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●昭和44年(ワ)第6127号(特許権侵害排除請求事件/否認)


機能的クレーム/限定/特許出願/ボールベアリング自動選択組立装置1審

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)甲は、“ボールベアリング自動選択、組立装置”と称する発明について米国特許出願を行い、当該出願に基づく優先権を主張して日本に特許出願を行い、これが出願公告(特公昭35−6252号)となり、特許権(第267420号)を取得しました。
出願公告とは

(b)甲は、乙に対して本件特許権に基づく専用実施権を設定しました。

(c)乙に対して競業関係にある丙は、“軸受の自動組立方法”と称する発明に特許出願を行って、特許権を取得しました(特公昭47−20281号)。

(d)丙は、自己の出願公告公報に記載された装置を実施していたところ、乙は、この装置の実施を本件特許権の侵害であるとして本件訴訟に至りました。

A本件特許権の請求の範囲の記載

(1−イ)部品の外方に面する協力面の臨界寸法を外側部品の内方に面する協力面の対応する寸法と自動的に比較するため
及び

(1−ロ)夫々異なる寸法範囲内の中間部品を含む複数の供給手段のうちの選んだ一つから寸法を比較して予定数の中間部品を選出する計測手段を制御するため
の検査手段を備え、

(2)選出した中間部品は計測手段と協力する組立手段により、検査された内外両部品と組み立てられることを特徴とする

(3)内外の軸受環及び軸受のような協力する内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てる装置。

B本件特許明細書には次の装置が開示されています。

(あ)計測手段により選出された一組のボールが漏斗状の「共通の受器」の内面を転下して「共通の受器」の単一の出口の下部にある充填機構の溝に入る。

(い)排出されたボールに対応する内外環が充填機構の下方の位置に移送され、内外環の偏心が終了すると充填機構の秤が後退せられる。

(う)ボールは「共通の受器」及びこれに関連する充填機構の単一の出口を経て、その下方に位置せしめられた対応する内外環の間隙に重点されるようになっている。

〔本件特許(原告の特許出願の公告公報)〕

図面1

〔イ号製品(被告の特許出願の公告公報)〕

図面2

C被告装置(被告特許出願の出願公告公報に記載されたもの)は次の通りです。

(か)内外輪(環)とボールの組立装置と、ボールの計数装置との間に、「ボール排出口、ボール分配板、円板、貯蔵筒等」からなるボール記憶貯蔵装置が介在している。

(き)ボール計数装置によって計数された一組のボールはボール分配板を経て順次貯蔵筒に供給分配して貯蔵される。

(く)これとは別個独立のサイクルで、固定排出板の位置にくると逐次組立のために貯蔵筒からボールの排出が行われ、対応する内外輪と組み立てられる。

D被告の特許出願は、甲の特許を先行技術として掲げており、両者の相違を次のように説明しています。

(a)被告による先行技術の説明

 「公知の軸受自動組立装置(特公昭35−6252号公報)は、組立てるべき1対の内輪及び外輪の互いに協力する溝径の寸法を1組の機械的測定機械で同時に算出して1つの電気信号として取出し、

 この電気信号を転動体の選択指示信号として所望の転動体を選択・計数し、

 選択・計数した転動体を1つの共通した皿形受皿上に放出し、

 対応する内外輪の重ね合わせ品が移送されて組立位置に来たとき、組立手段と協力する受皿の単一の出口、即ち真填機構の垂直溝が設けられた杆が引き抜かれて、上記単一の出口が開らき、対応する転動体が内外輪間の空隙に供給される方式である。

 ところがこの様な構造であると、次に示す如き重大な欠点が生ずる。

 即ち共通の受皿ないには2種類以上の転動体が同時に存在することが許されないから、少なくとも杆が働いて転動体が受皿の単一の出口から組立手段に放出され、充填杆が単一の出口を閉じてからでなければ、次の転動体を受皿上に放出することができない。

 従って測定・選択・計数の前工程と組立の後工程とは1つの共通の受皿を介して1対1の作動関係にあることになる。

 それであるから測定結果によって対応する転動体が存在しない場合、即ちNGが生じた場合、組立手段は時間のロスを生ずることになる。」

(b)被告が自らの特許出願の発明の作用についてした説明。

 「この発明は公知の軸受自動組立装置の上記欠点に鑑み之れを開発したもので、

 即ち組立てるべき1対の内輪及び外輪の互いに協力する溝径の寸法を独立した測定機構で夫々別個に測定して異なる電気信号として取り出し、

 別個に独立して設けた1組の演算ユニットで夫々の電気信号の差に応じた電気信号を1つ取り出し、

 之れを転動体の選択指示信号として、この信号で所望の転動体を選択し、

 選択した転動体は速座に1時貯蔵域に測定順位に応じて順次滞留させ、

 更に測定済みの内輪及び外輪をも別個の一時貯蔵域に夫々測定順位に応じて順次滞留させこの別個の一時貯蔵域内の対応する内外輪を重ね合わせるか、

 又は測定済みの内輪及び外輪を直ちに重ね合わせてこれを一時貯蔵域内に測定順位に応じて順次滞留させるか、

 或いは測定済みの内輪及び外輪を別個の一時貯蔵域に夫々測定順次に応じて順次滞留させ、

 この別個の一時貯蔵域内の対応する内外輪を重ね合わせてこれを一時貯蔵域内に測定順位に応じて順次滞留させ、

 滞留した内外輪のうち、対応する先順位の組が正規の位置に来たとき、一時貯蔵域内の対応する転動体を内外輪の偏心空間内に供給するようになしたから、

 例え内外輪の計測が一方、或いはともに一時滞留しても、一時滞留域に存在する内外輪又は内外輪の重ね合わせ品が無くなるまでは、転動体と重ね合わせ品との組立が可能である。

