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判例紹介
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●713 F2d 1530 (STRATOFLEX Inc., v. AEROQUIP Corporation)


進歩性審査基準/特許出願の要件/チューブ状押出成形品

 [事件の概要]
@本件は、米国特許第3473087号(航空機及びミサイル産業に使用される特許)のクレーム1,3,4,6,7の無効及び非侵害の訴訟(Action)が地方裁判所に提起され、同裁判所で当該特許の無効及び非侵害を宣言する判決が出され、これを不服としてCAFCへの提訴が行われました。

ACAFCは、地方裁判所の判決を維持しました。

B本件の特許請求の範囲は次の通りです。

1.チューブ状の押出成形部分を同心状に積層してなるチューブ状押出成形品であって、

 非焼結テトラフルオロエチレンポリマー及び粉末状・不活性・導電性粒子の関連粒子(associated particles)を含む内側チューブ状押出成形部分と、

 非焼結テトラフルオロエチレンポリマーを含む外側チューブ状押出成形部分と

 を備えることを特徴とするチューブ状押出成形品。

7.ポリテトラフルオロエチレン或いはその類似物からなり、流体を圧力下で通過させるためのチューブであって、

 内部の静電気をチューブの端部へ放電するとともに、ポリテトラフルオロエチレンチューブのパフォーマンス属性を維持するために当該静電気をチューブの内側から接地する手段を備えており、

 このチューブは、一体のポリテトラフルオロエチレン壁構造を有し、

 この壁構造は、チューブの端から端に至りかつ実質的に環状の形態である内側リニア部分を有し、当該部分に埋め込まれた電導性粒子を均等に分散させており、

 このチューブの壁の大部分は相対的に非導電性であって上記リニア部分を外側から完全に被覆しており、

 これら被覆部分及びリニア部分が一体となって流体を包含していることを特徴する、チューブ。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、まず特許の有効性の推定に関して次のように判示しました。

(a)特許は有効なものと推定されなければならない。各請求項の特許は他の請求項の特許から独立して有効性を推定され、無効である特許の請求項に従属する特許も有効と推定される。特許の有効性は訴訟手続上の方策(procedural device)である。意思決定者は、特許のクレームが有効であることを受け入れることからスタートし、立証責任者が提出する反対の証拠を検討するのである。従って特許が無効であると主張する側は、特許が無効であることが一応確からしいという状況(prima facie case)を証明だけでは足りず、最終的な結論に至るまで裁判所を説得する責任(→Burden of proofとは)を果たさなければならない。

(b)従って、単に(特許出願の手続に於いて)審査官によって考慮された先行技術よりも関連性が高いと認められる先行技術を裁判所に提出しただけでは、特許の有効性の推定が弱められたり、崩されることはない。またこうした先行技術を提出することにより、(他の当事者の側へ)立証責任が転換することはない。推定の効果は訴訟の間ずっと継続し、立証責任を果たすことを促す役割を有する。最終的に問題であるのは、意思決定者がもはや特許が無効であることを受け入れざるを得ない程度に無効を主張する者がその責任を果たしたということが、全ての証拠から認められるかどうかである。

(c)本件の場合に特許権者に対する推定性の利益の否定は、実体的なものというよりは言葉の綾の問題であり、判決を覆すに至るレベルの問題ではない。第一審の裁判官が実質的に被告(特許権者)に特許が有効であることの証明責任を課していたとは認められないからである。むしろそれとは逆に原告側が提出した証拠を綿密に吟味しているのである。

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A次に裁判所は、先行技術の内容及び範囲(グラハムテストNo.1−引用例の適格性)に関して次のように判示しました。

(a)先行技術の範囲は、発明者が直面している特定の問題に合理的に関連しているかどうかである(→In re Wood 599 F.2d 1032)。本件発明者が直面した問題は、“炭化水素燃料の流れに起因するPTFE製チューブにおける静電気の蓄積を防止し、かつ当該燃料の漏れを回避すること”である。PTFEの特異な属性はこの問題の性質を変化させるものではない。問題を解決するために当業者が行うであろう先行技術調査の範囲からゴム製のホースを除外するであろうと信じる根拠は、証拠の中に見当たらない。現に発明者自身が問題解決のための調査を始める足掛かりとして、ゴム材料の電導性カーボンブラックの教本を用いているからである。
Carbon black…天然ガスを不完全燃焼させるときに生ずる煤。

