[事件の概要] |
@事件の経緯 David Griverは、マルチターミナル・スタッドと称する発明について米国特許出願(第776,024号)を行い、非自明性(進歩性)の欠如を理由として審査官から拒絶され、審判部も審査官を支持する決定をしたために、この決定の取り消しを求めて本件訴訟を提起しました。特許出願人の訴えは認められませんでした。 A本件特許出願のクレーム1の発明は次の通りです。 シャーシ(chassis)に取付可能な複数の電子回路に共通の参照電圧を提供するためのマルチターミナル・スタッドであって、 導電性のシャンク部材及び導電性のディスク状部材とを具備しており、 上記シャンク部材は、シャーシに対して直立状態でスタッドを装着するための滑らかな内表面を有する中央開口と、他方の端部に形成され、別のスタッドのシャンク部材を固定するためのカウンターボア(反対開口)とを備えており、 上記ディスク部材は、上記シャンク部材の他方端部から一体的に延びており、 ディスク部材には、等電圧線(equipotential line)に沿って、複数の孔が相互に間隔を存して貫設して、これら各孔とシャーシとの間の電圧が等しくなる提供するように形成されており、 これら各孔に複数の電子回路の低電圧側のワイヤーがスタッドとの接続とのためにそれぞれ挿入され、これら電子回路に対して共通の参照電圧が提供されるように構成したマルチターミナル・スタッド。 B本件特許出願の先行技術 (a)以下の文献が引用されました。 引用例1:英国特許第783,545号(1957.09.25) 引用例2:イタリア特許第514,965号(1955.02.11) (b)引用例1は次のことを開示しています。 (イ)引用例1は、フィードスルー(feedthrough)のターミナル・アセンブリを示す。図2において、カップリング18は、“小さなボス20の一端に設けられた”ディスク19を有する。これらディスク及びボスは、“中央部が開口され、ネジ部材12に取り付けできるようにネジ切りしてある”。上記ディスク19は、“その周方向に亘って形成された、ワイヤーを受けるための複数の孔21”を有する。これらワイヤーは各孔にハンダ留めされる。組み立ての際には、カップリング18は“ネジ部材12に螺着され”、当該部材の先端部は“ボスが(ターミナルのワッシャーと)係合した状態でディスク19と同位か或はやや下に位置する”ようになる。ディスク19の凹みには“ハンダが充填され、ディスクとターミナルのステムとは電気的に一体となる。” (ロ)引用例2は、telescopic(進退可能)に積み上げられたプラグ及びソケットを具備する電子連結具を開示している。ベースコネクタは、プラグの代わりに装着パネルにボルト留めするためのネジ付きの延長部を有してもよい。 C本件特許出願の審査段階での判断(審査官の判断)は次の通りです。 (イ)審査官は、スタッドがネジ切りしてあること及びカウンターボアがないことを除いて引用例1が特許出願人の発明の構成要素の全てを開示していると事実認定した。 (ロ)そして審査官は、引用例2を参照としつつ引用例1に基づいて本件特許出願を拒絶した。 (ハ)審査官は、引用例2が、一つのボア及び他のスタッドを受け入れるためのカウンターボアを有するスタッドを開示していることに気付いた。審査官によれば、引用例2は、スタッドの受部としてカウンターボアを引用例1に設けることを当業者に示唆しており、また必要によりボア内のネジ切りを省略することは容易である。 (ニ)また審査官は、引用例1のディスク中の孔の配置に関しては、ディスクの外縁及び軸の双方に対して対照的な配置であり、これはディスクにワイヤー受入れ用の複数の孔を配置するときに自明なやり方であると考えた。 D本件特許出願の審判段階での応答(特許出願人の意見及び審判部の見解)は、次の通りです。 (a)特許出願人は、引用例1のフランジ19上のワイヤー受入れ用の複数の孔21は、偶発的に配列されたもの(haphazardly arranged)であり、各孔とシャーシとの間の抵抗は実質的に異なると主張した。 →発明の偶発的構成とは (b)審判部は次のように述べた。 (イ)引用例1の各孔は、実質的に等電圧線上にあるように思われる。 (ロ)幾つかの孔が他の孔より大きいように見えるが、仮にそうであったとしても、ワイヤーを孔に挿入して孔の余剰空間にハンダを充填すると、それ全体が導電部材となる。従って、実質的で重要な相違にはならないと考えられる。 (ハ)同様にスタッドのシャンクの孔の内面が滑らかな面であるかネジ切りしてあるのかも、重要なことではない。連結方法として孔を挿通するボルトの両側で固定するのか、ネジ留めするのかは設計変更の問題だからである。 (ニ)審査官によれば、引用文献2は、引用文献1のカップリングに対して他のスタッドをtelescopic(進退可能)な関係で受け入れるためのカウンターボアを設けることを十分に示唆している。この見解に我々は同意する。 引用文献2のカップリングの構造が引用文献1のそれと異なることは示唆の有効性を減ずるものではない。 |
[裁判所の判断] |
以下、訴訟でのappellant(特許出願人)の主張、及び、それに対する裁判所の見解を示します。 @特許出願人は、本件特許出願の発明の主題と先行技術との幾つかの相違を示した。 A第1の相違は、開示内容の対象及び目的の相違である。 〔特許出願人の意見〕 すなわち、引用文献1はフィールドスルー・ターミナルを開示しているのに対して、本件特許出願はグランド・スタッドを開示している。特許出願人によると、グランド・スタッドは、回路の複数のポイントを一つの金属フレーム又はシャーシのポイントに接続して、各ポイントができるだけ等しい参照電位に保たれるような構成及び機能(constructed and functions)を有する。他方、フィールドスルー・スタッドは、その設置個所以外で通電不可能なパーティションに電流の通り道として設置され、当該パーティションに絶縁されるような構成及び機能を有する。 〔裁判所の見解〕 しかしながら、本件の論点は、非自明性(進歩性)であり、新規性ではない。 B特許出願人は、さらに引用文献1はボア内のネジ切り及びカウンターボアの有無を除いて特許出願人の発明と同じであるという審査官の認定に関して議論しました。 〔特許出願人の意見〕 引用文献1は複数の孔が相互に間隔を存して等電位線に沿って配置されたディスクを開示していない。 〔裁判所の見解〕 特許出願人が強く主張した通り、引用文献1は、ディスクに現れる孔が等電位線に沿う旨の明示的の言及をしていない。しかしながら、当裁判所は、引用文献1の図2がまさに当該構成を示していると考える。審判部が指摘した通り、引用文献1の図2は、それらの孔21がマルチターミナル・スタッド18の軸に対して同中心(concentric)な円周上に位置している。特許出願人自身の明細書が示す通り、クレーム中の等電圧線に沿ってアタッチメントポイントを設定するということは、各孔の中心がシャンクの軸に中心を有する円周上にあるということである。本件特許出願の明細書には“ディスク状部材21はカウンターボア13と同心状であり、少なくとも2つの、或いは複数のターミナル孔(例えばターミナル孔14)がシャンクの軸から等間隔で配置されている。図1、図1aに示すグランド・スタッドの対照的な構造、及び、ターミナル孔14が部材11の中心から等距離であるということ(換言すればシャンク部材の軸から等距離であるということ)に鑑みれば、各ターミナル孔14は、等電位線上にあると言える。”旨が記載されている。従って当裁判所は、引用文献1のディスク部材の孔の配置と特許出願人の孔の配置とに実質的な差異を見い出せない。 Cターミナル孔の径に関して 〔特許出願人の意見〕 引用文献1の装置の孔21は等径ではなく、各孔に挿入されたワイヤーは、孔内の余分なスペースの存在により、中心からずれた(off-center)ものになる。従って、ワイヤーが等電位線の軌跡上に位置することがない。 〔裁判所の見解〕 当裁判所はこの議論に同意できない。孔のサイズとワイヤーが孔の中心に位置できることとの間に関連性がないからである。 