 要するに内輪、外輪、転動体更には重ね合わせ品の互いに測定順位に応じた夫々の一時貯蔵域を設けたから、所望の転動体を選択・計数する前工程と対応する転動体、内輪並びに外輪を組立てる後工程とを互いに独立させてかつ異なるサイクルで行うことができる。」


 [裁判所の判断]
@裁判所は、本件特許権の請求の範囲について次の見解を示しました。

(a)しかしながら、右に述べたような装置(請求の範囲に記載された装置)であればすべて本件特許発明の技術的範囲内にあるということは到底できない。

(b)何故ならば、本件特許発明の特許請求の範囲に記載されているところは内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てるという課題の提示であるからである。

(c)一見その課題の解決のために具体的に前記のような供給手段、検査手段、計測手段及び組立手段の名を挙げ、なおそれらの間の「制御」関係、「協力」関係を挙げて課題の解決を示したかのごとく見えるが、右の供給手段、検査手段、計測手段、組立手段等の語は極めて抽象的な表現であり、具体的にいかなる装置部分を有すればそのような手段たり得るかについては、特許請求の範囲の記載のみによつては知ることができない。

(d)また検査手段がいかなる態様で計測手段を制御し、計測手段と組立手段とがいかなる態様で協力すれば本件特許発明でいう「制御」、「協力」たり得るかを知ることができないから、右のような抽象的な記載はなんら課題の解決を示したものということはできない。

(e)特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法第七〇条)が、本件特許発明の明細書の右のような抽象的な特許請求の範囲の記載のみからは到底その技術的範囲を定めることはできないものといわなければならない。(中略)これを定めるためには、いきおい願書に添付された明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載に依らざるを得ないことになる。

A裁判所は、請求の範囲中の「協力」について、いかなる態様において協力することをいうのかについて考えてみると述べました。

zu

(イ)甲の特許出願の出願公告公報には、計測手段と協力する組立手段の構成について、次の記載がある。

「内外両部品を中間部品に対する共通受器の出口の下方の位置に動かすために移送機構が設けられる。」(本件公報一頁右欄八行目ないし一〇行目)、

「内側及び外側の軸受環はその協力する受溝の寸法を比較する検査所11に供給され、この比較により、球の違つた寸法範囲によつて分けられた複数の球供給器の一つがその場所における組立のために選ばれる。検査又は、比較作業に続いて、内環は外環と重ねられ、この組立物は機械を通つて延びている移送機構の案内14間の位置に重力で動く。移送機構15はそれから内外の環を球組立所20の皿形の受器17の下方に位置させる。受器17の周りに間隔を於て設けられた多くの供給単位21の一つから選ばれた球はそれから自動的に内外の両環の間に充填される。」(同一頁右欄一九行目ないし二九行目)、

 「本発明は特に上に広く記述した構造に関する。」(同一頁右欄二九行目、三〇行目)

 これらの記載が、本件特許発明の構成を広く記述したものであることが示されている。

(ロ)甲の特許出願の出願公告公報には、更に計測手段と組立手段との関係について、より詳細に次のように記載されている。

 「選ばれた一つの供給単位21から釈放された球は受器17の面を転下し、受器と関連している充填機構の垂直溝202に入る。」(本件公報三頁右欄二五行目ないし、二七行目)

 「第14図で見られる杆206の位置では、球は受皿17を去ることを阻止される。外環が卵形に締付けられ且内環が栓155で偏心的に動かされた後、杆206は後退させられ、球は溝202から套管204の下端に在る路210を通り、栓155の下に自由に流下して内外両環間の空隙に入る。」(同三頁右欄三一行目ないし三六行目)、

 「環はそれからほぼ皿状の受器17の下方の位置に移送機構15で移される。希望の大きさ範囲内に在る軸受球の予定の数を受器17に釈放するため、計測単位131の一つがその関連している筒線輪132により、検査に応じて動かされる。」(同四頁左欄二八行目ないし三二行)、

(ハ)右記載中の移送機構については、本件公報三頁左欄三行ないし一一行目、筒線輪132の電気的制御装置については、同四頁左欄四八行目ないし右欄九行目に記載されている。

(ニ)右記載を参酌すれば、本件特許発明の構成要件(2)の『計測手段と「協力する」組立手段』という構成は、次の(a)ないし(c)のとおりの技術内容を意味するものと解される。

