トップ

判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●昭和51年(行ケ)第19号(拒絶審決取消請求事件−否決)


進歩性審査基準/特許出願の要件/示唆・選択発明/光学的明色化剤

 [事件の概要]
@事件の経緯は次の通りです。

(イ)原告(特許出願人)は、昭和41年9月22日特許庁に対し、名称を「光学的明色化剤及びその製造方法」(後に「光学的明色化剤」と変更)とする発明につき1965年(昭和40年)9月23日スイス国にした特許出願に基づき優先権を主張して特許出願をしたが、昭和46年6月29日拒絶査定を受けた。

(ロ)そこで原告は同年11月4日審判の請求をし、昭和46年審判第8175号事件として審理されたが、昭和50年9月5日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、出訴期間として3ケ月を附加する旨の決定とともに同年10月20日原告に送達された。

A特許出願の請求の範囲に記載された発明は次の通りです。

一般式

(別図1)

(但し、Xは原子番号17以下のハロゲンを表わす)にて示される化合物を有効成分とすることを特徴とする光学的明色化剤

B審決の理由は次の通りです。

 本願発明の要旨は前項のとおりである。ところで特許出願公告昭和31年第3536号公報(以下「引用例」という。)には一般式

(別図2)
図面

(式中Aは、1・2・3―トリアゾール核の窒素原子に対し、隣接せるα、β―位置に於て結合せるナフタリン基にして、Bはベンゾール系の基である。)で表わされる化合物を螢光漂白剤として使用したことが記載され、特に例7には式

(別図3)

が淡黄色の物質で、セルローズ繊維、粉石けん及び洗滌助剤に対する価値ある漂白剤であることが記載されており、本願発明との相違点は、使用する明色化剤が構造式において、スチルベンのベンゼン核に結合している塩素原子の結合位置が引用例では2―位又は4―位であるのに対して、本願発明では3―位である点である。

 そこで、この相違点について検討すると、引用例には「明色化剤(B)は発色団又は助色団のいづれをも含有せざるも所望によっては例えばハロゲン原子、アルキル基、スルフオン酸基、又はカルボキシル基によって置換せられあることを得るベンゾール核を表わすものとする」「ベンゾール核Bにハロゲン原子,アルキル基、カルボキシル基又はスルフオン酸基の様な極僅かに活性化する置換基を含有する或いは含有せざる化合物が好し」と記載されており、該記載と前記例7のスチルベンに2―位及び4―位に塩素原子がある実例と合わせて考慮すれば、本願のスチルベンの3―位に塩素原子で置換された明色化剤の実例が引用例になくても該明色化剤を引用例の一般式から排除していないから、引用例に実例が記載されている(B)及び(C)と同様に製造せられ、また明色化剤として使用されるものと認められるので、引用例中の(B)及び(C)の化合物から本願明色化剤は当業者が容易に推考できるところである。

 また、明色化剤としての効果について検討してみると、染色見本では、本願明色化剤と引用例の(B)の化合物とは肉眼判定で同等程度の白度と認められる。

 (後略)

C原告(特許出願人)の主張は次の通りです。

(1)予測困難性

 引用例は極めて広範な螢光性モノトリアゾール化合物の製造法であって、一般式として本願発明を包含するけれども、本願発明に類似する化合物としては、ベンゾール核BのXの置換ないもの(実施例5)、ベンゾール核BのXの2―位に置換するもの(実施例7)、ベンゾール核BのXの4―位に置換するもの(同前)の3種しか示されていない。

 そして引用例の記載内容を総合しても、次のことが推論されるに過ぎない。

〔1〕引用例ではベンゾール核Bの3―位および5―位にどのような置換基が存在しても余り光学的影響はないとされていた。

〔2〕ハロゲン原子などの極く僅かに活性化する置換基はベンゾール核Bの置換位置に関係なく好ましい。

〔3〕ベンゾール核Bに置換基のない化合物が最も好ましい。そうしてみると結局引用例から予測されることは、ベンゾール核Bの3―位にハロゲン原子が置換した本願発明化合物については、前掲2―位および4―位にハロゲンを置換した化合物同様、光学的明色化剤(螢光漂白剤)として使用できるとしても、ベンゾール核Bにそのような置換基のないものが最も好ましい、ということに過ぎなかつた。したがつて、本願発明が、前掲2―位および4―位にハロゲンを置換したものよりも、さらに最も好ましいとされた置換基のないものよりも螢光漂白剤として遙かに優れていること到底予測できないところであつた。しかるに審決はこの点を看過して螢光漂白剤として優れた本願発明の進歩性を否定している。

zu

(2)作用効果の顕著性

 本願発明はつぎのように光学的明色化(螢光漂白)作用として予想外の極めて優れた効果を達成しているのに、審決はこれをみすごしている。

〈1〉本願発明の明色化剤によって処理された繊維物質は、白色度において極めて優れており、洗浄を重ねるにつれて例えば綿繊維の白色度が増す(別表その1)など、赤味をおびた白色度を附与する性質を有し、洗濯の反覆により起きる繊維物質の黄変を極めて効果的に是正することができ、緑色になったり白色度を消失したりする従来の明色化剤の欠陥を克服することができた。

