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●昭和37年(ワ)第6578号(実用新案権侵害差止請求・棄却)


昭和37年(ワ)第6578号/特許侵害/外的付加/温床用覆布

 [事件の概要]
@事件の経緯

 原告甲は、温床用覆布に関する実用新案権(登録番号 第五一七、三一〇号)を有しており、被告乙が実施する温床用覆布(本件温床用覆布という)が実用新案権の侵害であるとして、製造・販売の差し止めを求めて訴訟を提起しました。

A実用新案登録請求の範囲の記載

 図面に示すように、横幅の二分の一以上の幅を持った塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等の皮膜体1を横幅の二分の一以下の幅を持った化学繊維又は天然繊維よりなる網目体2に連着してなる温床用覆布の構造。

B実用新案登録に係る考案の詳細な説明

“本案は竹、木材その他の組立ててなる骨格を覆布で被覆する農作物用の温床に用いる覆布に関するもので、図面に示すように横幅の二分の一以上の幅を持った塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等の皮膜体1を横幅の二分の一以下の幅を持った化学繊維又は天然繊維よりなる網目体2に連着してなる温床用覆布の構造に係るものである。

 図中3は皮膜体1と網目体2の連着部41、42……は骨格を示す。

 なお皮膜体1と網目体2の連着は連着部3を重ね合わせて溶着又は縫着するか、或いは網目体2を全体の幅とし網目体2の必要部分に皮膜体1を貼着するかによるものである。

 本案は皮膜体1を横幅の二分の一〜三分の二とし網目体2を横訴二分の一〜三分の一の割合で之に連着してあり、網目体2を南側に向けて使用するものである。温床が用いられる冬期間日光は南側から差し込むため日光が直接温床内の植物に当り、又網目体2であるため南側の風通しよく、北側は皮膜体2によって二分の一以上覆われているため北風及び斜上よりの回り風はほぼ完全に防ぐことができる。

 従来の皮膜体で完全に覆うものは風通し悪く、手も入れられぬ程温度が上昇したり逆に網目体のみのものは温度が冷下する等苗の発育上極めて不合理なことが生じていたのに反し、天然繊維或いは化学繊維を編組した網目体2は熱の不良導体であるから網目体2により対流を生じさせない膜が張られたような効果を生じるから網目体2の部分があっても、該部は風が必要以上には通らない。又逆に熱を一方的に温床内に貯めることもなく常に適当の温度状態に保ち続けるから、風を入れたり日光の直射を温床に植えられた植物に与える等の温度、天候条件により取外したりする必要なく、従来のもののように空気を遮断する膜或いは布のみでできたものと異り一々皮膜或いは布を外して風を入れなくても良いので実用上の効果に富むものである。

 又網目体2の連着部3でない他方に鉛等の重錘を付し、土中に埋めることも可能であり皮膜及び網に化学繊維を用いれば腐敗する虞なく実用上永久性を有するものできる。”

[実用新案登録]

図1

[係争物]

図2

C係争物の説明

 “第一図は温床用覆布の平面図、第二図は第一図のA―A′線断面図、第三図は使用説明図を示す。

 竹、木材その他を組み立ててなる骨格を被覆して用いる温床用覆布で、幅約八十五糎の2と互いに等しい幅を持つビニール膜1と、幅約八十五糎の1と互いに等しい幅をもつビニール膜2の間に、幅約十五糎の繊維製寒冷紗からなるネツト3を挾み、該ネツトの両側辺を上記ビニール膜1とビニール膜2にそれぞれ溶着または縫着して、上記ビニール膜1とビニール膜2との間にネツト3を介在連結し、温床用覆布全体の横幅を百八十三糎にしたものである。”

D原告の主張

“三 本件登録実用新案の要部および作用効果

(二)本件登録実用新案の作用効果

 本件登録実用新案は、従来の皮膜体または網目体のみからなる温床用覆布と異なり、天然繊維あるいは化学繊維の網目体が熱の不良導体であり、対流を生じさせない膜を張ったのと同じ効果を生ずるから、必要以上に風を通すことがなく、また熱を一方的に温床内に貯めることもない。

 その結果、温床内に風を入れたり、温床内の植物に日光の直射を与えるために、一々覆布を取り外す必要がない。

 なお、本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の実用新案の説明には、本考案は網目体を南側になるように温床にかぶせて使用する旨の記載がありその使用に伴う作用効果が説明されているが、これは使用上の作用効果であり、温床用覆布の構造に関する本件登録実用新案においては、そのような作用効果は全く二次的な意味をもつにすぎない。

 (中略)

 五 本件温床用覆布の構造上の特徴および作用効果

  (一) 本件温床用覆布は、

(1) ビニール膜1、2(番号は、別紙(一)添付の図面に附されているものを示す。以下、本件温床用覆布について同じ。)の皮膜体と化学繊維製の寒冷紗からなるネットを連着してなること。

(2) 皮膜体の横幅は合わせて約百七十糎、ネットの横幅は約十五糎であること。

 を構造上の特徴とする。

(二) しかして、右構造上の特徴は、本件考案の要部を構成する各要件と同一であり、その作用効果は、本件登録実用新案のそれをすべて含んでいる。
六 本件登録実用新案と本件温床用覆布との比較

(一) 以上のとおりであるから、本件温床用覆布は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。

(二) なお、本件温床用覆布のネット3は、ビニール膜1と2の間に介在し、温床用覆布の中央に位置しており、その結果、ネット3を通して温床内に水や薬剤を散布することが可能であるが、ネット(網目体)が温床用覆布の中央にあるか端部にあるかは、本件登録実用新案の要部ではなく、右作用効果は本件登録実用新案の要部に属しない構造がもたらす附随的なものにすぎない。

