[事件の概要] |
@事件の経緯 本件は、特許出願人(DEMINSKI)の高圧ガストランスミッションコンプレッサーの発明がUSPTOの審査で進歩性なしと判断され、Board of Appealにおいてこの判断を維持する決定がなされたため、この決定の取り消しを求めて訴訟に至ったものです。 A特許出願に係る発明の説明 (イ)特許出願人の発明は、ダブルアクション式の高圧ガストランスミッションコンプレッサーであり、例えば天然ガスやその他の圧縮可能な流体をパイプラインを介して輸送するためのものです。この発明は、水平方向に往復するダブルアクション式のピストンタイプのコンプレッサーであり、弁を簡単に取り外して交換できるものです。 (ロ)特許出願人の発明の実施例として、図1に示すように、ブロック状のコンプレッサー・ハウジング2が当該シリンダ内を水平に長く延びるシリンダ3と、ピストンリング14付きのダブルアクション式のピストン9とを備えるものが開示されています。シリンダは4つの開口30を有し、各開口が通路(passageway)38を介してハウジングの4隅に配置された4つのバルブチャンバー32に連通しています。吸気弁50、排気弁40、及び両弁の間のバッファーがバルブ・アセンブリーを構成しており、このアセンブリーは、一つのユニットとしてバルブチャンバーから引き出すことができます。 本件特許出願 引用例A B特許庁の判断 Board of Appealは、上記特許出願の請求項1,3,6,7,17,18,21は、米国特許第1,226,693号(Pocock特許、以下「引用例A」という)に基づき、かつ英国特許第1,332,774号(以下「引用例B」という)及び米国特許第1,976,464号(Shallenberg特許、以下「引用例C」という)を参照して進歩性がないので特許をすることができないと判断しました。 C引用例の内容 (イ)引用例Aは、ダブルアクション式のピストンポンプを開示しています。このポンプは代表的には小さく地下鉱山のウォーターボックスに使用されるものでした。 このポンプは、ポンプシリンダの同じ側に配置された2つのバルブハウジング13を開示しています。バルブハウジングは、縦向きで、その上端開口を介して各バルブを縦方向に取り外すことができました。しかし、引用例Aのポンプの構成では、2つのバルブを一つのユニットとして取り出すことはできませんでした。 (ロ)引用例Bは、水平なシリンダ2を備えたダブルアクション式のピストンコンプレッサー、例えば図4に示す如くガスパイプラインに使用する高容積のピストンコンプレッサーを開示しています。この文献は、水平はバルブチャンバーを開示します。2つのバルブチャンバーはシリンダの上に位置しており、2つのチャンバーはシリンダの下に位置している。各チャンバーはシリンダに対して直交します。 (ハ)引用例Cは、特別な弁の構造を有する、ダブルアクション式のピストンポンプを開示しています。この構成は、明確に区別された2つのバルブチャンバーをシリンダの上に配置しています(図5参照)。各バルブチャンバーは、2つの同じタイプのバルブすなわち、2つの吸込み弁、或いは2つの排気弁のいずれか)を内蔵しています。この開示内容によると、4つのバルブのうちの上記2つのバルブは、シリンダの下に、残る2つのバルブはシリンダの上に位置しています。しかしながら、発明者は、全てのバルブをシリンダの上に配置することが好ましいと信じていました。何故ならば、これにより、組立とバルブの取り外しを容易とすることが可能だからです。 D特許出願人の主張 特許出願人は、Stratoflex.Inc. v. Aeroquip Corp事件(713 F.2d 1530)の判決を引用しました。この判決では、「先行技術の範囲は、発明者が直面する特定の問題に合理的に関連するかどうかで決定するべきもの」という判断が示されています。問題となったのは、ゴム製ホースが請求項に係るPTFEチュービングの発明に関係する先行技術かどうかでした。その事実認定では、裁判所は、いわゆるWood事件(599 F.2d 1032 In re Wood)で提唱された非類似技術に対するtwo-stepテストの2番目の判断にのみ焦点を当てました。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、特許出願人が引用した上記判決に関して次の見解を示しました。 ・先行技術が非類似であるかどうかの判断は、結局、2段階で判断するべきである。 ・第1に、我々は、先行技術が発明者の試みの範囲内にあるかどうかを決めなければならない。 ・第2に、もしそうでないときには、我々は、さらに発明者が直面する問題に当該文献が合理的に関連するかどうかを決定しなければならない。 