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@「要旨の変更」とは、平成5年改正前の特許法において補正の可否の判断基準として用いられていた概念であって、現在の特許出願の実務で用いられることはありません。しかしながら、過去の判決文などで出てくることがあるため、ここで解説することにします。
A平成5年の改正前の特許法では、特許出願人は、出願公告の決定の謄本の送達前には、明細書の要旨を変更しない限り補正を適正なものと認めていました。この時代、特許出願の明細書は特許請求の範囲を含む概念であり、出願公告前の補正の具体的な基準は次の通りです。
[原則的基準]
願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があつた後に認められたときは,その特許出願は,その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす(旧特許法第40条)。
[補足的基準]
出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす。(旧特許法第41条)。
B上述の文章では、要旨変更の補正はできないという言い方はしていませんが、その代わりに特許出願日を手続補正書の提出日に繰り下げることで、先願主義との調整を図っています。
特許出願人としては、出願日が繰り下がることのデメリットは非常に大きい(特に出願公開後に補正をした場合には自らの公開公報により特許出願が拒絶されてしまう)ので、要旨変更となる補正をすることを避けようとすることになります。
C判例上の要旨変更の定義のうちの“同一性”とはどの程度のことをいうのかは問題でありますが、一つ例を挙げると、水性ボールペンのインク筒の内部からインクが漏れ出すための逆流防止剤に関して、出願当初の明細書に単に「ポリブテン」と記載されていたのを、「ゲル化剤を添加したポリブテン」と補正したのが、要旨変更とされた例があります。
→平成10年(ワ)第7191号「筆記具のインキ筒」事件
(イ)もとの明細書から予測される逆流防止剤の性質としてはせいぜい、インクの飛散を防止できる程度の粘性及びインクの減容に追従できる程度の流動性であるのに対して、「ゲル化剤を添加したポリブテン」としてしまうと、揺変性、すなわちチクソトロピー(かき混ぜたり、振り混ぜたりすること
により、力を加えることで、粘度が下がる現象)という性質を獲得します。
(ロ)作用・効果の相違を考えると単なる「ポリブテン」と「ゲル化剤を添加したポリブテン」とは別のものと考えるべきで、そこまで逆流防止剤の概念を広げてしまうのは、発明の同一性を害すると解釈されました。
Dこの解釈は妥当なものと考えられます。しかしながら、特許出願の実務では、次第に「発明の同一性」の概念が拡大されるようになり、審査の遅延などの問題を生じるようになったと言われています。
Eこうした背景もあり、補正の制限として「要旨の変更」の禁止から「新規事項の追加禁止」へ移行することになったのです。
F審判請求書の要旨の変更に関しては下記を参照して下さい。 →要旨の変更とは(審判請求書の)
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