[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 Linnertは、名称を“ステンレススチール及びスチール製品”とする発明について特許出願をしましたが、5つの先行技術から自明である(進歩性を欠く)ことを理由として審査官により拒絶され、審判部も当該拒絶を支持する審決をしたため、本件訴訟を提起しました。 A本件特許出願の請求の範囲 2. 良好な溶接特性を有する析出硬化系(precipitation-hardening)ステンレススチールであって、16.00〜18.00%のクロム、6.50〜7.75%のニッケル、0.75〜1.50%のアルミニウム、最大で0.09%の炭素を有し、 0.05〜0.20%のチタン、0.10〜0.40%のジルコニウム、0.30〜1.00%のウランのグルームのうちの一つを有し、 残りは実質的に全て鉄であることを特徴とするステンレススチール。 ※析出硬化…過飽和状態の固溶体を時効(熱処理により材料内部で原子が拡散して経時的に材料の性質が変化すること)させることにより、固溶体は相分解し、析出相が固体内に均一微細に分散し、合金の硬度が上昇すること。 6. 析出硬化系ステンレス及び熱溶接を有する溶接製品(welded article)であって、 析出硬化系ステンレスは、クレーム2に記載の要件を有する製品。 B本件特許出願の発明の概要は次の通りです (a)本発明は、クロム、ニッケル、又はアルミニウムを含む特定のクラスのスレンレス合金に関する。特許出願人の明細書によれば、そのクレームに記載した割合でクロム、ニッケル、又はアルミニウムを含むステンレススチール合金は析出硬化オーステナイトスチールとして周知である。このスチールは、重量に対して強度が高く、航空機産業において有用である。 ※オーステナイト…鉄のγ鉄に炭素や合金元素などの他の元素が固溶したもの (b)特許出願人は発明の目的に関して次のように記載されている。 “溶接を行う場合、特に不活性ガスタングステンアーク技術を用いて、例えば1分間に25インチという如く相当の溶接スピードで溶接する場合には、母材と硫黄節部とが接する領域(溶接ビードの側方)において気孔(porosity)が発生することがある。これらの気孔は、多数のポケットとして現れ、脆弱な領域を拡大させる。特に気孔が生じた箇所では、局所的なストレスの集中及び終局的な破壊を生じる。 我々の発明の目的は、前述の不都合を回避し、不活性ガス・タングステン・アーク技術などの手段を用いて、迅速にかつ確実に溶接することができ、気孔を生じずに健全な溶接が可能となる、クロム・ニッケル・アルミニウム析出硬化系オーゼンティックスチールを提供することである。” (c)さらに特許出願人の明細書には次のように開示されている。 “我々は、クロム・ニッケル・アルミニウム析出硬化系ステンレススチールの溶接、特に不活性ガス・タングステンアーク技術を用いた溶接では、溶接ビードが母材(base material)にエッッスル領域に相当数の非金属インクルージョン(含有物)が現れることを発見した。これら非金属インクルージョンはもともと母材ないに存在していたのである。我々の考えでは、溶接アークの強烈な熱の本で溶接金属が高温となり、溶接箇所の両側の幾らかの非金属インクルージョンが分解して、ガスを発生する。そして発生したガスの幾らかは溶接箇所が固まるに連れてそこに捕捉されるのである。 我々の調査では、障害となる非金属インクルージョンは、窒化アルミニウム又はアルミ炭であると推察される。我々は、ステンレススチールの溶接肯定の間に0.02%〜0.06%の窒素を獲得することを見出した。溶接するのが誘導炉であるか電気アーク炉であるかは問題ではない。そしてそれらの窒素はアルミニウムに結びつく。窒化アルミニウム又はアルミ炭の分解により発生して発生して問題を引き起こすのは窒素なのである。” (d)特許出願人は(明細書において)当該技術分野に存在する問題及び彼らが理解する問題の原因を指摘した後にその解決方法について次のように解説した。 “我々(特許出願人)は、析出硬化系オーステナイト・クロム・ニッケル・アルミニウムに一定量のチタンを添加することにより障害となる気孔が劇的にかつ著しく減少することを発見した。” 特許出願人は、さらに少量のジルコニウム又はウランが気孔を減少させることを指摘した。チタン、ジルコニウム又はウランの含有量を変えてステンレススチールの溶接テストを行った結果が特許出願人の明細書に記載されている。 (e)以上のことを要約すると、本件特許出願の明細書には次のことが記載されている。 ・当該分野の産業が直面している問題は、クロム・ニッケル・アルミニウム・ステンレススチールの溶接ビード内の障害となる気孔に起因すること。 ・特許出願人は、気孔の原因が溶接時に熱分解されて窒素ガスを発生する、窒化アルミニウム又はアルミ炭のインクルージョンにあると考えたこと。 ・特許出願人が提案する問題の解決手段は、クロム・ニッケル・アルミニウム・ステンレススチールに特定量のチタン・ジルコニウム・ウランのいずれかを添加することにより溶接ビード中の障害となる気孔がを低減することであること。 C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。 Goller (1) US Pat 2,506,588 (May 2,1950) Goller (2) US Pat 2,505,762 (May 2,1950) Nisbet US Pat 2,564,498 (Aug.14., 1951) Pakkala US Pat 2,738,267 (Mar.13. 1956) 英国特許 407,052 (Mar.9. 1934) D審査官が本件特許出願を拒絶した理由は、次の通りです。 (a)まず拒絶理由の骨子(審判部によって支持されたもの)を示す。 [a]Nisbet特許、Pakkala特許、又は英国特許のいずれかを参照してGoller特許(1),(2)から本願発明は自明である。 [b]Goller特許(2)からも本願発明は自明である。 (b)Goller 特許(1)は、特許出願人の明細書にクロム・ニッケル・アルミニウム・スチールが公知であることの例示として挙げられたものである。当該特許は、クロム・ニッケル・スーチルには、特別の目的からコロンビウム(ニオビウムの旧称)のような様々な要素が添加される旨が開示されている。同特許には次の記載がある。 “幾つかのクルム・ニッケル・ステンレススチールは、チタン又はコロンビウムを添付することにより、熱処理による硬化によく対応することが知られている。それらの成分の量は、熱処理の臨界形態において存在するほかの要素に対して析出硬化を生ずるように設定された所定の比率によって定められる。しかしながら、コロンビニウム及びチタンは、比較的に高価な素材である。クロム・ニッケ・ルチタンスチール又はクロム・ニッケル・コロンビウム・スチールは、さらに焼きなまし状態からの硬化に必須な要素としてストレスを含んだフェライトを含んでいる。従って我々の発明の目的の一つはクロム・ニッケル・アルミニウムスチール及びその手段ではって、当該スチールが多数の異なる製品に組み込まれるものと提供することである。当該製品は、熱の硬化によるスケーリング及び歪みを生じない程度の低温度で硬化することができる。また当該製品は、未硬化の組み込み前の状態で充分に安定であり、運搬途中の寒い気候中で不十分な効果を生じにくい。” 前記の抄録からすると、Goller特許(1)は、特別な目的のためにクロム・ニッケル・スチールにチタンを使用し得ることを開示しているが、クロム・ニッケル・アルミニウムスチールにチタンを用いることを開示していないし、そのスチールを溶接に用いることを開示していない。 (b)Goller特許(2)もまた、特許出願人の明細書に掲げられていた文献であり、クロム・ニッケル・スチールにチタンを特別の目的で用いることを開示している。同文献によれば、 “チタンもまた窒素と結びつこうとする強い傾向(thirst)を有し、窒化物の形で結合する。これに伴い硬化の作用の低減を生ずる。” 明細書の残りの部分から明らかなように、この引用発明の特許権者はチタンを伴うクロム・ニッケルアルミニウムについても溶接についても開示していない。Goller特許(1)と同様に、Goller特許(2)の目的は、析出硬化可能なスチールであって、析出硬化剤として、より高価なチタンの代わりに、一定の比率のアルミニウムを添加することである。 (c)Nisbet特許は、とりわけ高強度、延性(ductility)、高温での耐食性(corrosion resistance)を有する合金に関するものである。同文献によれば、 “このプロセスは、揮発性不純物を取り除き、合金中の酸素成分及び窒素成分を低減するステップを含む。いずれのプロセスも高いレベルの純化を達成するものではないが、それぞれのステップが純化に貢献すると考えられる。” Nisbet特許のプロセスのステップの一つは酸素又は窒素に対して親和力を有する要素(明細書ではgetterと称している)を導入するものである。その”getter”の一つとしてチタン及びジルコニウムが挙げられている。この明細書では溶接についての言及はない。 (d)Pakkala特許は、所定量のクロム・ニッケル・アルミニウムを有するスチールを開示しており、その数値は本件特許出願でクレームされた数値範囲に含まれている(チタンに関しては約0.25%又は0.25%以下)。Pakkala特許は、溶接について言及していないが、チタンを減らすとともに、スチール中のコロニウムの量を調整することにより、非金属要素の偏析(segregation)の形成及びチタン・シアン窒化物の凝集を低減できると開示している。 (e)英国特許は、ステンレススチールを溶接させた時にフリーカーバイドの形成により、結晶間脆弱性(inter-crystalline weakness)が生ずる問題に言及している。