(b)特許出願の審査において審査官はゴムホースに関する2つの先行技術を引用した。そのうちの一方は燃料の流れに起因する静電気の蓄積の問題を開示するものであった。

(c)権利者がPTFEについて実施した先行技術調査のレポートは、電導性のデータであってカーボンブラックを使用したゴムホースと比較したものを含んでいた。

(c)またその文献目録はゴムにおける静電気の蓄積に関するものを含んでいた。

(d)これらの証拠から、同一のホース製造業者がホースの材料としてPTFEもゴムも用い得ることを示しており、従って同一又は類似の問題を経験するであろうことが導かれる。一方の素材に関する問題を解決した者が他方の素材に関する問題に想起しないということは考えにくい。

(e)従って、ゴムホースが本件発明に関連する先行技術であるという第1審の判断は間違っていない。

B裁判所は、クレーム発明と引用例との相違(グラハムテストNo.2)に関して次のように判示しました。

(a)特許権者は、純粋なPTFEが絶縁体でありかつ炭化水素が導電体であることを認めた。特許権者は、各先行技術が単独でPTFEと炭化水素とをクレームに規定するような形態(特に炭化水素とPTFEとが均一に分配された形態であって静電気の逃散を可能とする程度の導電を可能とするもの、及び比較的純粋なPTFEの外層であって燃料の流出を可能とするもの)を開示していないと主張する。

(b)しかしながらここでの関心事(holding)は、そうした事柄を予想できるかどうかではなく、先行技術全体からクレーム1、3、4、6、及び7の発明に到達できるかどうかである。

(c)第一審によると、先行技術に対してクレームが相違する点は、第1に、同心状のチューブにPTFEを使用したことと、ごま塩プロセス(salt and pepper process)により内層を形成していることである。一番目の相違は単に材料の相違に過ぎない。二番目の相違は、結局内層の製造方法に過ぎないから、それ自体は物であるクレームとは関係と関係がない。二番目の相違点は、結局、内層に炭化水素の粒子を均一に分配すること(この要件はクレーム7で初めて現れる)であると解される。

(d)材料の相違に関しては、問題(燃料の漏れ)と原因(静電気の放電によるピンホール)とが当該材料(PTFE)に関して知られていた。その問題に対する対処法(チューブの長手方向に電荷を逃がすこと)も知られていた。第1の相違点に関しては、当該対処法を他の材料(PTFE)に適用することに非自明性は何も見い出すことができない。上述の通り、その対処法を異なる材料を適用することに特別な問題は何も生じないからである。第2の相違点に関しても、チューブにおける炭化水素箇所の間のスペースがアークを生じ得ることが知られていた。均等な分配が自明でないという根拠は見当たらない。

B裁判所は、当業者のレベル(グラハムテストNo.3)に関して次のように判断しました。

(a)地方裁判所(第一審)は、本件発明における当業者のレベルを“化学分野のエンジニア又はこれと同等の人物であって押出し成形に十分な経験を有する者”と設定した。

(b)被告(特許権者)は、このレベルは高過ぎると批判し、“PTFTの分野のエンジニア又は技術者”(例えば被告会社の専門家MR.Beaman)が妥当であると主張した。

(c)被告の提案は、本件発明の先行技術をPTFT製チューブの分野に限定するとともに他の材料で製造された燃料ホースの分野を除外するものである。

(d)当業者のレベルは、複数の要素から決定されなければならない〔Orthopedic Equipment Company v. United States, 702 F.2d 1005, 217 USPQ 193 (Fed.Cir.1983) see Jacobson Brothers Inc. v. United States, 512 F.2d 1065, 206 Ct.Cl. 518 (Ct.Cl.1975).〕。本件特許の発明者は、地方裁判所で設定されたレベルのスキルを有している。原告側の証人はメカニックのエンジニアであってゴム及びPTFTのホースの分野で幾年もの経験を有している。他方、MR.Beamanは被告側の単なる特許カウンセルに過ぎない。従っては関連分野において単なるオブザーバーに過ぎず、業務に当たる者(worker)ではないとした第一審の判断は正しい。

(e)実体法は、その分野において通常のスキルを有する者(one of ordinary skill)によって特許発明が自明と判断されたときのみ、特許が無効となることを要求する。その自明性の判断において、判断の主体は、その分野の天才であってはならず、或いは発明の全てを学んだ判事その他の素人(layman)であってもならない。従って被告は、原判決が誤りであることを証明していない。

