[事件の概要] |
@本件特許出願の流れ 甲(Heldt)は、ゴルフバッグアクセサリーと称する発明に対して米国特許出願第541,390号を行いました。 当該特許出願の審査において、2つの引用文献の組み合わせにより進歩性(非自明性)を否定する拒絶査定が出され、審判部もこの審査官の判断を支持する決定をしました。 特許出願人は、この決定の取り消しを求めて本件訴訟を提起しましたが、裁判所は審判部の決定を肯定しました。 A本件特許出願の発明の内容 判決文で認定された当該発明の内容は次の通りです。 (a)特許出願人の発明は、ゴルフバッグの内部に装置されるべき細長い中空チューブを含む。 (b)当該中空チューブの個数はゴルフクラブの数に対応している。各中空チューブは、ゴルフクラブのグリップ及びシャフト部分を収納することができ、それにより各ゴルフクラブをsegregateすることができる。 (c)こうした収納チューブは、単にゴルフクラブのバッグ内への挿入及びそこからの引き出しを容易にするばかりではなく、摩耗(局部的には特にグリップ部分の摩耗)を最小化できる。 (d)特許出願人のspecification(明細書)は、こうした収納バッグを使用すること自体は目新しいことではないとしており、当該バッグの利点に関しても一般的なことしか述べていない。しかしながら、特許出願人は、当該チューブの構造を補強することに価値があると指摘している すなわち、“(当該補強により)容易に変形することがないから、ゴルフクラブの挿入及びそこからの引き出しがinhibitされる。”というのである。 (e)特許出願人は、この補強を、収納チューブに補強リングを取り付けることにより実現した。補強リングは、収納チューブの外径より若干大きい内径を有し、かつ収納チューブの端部に配置されている。収納チューブは当該端部で外側へカールしており、補強リングの周囲を覆っている。 (f)特許出願人の2つのクレームのうちでより広い方、すなわち、クレーム1は、実質的に上述したリングで補強されたチューブを記載しているに過ぎない。 また、クレーム2は、上記チューブ状の部材が押出し成形されたポリエチレン製の部材であり、かつ補強リングが金属であると限定している。 B本件特許出願の先行技術 下記の先行技術文献が本件特許出願の審査で引用されました。 (a)引用文献1(米国特許第3164393号;Upham特許) 引用文献1は、ゴルフクラブ移動手段であって、車輪付きカートに取り付けられた複数の細長いプラスチック製チューブからなるものを開示している。 引用文献1の幾つかの図面において、補強された上端部を有するチューブが開示されているが、補強部の詳細は示されていない。 (b)引用文献2(米国特許第1017347号;Thorsby特許) 引用文献2は、波形の金属シートによるカルバート(culvert)又は排水管であって、その端部は外側へカールさせて溝に形成し、この溝内に円形のロッドを嵌合させて補強させたものである。 (c)引用文献3(米国特許第3182108号;Branscum特許) 引用文献3は、ポリエチレン製チューブの押出成形方法及び当該方法による成形品を開示している。 引用文献1 引用文献2 C本件特許出願の拒絶理由 本件特許出願のクレーム1は、引用文献2を参照として引用文献に基づいて自明であるとして、拒絶され、またクレーム2は、引用文献3を参照して引用文献1〜2に基づいて自明であるとして、拒絶されました。具体的には次の通りです。 (a)審査官は、(本件特許出願のクレーム1に関して)特許文献2の技術(スプリットリング及び逆向きにカールさせたチューブの端部)を用いて、特許文献1のゴルフクラブの収納用チューブの端部を補強することは自明であるという立場をとっていた。 (b)また審査官は、本件特許出願のクレーム2に関して、特許文献1のプラスチック製チューブを引用文献3に開示される通り、押出し成形されるポリエチレンで成形することは容易であるという立場であった。 (c)材料や構造のうち所要の目的に照らして脆弱と認められる箇所を補強することは基本的な技術であり、過去の裁判や審判部において、補強部材を設けることは、当業者にとって日常的な判断(routine judgement)に過ぎない普通のことであると扱われている。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、進歩性に対する考え方(Issue
