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●平成12年(ネ)第1953号(特許権侵害行為差止請求/棄却)


禁反言/特許出願/進歩性/バナナ追熟加工

 [事件の概要]
@本件の経緯

 原告甲は、名称を“バナナ追熟加工自動制御方法”と称する発明について特許出願を行い(特願平1-118228)、進歩性の欠如を理由とする拒絶理由通知を受けると、特許請求の範囲を補正するとともに、意見書を提出し、その結果として出願公告となり(特公平7-24543)、特許(第2000084号)を取得しました。

 被告乙は、後述の方法でバナナの追熟を行っており、これに対して、甲が乙の行為を特許権の侵害として差止請求等を求めて提訴しました。地方裁判所は甲の請求を棄却し、これに対して、甲は控訴しました。

A特許出願時の技術水準

(a)本件発明が対象とするバナナの追熟加工については、その特許出願当時、本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者において、以下の事項が知られていた。

・多くの果物や果菜類は、収穫後も成熟を続け、色、テクスチャ、硬さ、化学成分などに変化を生じる。このような収穫後の成熟現象を追熟という。

・それらの果実は収穫後に呼吸が急激に増加し、これに伴って果色(果皮の色)の変化、果肉の変化や芳香の出現などが起こり、可食状態になる。この追熟に伴う果実の呼吸の変化を、呼吸のクライマクテリック・ライズと呼ぶ。

・この呼吸の上昇前をプレ・クライマクテリック・ステージ、呼吸の上昇開始期をクライマクテリック・オンセット、呼吸の最大期をクライマクテリック・マキシマム、呼吸の下降時をポスト・クライマクテリック・ステージと呼ぶ。

・エチレンは、植物ホルモンとして追熟促進効果があり、ある濃度を越えて存在すると、緑熟果のクライマクテリック・ライズを誘発する。

・15ないし30℃の温度範囲では、温度が高いほど、呼吸のクライマクテリック・ライズが早くなり、それだけ早く追熟することになる。

・酸素濃度が減少すると、クライマクテリック・ライズの開始が遅れ、追熟が抑制される。

・二酸化炭素濃度の増加は果実の追熟に抑制的に働く。

・バナナの加工工程は、半密閉のむろ(定温倉庫)内で行われるので、果実の呼吸、呼吸熱、エチレン生成によって、むろ内の酸素、二酸化炭素、エチレン濃度が連続的に変化していき、呼吸熱によって品温が影響を受ける。

・バナナの追熟過程におけるある段階を「やく」と呼ぶ。しかしながら特許出願時の公知文献の上では、「やく」の意義については一定していない。

(b)本件発明の特許出願当時、このような自動制御技術としては、甲14(特開昭59−59144号公報)に記載のものが公知であった。

 甲14には、バナナの熟成程度は、熟成過程でバナナから放出される二酸化炭素の累積量を検出することにより知ることができるという知見に基づいて、バナナを貯蔵している室に配設された二酸化炭素検出器の出力に基づき、所定の演算式に従って室内の二酸化炭素の累積量を算出し、この累積量から所定のプログラムに基づき一定の計算をした結果に基づいて、室内の温度を昇温又は降温せしめるようにしたことを特徴とするバナナ追熟加工自動制御方法が記載されている。

B本件明細書の記載

 (ア) 実施例の欄(本件公報4欄17行目以下)

 「最近のこの分野の研究において、バナナの果肉温度を検出することにより、またバナナから放出されるCO2ガス量又はエチレンガス量を検出することにより、エチレンガスがバナナに最も効果的に作用する時期、バナナが醗酵を開始する時期及び貯蔵室の換気時期を検出できることが明らかになってきた。本発明方法は、前記成果に基づいて構成されたものである。」

 (イ) 効果の欄(本件公報7欄3行目以下)

