[事件の概要] |
@事件の経緯 発明の名称を「調理レンジ」とする特許権1(特許第2685172号)、特許権2(特許第3286666号)及び特許権3(特許第3513756号)を有していた原告Aが,被告製品がそれら特許権を侵害するとして,被告に対し,損害賠償金を求めた事案です。 ※以下、特許権1についてのみ紹介します。 A本件特許発明の範囲 ア 本件特許発明1 A レンジ室内を気密に保持し得るレンジ本体と, B レンジ室内に収容される調理材料を加熱する加熱手段と, C レンジ室内と連通されたレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返す加減圧手段と D を備えた調理レンジ。 B本件特許明細書には次の記載があります。 〔目的〕従来の調理レンジは熱等を加えて調理を行っているが、加熱温度と時間が制御されているだけであるため、調理材料に調味料を浸透させる場合などは、加熱工程前に手作業で前処理を行っていた。このため、調理材料に調味料の味付けを行うに際しては、手間と時間を要し効率が悪いばかりか、調味料が調理材料に程好く浸透せず出来上がった料理の味が劣る。本発明は、上記した問題点を解消し、手間と時間を要することなく調味料を程好く浸透させることができる調理レンジを提供することを目的とする。 〔作用〕上記手段により、レンジ本体のレンジ室内に調理材料を入れてレンジ室を気密に保持し、この状態で加減圧手段によってレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返すことにより、短時間で調味料が調理材料に浸透される。 〔実施例〕 第1図に示すように、調理レンジはレンジ本体としての外枠1とその外枠1に密着する開閉扉2とを備え、外枠1及び開閉扉2によりレンジ室としての気密室6が形成される。気密室6には調理材料を加熱するための加熱手段としての発熱体3が配設されている。外枠1には管路が接続され、その管路に加減圧手段としてのポンプ4及び調圧器5が接続されている。そして、表面に調味料が塗布された調理材料を気密室6内に収容した状態で、ポンプ4を作動し加圧減圧を繰り返し行うことにより、短時間で調理材料に調味料が浸透される。なお、前記加圧減圧の繰り返し回数、圧力、時間等を種々設定することにより程好く調味料を浸透させることができる。 〔効果〕本発明によれば、調味料が塗布された調理材料に対して加減圧を繰り返すことにより、手間を要することなく短時間で調理材料に調味料を浸透させることができ、しかも、味のよい料理を作ることができる。又、冷凍された調理材料に対しても加減圧を繰り返すことにより効率良く解凍を行うことができる。 C係争物 「被告製品においては,内蓋7の上面の第一通気口10の位置にドーム状キャップ12が取り付けられ,その内部に金属製のボール11が収容されていること, このドーム状キャップ12は,内蓋7を外蓋70に取り付けた際に下側蓋体71の隔壁61の第一凹部18内に収容されること, 第一凹部18のドーム状キャップ12の内方に向かって前進可能な押し棒16と,押し棒16を前進方向に付勢する圧縮バネ15と,押し棒16を後退方向に駆動するソレイド17が設けられていること, ソレイド17への通電をしない時(非炊飯時),押し棒16は圧縮バネ15の付勢力により押されて前進した状態にあり,押し棒16で押されたボール11は第一通気口10から外れるので第一通気口10は開放され,鍋5内は大気と連通すること, ソレイド17へ通電して作動させた時(炊飯時)には,押し棒16は圧縮バネ15の付勢力に抗して後退した状態にあり,ボール11は自重により第一通気口10を閉塞し,第一通気口10が閉塞されると,鍋5内と大気との連通が弁21を経由する経路に限定されること, ボール11が第一通気口10を閉塞していても,誘導加熱コイルによる加熱によって発生した水蒸気により鍋5内の圧力が上昇してボール11の自重を上回ると,ボール11が第一通気口10から退避して第一通気口10が開放され,鍋5内の圧力が一気に大気開放されること」(が認められる) D争点 (争点1)被告製品は本件特許発明1の技術的範囲に属するか (争点2)被告製品は本件特許発明2−1,同2−4の技術的範囲に属するか (争点3)被告製品は本件特許発明3の技術的範囲に属するか (争点4)本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか D争点1のうち要件Cの加減圧手段に関する当事者の主張 (A)原告の主張 “本件明細書1の特許請求の範囲では,加減圧手段について,積極的に加減圧を行う手段とは限定していない。 