Dハンダの量に関して 〔特許出願人の意見〕 審査官及び審判部は、孔のサイズが異なることにより必要とされるハンダの量が異なることになり、これにより電位の差異が生じてエラーの原因となることを見逃している。 〔裁判所の見解〕 当裁判所は、この議論には意味がないと考える。何故なら、引用文献1のディスク部分19は、ネジ部材12の軸に対して完全に対照だからである。引用文献1の図2には、2種類のサイズの孔が開示されているけれども、各サイズ毎に同数の孔が存在し、一つのサイズの孔は他のサイズの孔と隣り合っており、そしてネジ部材12の軸に対する対照性が全体として維持されている。この対照性は、大きな孔が小さな孔よりも多くのハンダを必要とすることによって損なわれない。さらに特許出願人の装置は、ワイヤーをスタッドに取り付けるのにハンダを必要としており、当該特許出願の明細書にも、スタッド全体がハンダの層で覆われてもよい旨が記載されている。従って、当裁判所には、ハンダが対照的なターミナル装置(例えば引用文献1で開示された装置や特許出願人がクレームした装置)の機能に不利に働く理由を見い出すことができない。 E引用文献の組み合わせの是非に関して 〔特許出願人の意見〕 引用文献2のどの特徴もその構造のまま(physically)で引用文献1の特徴に組み合わせることができず、特許出願人のクレームを予期させる技術要素の組み合わせとはならない。 〔裁判所の見解〕 しかしながら、引用文献1はまさしくカウンターボアを開示しており、滑らかな内表面を有する中央開口の構造は同文献の装置を採用することに支障はない。先行技術の組み合わせの有効性を論ずるときに、引用例の装置のある部分が他の装置にそのまま導入できることを要しない。 |
[コメント] |
@本事例の要点は二つであり、その一つは引用例の開示は明示的なものに限らないということです。 (a)日本の新規性・進歩性審査基準では、“引用文献に記載した事項とは実際に記載された事項の他に記載されたに等しい事項をいう”と共通する考え方です。 (b)具体的には、引用文献1の斜視図(図2)に現れた部材18のフランジ状のディスク19に設けられた孔21の構造から“各孔が同心状に配置されている”という構成を読み取り、そして特許出願人の明細書中の“等電圧線上に複数の孔を配置するということは同心状の円周上に複数の孔の中心があることである”旨の開示を援用して、引用文献1は“等電圧線上に配置された複数の孔”を示唆していると結論しました。 (c)図2は斜視図であり、厳密にそうした構成が開示されているか否か疑問もないわけではないので、本判決の事実認定に関しては批判もあるようです。 (d)しかしながら、引用例の開示や示唆は明示的なものに限らないという判決の骨子は後の判決に影響を与えています。 (e)例えば642 F.2d 413 (In re Keller)では、“TSMテストの適用に際して示唆は暗示的なものであってもよい”旨を示す先例として使われています。 A本事例の他の要点は、引用文献同士を組み合わせるときに、一方の装置のある部分を他の装置にそのまま(physically)適用できる必要はない、ということです。 (a)“physically”とは直訳すると、“構造的に”となりますが、これでは意味が分からないので、“構造的に”→“そのままの構造で”→“そのまま”と意訳しました。 (b)要するに一方の引用例のターミナル孔を有する部材の中央の孔(ボア)はネジ孔であり、他方の引用例の孔はネジ孔ではない(その孔に挿入される棒部はネジ棒ではない)としても、連結手段としてネジ機構を設けるか否かは当業者が適宜設計変更することができる範囲のことであるから、一つのボアしか有しない上記部材に、反対側のボア(カウンターボア)を開示する別の引用例の開示事項を組み合わせることを妨げる事情とはならないということです。 (c)日本の進歩性審査基準でいえば、“技術の具体的適用に伴う設計変更は当業者の通常の創作能力の範囲である”ということです。 →技術の具体的適用に伴う設計変更とは(進歩性) |
[特記事項] |
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