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●平成22年(行ケ)第10404号


進歩性/特許出願/阻害要因/パンチプレス機

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

(a)原告は、平成9年7月18日に「パンチプレス機における成形金型の制御装置」と称する発明について特許出願を行い、

 平成17年10月7日に、当該特許出願について設定登録を受けました。

(b)被告は、平成19年1月25日、特許庁に本件特許について特許無効審判を請求し(2007−800014号事件)、特許庁が審判請求不成立の審決(「第1次審決」という。)をしために、第1次審決の取消しを求める訴え(平成19年(行ケ)第10338号)を提起し、平成20年6月30日に第1次審決を取り消す旨の判決(「第1次判決」という。)がだされ、同判決は確定しました。

(c)原告らは、平成20年8月22日、特許請求の範囲の請求項1の記載等を訂正する旨の請求をし(「第1次訂正」という。)、これに対して特許庁が第1次訂正を認めた上で本件特許を無効とする旨の審決(甲20。以下「第2次審決」という。)をしたため、第2次審決の取消しを求める訴え(平成20年(行ケ)第10464号)を提起した。

(c)原告らは、平成21年2月24日、特許請求の範囲の請求項1の記載等を訂正する旨の審判を請求したところ(以下「第2次訂正」という)、特許庁は、同年9月16日、第2次訂正を認める旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)をし、本件訂正審決は確定したました。

(d)そこで、知的財産高等裁判所は、平成21年10月29日、第2次審決を取り消す旨の判決(以下「第2次判決」という。)を言い渡し、同判決は確定しました。

(e)特許庁は、更に無効2007−800014号事件を審理し、平成22年11月24日、本件特許を無効とする旨の審決(以下「本件審決」という。)をしました。

(f)原告らは、本件審決の取消を求めて本件訴訟を提起しました。

A本件特許請求の範囲(訂正後)

 (a)加工プログラムから読み取られる被加工物の材質データおよび板厚データをそれぞれ記憶する材質メモリ部および板厚メモリ部、

 (b)加工プログラム中の金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部、

 (c)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを記憶する共通データメモリ部、

 (d)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚により、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を変更する材質・板厚の補正データを記憶する変更データメモリ部、

 (e)前記加工プログラムによる加工時に、前記金型情報メモリ部から装着金型に対応するプレスモーション番号を参照し、

 このプレスモーション番号毎に、前記共通データメモリ部から被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを生成するとともに、

 前記変更データメモリ部から転送された、参照されたプレスモーション番号毎の材質・板厚の補正データに基づく被加工物の材質および板厚に該当する設定値データにより、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を補正し、補正された成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データに基づきプレス軸を駆動するための駆動データを生成するプレス駆動データ生成部および

 (f) このプレス駆動データ生成部において生成された駆動データに基づいてプレスの駆動制御を行うプレス駆動制御部を備えることを特徴とするパンチプレス機における成形金型の制御装置。。

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B本件特許発明の概要

(a)発明が解決しようとする課題

 本件発明は、パンチプレス機における成形金型の制御装置に関するものであるところ、従来技術については、@材質・板厚が変わる生産においては、その都度、金型の調整と試し打ち確認が必要になり、生産性が上がらないこと、A油圧駆動のパンチプレス機において、プレスモーションの設定値を変更するものでは、金型の調整と試し打ち確認の手間を省くことは可能であるが、材料供給装置等を連動させた自動運転・連続運転で材質・板厚の変更が生じた場合にオペレータによる手動のプレスモーション変更作業が必要になること、B上記Aの問題点を回避する方法として、同一の成形加工を行う金型を各々の材質・板厚ごとに調整しておき、これら各金型をパンチプレス機に装着して運転する方法もあるが、この方法の場合には複数個の金型を準備しておく必要がありコスト高になり、また、金型を収納するターレットやマガジン部分を必要以上に使用することになるので、生産計画に基づいて連続運転を行う場合に、連続運転に必要な全金型が収納できず、1回の連続運転の生産計画量を少なく、あるいは短縮しなくてはならないこと、Cプレスストローク量をある適正範囲内で変化させるようにしたものにおいては、成形加工に必要な種数の個数分の金型を準備することが必要であり、上記Bと同じ問題点が生じること等の課題があった(【0003】)。

 本件発明は、このような問題点を解消するためにされたもので、加工対象としての被加工物の板厚や材質に変更が生じても、金型の調整や交換などの段取り作業を不要にし、1つの金型により所望の成形加工を行うことのできるパンチプレス機における成形金型の制御装置を提供することを目的とするものである(【0004】)。

(b)課題を解決するための手段

(イ)本件発明においては、ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型が用いられ、この成形金型を用いた自動運転が行われると、加工プログラムに記述されている材質データが材質メモリ部に、板厚データが板厚メモリ部にそれぞれ記憶され、この処理の後、加工プログラムの指令に従って、順次以下の処理動作が実行される。