この問題は、一定量のチタンを含む溶接棒を使用することにより軽減される。同文献によれば、 “チタンの効果は正にチタン・シアン窒化物というべき形態に配置しかつ固定することである。チタン・シアン窒化物は非常に安定であり、熱処理によって影響を受けない。またチタンは脆弱性の別の原因であるグレイン(結晶粒)の過剰な成長を防ぐ効果があるらしい。” (f)英国特許は、クロム・ニッケル・スチールに関するものであるが、クロム・ニッケル・アルミニウム・スチールにも溶接ビード中の気孔の問題にも言及していない。 E審判部が審査官による本件特許出願の拒絶を支持した理由は、次の通りです。 (a)我々は、審査官が特許出願の拒絶の根拠とした先行技術を十分に検討し、少量のチタンをスレンレススチール合金に添加することの好ましい効果について十分な根拠があると結論する。特許出願人はその合金を作り出すに当たってそれらの教示に従ったに過ぎないものと認められる。明細書の第4ページには溶接弱さの原因が窒素ガスにあると記載されており、このことは、我々の考えでは、窒素ガスに関連してチタンを使用することに結びつく。何故ならチタンの作用及び昨日は先行技術によって開示されているからである。以上の理由から審判部は本件特許出願に対する拒絶を支持する。 E原告(特許出願人)は次の理由から審判部の決定が間違っていると主張しました。 ・英国特許以外の先行技術はクロム・ニッケル・アルミニウムステンレススチールの溶接特性を改善するという問題に言及していないこと。 ・英国特許は溶接中の気孔の問題に言及していないこと。 従ってどの先行技術も特許出願人が直面していた問題の原因を認識していないから、その解決手段に言及していない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許出願の審決に関して次のように分析しました。 (a)(特許出願人の発明は先行技術から自明であるから特許することができない旨の)審判部の決定の是非について判決を下すに際しては、特許出願人の発明の全体を丁寧に分析するべきである。 (b)そして特許出願人の明細書には既にサマライズしたように次のことが記載されている。 ・クロム・ニッケル・アルミニウムの溶接時に気孔の存在が問題になることへの気付き ・問題の原因が溶接の熱によりアルミ窒化物又はカーボ窒化物から窒素ガスが生ずることにあるという認識。 ・一定量のチタン、ジルコニウム、又はウランを導入することにより窒素ガスが低減し、前記問題が解決できること。 (c)前述の通り、原告(特許出願人)は、彼らの発明が溶接ビードの気孔の原因又はこれらへの対策を含んでいるのに対して、先行技術は問題の認識及び原因を示唆していないから、溶接中の気孔の問題への解決策を示唆していないと主張している。 (d)当裁判所は、発明全体を考慮して、当該発明の時点(※)にいて先行技術が当業者をしてクロム・ニッケル・アルミニウムスチールの溶剤中の気孔の問題を認識させるに至らないものであったことに関して原告である特許出願人に同意する。 (※)…判決当時の非自明性(進歩性)の判断時は発明時でした。現在では原則として特許出願の時です。 (e)当裁判所は、Nisbet特許特許がチタン又はジルコニウムが窒素を奪うもの(getter)となる旨を示唆する点では被告である審判部に同意する。しかしながら、これは問題の解決の手段であり、発明の一部に過ぎないのである。非自明性(進歩性)の規定は、発明を全体として評価することを要求している。 A裁判所は、先行する判例を引き合いに出して、前述の本件特許出願の審決に関して次のように判断しました。 (a)In re Anton 272 F.2d 948において、非自明性(進歩性)が問われる発明(以下参考発明という)に関して産業界が直面していた問題は、大きな荷重を受けながら高速で着陸する飛行機のタイヤの破損であった。 この訴訟(日本でいう審決取消訴訟)の原告(参考発明の特許出願人)は、その破損の原因が遠心力及び高い空気圧によりタイヤの踏み面の中央部に生ずるストレス(応力)集中にあると考えた。そしてこの問題の解決策として、“多数の補強コード(reinforce cord)”を設けるなどによりストレスの集中を緩和することを提案したのである。 この参考事例において裁判所は次のように述べた。 “明らかな問題は、単に大荷重かつ高速で着陸する飛行機のタイヤの破損である。特許出願人たる原告は自身の分析により破損の原因を突き止め、そしてその解決策を見出したのである。この手の事件では、Eibel Process Co. v. Minnesota & Ontario Paper Co. 261 U .S. 45での最高裁の指摘を忘れてはならない。すなわち、特許出願人に独占排他権を与える根拠となる発明的な行為は、問題の原因(source of trouble)を発見すること、及び、その解決策を適用することのいずれにも存在し得る。” 