Defined)として次のように述べました。 (a)進歩性に対する最終的な考え方は、特許出願人のクレームが特許法第103条に規定する意味で自明であるか否かである。同条による特許出願の拒絶に対するどの事件でも、我々裁判官は主観的な意味で自明か否かを論ずるのではない。当裁判所及び米国特許商標庁の決定者の役割は、特許出願人によってクレームされた主題のメリットに関連する全ての証拠を評価することである。 ・この評価は、発明の時点(※1)において主題に関連する分野で通常の知識のレベルで行われる。 (※1)…この判決当時において採用されていたFirst to Invent system(先発明主義)の下での基準です。 ・こうした評価から、特許出願人によりクレームされた発明が当該知識を有する者にとって自明であるか否かの答えを引き出すのである。 (b)我々は、ここで審査官による本件特許出願の最初の拒絶を見直す。何故ならばそれは、彼が発見した事実(主として引用された先行技術の文献から導き出された事実)のみに基づくからである。そして審査官は、そうした事実により、prima facie-obviousnessの決定をするのである。 →prima facie-obviousnessとは (c)従って論点は、特許出願の拒絶査定に対する攻撃(審査官が依拠する事実によって十分に裏付けられていないか、或いは、不正確又は非論理的な理由付けを前提としているなど)だけではなく、それに対するrebuttal・反証(別の結論を裏付ける事実の提示)を含むのである。 ・特許出願人の立場は、これら二つの観点を含む。 ・一方の観点において、特許出願人は、審査官のprima facie-obviousnessの決定を攻撃している。その要点は、引用文献2は非類似の技術(non-analogous art)であるから、当該文献の開示内容は他の組み合わせの対象として用いられるべきでないということである。 ・他方の観点において、特許出願人は、自ら提出した証拠−特許出願人がクレームした主題が自明であるとする結論に対する反論を含む証言−を提出した。この反論は、審判部により否定され、本訴訟の根拠の基礎の一つとなっている。 A裁判所は、本件特許出願に対する最初の拒絶(拒絶査定)に対して次のように判断しました。 (a)特許出願人の攻撃の要旨は、特許文献2の関連性、すなわち特許出願人がクレームした主題の評価に対する考察の一要素とされたことに対する妥当性に対するものである。 ・米国特許商標庁は“art”(分野)を“ゴルフクラブ収納用チューブ”或いは広くとも“ゴルフアクセサリー”と解釈するべきであり、これを“補強構造”と考えたのは誤りである、というのが特許出願人の主張である。 ・すなわち、“ゴルフクラブ収納用チューブの分野に精通する人間は、当該分野を悩ます問題を解決するために、決して引用文献2を見ることはないであろう”というのが特許出願人の言い分である。 (b)我々は、特許出願人の議論に同意することができない。 ・特許出願人の不満は下水処理の関する技術文献が自己の発明に引用されたことであると思われる。 ・我々の意見では特許出願人の発明は狭く解釈されるべきではなく、特定構造の補強技術を特定の筒状構造に適用することと解釈するべきである。基本的な構造は単純な肉薄のプラスチック製チューブである。 ・解決するべき問題は簡単であって容易に理解できる。この状況では、課題を解決するための試みは、ゴルフクラブ収納チューブ又はゴルフアクセサリー全般の調査だけでは足りない。単純なeveryday-type mechanical concept(日常的な機構概念)を、当業者が同様の問題が存在するであろうと気が付く別の技術分野に探すことは不合理ではない。この問題は、肉薄のチューブの端部が衝突する可能性がある全ての場合に存在する。 ・この普遍的な問題に対して幾つかの解決策を直ちに思い浮かべることができる。一つの解決策は、肉薄なチューブの端部を肉厚部とすることである。別の解決策は、チューブの端部の縁に金属製のリムを設けることである。特許出願人の解決策は、合成樹脂に使用されるこれら2つの解決策の変形例に過ぎないように思われる。従って、当裁判所にとって、特許文献2は、別の種類の肉薄のチューブに存在する同じ問題(same problem)に対する同じ解決策(same solution)を示しているに過ぎないと理解される。従って本件特許出願の審査で絞められた組み合わせは妥当である。 