〈2〉現在市販される繊維用洗浄剤には通常、活性塩素を発生する漂白剤である場合が多いが、かかる漂白剤に対して良好な耐性と安定性をそなえているので、これらと混用しても貯蔵安定性が極めて優れており、螢光光度も別表その2のとおり、引用例のものに比し著しく良好であり、引用例の明色化剤では全く期待できない成績を示している。

D被告(特許庁)の主張は次の通りです。

(1)予測困難性について

 本願発明は引用例の一般式にふくまれているばかりか、その記載内容を総合すると、つぎのように推論することができる。

〔1〕ハロゲン原子は置換位置に関係なく好ましい。

〔2〕そして強力に活性化する置換基でさえ存在させてよいのであるから、ハロゲン原子はXの位置(2―位・4―位・6―位)よりも3―位および5―位に存在する方が影響が少ないことが予測される。

〔3〕したがつて、3―位にハロゲン原子が置換している本願発明の化合物は、光学明色化剤として使用できることは当業者であれば、ただちに予測できるところである。

(2)作用効果について

〈1〉本願発明には置換基として弗素原子を有する場合も含まれるが、これについての具体的な引用例との比較が示されていない。また実施例〈1〉に示された白色度の数値も、明色化剤の使用濃度などを考慮すると、引用例に比して顕著なものとはいい難い。その他の実験結果は活性塩素を発する漂白剤であるジクロルイソアヌレートを併用したときの結果であり、その実験誤差を考慮に入れると、同じく顕著な結果を示しているものとはいえない。いずれにしても、白色度の附与に関する効果は引用例から予測できる範囲をでないものである。

〈2〉活性塩素を発する漂白剤との混用の効果も、引用例に「本発明方法によつて得られた新規物質(は)……

塩素に対して極めて良好な堅牢度を有する」という一般的記載および実施例5の化合物によって塩素に対して優れた堅牢度を有することの容認があること、そして本願発明が引用例の一般式に包含されることから別表1の実験結果の対比からみても、引用例から予測できる範囲のものというほかない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、特許出願の請求の範囲に記載された発明のについて次のように判断しました。

 本願発明が特徴とする光学的明色化剤の有効成分である化合物の構造式が引用例の一般式に包含されること、また引用例においてスチルベンのベンゼン核に結合している塩素原子の結合位置が本願発明においては3―位であるのに対し、2―位または4―位であるという差異しかない類似化合物が具体的な明色化剤として実施例7に示されていることは、当事者間に争いがない。

 そして成立に争いのない甲第7号証(引用例)によれば、引用例には、本願発明を包含する一般式を有する化合物について「ベンゾール核Bの置換基及びその置換位置は……螢光の色合に重大な影響を有する」ものであり、「ベンゾール核Bにハロゲン原子……の様な極僅かに活性化する置換基を含有する或は含有せざる化合物が好しとするもベンゾール核Bに置換基なき化合物は此等が工業的に容易に入手可能なることと光学的理由とによって特に好しく……最も価値あるものである。」旨記載されており、ベンゾール核Bにハロゲン原子を含有する場合におけるその置換位置についてはこれを特定の位置に限定する趣旨の記載がないことが認められる。

 これらの認定事実によれば、引用例においては、いずれの置換位置でハロゲン原子を含有する化合物であっても、これらは明色化剤として好ましい化合物に属するものとして、その一般式においてベンゾール核Bにハロゲン原子を含有する化合物のなかに含まれるとしていることが明らかである。

 しかも、本願発明の3―位ハロゲン体(具体的には3―位クロル体)が、引用例に実施例としてあげられた2―位クロル体および4―位クロル体と化学構造上置換位置しか相違しないことは前記認定のとおりであることを考慮すると、本願発明で使用する3―位ハロゲン体は、引用例に示唆されているものであつて、事業者であれば同じく明色化剤として使用価値あることが容易に予測できるものであるといわねばならない。