 「本発明方法においては、果肉温度を検出してエチレンガスがバナナの醗酵のために最も効果的に作用する温度でエチレンガスを一定時間自動的に室内に注入するとともに、バナナが醗酵を開始する果肉温度になると、一定時間後にエチレンガス等の換気を自動的に行っている。さらに、『やく』発生後においてCO2ガス発生量を検出して一定量以上になると換気するようにしてバナナの熟成程度を調べている。従って、バナナの色付けが均一となって糖度も高く、さらに柔らかい果肉と硬い外皮とを有するバナナの追熟加工が可能となり、より商品価値を高めることもできる。」

zu

C特許請求の請求の範囲

Aバナナ成熟室を一定時間毎に換気又はCO2ガスの換気を行った後室温T2に達するまで加温し、

B果肉温度が予め設定した温度T2に達するとエチレンガスを一定時間室内に注入し、

Cさらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、

Dついで一定時間毎に複数繰り返して換気するか、又は室内に配設されたCO2ガスセンサの出力に基づいて、予め設定したCO2ガス濃度に達すると一定時間の換気を複数回行うようにしたEことを特徴とするバナナ追熟加工自動制御方法。

zu

D乙が実施する方法

 a コンピュータ運用メニューによってバナナ熟成室10の室温を一定の温度になるように設定する。

 加熱手段としてのヒーター130又は冷却手段としてのクーラー140を用いてバナナ熟成室を上記設定温度になるまで加熱又は冷却する。

 一方、制御開始前にバナナ熟成室10の排気方法について、予め時間を設定しその設定された時間毎に排気を行う方法をとるか、CO2ガス濃度が予め設定した濃度値を検出したとき排気を行う方法をとるか、を選択しておく。

 バナナをバナナ熟成室10内に搬入した後、バナナ熟成度の進み具合により必要があれば、上記により選択した排気方法により、バナナ熟成室10の排気をする。

 b 果肉温度が予め設定した果肉温度設定値X1に達すると、エチレンガスボンベ、減圧弁及び定流量制御箱からなるエチレンガス注入手段150により、エチレンガスを一定時間、バナナ成熟室10内に注入する。

 c 前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度に達すると、一定時間室温を維持し、その後に果肉温度検出器のセンサーが予め設定したバナナの醗酵開始温度より高い果肉温度設定値X2を検知すると、バナナ熟成室の温度設定値が、上記センサーがX2を検知した時の室温設定値よりも低い設定値に移行するので、クーラー140が作動してバナナ熟成室10の室温を下げるとともに、エチレンガス抜き信号を出力して排気を開始することによって室内の空気を換気する(傍線部分は被控訴人の否認する部分)。

 d 続いて、前記のとおり制御前に予め選択しておいた時間毎の排気を行う方法又はCO2ガス濃度値の検出毎に排気を行う方法のいずれかの方法により、ファン及び排気用電動弁による排気を行う。

 e 上記のようにしたことを特徴とするバナナ追熟加工自動制御方法。

E甲の主張

{“バナナの果肉温度が醗酵開始温度T3に達する”の意義について}

 構成要件Cにおける「バナナの果肉温度が醗酵開始温度T3に達する」時とは、「やく」発生時のことであるが、「やく」という概念は種々の意味に理解され得るものであるから、本件発明の「バナナの果肉温度が醗酵開始温度T3に達する」時とは、次の@ないしBのいずれかの時点の意味に解すべきである(択一的主張)。

 択一的主張@ バナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇を開始する時点(クライマクテリック・オンセット)。

 これは、本件明細書において、「やく」とは、エチレンガス注入後、バナナが醗酵を開始する時期をいい、「やく」発生「後」にバナナの澱粉質がぶどう糖に変化し始めるとの記載(本件公報6欄24ないし26行目)に基づく解釈である。

 択一的主張A バナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇が開始された(クライマクテリック・オンセット)後、呼吸作用がピークに達する(クライマクテリック・マキシマム)までの間の時点。

 本件明細書には、「やく」とはバナナが醗酵を開始する時期をいい、
「やく」発生後にバナナの澱粉質がぶどう糖に変化し始めるとの記載があるが、そこにいう「醗酵を開始」「ぶどう糖に変化し始める」とはクライマクテリック・オンセットよりも後の「著しく急激なぶどう糖への変化の開始」を意味すると解した場合、この解釈が導かれる。