B裁判所は、特許出願人による反論に関して次のように判断しました。 (a)我々は、特許出願人が提出した証拠は拒絶査定を覆すに足りないと考える。本件特許出願の審査において、審査官は、本件特許出願の発明の自明性に疑問の余地はないという理由(審査官の主観による根拠のない理由である)から特許出願人が提出した証言は非自明性の証拠とならない(本来ならば証拠となる)と判断した。それは特許出願人にとって気の毒なことであるが、当裁判所は上述の証言は審判部によって正しく評価されたと考える。 (b)2つの証言は、本件特許出願に関連する技術分野、すなわち、ゴルフアクセサリーの分野で通常の知識を有するworkerのものである。これら証言者は、buyer(大手のスポーツグッズディーラー)である。証言の内容は、特許出願人が解決した問題とそれに対する従来の試みとを知っていたこと、特許出願人の解決方法は彼らにとって自明でなかったことである。彼らの証言は、大局的に関連分野の考慮するに際しては、証拠の価値は大きくない。 (c)3番目の証言は、商業的成功に関するものである。 ・こうした証言は、一定の条件を満たすときには、本当に有効である。その条件とは、当該商業的成功が特許出願人によりクレームされた発明のユニークな特徴の直接的な結果であり、それ以外の原因によるものでないことを示していることである。 ・特許出願人が提出した証言によると、本件発明で補強されたチューブの導入により売り上げが4倍に増大したことが分かるが、2つの売り上げ額の間にどれだけの期間があったのか分からないし、それ以外の要因、例えば商品の値段であるとか、市場自体が増大したのではないかといった事柄が不明である。 ・従って当裁判所は、証言がprima-facie obviousnessの決定を覆すに足りないという審判部の判断に同意せざるを得ない。 |
[コメント] |
@米国特許出願の実務において、関連する技術に関して発明の機能的な面を評価する手法を“product-function
approach”といい、発明の課題から評価する手法を“problem-solving
approach”といいますが(※2)、この二つは必ずしも相対する概念ではないことが本判決から読み取れます。 A先行技術の範囲に関して、“発明者が直面する課題に合理的に関連する”か否かという基準があります。コルベートとゴルフクラブ収納チューブの如く用途が全然違っていても、 ・中空のチューブという共通の構造に同じ課題(端部が破損し易い)が存在し、 ・この課題を、同種の機能(補強)を発揮する、同じ解決方法(端部をカールさせて内部に補強リングを入れる)を適用する 場合には類似技術して引用例適格性が認められるのです。 A“ゴルフクラブ収納用チューブの分野に精通する人間は、当該分野を悩ます問題を解決するために、決してコルベートに関する引用文献を見ることはないであろう”という特許出願人の主張は、一見もっともに思えるのですが、本事例では功を奏しませんでした。 特許出願人が採用した補強技術は、当業者が日々必要に応じて行う程度の技(everyday-type mechanical conceipt)、日本で言う技術常識程度のものに過ぎないと裁判所が考えたからです。 B本件特許出願の技術分野(ゴルフクラブ用アクセサリー)ではそれは技術常識ではないと裏付ける証拠、或いは端部を補強することは当該業界の長年の課題だった旨の証拠が出せればよいのですが、特許出願人の提出した証言(ゴルフクラブのディーラー2名が端部の補強の必要性を認知しており、特許出願人の採用した補強方法が自明ではない旨の証言)は自明性を認めるに不十分であると判断されました。 例えば “特許権者と競争関係にある多数の同業者が特許品の優秀性を認めて、ライセンス料を支払った”ような場合には商業的成功と認めてもよいのでしょうが、評価している者が同業者でなくてディーラーであること、評価している者が少数であること、収納用チューブの端部の補強の問題を“知っていた”に過ぎず、“問題の解決を切望していた”のではないことなど、進歩性の評価を覆すにはいろいろ足りません。従って本件特許出願に対する裁判所の判断は妥当と考えられます。 (参考図書) (※2)…“The supreme Court and Patens and Monopoly” |
[特記事項] |
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