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C裁判所は2次的考察に関して次のように判断しました。

(a)司法手続において、関連する如何なる証拠も無視されるべきではない。

(b)従って自明性の決定を行うに際して“2次的考察”と呼ばれる証拠も常に考察されなければならない。

(c)特に“2次的考察”の証拠は、結論を覆す影響力を持つ場合がある。それは、一見自明に思える発明が先行技術に照らして別の側面を有することを明らかにする可能性があるからである。従って意思決定者は先行技術に照らして疑義を残さないときでも2次的考察を考慮しなければならない。

(d)第一審の判事は、2次的考察の証拠に関して事実認定したが、彼女の分析に2次的考察を含めなかった。その理由は、クレームの発明が自明なのは明らかであり、発明性(invention)を伴わないそれらの事柄(those matter)特許性と関係ないと信じたからである。この考え方は法律的に間違っている。

(e)司法判断においては、裁判所は全ての証拠が十分に考慮されるまで審理をストップしてはならない。事例によってある証拠が他の証拠より重要であるということはあるが、全ての証拠を吟味するまで決定は保留されなければならず、(自分の心証に対する)疑問は持ち続けなければならない。関連する全ての証拠の中には2次的考察に関するものが含まれるものとし、それらを考察から除外することは間違いである。

(f)誤りの原因はスローガンの紛らわしさにある。第一審の判事がいう“それらの事柄(those matter)”は、非自明性の証拠との同義語であるが、問題は、非自明性であって、発明性ではない。またここでの“特許性”は非自明性とほぼ同義である。

(g)しかしながら、本件では2次的考察の証拠は第一審の結論を覆すには至らない。

(h)仮に証拠が自明性の結論に結びつくほどに重要ならば、クレームされた発明のメリットと提供された証拠との間に連鎖(nexus)が必要である。

(i)被告は、次の理由から本件発明の商業的成功を主張する。

(イ)業界全体が本件特許に基づくチューブを製造している。本件特許のライセンスの許諾を受けていないのは原告だけである。

(ロ)アメリカの某航空機メーカーは、10000ものエンジンに導電性チューブを導入した。

(ハ)米軍の軍事仕様に適合する電導性チューブは、本件特許のもののみである。

 しかし、これらの事柄は我々を説得させることができない。

(j)競業者による特許の認識及び受入れは、競業者がライセンスを受諾して発明のメリットを手に入れようとしているのであれば、非自明性の証拠となり得る。しかしながら、原告は、産業全体でこうしたことがあったことを証明できていない。記録によると、2つの製造者がそうしたに過ぎない。その一方の事例は、インターフェランスにより無償ライセンスがされたに過ぎない。他方の事例は、複数の他の特許をも含むライセンスが行われたに過ぎない。被告は、発明のメリットとライセンスとの連鎖(nexus)も当該ライセンスが特許の認識及び受入れによるものであることも証明できていない。

(k)某航空メーカーが製造したチューブが本件特許のクレームによってカバーされるという証拠は存在しない。また軍事仕様は本件特許が知られた後に公表されたので、それ自体長期間望まれかつ実現されなかった要望ではなく、またそれが本件特許のみでカバーされるという主張を裏付ける証拠もない。商業的成功を確立するために要求される連鎖(nexus)が存在しない。


 [コメント]
@本判決の要点は、先行技術と本件発明との相違点として発明特定事項の一つに特殊性があっても、その特殊性が本件特許発明の課題しようとする問題を左
右するものでなく、よって当該問題が先行技術にも本件発明にも当てはまるのであるときには、その特殊性を以て先行技術の引用例適格性を否定することはできない、ということです。

A日本の進歩性審査基準でも考え方が共通した事例が挙げられています。技術分野の共通性の欄で挙げられた平成8年(行ケ)第103号(スロットマシンに装着できる打止解除装置事件)がそうです。

 すなわち、先行技術(パチンコ用遊戯装置の打止解除装置)との間には適用対象がコインか玉かなどの相違はあるが、それは発明者の問題(打止め解除の初期化条件に関するもの)とは全然関係がない、従って技術分野の共通性は技術的な観点から考慮するべきであり、相違点が問題と結び付かないので、動機付けが存在すると判断されました。


 [特記事項]
MEPE(日本の進歩性審査基準に相当する基準)で引用された事例
 
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