同様の見解を示した先例として、In re Pennington 241 F.2d 750, In re Shaffer 229 F.2d 476, In re Tanczyn 202 F.2d 785 を参照されたい。 A裁判所は、被告である米国特許商標庁の代理人の主張に関して次のように判断しました。 (a)前記代理人は、特許出願人のクレームは適用に拒絶された旨を主張する。その根拠は次の通りである。 前述の各ケースの発明を特許出願した原告はそれぞれの問題を解決しているが、その問題を解決したところの物理的手段(physical means)は、裁判所が米国特許商標庁によって不適法に拒絶された特許出願のクレームに記載されていたものである。これに対して、本事案において、“気孔”という用語は本件特許出願のクレームに記載されていないし、クレームを検討するのに必要な要素でもない。なぜならば、クレームの言い回しは、特許出願人のスチールが溶接を伴う用途に使用されることを限定していないし、気孔の生成に結びつくような態様で溶接される旨の記載もない。 (b)当裁判所は、特許庁代理人の論拠を理解することができない。何故ならば前述の問題を解決するための物理てき手段は、我々の考え方では、当該特許出願のクレームに記載された少量のチタン・ジルコニウム・ウランを含有することだからである。前記代理人は、問題の解決手段を気孔であると把握しているようであるが、それは問題とその解決手段とを混同し、発明を正しく理解していないということになる。その主張がどういう意味であるかに関わらず、審判部及び代理人は、当裁判所が発明のエッセンスであると認識しているもの、すなわち、溶接気孔の原因を特定することを無視しているように思われる。溶接気孔の原因を特定することは、発明全体の不可欠の一部である。従って、複数の先行技術の組み合わせからも、単独の先行技術(Gollar特許(1))から、特許出願人の発明は非自明のもの(進歩性を有するもの)と認められる。 (c)仮に特許出願人の明細書を参酌すれば、溶接気孔の問題の解決手段を先行技術の組み合わせから見出すことは自明であろう。しかしながら、このようなハインドサイト(後知恵)的な手法は、特許法第103条の非自明性(進歩性)の規定では許されていない。発明の全体を先行技術と比較することを明らかにしているからである。 In re Rothermel and Waddell 276 F.2d 393 すなわち、特許出願人が教示した事項(窒素ガスがスレンレススチールの溶接特性を悪くしている)に先行技術(窒素を捕捉するもの”getter”としてチタンが有効である)を適用することは当業者であれば容易であろうし、教示された事柄が示唆するように各構成要素を再構成して特許出願人の発明に想到することも容易である。こうした再構成は、特許出願を拒絶する理由を合理化するのに“魅惑的な方法”(alluring way)に見えるが、そうしたことは特許法において許されていない。前述の通り、特許法第103条は、発明全体を先行技術と比較するべきとしているからである。 以上の理由から、審判部の決定は取り消される。 |
[コメント] |
@本事例では、裁判官判は、非自明性(進歩性)の判断にあたり、 先行技術と特許出願人の発明の全体とを比較しなければならないとした上で、 ・発明が解決しようとする問題の原因を明らかにすること、 ・問題を解決する手段を考え出すこと のどちらかが先行技術から自明でなければ発明全体として自明ではないと判示しました。 ここで問題とは、所定の組成のステンレススチールを溶接すると溶接箇所に多数の気孔が生じ、脆弱性などの欠点を生ずることであり、 問題の原因とは、溶接時の熱により素材中の含有物が熱分解して窒素ガスを生ずることであり、 問題の解決手段とは、窒素を捉える物質(チタンなど)を少量添加することです。 米国特許商標庁は、気孔に関する記載は特許出願人のクレームには記載されていないと反論しましたが、認められませんでした。物の発明の場合に、その物の用途まで限定する必要はないので、裁判所の判断は当然であると思料します。 A日本の進歩性審査基準で言えば、チタンを添加して窒素を捕捉させることは、一見すると、単なる設計的事項に相当するように思えます。しかしながら、そもそも、所定の組成のステンレススチールを溶接すると気孔が生ずると言う現象のメカニズムが分かっていないので、チタンを使用して窒素ガスの発生を抑えるという思想に相当する動機付けがありません。 B本件は、発明特定事項を追加することが自明かどうかの問題でしたが、発明特定事項の変更に関して、問題の原因の発見の困難性が問題になった事例を示します。 →405 F.2d 578 In re Sponnoble |
[特記事項] |
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