・まず、加工プログラムの金型交換指令により、成形金型がプレス部に装着されると、この装着された金型番号データに基づいて、金型情報メモリ部に記憶されている該当する金型番号が検索・参照され、この金型番号に基づくプレスモーション番号データが共通データメモリ部及び変更データメモリ部に転送される。

・共通データメモリ部では、転送されたプレスモーション番号データに基づいて該当するプレスモーション番号の詳細設定値をプレス駆動データ生成部に転送し、また変更データメモリ部では、転送されたプレスモーション番号データに基づいて該当する材質・板厚データを検索し、前記材質メモリ部のデータ及び板厚メモリ部のデータに従って、該当する設定値データをプレス駆動データ生成部に転送する。

・次いで、このプレス駆動データ生成部では、これら共通データメモリ部及び変更データメモリ部より転送されたデータ及び前記板厚メモリ部に記憶されている板厚データに基づいて実際にプレス軸を駆動するためのデータを作成する。

・そして、プレス駆動制御部においては、この作成されたデータに基づいてパンチ動作指令によってパンチ軸若しくはダイ軸が駆動されて所要の成形加工が実行される(【0007】)。

(ロ)本件発明においては、異なる成形金型を使用することを前提にしており、金型番号を基準とした金型情報、すなわち、金型番号に割り付けた金型の種別(打抜・成形・刻印等)や形状(丸・角・長角・バーリング・上ハーフシャー等その金型が被加工物に加工する形状を表現したもの)、その金型が加工するサイズを表す長辺(直径)・短辺(ピッチ)・半径(高さ)等が異なり、種々の加工ができるものである(【0017】)。

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(c)発明の作用効果

 本件発明の作用効果は、

・加工対象としての被加工物の材質や板厚に変更が生じても、金型の調整や交換等の段取り作業を不要にし、1つの金型で所望の成形加工を行うことが可能となり、こうして、被加工物の材質・板厚が変わる生産であっても、金型の調整と試し打ち確認が不要になり、生産性を向上させることができること、

・材料供給装置等を連動させた自動運転・連続運転で材質・板厚の変更が生じた場合でも、オペレータによる手動のプレスモーション変更作業が不要になるので無人化・省人化運転が可能となり、生産性の向上を図ることができること、

・従来のような同一の成形加工を行う金型を各々の材質・板厚毎に調整しておき、パンチプレス機に装着して運転する方法と異なり、金型をパンチプレス機に実装するタレットステーションが1ステーションになり、余ったステーションに他の金型が実装できるので、段取り回数の削減につながり、より生産性の向上が期待できること、

・同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせるのでランニングコストの低減が期待できることである(【0008】)。

[本件特許発明]            「引用発明」

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C本件特許出願前に存在した先行技術は、次の通りです。

(a)無効審判の実体審理(進歩性)で引用された文献の一覧

 ア 引用例:特開平3−294135号公報(甲1)

 イ 周知例1:特開平5−282021号公報(甲2)

 ウ 周知例2:特開平4−367332号公報(甲3)

 エ 周知例3:特開平4−270015号公報(甲4)

(b)審決で認定された引用発明の内容:

 プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具の制御装置において、加工に使用すべき工具番号が記録された加工プログラムを読み取る手段と、加工プログラム中の工具番号に対応する、プリント基板の材質や重ねた枚数に応じた、工具回転数や穴明速度等の加工条件データを記憶する記憶部と、加工プログラムによる加工時に、加工プログラムから読み取った工具番号により、当該工具に対応する加工条件データに従い穴明指令を実行する、穴明機の工具の制御装置。

D本件審決の内容は、次の通りです。

(a)本件審決の理由は、要するに、本件発明は、下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知例1ないし3に記載された技術等に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明に係る特許は、特許法29条2項の規定(進歩性)に違反してされたものであり、同法123条1項2号の規定により無効にすべきものである、というものである。

(b)なお、本件審決が認定した本件発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

 一致点:加工具を用いて被加工物の加工を行う加工機における加工具の制御装置であって、加工具番号に対応する加工の詳細設定データを記憶するデータメモリ部を有し、加工プログラムによる加工時に、加工プログラムから加工具番号を読み取り、加工具番号に対応する加工の詳細設定データに基づいて、加工軸を駆動するための駆動データを生成する加工駆動データ生成部を有し、この加工駆動データ生成部において生成された駆動データに基づいて加工の駆動制御を行う加工駆動制御部を備える加工機における加工具の制御装置である点

 相違点1:加工機及び加工具に関して、本件発明は、「パンチおよびダイを備え、ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに、打抜加工も可能なパンチプレス機における成形金型」であるが、引用発明は、「プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具」である点