 択一的主張B バナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇がピークに達する時点(クライマクテリック・マキシマム)
被告方法においては「やく」とは、「果肉温度が所定の温度(バナナの生化学反応のピークと考えられる温度)に到達する状態」とされている(乙6)ところ、右解釈は、本件発明における「バナナの醗酵開始温度T3」をそれと同義に解するものである。

 {本件発明の構成要件Cと被告方法の構成cとの対比}

 ア 本件発明の構成要件C「さらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、」にいう「醗酵開始温度T3」とは、バナナの追熟過程におけるクライマクテリック・オンセットの状態になった時点に相当する温度であり、他方、被告方法の果肉温度設定値X2はクライマクテリック・マクシマムであるところ、被告方法でも、クライマクテリック・マクシマム(X2)の前に、必ずクライマクテリック・オンセットの状態(T3)を経由することはいうまでもなく、クライマクテリック・オンセットの時(果肉温度が室温を超えた時)からクライマクテリック・マクシマム(X2)に達するまでは、室内温度が一定に維持されている。したがって、「さらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持し」を充足している。

 被控訴人主張の理想時刻に「やく」が発生するように室内温度設定値を操作するという温度補正の工程は、本件発明の果肉温度がT3に達した時(クライマクテリック・オンセットの時)以前に行われたならば、その後一定時間室温が維持されるから、構成要件C「さらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持し」を文言上充足する。また、クライマクテリック・オンセットの後に温度補正が行われたのであっても、構成要件Cの「室温を一定時間維持し」の技術的意味が極端な温度変化を行って追熟加工上のバランスを失い「やく」に至ることを阻害することを避ける趣旨であるからして、また、文言としても「一定時間」と表現されていて、「すべての時間」とはいっておらず、クライマクテリック・オンセットの後の被控訴人がいう温度補正のような例外的処理をも許さない趣旨ではないから、補正後の室温が一定時間維持されることに変わりがなく、構成要件Cにおける「一定時間室温T2を維持し」を充足している。乙23ないし乙26(温度を上昇させる補正の場合)においても、乙27ないし乙32(温度を降下させる補正の場合)においても、室温が補正された後、一定時間その補正後の室温が維持され、「やく」(X2=クライマクテリック・マクシマム)に至っているから、被告方法は構成要件Cを充足している。

 問題の要点は、被告方法が自動制御により本件発明と同一の方法を採用しているという点にあり、果肉温度の検出時点の如何という点にあるのではない。本件発明も被告方法も自動制御によりバナナの追熟を行なうものであり、果肉温度の検出時点が相違していても、結局はすべて同一工程を実現しているのであるから、畢竟、同一の自動制御方法により同一の工程を実行し、同一の効果を得ているものであって、侵害が成立する。

 イ また、被告方法は次のような過程を経る(甲10)。

 (i)  バナナ熟成加工開始 10月10日17時22分

 (ii) エチレン投入 10月10日23時41分(0日6時間19分後)

 (iii)「やく」発生理想時刻 加工開始から1日1時間〜1日7時間

 (iv)「やく」発生時刻 10月11日18時45分(1日1時間23分後)

 (v) 「やく」発生時果肉温度設定 22.0℃

 (vi)「やく」発生時室温 20.8℃

 (vii)「やく」発生直後室温 20.0℃

 (viii)エチレンガス抜き時間 3時間

 (ix) エチレンガス抜き時刻 10月11日21時47分(1日4時間25分後)