(a)組立てられた内外両部品(内外環)は、移送機構で共通の受器の下方に位置せしめられること。

(b)違つた寸法範囲によつて分けられた複数の中間部品(球)供給器の中から計測手段(計測単位)で計測された中間部品(球)が共通の受器に降下せしめられること。

(c)そして、中間部品(球)は、この共通の受器の単一の出口の下方に位置せしめられた内外両部品(内外環)の間に充填されること。

 すなわち、本件特許発明における計測手段と組立手段とが「協力する」関係は、計測手段が中間部品(球)と内外両部品(内外環)との組立において作動上組立手段と直接関連し合つて、組立手段に中間部品(球)を充填する働らきをしている、この両者の関係を指しているものと解される。

 なお、右「協力」の意味について、詳細なる説明の項には、右説明と別異に解すべきことを示唆するような記載は全くない、

(d)本件特許権の明細書には、「本発明は特に前述の作業に応用したものとして図示し且記述されるが、実質的に違う構造の装置にも実施でき、且他の部品にも適用できることは了解される。」との記載があるが、右記載があるからといつて「協力」の意味を前説明のところと別異に解し得るものとすることはできない。

 けだし、特許付与による発明の保護は開示に対する代償として与えられるものであり、特許出願人が開示されない発明に対しては、保護は与えられるべきものではないからである。

zu

B裁判所は、前記の「協力」の解釈に基づいて、被告装置の本件特許発明の技術的範囲への属否に関して次のように判断しました。

(イ)被告装置は、ボール計数装置のシリンダー(316)の駆動が、ボール記憶貯蔵排出装置(302)の存在によつて、内外輪とボールとの組立作業と切り離されて、内外輪溝径の測定値が演算信号発信装置(5)に送られ、同装置(5)で内外輪の寸法差を出し、これと適合するボール径を選択し、ボール選択指示信号とし、この信号がボール計数装置(301)のシリンダー(316)に送られ、これと対応する計数体(311)を駆動させ、ボールをボール記憶貯蔵排出装置(302)に送る構造であつて,このボール選択指示信号は、内外輪溝径測定装置(3)、(4)によつて得られるのであり、同装置は、内外輪計測、ボール選択、記憶貯蔵装置制御回路(第八図)の重ね合せ品満配確認信号用回路(451)及び重ね合せ品中間確認信号用回路(452)により、内外輪記憶貯蔵排出装置(9)内の重ね合せ品の貯蔵量いかんによつて運転の停止、再開が行われるのであるが、これに対し、内外輪ボール組立装置(11)は、内外輪計測、ボール選択、記憶貯蔵制御回路(第八図)とは別個の組立装置制御回路(第九図)で制御されているのであつて、同回路の重ね合せ品無し確認信号用回路(453)の重ね合せ品ありの確認信号が出ると運転を開始し、重ね合せ品満配確認信号用回路(451)の重ね合せ品ありの信号の時も運転を持続する(この時、内外輪溝径測定装置(3)、(4)の方は、運転を停止し、従つてボール計数装置(301)も運転を停止している。)が、重ね合せ品なし確認信号用回路(453)の重ね合せ品なしの確認信号が出ると運転を停止する(この時、内外輪溝径測定装置(3)、(4)は運転を停止しない。)のである。

(ロ)そうすると、被告装置では、組立装置と計測装置とが、前認定の本件特許発明の計測手段と組立手段の関係のように、作動上直接関連し合つている構造でないことが明らかである。被告装置には、本件特許発明にいう計測手段と組立手段との協力の関係は存しないというべきである。

(ハ)なお、被告装置における組立装置と計測装置との関係が本件特許装置における組立手段と計測手段との関係と異なることによる両装置の作用効果上の差異についての被告の主張(第三の九)は、これをそのまま肯認することができるものと考えられ、この効果上の差異は特段のものといい得るから、この点からするも被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属しないものということができる。


 [コメント]
@本事例は、過度に抽象的な機能的クレームを限定解釈した事例の第一審です。

A本件では、先の特許出願の出願公告公報に開示された発明を他人が改良して、特許出願し、取得した特許発明を実施した事例です。先の特許出願人が自己の発明を上手く上位概念化していれば、逆の結論になったかもしれませんが、単に発明の課題をクレームとしたため、課題を解決していないと判断され、限定解釈された結果、特許侵害をしていないと判断されました。

Bなお、本件では、明細書中に本発明の技術的範囲は実施例に限定されない旨が記載されていました。明細書にはよく書く定型的な一文ですが、具体的に発明の別の態様を開示も示唆もしていないので、これにより裁判所の考え方を変えさせるのは無理です。特許出願のときに発明の作用のキーワード(協力する)の概念を掘り下げて、適当な上位概念を見つけることが重要です。

C本件は控訴されましたが、高等裁判所も第一審の判断をおおよそ支持しました。もっともこうした場合に限定解釈をするのは良いとしても、実施例そのものに限定するのではなく、特許出願人が実施例を介して開示した技術的思想に限定するべきだと判示しました。
昭和51年(ネ)第783号


 [特記事項]
 
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