 相違点2:本件発明では、

「(a)加工プログラムから読み取られる被加工物の材質データおよび板厚データをそれぞれ記憶する材質メモリ部および板厚メモリ部、(b)加工プログラム中の金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部、(c)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを記憶する共通データメモリ部、(d)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚により、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を変更する材質・板厚の補正データを記憶する変更データメモリ部」を備え、「(e)前記加工プログラムによる加工時に、前記金型情報メモリ部から装着金型に対応するプレスモーション番号を参照し、このプレスモーション番号毎に、前記共通データメモリ部から被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを生成するとともに、前記変更データメモリ部から転送された、参照されたプレスモーション番号毎の材質・板厚の補正データに基づく被加工物の材質および板厚に該当する設定値データにより、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を補正し、補正された成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データに基づきプレス軸を駆動するための駆動データを生成するプレス駆動データ生成部および(f)このプレス駆動データ生成部において生成された駆動データに基づいてプレスの駆動制御を行うプレス駆動制御部」を備えるとしているのに対し、

 引用発明では、材質メモリ部及び板厚メモリ部を備えているか否かは不明であり、

・金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部を備えておらず、

・加工条件データとして共通データと変更データとに分けて記憶しておらず、

・加工時にプレスモーション番号を参照して両データから駆動データを生成するようにもしていない点

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E原告(特許権者)の主張する取消事由(要旨)は次の通りです。

(a)相違点の判断の誤り

(イ)本件発明の「パンチプレス機における制御装置」と引用発明の「穴明機における制御装置」との技術思想の根本的な違い

   ア そもそも、本件発明の「パンチプレス機における制御装置」と引用発明の「穴明機における制御装置」とは、技術思想の根本的な違いがあり、穴明機の制御装置を本件発明のパンチプレス機の制御装置として適用することはあり得ない。

 すなわち、制御対象である本件発明の「パンチプレス機」と、引用発明の「穴明機」とは、その構造、機能が大きく異なる。また、パンチプレス機に要求される制御と穴明機に要求される制御とは、全く異質なものである。

 よって、パンチプレス機における制御と穴明機における制御とは、構造上の差異もさることながら、両者のパラメータが全く異なり、その技術思想において根本的な違いがある。

(ロ)仮に周知例1ないし3の周知技術が認められるとしても、穴明機である引用発明の制御装置に、そのような周知技術を適用することはあり得ず、したがって、引用発明(すなわち穴明機)の制御装置から、本件発明であるパンチプレス機の制御装置の構成に到達することは容易ではない。

{相違点1の判断について}

(ハ)当業者が、制御パラメータが極めて少ない引用発明の穴明機を出発点として、わざわざ、パンチ及びダイの同期制御を本質として制御パラメータが極めて多いパンチプレス機における成形金型に置き換える動機付けは存在しない。

(ニ)当業者は、「穴明機の工具の制御装置」に係る引用発明について、「穴明機の工具」をその制御装置から切り離し、「パンチプレス機の成形金型」に置き換えようとすることはあり得ない。なぜなら、引用発明に係る「穴明機の工具の制御装置」は制御パラメータが極めて少ないのに対し、「パンチプレス機の成形金型の制御装置」は制御パラメータが極めて多いのであるから、「穴明機の工具」をその制御装置から切り離し、「パンチプレス機の成形金型」に置き換えた場合には、「穴明機の工具の制御装置」では制御負担が重すぎてまかないきれないからである。

(ホ)周知例1ないし3にパンチプレス機に関する技術が記載されているとしても、相違点1の判断において、穴明機である引用発明に、そのようなパンチプレス機としての周知技術を適用することは、過重な機能付与となるものであって、制御の無用な複雑化、制御装置のコスト高を招き、むしろ有害である。また、甲12、13も、パンチプレス機における成形金型の制御に直接関係するものではない。

(ヘ)従って引用発明の制御装置を打抜加工も可能なパンチプレス機の制御装置として適用することに困難性は認められないとした本件審決の相違点1に関する判断は違法である。

{相違点2の判断について}

(ト)穴明機である引用発明に、周知例1ないし3の技術を適用することにより、相違点2に係る本件発明の各種構成を備えることは、穴明機である引用発明に過重な機能付与となるものであって、制御の無用な複雑化、制御装置のコスト高を招き、むしろ有害である。よって、引用発明に周知技術を適用する動機付けはあり得ず、当業者が相違点2に係る本件発明の構成を想到することはない。

(ニ)「金型情報メモリ部」について

 本件発明における「金型情報メモリ部」の特徴は、「金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する」という何と何を関連付けして記憶し、より効率的にプレス駆動データを生成するという点にある。金型番号という情報を軽減できるフラグ情報に対しては、その金型番号に応じたプレスモーション詳細設定番号を設定すれば済むのが通常であるのに、あえてこのような「金型情報メモリ部」を介在させている。このような着想は、引用例及び周知例1ないし3に、記載も示唆もない。