 そうすると、本願発明の予測困難性に関する原告の主張は採用することができない。

A裁判所は、特許出願の請求の範囲に記載された発明のについて次のように判断しました。

zu2

2.作用効果について

〈1〉甲第7号証によれば引用例には本願発明を包含する一般式を有する化合物が「青い螢光によって白い物体の黄味の色を消して一層純白する外観を呈する様になす」性質を有し、また「織布処理浴又は織布助剤例えば石鹸及合成洗剤等の如き物質の添加物として使用することも亦出来る。これ等は普通の濃度に於て斯る担体に対し快適な白色外観を附与する極めて好しい性質を有するからである。」また「本発明方法によって得られた新規物質を使用して得られたセルローズ繊維上の極めて純粋な白色色調は日光に対して良好なる堅牢度を有し又塩素に対して極めて良好なる堅牢度を有する」との一般的な記載があり、また例5について「之れを用いて得られた白色色調は良好なる堅牢度を有する青白色を呈し塩素に対して優れた堅牢度を有する。」、例8について「此化合物は洗濯及日光に対し良好なる堅牢度を有すると同時に塩素に対し極めて良好なる堅牢度を有するを特長とする。」との記載があることが認められ、引用例の一般式を有する化合物がすぐれた螢光増白作用を有し、洗剤と共用されてセルローズ繊維上に堅牢な白色を与えること及び活性塩素を発する漂白剤に対して堅牢性を有することが引用例に十分に開示されているということができる。

〈2〉ところで本願発明の化合物について、成立に争いのない甲第2号証(特許願書)によれば、本願発明の明細書に実施例として別表その1のような白色度の実験結果が開示されており、また成立に争いのない甲第4号証(意見書)、同第6号証(審判請求理由補充書)、同第8・9・11号証(いずれも宣誓供述書)を総合すれば、別表その2のような活性塩素を発する漂白剤を併用した場合の白色度の比較測定結果が提出されていることが認められる。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、明色化の作用効果に関する実験においては、その条件(試料、処法、実験方法、白色スケールなど)等の違いによって結果の数値が変るものであり、また実験に使用する綿布片の基質の違いによるだけで25ないし30ほどの差が生ずるものであること、そしてまた例えば甲第8号証および甲第11号証各添付の染色見本を肉眼で直接観察しても本願発明と引用例との場合における布上の白色度に多少の差異はあるが著しい差異とはいえないこと、などを考慮に入れると、前記測定結果からただちに本願発明が引用例に比較して作用効果が著しく優れているとはいうことができない。

〈3〉本件のようにいわゆる選択発明を主張する場合においては、その奏する作用効果は先行発明と異った種類のものであるかまたは同種のものでも際立って優れたものであって、それによって先行発明より独立して別箇の発明として保護されるに値する程度のものでなければならない。本願発明の化合物が先行発明である引用例の化合物に比してその作用効果が同種のものであり、効果が多少優れているとはいえても際立って優れているとはいえない以上、原告の主張は採用するわけにはいかない。


 [コメント]
@進歩性審査基準には、「引用発明の内容に請求項に係る発明に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる」と記載されており、参酌事例の一つとして挙げられているのが、本事例です。

A対象物の化学的構造により置換基を配置する場所には比較的少数の限定があり、その場所は全て公知であります。そして場所の例示として2つの実施例(2−位及び4−位)があり、それ以外の場所では発明の特性(光学的明化性)が発揮できないという限定もないので、本件特許出願に係る発明の構成に至る示唆と解釈されました。

B場所を選択置換基の配置場所が有限ということがポイントの一つであったと推察します。そうでなければ引用公報を記載した先の特許出願人の示唆を、どの程度の範囲で有効であるのか疑問が生ずるからです。

C本例は、発明特定事項である場所を複数の選択肢から選ぶという事例です。進歩性審査基準はもう一つの事例(昭和61年(行ケ)240)を挙げており、これは、発明特定事項である物を複数の選択肢から選ぶという事例です。

Dいずれも選択肢は有限かつ公知です。米国特許出願の実務でいうObvious to Tryも参照して下さい。

E選択発明に関しては、特許出願人は独特の主張(本願発明が、前掲2―位および4―位にハロゲンを置換したものよりも、さらに最も好ましいとされた置換基のないものよりも螢光漂白剤として優れていることは予測できない)を展開しています。こうしたことも広い意味では“予想がつかない効果”であるかも知れませんが、絶対的な効果の程度が際立って優れているのでなれば、同種の効果である場合に選択発明の進歩性は認められないと判決は説いています。


 [特記事項]
進歩性審査基準で引用された事例
 
 戻る




今岡憲特許事務所 : 〒164-0003 東京都中野区東中野3-1-4 タカトウビル 2F
TEL:03-3369-0190 FAX:03-3369-0191 

お問い合わせ

営業時間:平日9:00〜17:20
今岡憲特許事務所TOPページ |  はじめに |  特許について |  判例紹介 |  事務所概要 | 減免制度 |  リンク |  無料相談  

Copyright (c) 2014 今岡特許事務所 All Rights Reserved.