そして,本件明細書1は,加減圧手段の具体的な実施例として,気密室6の内部を加熱する加熱体3と気密室6に管合したポンプ4又は調圧器5により気密室6の圧力の調整を行うことを記載しているところ,ポンプ4のみによる気密室6内の圧力の調整である加減圧は,気密室6内を積極的ないし能動的に加圧又は減圧することによる強制的な加減圧であるが,調圧器5による気密室6内の圧力の調整である加減圧は,加熱体3による気密室6内の気体の加熱に伴う圧力増加を解放することによる消極的ないし受動的なものである。同様に,ポンプ4と調圧器5とを併用して気密室6内の圧力の調整(加減圧)を行う場合も,気密室6内の圧力の調整である「加減圧」は,調圧器5が関与した消極的ないし受動的な動作態様を包含する。 そうすると,本件特許発明1にいう加減圧手段とは,能動的であると受動的であるとを問わずレンジ室内の加減圧を繰り返すための手段を指すことは明白であり,加減圧手段を本件明細書1に実施例として記載されているポンプ4に限定して解釈すべきではない。” (B)被告の主張 (a)本件明細書1には加減圧を繰り返し行う手段としてはポンプ4を作動させる以外には何ら開示も示唆もされていないのであるから,本件特許発明にいう加減圧手段は,ポンプのような積極的ないしは能動的な手段を用いてレンジ室内の気体の強制的な増加と強制的な減少とを繰り返すものと解するほかない。 (b)本件特許1の特許出願当初の明細書には,レンジ室内の加減圧を実行するタイミング(加熱との前後関係)に関し,「本発明は加熱前に,調理材に調味料の味付けを減圧,又は加圧を行う事により内部まですみやかに浸透させ,その後,加熱を行い調理する。」と記載されていただけであり,加熱中に加減圧を実行することは一切記載されていなかった。 (c)その後,特許出願人(原告)は,平成5年3月13日付け手続補正書を提出し,特許請求の範囲に「この加減圧を繰り返し行い,被加熱体の内部へ調味料を浸透させた後,又は同時に加熱加工を行う」との記載を追加する補正をしたが,同補正は要旨変更であるとして平成7年12月6日付けで却下決定がなされ,同却下決定に対する不服審判請求についても不成立の審決がなされている。 (d)そして,原告は,平成9年4月16日付け手続補正書を提出して,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明から加熱と加減圧の時期に関する記載を削除する補正をし,本件明細書1の内容で特許査定がなされたものである。 (e)特許出願の審査手続の経緯を考慮すると,本件特許発明1にいう「加減圧手段」は,出願当初の明細書に記載されたとおり,加熱前にレンジ室内の加減圧を行うものに限定して解釈すべきである。 (f)以上によれば,本件特許発明1にいう「加減圧手段」は,ポンプのような積極的ないしは能動的な手段を用いて,加熱前にレンジ室内の気体の強制的な増加と強制的な減少とを繰り返すものと解するべきである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は要件Cの加減圧手段の意義に関して次のように判断しました。 (a)本件明細書1には,加減圧手段の具体的構造としては,実施例として,ポンプ4が記載されているのみである。なお,本件明細書1には「調圧器5」がポンプ4と管路で接続し,両者を併せたものが加減圧手段とされているとも読めなくもなく,そのような構成を採り得ることが示唆されているともいえる。