A裁判所は、上記の見解を本件特許出願の請求項1,3,6,7の進歩性の審理に当てはめて次のように判断しました。 (イ)上記先行技術文献は、上述の第1の問いかけに適合する。何故ならそれら文献は、“水平方向に往復するダブルアクション式ピストン装置によって流体を動かす”という発明者の試みの範囲内にあるからである。我々は、引用されたポンプと本件特許出願のコンプレッサーとが同じ機能及び構造を有するというBoardの判断を支持する。それらは、ダブルアクション式ピストンとシリンダとバルブとで流体を動かすものだからである。 (ロ)従って、上述のダブルアクション式のポンプ及びコンプレッサーのいずれも発明者の試みの範囲が同じである。 ・従って引用例Aの“ポンプ”は正しく特許出願人の“コンプレッサー”の先行技術となる。 ・ましてや、引用例B,Cは特許出願人の試みの範囲に属することはなおさら明らかである。何故なら、それらは、水平方向に往復するダブルアクション式のピストンを含むコンプレッサーを対象とするからである。 Bさらに裁判所は、本件特許出願の請求項17,18,21の進歩性の審理に当てはめて次のように判断しました。 (イ)特許出願人は、4つの縦向きのバルブチャンバーを有するコンプレッサーを提案することで、バルブアセンブリーを如何に取り外すかという問題を解決した。 ・各チャンバーは、上端開口を介して一つのユニットとして取り外すことができるバルブアセンブリーを有していた。 ・各チャンバーのバルブアセンブリーユニットは、垂直方向へ持ち上げることにより比較的容易に取り外すことができる。 (ロ)引用例Aは、単にバブルを個々に取り外して交換することが可能なポンプを開示しているだけである。 ・引用例Aの構造は、バルブピースをitem-to-item(部品単位)で交換することを要しており、さらにポンプをひっくり返して、道具又は手を使って外すことが必要であった。 ・引用例Aのポンプは、典型的に小さいものであったため、引用例Aは、大きくて重いバルブアセンブリーをユニットとして如何に取り外すかという特許出願人の課題に言及していない。 ・むしろ、引用例Aは、特許出願人の請求項17,18,21から遠ざかるような開示(阻害要因)をしている。 (ハ)先行技術は、特許出願人に対してバルブアセンブリーを一つのユニットとして取り外し可能とするように設計する動機付けを提供していない。 (ニ)Boardは、引用例Aの発明者がバルブ構造に対してバルブステムを取り付ける際の技術常識(common practice)に従っていたとすれば、バルブアセンリーを一体として取り外し可能なものとしたであろうと述べている。 →Ordinary routine practice (ホ)Boardがその結論に至る唯一の途は、後知恵的な分析により、DEMINSKI(特許出願人)自身の開示を分析の過程に取り込むことだけである。 (ヘ)後知恵的な分析は明らかに不適当である。なぜなら進歩性(非自明性)のテストは、“発明の主題がその全体として発明が行われた時点(※1)で自明かどうかで判断すべき”ものだからである。 (※1)…これはこの当時の法律の基準です。現在は特許出願の時が基準時です。 |
[コメント] |
@ポンプの排気弁及び吸気弁を交換できるようにする、というアイディアは、ポンプの用途(高圧ガストランスミッションコンプレッサー)の如何によらずに成立します。従って副引用例のウォーターボックスなどが同じ発明者の試みの範囲に属するというは妥当であると考えられます。 A発明者(特許出願人)は、請求項で限定した高圧ガストランスミッションコンプレッサーが発明者の試みの範囲であると主張しましたが、必ずしも請求項の記載に限って発明者の試みの範囲を認定する訳ではないというのが、この判決のポイントです。 そうしなければ、発明の主題との関連性の低い用途を恣意的に限定することにより、引用例の範囲を意図的に狭まることができ、特許に導くことができるからです。 B米国特許出願の実務の考え方では、引用文献の適格性は次のように整理されています。 技術の類似性→(1)発明者の試みの範囲→構造及び機能の同一性 (2)発明者の課題との合理的な関連性 C他方、日本の進歩性審査基準では、特許出願に係る発明へ至る動機付けとして、技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆が挙げられています。米国特許出願の実務の考え方と比較すると、発明の課題や発明の機能など同じような判断要素が挙げられていますが、判断要素を羅列的に列挙するに留まり、判断要素相互の関係は明示されていません。 |
[特記事項] |
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