[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 John T. Rauenは、“チューブカップリング”と称する発明について特許出願(US PA Serial 87,979)をしましたが、4つの先行技術から自明である(進歩性を欠く)ことを理由として審査官により拒絶され、審判部も当該拒絶を支持する審決をしたため、本件訴訟を提起しました。 A本件特許出願の請求の範囲 外部ショルダー部分を有し、一本のチューブを受け持つ(receive)第1手段と、 第1手段と突き合わされ(engaged)、同じチューブを受け持つ第2手段と、 前記チューブを一端でクランプする、柔軟なメタル製の第3手段と、 第1手段及び第2手段の間に設けられた第4手段と を具備するチューブカップリングであって、 前記第3手段は、前記一端でチューブをクランプするとともに他端をチューブに食い込ませてカップリング内にチューブを支持させるとともに、組立プロセス中の第1手段及び第2手段の相対的な動きによって液体のリークを生じないように第3手段をシールするように設け、 第4手段は、第1手段の外部ショルダー部分とコンタクトしてその相対的な動きを制限することで、一定の限度まで第3手段の変形を制限し、第3手段の変形を視覚的に認識できるようにしたことを特徴とする、チューブカップリング。 B本件特許出願の発明の概要 (a)本件発明は、“エルメト”(※)タイプのカップリングの改良に関するものである。この種の伝統的なカップリングは、チューブ接続用ボディとナットとスリーブとの3つのパーツからなる。 (※)…エルメトは、ギリシャ語に由来する造語であり、シールすること意味する。 チューブ接続用ボディは、広がった口部(フレア口)と2つのチューブの各端を突き当てるためのショルダーとを有する。 スリーブは、硬くかつシャープな内側エッジを有し、前記ボディにナットを締め付けることによって撓み、内側エッジがチューブに食い込み、高圧シールを達成させる。 (b)伝統的なエルメト・カップリングは、広い賞賛を得たが、正しく組み合わせないと不完全な接続を生ずる。この仮にナットが過度に回転させられると、スリーブはチューブに食い込み過ぎる。そのダメージはリークを生じチューブの寿命を短くするとともに、耐振動性が低下する。ナットが不十分に回転させられると、スリーブが十分に食い込まないので、適正なシール及びチューブの保持が達成されない。 (c)カップリングの締め付け及び再組み付けに伴う別の問題は、特許出願人の明細書に記載されており、かつ伝統的なカップリングの2つのブランドに付随するインストラクション(説明書)により説明されている。このインスチラクション(製造メーカーのカタログ)によれば次のプラクティス(操作手順)が解説されている。すなわち、ナットは指での締め付け限度まで螺合させた後に奥へ進入させる。同様に再組み立ての際には前回の組み付けよりも1/8ターン分だけ深く螺進させる。 (d)締め付け時に固有の不正確さはチューブに対するダメージとなり、リーク及び振動ストレスの下での短寿命化として現れる。この問題を解決するために原告(特許出願人)は、ナットに対して内側ストップ又はこれと等価のストップリングを設ける。このストッパは、正確な締め付けに対するフールプルーフガイド(誰にでも実現可能なガイド)を提供する。このストッパは、指で締め付けの後に所定の回転操作を行うことを不要とする。特許出願人は、また再組み付けの際に(前回よりもさらに)螺進させることが不要になることを見出した。従ってストッパは適正な再組み付けを可能とする。 C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。 ・Kreidel特許(米国特許第2,139,413号) ・Wiltse特許(米国特許第2,226,039号) ・Stranberg特許(米国特許第2,511,134号) ・Zeller特許(米国特許第3,097,870号) Kreidel特許及びZeller特許は、前記インストラクションに記載された伝統的なエルメトタイプのカップリングを開示している。 Wiltse特許(米国特許第3,097,870号)は、流体ラインカップリングのナットに設けられたストッパ28を開示している。同特許は、ゴム製シールリングを有し、当該リングは、第2セクション12に作用するナット(第3セクション13)によって、チューブと強制的に突き合わられる。突き合わせによるプレッシャーは、チューブが有する刻み目31とストッパ28との相互の動きを制限させ、締め付け圧力と刻み目の深さを一定の範囲にコントロールする。 [Kreidel特許] [Wiltse特許] a…本体相当部分 c…スリーブ相当部分 20…ストッパ相当部分 d…ナット D本件特許出願に対する審決の内容は、次の通りです。 審査官は、本件特許出願の各クレームがWiltse特許を参照してKreidel特許又はZeller特許から自明なもの、進歩性を有しないものとして拒絶した。審判部は、次の理由で本件特許出願の拒絶を支持した。 “当業者は、Wiltse特許のストッパショルダーに関する教示をKreidel又はZellerの発明に適用することを自明と考えるであろう。前記の教示は、類似の技術においてクランプの深さ及び当該箇所の変更を適当な程度に規制し、これを(観察者に)表示するものであることを、当業者であれば気づく筈だからである。 E特許出願人の主張は次の通りです。 [主張1]複数の文献を組み合わせることの示唆は、それら文献自体よりも特許出願人の明細書に依拠する。 [主張2]エルメト式のフィッテング(fitting)を開示するKreidel又はZellerの教示だけでなく、前述の再組み付けの際の注意事項を含めた事業者の知識及びコマーシャル・プラクチスをも考慮するべきである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許出願の審決に関して次のように認定しました。 当裁判所は、特許出願人の議論を十分に吟味した上で、審判部の決定に同意する。 我々は、Wiltse特許が流体ラインのパーツ同士の最適なシール関係を実現するためにストッパ部材を設けることの十分な証拠となると考えるからである。 