しかし,本件明細書1には,上記調圧器5の具体的構成や,それがいかなる作用,機能を有するものであるかについて,一切開示されておらず,当業者にとっても「調圧器5」がいかなる構造,機能を有するものであるかを理解することはできない(本件明細書1の【図面の簡単な説明】の欄には,「ポンプ4」が「加減圧手段としてのポンプ」と記載されているのに対し,「調圧器5」は単に「調圧器」と記載されているだけである。)。そして,本件明細書1には,加減圧手段として採り得る他の構成は開示されおらず,また,他の構成を採用し得ることについての示唆もない。してみると,本件明細書1で加減圧手段として開示されている具体的構成は,気密室6を構成する外枠1に接続された管路に接続し,ポンプ4の作動により,加圧と減圧を繰り返すものである。 (b)本件明細書1の発明の詳細な説明及び図面を参酌して,その記載内容等から当業者が実施し得る加減圧手段の構成は,ポンプ4のようなそれ自体の作動により加圧及び減圧を繰り返すことができるようなもの,すなわち,加熱手段によるレンジ室内の加熱に伴う圧力変化とは無関係にそれ自体の作動によりレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返し行うものと解するのが相当である。 (c)これに対し,原告は,本件明細書1に記載されている実施例に関して,調圧器5による気密室6内の圧力の調整である加減圧を行う場合及びポンプ4と調圧器5とを併用して気密室6内の圧力の調整(加減圧)を行う場合は,調圧器5が関与した消極的ないし受動的な動作態様を包含するから,本件特許発明1にいう加減圧手段とは,能動的であると受動的であるとを問わずレンジ室内の加減圧を繰り返すための手段を指すことは明白であると主張する。 (d)しかし,本件明細書1に記載されている調圧器5の構造,機能は上記のとおり明らかではなく,消極的ないし受働的な動作態様をもってレンジ室内を加減圧するという技術的思想が開示されているとはいえないから,原告の上記主張を採用することはできない。 A裁判所は、被告製品の要件C充足性に関して次のように判断しました。 (イ)被告製品のボール11は,炊飯時に押し棒16が後退することにより,自重により第一通気口10を閉塞して鍋5内と大気との連通を弁21を経由する経路に限定し,その結果,鍋5内の圧力上昇に関与するという機能を有するものと認められるが,鍋5内の圧力上昇は,あくまでボール11が第一通気口10を閉塞した状態で誘導加熱コイルによる加熱によって発生した水蒸気に起因するものであって,誘電加熱コイルによる鍋5内の加熱に伴う圧力変化とは無関係にボール11自体の作動により鍋5内の圧力を上昇させるものではない。 (ロ)そうすると,被告製品の鍋5及び誘電加熱コイルがそれぞれ本件特許発明1にいうレンジ室内及び加熱手段に相当するという原告の主張を前提としても,被告製品のボール11は,誘電加熱コイルによる鍋5内の加熱に伴う圧力変化とは無関係に,それ自体の作動により鍋5内の圧力を上昇させるものではないから,本件特許発明1にいう「加減圧手段」を構成するものとは認められない。 |
[コメント] |
@本事案において、特許出願人は当初の明細書・図面において、レンジ室を加減圧する仕組みとして、〔ポンプ〕−〔調圧器〕−〔レンジ室〕の順序で接続された構成と図示していましたが、調圧器に関して特別の説明をしておらず、その後当該特許出願に関して、「この加減圧を繰り返し行い,被加熱体の内部へ調味料を浸透させた後,又は同時に加熱加工を行う」という手続補正をしたものの、この補正は要旨変更となったという経緯があります。 A判決では特許出願の経緯に関しては、判決文では直接触れられていませんが、それ以外にも明細書の記載を読んだだけでは、レンジ室の加圧減圧を繰り返すことで何故調味料が材料に短時間で浸透するのかよく分からないし、その際に調圧器がどういう働きをするのかが分かりません。これでは、技術的思想に関して十分な説明がないという心証を裁判官が持っても仕方がないと考えます。 |
[特記事項] |
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