 (x) エチレンガス抜き後室温 16℃

 すなわち、被告方法では、エチレン投入後、「やく」発生(iv)の段階で直ちにエチレンガス抜きを行わず、一定時間、エチレンガスを充填したままクライマクテリックライズを継続しており、被告がいう「やく」は、実はクライマクテリック・マキシマムではなく、その手前の状態である。そして、室温の測定誤差が0・5℃程度であって、被告のいう「やく」発生後に室温をわずか0・8℃低下させている((vi)から(vii))だけで、室温低下というに値せず、エチレンガス抜き後に初めて室温が16℃にされて(x)実質的な室温低下が行われているところ、構成要件Cは「さらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、」であり、室温低下と室内の換気(エチレンガス抜き)は同時に行われるから、構成要件Cの「室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、」にいう「室温の低下」に該当するのは、(x)の室温16℃への低下であり、(vii)の0・8℃の低下ではない。したがって、被告方法は、「やく」発生時からエチレンガス抜き時(クライマクテリック・マキシマム時)までの間、一定時間室温が維持されており、「やく」が発生すると直ちに室温を低下させているものではない。

 したがって、構成要件Cを充足している。

zu

F乙の主張

 本件発明においては室温がいったんT2に達すれば、最終的に室温を下げて換気する時期まで、その温度をずっと変更せずに維持する。

 他方、被告方法においては、加工開始に際して室温が一定温度に設定されるが、果肉温度がX2となる時刻として予め設定された時刻の一定時間前に果肉温度を計測して、果肉温度X2が予め設定された発生予測時刻に発生するように室温を上げるか下げるかして変更する。

 また、本件発明においては、バナナの果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度として設定したT3に達した後も、室温の方はさらに一定時間当初の室温T2を維持し続ける。他方、被告方法においては、バナナの果肉温度が設定値X2になると直ちに室温を下げる。

 上記のとおり、被告方法は、果肉温度がX2に達する一定時間前に室温を変更し、また、果肉温度がX2に達した後は直ちに室温を下げるのであるから、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始」という用語の意味をどのように解しようとも、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」を充足しない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、本件明細書上の特徴が次の点にあると認定しました。

(I)本件明細書上は、次の2点に特徴があるとされているといえる。

 (ア) エチレンガスの注入タイミングとその後の換気タイミングをバナナの果肉温度を基に行っている点(構成要件B及びC)

 (イ) その後の換気をCO2ガス発生量を基に行っている点(構成要件D)

(II)以上を踏まえて本件発明の技術的意義について検討する。

 通常のバナナの追熟工程を整理すると、

 (a)室内での換気と加温、

 (b)エチレン注入、

 (c)一定時間室を密閉してクライマクテリック・ライズを誘発、

 (d)室開封による換気、

 (e)換気しながら徐々に降温、

 の各工程に分類することができる。

(III)これに照らしてみると、本件発明の構成要件Aは、(a)の「室内での換気と加温」に対応する工程であるといえる。そして、前述の特許出願の技術水準からすると、構成要件Aのうち、換気を一定時間ごとに行う点、換気を二酸化炭素ガス発生量を検出して行う点はいずれも公知技術であり、構成要件Aはこれらの点を自動制御に適用したにすぎない。

(IV)次に、本件発明の構成要件Bは、(b)の「エチレン注入」に対応する工程であるといえる。そして、前記(1)からすると、エチレン注入のタイミングを果肉温度に基づいて決定する点は公知技術であるから、構成要件Bは、それを自動制御に適用したにすぎないものと認められる。本件明細書には、この点を本件発明の特徴の1つとする趣旨の記載があるが、上記に照らして採用できない。

(V)次に、本件発明の構成要件Cは、(c)(d)(e)の「一定時間室を密閉してクライマクテリック・ライズを誘発」と「室開封による換気」と「換気しながら徐々に降温」の一部に対応するものといえる。そして、構成要件Cでは、エチレン注入後の換気と降温のタイミングを果肉温度の検出を基に決定しているが、この点は公知技術には見られないものであり、また、その技術に基づいた自動制御技術も公知技術には見られない。したがって、同知見に基づいて具体的な自動制御方法を構成した点に、本件発明の特徴があると認められる。

(VI)本件発明の構成要件Dは、(e)の「換気しながら徐々に降温」に対応するものであるといえる。特許出願時の技術水準に照らせば、これも、換気をCO2ガス発生量に基づいて行う点を含めて、公知技術を自動制御に適用したものにすぎないと認められる。

