[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 Ewaldは、果実分割装置という発明について特許出願を行い、審査官が発明の欠如(今日でいう非自明性/進歩性の欠如に相当する)を理由として拒絶の査定を行い、審判部も審査官の査定を支持する決定をしたために、本件訴訟に至りました。 A本件特許出願のクレームの内容は次の通りです。 〔請求項15〕 切断手段(severing means)及びこの切断手段の反対側の表面と同一平面上に配置されるとともに切断操作の後で果実の切断された部分が載置されるように形成された反対向きの表面を提供する手段(means providing opposed surfaces)と、 果実全体を前記切断手段に接触する位置に移動させて当該果実を切断させるとともに切断された果実の部分を前記反対向きの表面へ運ぶ運搬手段(means for conveying)と、 を具備し、 前記各反対向きの表面は、複数のカウンターサンク・ポーション(countersunk portion/皿状の穴)を有し、 これらカウンターサンク・ポーションの総面積を、切断手段の前記平面の上にある反対向きの表面部分の面積よりも相対的に大きくすることにより、それら反対向きの表面との間に真空が生じて果実がくっつくことを防止できるように構成したことを特徴とする、果実分割装置(fruit splitting apparatus)。 〔請求項22〕 フレームと、 果実供給ステーションから展開器(spreader)ステーションへ水平な通路(pathway)に沿って一定の高さで果実を運搬する手段と、 果実運搬手段の通路に配置されるとともに果実を複数の部分に分割するように形成された果実分割手段と、 果実運搬手段の通路内で実質的に垂直となる(lie substantilally vertically)ポジションへシフト可能な反対向きへ突出された表面を有し、当該ポジションで果実の部分を受領することが可能とした、果実を展開する手段(fruit-spreading means)と、 前記果実展開手段と隣接するポジションに移動し、果実展開手段から果実の部分を受領するように形成された移動可能な果実保持手段(movable fruit-holding means)と、 前記果実展開手段に搭載され、かつ前記果実の部分に当接してこれらの部分を展開手段へ移動させ、展開器が垂直状態にあるときに下方へシフトすることを防止するように構成された手段と の組み合わせである果実処理装置。 B本件特許出願の先行技術 先行技術は、米国特許第1512410号(引用例1)及び米国特許第1548192号(引用例2)です。 C本件特許出願の発明の概要 特許出願人のクレームは、果実処理機の一部であって、分割装置(splitting device)と称するものです。特許出願が開示するように、半分に割られた果実のフラットな面に係わり合って、その果実の半分が残りの処理の間に横方向にずれること(lateral displacement)を防止するものです。 D審査官が認定した(本件特許出願の)技術内容 主審査官による、(特許出願人の)装置の記述を引用します。 (a)特許出願のクレームの主題は、梨の全体を2分割し、その梨の半分を、切断面を上に向けて個別のカップに分配する装置に関するものである。 (b)具体的には、梨の半分をカップに分配するための展開ウィング(spreadable wings)が開示されている。 (c)果実(梨)の柄を上下に揺らして、その果実を移送車及び挟持ジョー(clamping jaws)の真下に移動して当該ジョーの間に持ち上げる。 (d)移送車はバーに沿って移動し、垂直なハーフ・ナイフを通過して、隣接するウィングへ移動する。 (e)ウィングは、フィンを備えており、当該フィンに果実の半分が突き刺される。 (f)ウィングの表面には、縦方向及び横方向に溝が設けられている。 (g)果実の半分をウィングに運んだ後に、ジョーは開かれ、移動車は元の場所に戻る。 (h)果実の半分が突き刺されたウィングは、相互に離れて水平面に移動し、その果実の半分をカップに入れる。 E本件特許出願の発明と先行技術との相違は次の通りです。 (a)先行技術は、詳しく説明する必要はなく、争点は、本件特許出願のクレーム15、16の展開ウィングのカウンターサンク・ポーション又は溝、或いはクレーム22の展開ウィングに搭載されかつ展開器が垂直状態にあるときに下方へシフトすることを防止するように構成された手段に絞られる。 (b)引用例1は、果実に穴を開ける装置(fruit pitting device)であり、その構造は前記クレーム15,16の装置に類似している。異なるのは、(特許出願人の)展開ウィングの表面のカウンターサンク・ポーションを開示していないことである。 (c)また原告(特許出願人)の代理人は、引用例1が、展開器が垂直状態にあるときに下方へシフトすることを防止する手段(クレーム22)を開示していないと指摘している。 〔引用例1〕 24、25…ブレード 32…カップ (d)引用例2は、野菜スライサーであり、縦方向の溝21の間のリッジ22を開示し、このリッジの上にスライスされた野菜や果実が載るようにした構成を開示している。 (e)引用例2は、展開ウィングに相当する部材に設けられた複数の縦方向の溝に関して、“これらは操作中の抵抗を減らすとともに、野菜や果実のスライスされていない部分との間に空気を導き、くっつきを防止する”と説明している。 〔引用例2〕 21…溝 23…野菜 F前述の本件特許出願の発明と先行技術との相違に対する、審判部の判断は次の通りです。 (a)審判部は、本件特許出願のクレーム15、16に関して、引用例1の展開板に引用例2の複数のカウンターサンク・ポーションを設け、それにより、それらの板の対向する2面の各面と果実のカット面との間での真空の発生を回避し、果実のくっつきを防止するようにすることに発明的な要素はないと判断する。 (b)審判部は、本件特許出願のクレーム22に関して、同クレームの構成中の、垂直状態となった展開板から果実がずれ落ちることを防止するための手段が引用例1の講じられているという審査官の決定を支持する。 (c)前記クレーム15,16に対する審判部の陳述を引用する。 (イ)“審査官は、前記クレーム15、16に関して、引用例1の果実分割用ブレード24、25に真空を破るための溝を設けることは、何ら発明を必要とすることではなく、特に引用例2の野菜スライサーの基床(bed)に設けられた溝を参酌すれば、古い技術である。” (ロ)“これに対して特許出願人(原告)は、引用例1において吸引力を破ることは望ましくない、何故なら野菜は垂直状態で保持されなければならないからである、と主張した。 また特許出願人はまた、カップがブレードの縦方向に動く限り、吸引力を破る溝は必要とされない、と主張した。” (ハ)“審判部は、引用例1の展開部材に溝を設けることが望ましくないという特許出願人の主張に納得することができない。何故なら、それらの部材は、果実部分が上側のカップメンバーから離れる向きに動く前に機能するかも知れないからである。 審判部は、ブレードに果実がくっつく傾向があれば、(前述の溝を)適用することに、発明は必要ないと考える。 我々審判官の前にあるクレームは、特許出願人の特定の装置だけに限定される訳ではない。従って審判部は、引用例1の自明な変更とみられるものに効力が及ぶ権利が特許出願人に付与されることが妥当であるとは考えない。” (d)前記クレーム22に対する審判部の陳述を引用する。 (イ)特許出願人が頼りにするクレーム22の特徴は、同クレームの最後の部分である。 (ロ)この特徴は、、展開器が垂直状態にあるときに下方へシフトすることを防止するように構成された手段である。 (ハ)引用例1は、果実の部分が下方へ移動することを防止するための手段31を開示している。もっともそれらの部分が棚の上に収まる直前には多少落下するものと考えられる。 (ハ)審判部は、引用例1において果実が最終的にブレードに着けられるときに当該果実は斜め下方へ移動すると考える。 クレームの言い回しからはに多少無理な構成(forced construction of language)であるかもしれないが、引用例1は、必要に応じて、棚を上昇させることでカップが展開手段に近づくように上へ移動するようなアレンジを許容するものと考えられる。 (ニ)審判部の立場は、特許出願人自身の装置と大きく異なり、かつ、特許的な前進を望めないような構造の変更例を読み込むことができるようなクレームについて、特許出願人に権利を付与することは許されるべきでないということである。 特に特許出願人がクレームを非常に広く設定した結果として、実施例のタイプの他に、特許的な前進を伴いわないタイプとの双方を含むときには、前記の点を考慮しなければならない。 