Wiltse特許は、ショルダーをスリーブに当接させることにより、流体カップリングのシール状態を決定する手段を開示している。 A裁判所は、特許出願人の主張1に関して次のように判断しました。 (a)我々は、複数の文献を組み合わせることの示唆が特許出願人の明細書に依拠するもの(いわゆる後知恵)であるという主張に同意しない。 (b)確かに、特許出願人の指摘する通り、“エルメト・フィッチングが古く、ストッパ自体も古いことから、ストッパをエルメト・フィッティングに適用することが自明であるという回答は導かれない(no answer to say that…..)”という考え方は正しい。しかしながら、Wiltse特許は、ストッパだけを開示しているのではなく、部材同士のコンビネーションであるチューブカップリングの一つのパーツとしてストッパを開示しているのである。そしてチューブカップリングは、本件特許出願の発明の主題である。従って、チューブカップリングにストッパを使用することは新しくない。 (c)Wiltse特許は、ストッパの目的を次のように説明している。 “本発明の他の目的は、嵌合箇所の対応部分が弾性力部材(resilient member)への圧搾を制限する手段を有する連結を提案する。これにより、対応部分を相互に一定の深さでアジャストさせたときに、チューブ内の刻み目に対する弾性力部材の深さが予め定めた所定深度となる”(第1頁左欄第49〜右欄第2行目) “第3セクション13の環状プロジェクション28を第1セクション11の多角形ボディ14に突き合せることにより、シーリングリングCの圧搾圧力を制限する。これにより、圧搾作用による刻み目31の深さをコントロールし、予め設定された深度とすることができる”。(第2頁右欄第42〜50行目)。 (d)ストップ・フリーのKreidelのカップリングに着目すると、Wiltseのチューブカップリングにストッパを使用するという概念自体が、当業者にとって特許出願人がクレームした要素のコンビネーションを示唆している。 複数の文献を総合することにより、カップリングの複数の要素を特許出願人がクレームした通りに組み合わせることが自明となる。279 F.2d 689 In re Bellingley A裁判所は、特許出願人の主張2に関して次のように判断しました (a)当裁判所は、エルメトカップリングのコマーシャル・プラクティスに関する意見に納得できない。 特許出願人によれば、“エルメト式のフィッテング(fitting)を開示するKreidel又はZellerの教示だけでなく、前述の再組み付けの際の注意事項を含めた事業者の知識及びコマーシャル・プラクチスをも考慮するべきである。 ナットの締付けを絵資源するためにチューブカップリングにおいてストッパを用いることはKreidelにとって馴染みのあったことは明らかである。しかしながら、Kreidelが彼のエルメト・フィッティングの発明をするときに、ナットの締付けを制限するためにストッパその他の手段を組み込むことをしなかった。何故なら、Kreidelは、他のコマーシャル・フィッテングの事業者と同様に、良いシールを得るためには再組み付けの際によりしっかりと締め付けることが必要であると考えていたからである。Kreidelの先行特許は、良い再組付けを保証するためにストッパや計測手段をエルメト・フィッテングに付加することが自明でないことの明らかな証拠となる。Kreidelは、彼の特許からストッパを省略した。これは彼が、他の事業者と同様にナットを深く噛み合わせるためにナットを自由に動かせるようにすることが必要であると考えていたからである。従って特許出願人のアイディは、Kreidel及び他のユーザーの教示と正反対である。” (b)当裁判所は、コマーシャル・プラクチスを考慮することの重要性には同意するが、本件特許出願の場合には、それが非自明性(進歩性)の立証に繋がらない。本件のコマーシャル・プラクチスは、エルメト・フィッテングに言及するのみであり、これに比べて特許出願人の発明が優れていることを十分に示している。しかしながら、前記コマーシャル・プラクチスは、当業者の一人であるKreidelがストッパを拒否(reject)しているとか、殆ど考慮していない(much less considered)ということを示していない。その効果に関して推測をすることはできるが、教示の組み合わせの明らかさに反論するには至らない。 345 F.2d 847 In re Cline |
[コメント] |
@我が国の進歩性審査基準には、特許出願人の発明に想到する動機付けの一つとして、課題の共通性、作用・機能の共通性を挙げています。こうした解釈の起源を考察する材料として、外国の事例でありますが、本事例を紹介しました。 A本事例において、主引用例と副引用例とは、ボディに対するナットの締め付けにより、ナットに外端を係止させたスリーブの内端がボディ側へ圧接されるという作用において共通しており、そして副引用例には当該作用を有するチューブカップリングにおいて、前記締め付けを制限するストッパをナットに設けることを教えています。 Bまた副引用例は、発明の目的の一つとして、前記チューブカップリングにおいてスクイージングの圧力を軽減する手段を提供することを明確に述べています。 C副引用例は、先端大径のテーパ状の内周面を有するフレア口をボディに形成して、フレア口内に挿入されるチューブとフレア口の内周面との間にスリーブの一端を挿入できるように設け、ナットでの締め付けによりシール性を向上させるというエルメト・カップリングの利点を備えていませんが、そのことは、主引用例に副引用例を適用することとは無関係であり、発明の課題や作用・機能の共通性から副引用例を主引用例に適用することの妨げとなるとは考えられません。 D特許出願人は、主引用例のコマーシャル・プラクチス(商業的手順)から進歩性を裏付けようと試みますが、それは特許出願人の発明が主引用例よりもある程度優れていることを証明するに過ぎず、 ・当業者が予期しない顕著な効果というには足りないし、 ・特許出願人の発明に至る方向と反対の方向(teaching away)に当業者を導く事柄であるとも言えません から、結局、本件特許出願の進歩性を認めることはできないと考えられます。 |
[特記事項] |
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