されない、と主張する。

(ハ)本件考案は、ティシュペーパ用包装箱にかかるものであるところ、本件明細書の記載及び技術常識を参酌すると、一般に、ティシュペーパ用包装箱において、ティシュペーパ取出し口に貼着されたシートには、「開口1から塵埃が入るのを防止し、かつ、ティシュペーパを取り出した際に、スリットにより次のティシュペーパを保持し、次のティシュペーパを取り出しやすくする機能(いわゆるポップアンドホールド機能)があると解される。

 このような、ティシュペーパ取出し口のシートの機能を考慮すると、原告が、出願経過において提出した意見書で、この要件を加入した目的を、「シートFが従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同等の作用をなすことを明確にするため」と説明していることは、従来の合成樹脂(プラスチック)シートと同様、ティシュペーパをすべて取り出すまで破れることがなく、塵埃の進入防止機能やポップアンドホールド機能を果たすことができることを指しているものというべきであるから、本件において原告がこのように主張することが禁反言の原則に反することにはならないというべきである。

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A要件Cについて

(イ)構成要件Cの「溶かしても支障のない」は、下記の事実が認められることから、「溶かした際に紙再生に支障がない」との意味だと解すべきである。

・構成要件Bの「箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がなく、」との対比、

・「貼着のりも」と同様であることを表す表現で記載されていること、

・本件明細書に「シート及び貼着のりもその紙溶解に支障がないものであるため」(【0010】)とあること、

・原告が出願経過において提出した意見書(乙1の5)に、この要件を加入した理由につき、「シートFを剥ぎ取ることなく、箱本体Pと一緒に溶解し得ることを明確にするためです。」とあること

(ロ)上記意見書や本件明細書の記載から、シートFを「箱本体Pとともに溶かしてもその紙再生に支障がない」とは、箱本体Pをパルプにする(溶かす)際に、シートの繊維もバラバラになり、パルプと一体化して、再生紙として利用できることを指すと解される。

(ハ)シートの貼着のりについては、パルプと一体化するものではないため、再生された紙に異物として残留しないこと、すなわち水に溶けることを指すものと解すべきである。ここに「水に溶ける」とは、「水溶性」という意味での「水に溶ける」でもよいし、パルプを「溶かす」というのと同様、バラバラになって水中に分散する(エマルジョン化する)のでもよいと解される。

(ニ)しかし、水中に溶けず、あるいは分散化(エマルジョン化)しなかった貼着のりを、分離除去しなければならないのでは、課題を解決したことにならず、わざわざこの要件を加入した意味がないから、紙再生に支障がないことにならないというべきである。したがって、貼着のり自体が、その性質上分離除去する必要がないものであることを要するというべきである。

(ホ)被告製品のシート20の貼着のりは、酢酸ビニル重合体を主成分とするもの(製品名「マルカボンドC680G」)であることが認められる。

 文献にはポリ酢酸ビニル(酢酸ビニルの重合体)が「水に不溶」とあるので「マルカボンドC680G」は、水中に溶けないものと認められる。

 実験結果によれば、被膜化した「マルカボンドC680G」が、20℃の水中で約24時間撹拌しても、20.9パーセントしか溶けず(水中に溶けることも分散化することもなく)、45℃で同様にしても25.5パーセントしか溶けないことが認められる。

 したがって、被告製品において同様な形で使用されている、酢酸ビニル重合体を主成分とする「マルカボンドC680G」が、「紙再生に支障がない」ものとはいえない。

(へ)原告は、酢酸ビニルエマルジョン接着剤は、回収と紙再生が最もよく行われている段ボール箱の製造において、ごく一般的に使用されている接着剤であるが、段ボール箱による紙再生過程において、酢酸ビニルエマルジョン接着剤が使用されていることは障害とされていないことから、被告製品において、酢酸ビニルエマルジョン接着剤が使用されていることが、紙再生に支障とならない、と主張する。

 しかしながら、同接着剤が、段ボール用として使用されていることは、上記甲18などの文献からも認められるが、それが本件におけるような分離除去を要しないという意味で、紙再生に支障になっていないことを認めるべき証拠は存しない。かえって、段ボール等をも含めた紙の再生は、雑多な紙を一緒に溶かして行うものなので、いずれかの段階で異物の分離除去を行っていると考えるのが技術常識に適うというべきである。

 よって、原告の上記主張は採用できない。
 以上より、被告製品のシート貼着のりが紙再生に支障がないと認めることはできず、被告製品は構成要件Cを充足しない。


 [コメント]
@本件は、一つの事件において、意見書での陳述が包袋禁反言の原則に反しないと判断された事例と、同原則に反して許されないと判断された事例とが含まれている点で面白い事例です。

A「引き裂きに対して抗力のある」という文言の解釈に関しては、出願人は意見書において「従来の合成樹脂製シートの作用をなす」と説明しているに過ぎず、“従来の合成樹脂製シートと同等の強度を有する”と言っているのではないので、被告の主張に無理がありました。

Bこの要件は、シートの素材を従来の合成樹脂から和紙などの材料に置き換えても包装箱の基本的な機能(ポップアンドホールド機能)を損なわないようにするために導入されたものと考えられますので、和紙などの素材に合成樹脂と同程度の引っ張り強度を要すると解釈すると、発明の価値が殆どなくなってしまいます。

C「溶かしても支障がない」という用語に関しては、何故「支障がない」というような漠然とした表現をしたのか理解しかねます。再生工程で貼着のりが水に溶ける(或いは繊維がバラバラになる)ものではなく、貼着のりの塊を回収する必要があるものが特許発明の技術的範囲に含まれるというのであれば、どういう技術的思想に対して審査官が権利を付与したのか判りません。

D仮に貼着のりが水に溶けない(或いは繊維がバラバラにならない)場合も含むようにしたいのであれば、特許出願(又は実用新案登録出願)をする前の時点でアイディアの内容を具体化して、明細書に盛り込んでおくべきでしょう。


 [特記事項]
 
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