(VII)以上の検討からすると、本件発明の特徴は、構成要件Cで「さらに前記果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、」とする構成の方法を採用し、エチレン注入後の室温の維持と加温停止による室温の低下及び室内空気の換気のタイミングを果肉温度の検出を基に決定する具体的な自動制御方法を開示した点にあると認めるのが相当である。

zu

A裁判所は、文言上の充足の有無に関して次のように判断しました。

(a)原告の択一的請求@〜Bに関して、「醗酵開始温度T3に達すると」の意義を、@呼吸作用の急激な上昇を開始する時点(クライマクテリック・オンセット)と解するべきか、B呼吸作用がピークに達する時点(クライマクテリック・マキシマム)と解するか、Aその中間の時点と解するべきか、という点に関して、明細書及び図面の記載からAは採用できないが、@Bのいずれも採用することが可能であり、一義的に確定できないと当裁判所は解する。

(b)被告方法において、「果肉温度設定値X2」は、「やく」発生の理想果肉温度であってバナナの生化学反応のピークとなる時点の果肉温度を意味し、バナナの果肉温度が設定値X2になると直ちに室温を下げる方法を採用している。

 そうすると、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始温度T3に達すると」という用語の意味を、控訴人主張の択一的主張@バナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇を開始する時点(クライマクテリック・オンセット)、同Aバナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇が開始された(クライマクテリック・オンセット)後、呼吸作用がピークに達する(クライマクテリック・マキシマム)までの間の時点としても、上記のとおり、被告方法は、「やく」発生の理想果肉温度であってバナナの生化学反応のピークとなる時点の果肉温度X2を検知しているにすぎず、それ以前の控訴人主張の択一的主張@バナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇を開始する時点(クライマクテリック・オンセット)や、同Aバナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇が開始された(クライマクテリック・オンセット)後、呼吸作用がピークに達する(クライマクテリック・マキシマム)までの間の時点の果肉温度、すなわち構成要件Cの「バナナの醗酵開始温度T3」を検出していないのであるから、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」という要件を充足しない。

(c)次に、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始温度T3に達すると」という用語の意味を、控訴人主張の択一的主張Bバナナの追熟過程において呼吸作用の急激な上昇がピークに達する時点(クライマクテリック・マキシマム)としても、果肉温度がX2に達した後は直ちに室温を下げるのであるから、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」という要件を充足しない。

(d)したがって、本件発明の構成要件Cの「バナナの醗酵開始」という用語の意味をどのように解しようとも、「バナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させる」という要件を充足しない。

(e)控訴人は、被告方法も、果肉温度X2を検知する前に択一的主張@、Aによる「バナナの醗酵開始温度T3」(クライマクテリック・オンセットの時点やクライマクテリック・オンセットとクライマクテリック・マキシマムの間の時点の温度)を必然的に経由すると主張する。

 しかし、バナナの追熟過程で上記状況を経由することは当然であり、経由しただけでは同一の方法といえないのであって、本件発明は、バナナの追熟加工に関する自動制御方法の発明であるから、どのような因子が、どのような状態になったことを検出して、どのような自動実行処理を行うのかという点が重要であり、検出すべき果肉温度の内容が異なれば、当然に異なる方法となるところ、被告方法は、果肉温度X2を検知する前に択一的主張@、Aの意味による「バナナの醗酵開始温度T3」(クライマクテリック・オンセットの時点やクライマクテリック・オンセットとクライマクテリック・マキシマムの間の時点の温度)を検出していないのであるから、同一の方法といえない。

B裁判所は、文言上の充足の有無に関する判断を裏付けるために特許出願の経過に基づいて禁反言の原則を用いました。

(a)請求の範囲の「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し」という要件に関して、

・特許出願の当初の請求の範囲の「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度に達すると、一定時間経過後に室内の空気を換気し」とされており、