G訴訟における原告(特許出願人)の反論は次の通りです。 特許出願人の代理人によれば、引用例1の展開ウィングにカウンターサンク・ポーションを設けるのは不可能である。カウンターサンク・ポーションを設けるとともにその結果として果実を傷つけることがないように、それでいて、梨の半分のカット面と展開板の表面との間に真空が形成されることを防止できる十分な面積の溝を形成しようとすれば、引用例1の装置は作動不能(inoperative)になってしまうからである(反論1)。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許出願のクレーム15,16の特許性を次の理由で否定しました。 (a)前述の反論1に関して、引用例2に明確に開示されているカウンターサンク・ポーションを引用例1の展開ウィングの構成に組み込むことにより引用例1の装置が作動不能になるかどうかが、問題点なのではない。 (b)引用例1の開示内容と引用例2とを勘案して、特許出願人が開示した装置のアレンジメントがもたらされるか(bring about the arrangement …)否かが問題なのである。 62 F.2d 374 In re Dublilier 80 F.2d 71 In re Nielsen (c)当裁判所は、引用例1〜2を参照して特許出願人のクレーム15,16の構成を作り出すのに、発明は必要ないという立場である。 A裁判所は、本件特許出願のクレーム22の特許性を次の理由で肯定しました。 (a)引用例1は、展開器に設けられた装置の使用により、展開板が垂直になったときに果実の部分が下方へ移動することを防止することを、開示も示唆もしていない。 (b)また当裁判所は、特許出願人の装置が作動するのと同じように引用例1の装置が作動するように当該装置を変更することが当業者にとって自明であると、確信することもできない。 (c)従って当裁判所は、クレーム22に対する米国特許商標庁の決定を取り消す。 |
[コメント] |
@今日の進歩性判断の基本的な判断手法は、本件特許出願のクレームと先行技術との一致点と相違点とを明らかにして、その相違点が単なる設計変更であるか、或いは別の先行技術に開示された技術的要素であるときには、これを組み合わせることが容易であることの論理付けを試みる(進歩性審査基準)というものですが、この判断手法が確立されたのは1960年台のグラハム判決においてです。本事例においては、“先行技術は、詳しく説明する必要はない”と述べていますが、こうしたラフな比較法は現時点では一般的ではありません。しかしながら、今日の進歩性の判断手法の原型となる考え方が現れているので本事例を紹介しました。 A第1に、複数の引用例同士を組み合わせるときには、構造の類似性及び機能の共通性があるかどうかに着眼する点です。 前者は、我が国の特許実務では、発明の構成(課題解決手段)が近いことに相当し、後者は、日本の進歩性審査基準の“作用・機能の共通性”につながります。 →作用・機能の共通性とは B第2に、引用例同士の組み合わせというのは、両方の引用例の開示内容を合わせて特許出願人の提示した技術的思想が導き出せるかどうかが問題であり、その点が担保される限り、主引用例の装置に不都合(作動不良など)を生じても、前記組み合わせが困難であるということにはならないということです。 本件での作動不良というのは、主引用例の部材(展開ウィング)に元々あった溝と副引用例から適用するカウンターサンク・ポーション(皿状の穴)とが重複することによるものであり、それが不都合であれば前記溝の方を省略するのは当業者が当然に為し得ることなので、裁判所の判断は妥当と考えられます。 日本の進歩性審査基準では技術の具体的適用に伴う設計変更は、特別の事情がない限り、当業者の通常の創作能力の発揮である旨を述べていますが、機能的に重なる穴と溝との一方を省略するのもその範疇に入ると考えられます。 →技術の具体的適用に伴う設計変更とは これに対して、副引用例の技術的要素の適用が本質的な不利益を生ずるとか、或いは特許出願人の技術思想を導き出すことを妨げるということになると、引用文献の組み合わせを妨げる事情(いわゆる阻害要因)と認められる可能性があります。 →阻害要因とは |
[特記事項] |
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