(三) 本件考案の要部が仮に被告主張のとおりであるとしても、被告の製品は本件考案と同一構造のものにさらに右の構造部分をなす皮膜体の横幅以下の横幅を有する皮膜体を網目体の外側に取りつけたものにすぎず、作用効果も前記のとおり本考案のそれと同一であるから、本件登録実用新案の権利に低触する。”

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E被告の主張

“(中略) 四 請求原因の事実三の(二)の事実のうち網目体が熱の不良導体であることおよびこのため必要以上に風を通さないとの点は知らないが、その余の事実は認める。ただし、網目体を南側に向けて使用することにより、日光が直接温床内の植物に当たり、南側の風通しがよく、北側は皮膜体により二分の一以上覆われているため北風および斜上よりの風を防ぐ等の効果を有するのは本件登録実用新案の要部が前記のとおりであることに基く本質的な作用効果である。

(中略)

六 同五の事実は、争う。
(一) 本件温床用覆布の構造上の特徴は、次の(1)および(2)にある。すなわち、

 (1) 温床用覆布全体の横幅の二分の一以下の等しい幅を持った、二つのビニール膜1および2と一つのネット3との三部材を連結してなること(この点において、本件考案が皮膜体と網目体の二つの部材よりなるのと異なる。)。

 (2) ネット3がビニール膜1および2の間に介在し、温床用覆布全体の中央に位置していること(この点において、本件考案が網目体を皮膜体の一方の側に延出してなる構造であるのと異なる。)

(二) 本件温床用覆布においては、ネット3がその中央に位置している結果、温床がいかなる方向に設営されるかにかかわらず、広く覆布として使用することができ、またネット3を通して水や薬剤を温床内に散布することができる等の作用効果がある反面、本件登録実用新案が網目体を南側に向けて使用することによって得ることを期待した作用効果は認められない。

(中略)

 前記のとおり、本件温床用覆布は、本件登録実用新案の要部を構成する要件を欠くばかりでなく、その作用効果も全く異なるから、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。

 八 したがつて、原告の請求は失当であるから、棄却さるべきである。”


 [裁判所の判断]
 二 本件温床用覆布は、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。すなわち、

  (一) 当事者側に争いのない前掲登録請求の範囲の記録に、成立に争いのない甲第二号証中実用新案公報の記載、とくに、その実用新案の説明欄の「本案は皮膜体1を横幅の(1/2)〜(2/3)とし網目体を横幅の(1/2)〜(1/3)の割合で之に連着してあり、」との記載および証人(省略)の証言を参酌して考察すると、本件登録実用新案は、温床用覆布の構造に関するものであり、その要部は、温床用覆布全体の二分の一以上の横幅を持った塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等よりなる一つの皮膜体に、温床用覆布全体の横幅の二分の一以下の幅を持った化学繊維または天然繊維よりなる一つの網目体を連着してなる点にあること、しかして、

 その作用効果は、右の構造から

・網目体が必然的に覆部全体の端部に位置することとなり、その網目体を南側に向くように温床骨格を被覆することによって温床の用いられる冬期間中、日光が南側端部の網目体を通して直接温床内に差しこんで植物に当たるようにすることができ

・また網目体であるため南側の風通しがよくなり

・しかも北側は皮膜体によって(1/2)以上覆われているため、北風および斜上からの回り風をほぼ完全に防ぐことができ、苗を合理的に発育させることができること
にあることが認められ、甲第二号証((省略)の鑑定書)記載の見解は前掲各証拠に照らし到底採用しがたく、他に右認定を左右するに足る資料はない。

  (二) しかして、本件温床用覆布の構造が原告の主張のとおりであることについては、当事者間に争いがない。

  (三) 前掲甲第二号証中の実用新案公報の記載に、証人(省略)の証言および鑑定人(省略)の鑑定の結果を参酌して、本件登録実用新案と本件温床用覆布とを対比するに、本件温床用覆布は、覆布全体の横幅の二分の一以下の幅を持った二つのビニール膜1および2と一つのネット3の三部材よりなることおよびネット3がビニール膜1および2の間に介在し、温床用覆布全体の中央に位置しており、本件登録実用新案におけるように網目体が温床用覆布の端部にない点において本件考案と構成を異にし、またその結果、本件考案の有する前記の作用効果を期待することができないことが認められるので、両者はその構造および作用効果を異にするものといわざるをえない。

(四) なお、原告の製品は、本件考案と同一構造のものにさらに皮膜体をネットの外周辺に連着したにすぎないから、本件登録実用新案の権利に牴触する旨主張するが、被告の製品は、本件登録実用新案と構成および作用効果を異にすること、前認定のとおりであるから、右原告の主張は採用の限りでない。

 したがつて、本件温床用覆布は、本件登録実用新案の要部を構成する要件を欠くほか、作用効果をも異にするものであるから、もとより、本件登録実用新案の技術的範囲に属するものとはいいがたく、他に、この点に関する原告の主張事実を肯認するに足る資料はない。


 [コメント]
 特許侵害(及び実用新案権侵害)では、権利一体の原則が適用され、特許発明の構成要素の全部を実施することが侵害要件となりますが(→権利一体の原則とは)、その“構成要素の全部”とは、主要な構成要素だけでなく、それらの構成要素の関係性も含まれると解釈するべきです。

 一見すると、特許発明の構成要件の全部を含んでおり、それにプラスアルファの要件を足しただけ(いわゆる外的付加)のようでも、要件を足すことで、元の発明の作用・効果を発揮しなくなるのでは、発明としての一体性が失われていますので、特許侵害とはならないというべきです。


 [特記事項]
 
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