・拒絶理由通知において、特許出願前の公知文献を指摘されて「バナナの追熟を行う際に、バナナの醗酵開始時期や貯蔵室の換気時期等の決定をバナナの果肉温度により行うことは、引用例2、3に記載されているように出願前周知であったと認められるから、引用例1記載のバナナ追熟加工自動制御方法において、バナナの醗酵開始時期や貯蔵室の換気時期等の検知を、バナナの果肉温度を検出する果肉温度センサの出力に基づいて行うようにすることは当業者が容易に想致し得ることと認められる。」(進歩性の欠如)と指摘され、

・手続補正書で「一定時間室温T2を維持した後に」という要件を追加するとともに、

・意見書で「本願発明は室温T2となるまで室を加温し、果肉温度が温度T1即ちエチレンガスがバナナの醗酵のために最も効果的に作用する温度になると、一定時間エチレンガスを室内に注入して醗酵を促進させている。さらに、果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3になると室温T2を一定時間維持した後に加温を停止し室温を下げるようにしている。そして室温T2は前記温度T3よりやや低く設定している。前記した制御方法は最近に於けるこの分野の研究成果に基づく新規性、進歩性のある方法であり、引例1とは全く異なるものである。」と主張している、

 という特許出願の経緯を考えると、“果肉温度を著しく低下させない程度に室温を低下させることも含まれる”という主張することは、出願経過禁反言の原則から許されない。

Cまた裁判所は、均等論による侵害の成否に関して次のように判断しました。

(a)上記本件発明の特徴と特許出願の経過からすれば、構成要件C、すなわち、「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し、」という方法は、その前提となる技術的知見も含めて公知技術には見られないものであって、本件発明特有の課題解決手段を基礎付け、本件発明に係る自動制御方法において中核をなす本質的部分であるというべきである。

(b)したがって、被告方法は、本件発明の本質的部分において本件発明と構成が異なるものというべきであるから、本件発明と均等とはいえない。


 [コメント]
@本件では特許出願人が補正により請求の範囲に追加した要件に関して広狭2つの解釈が争われ、裁判所が包袋禁反言の原則に基づいて広い解釈を退けた事例です。
包袋禁反言の原則とは

A具体的には、請求の範囲の「果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3に達すると、一定時間室温T2を維持した後に加温を停止し室温を低下させるとともに、室内の空気を換気し」という要件に関して、

 原告は、“一定時間室温を維持する”と言っても、“(醗酵開始温度に達してから換気までの間の)全ての時間とは言っておらず”、発明の意義から“果肉温度を著しく低下させない程度に室温を低下させることも含まれる”と主張していました。

B特許出願人は、手続補正書で「一定時間室温T2を維持した後に」という要件を追加するとともに、

・意見書で「本願発明は室温T2となるまで室を加温し、果肉温度が温度T1即ちエチレンガスがバナナの醗酵のために最も効果的に作用する温度になると、一定時間エチレンガスを室内に注入して醗酵を促進させている。さらに、果肉温度が上昇してバナナの醗酵開始温度T3になると室温T2を一定時間維持した後に加温を停止し室温を下げるようにしている。そして室温T2は前記温度T3よりやや低く設定している。前記した制御方法は最近に於けるこの分野の研究成果に基づく新規性、進歩性のある方法であり、引例1とは全く異なるものである。」と主張しました。

C「室温T2を一定時間維持した」ことだけを取り上げて“新規性、進歩性のある方法”と主張した訳ではありませんが、裁判所は特許出願時の技術水準と対比して当該箇所に発明の技術的意義が存在すると認定し、“室温を一定時間維持し”を緩める方向に解釈することは禁反言の原則に反すると判断しました。

D特許出願の明細書を作成する段階で、“室温を一定時間維持し”の“維持”とは、“果肉温度を著しく低下させない程度に室温を低下させることも含まれる”と明細書に記載しておれば、裁判所の判断も違っていたかもしれません。そうしたことは明細書には記載されておらず、図面での温度変化の説明図でも、当該一定時間の温度は完全に一定ですので、裁判所が上記のように判断したのは当然と思われます。


 [特記事項]
 
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