 特に、引用発明の穴明機の制御装置では、「加工条件データ」は電動機の回転速度といった極めて単純なデータでしかなく、本件発明のようにあえて「金型情報メモリ部」という記憶領域を確保することは、データの増大を招き、必然性に乏しい。

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(チ)駆動データを生成することについて

 本件発明の構成要件(d)の「成形位置」とは、例えば、被加工物の上表面から被加工物への成形するための押し込み位置であり、本件発明は、パンチ及びダイといった複数の成形金型を同期制御することを本質とし、制御パラメータが極めて多いパンチプレス機において、成形金型についてのプレスモーションを規定することをその前提としつつ、被加工物の材質及び板厚により、パンチ及びダイのいずれかの成形位置を補正することをその要旨としている。構成要件(d)の「パンチおよびダイのいずれかの成形位置を変更する」等の構成は、本件訂正審決により加えられたものであり、第1次判決が対象とした構成要件とは異なるものである。

 本件発明のようなパンチプレス機における、パンチ及びダイの成形位置は、「パンチプレス機」によって「成形加工」を行う上で特有の、極めて多いパラメータを設定する必要があり、単にドリルによって穴を明けるだけの「穴明機」では、このようなパラメータを設定する必要はない。

 したがって、引用発明に係る「穴明機の制御装置」において、「パンチおよびダイの成形位置」を変更する材質・板厚の補正データを記憶する変更データメモリ部を準備する必然性はないから、被加工物の材質及び板厚とを用いて、加工時に「被加工物の材質および板厚に無関係な加工条件を決定するためのデータ」を変更して駆動データを生成することが周知技術であったとする本件審決は、誤りである。

(a)顕著な作用効果の看過

(イ)データ量の削減、データ入力作業が不要となることについて

 本件発明のパンチ及びダイを備えたパンチプレス機の成形金型の制御装置は、複数の成形金型を使用する際に、共通のプレスモーションがあれば、そのプレスモーション分、詳細設定データを減らすことができ、またその分データの修正の作業量も少なくなる。そして、新たな成形金型を追加する場合でも、既に利用できるプレスモーションがある場合にはそのデータ入力作業が不要になるという効果も奏する。

 パンチプレス機は、パンチとダイの同期制御をその本質としており、成形金型が2つあることによる制御パラメータの増大に加え、パンチ、ダイのそれぞれについて、他方との相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する必要がある。このようなパンチプレス機において、データ量を削減することが通常行われていたという本件審決の説示は、典型的な後知恵である。(後略)


 [裁判所の判断]
@裁判所は、特許発明と引用発明との相違点の判断の誤りに関して次の様に判断しました。

(a)相違点2に関して

 上記のとおり、周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも、パンチのみの成形位置を変更、補正するものが開示され、ダイの成形位置を補正することや、パンチとダイの双方の成形位置を変更、補正することについての記載はない。よって、まず、本件審決が、被加工物の材質及び板厚に応じてパンチ及びダイのいずれかの成形位置を変更、補正することを、上記証拠によって、従来周知の技術であると認定したことは、誤りである。

 そして、そもそも、引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり、「穴明機」の制御装置である引用発明に、上記周知技術を適用したとしても、その結果が相違点2に係る本件発明の構成になるものではなく、引用発明から本件発明を想到することは容易とはいえない。

 しかも、前記1、2のとおり、引用発明は、ドリルを用いて上下に移動して被加工物に穴を明けるといった、単純な加工を行う穴明機の制御装置であるのに対し、本件発明においては、異なる成形金型を使用することを前提にして、種々の加工ができる、パンチプレス機の制御装置である。そして、広義の工作機械の中でも、穴明機は除去加工用機械に属するもので、パンチプレス機は塑性加工用工作機械に属するものである。引用発明に係る穴明機は、ドリルという一つの工具の上下移動のみを制御するものであり、穴明機の加工条件は、例えば工具回転数や穴明速度等のデータである(甲1、25、26)。他方、本件発明においては、パンチとダイといった成形金型をともに制御することをその本質としており、成形金型が2つあることによる制御パラメータの増大に加え、パンチ、ダイのそれぞれについて、他方との相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する必要がある。

 そうすると、制御の対象がドリルのみである引用発明に基づいて、パンチとダイといった成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明の構成に、容易に想到することはできないものといわざるを得ない。

(b)相違点1に関して

 本件審決は、加工機及び加工具に関して、本件発明は、「パンチおよびダイを備え、ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに、打抜加工も可能なパンチプレス機における成形金型」であるが、引用発明は、「プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具」である点を相違点1と認定した上、引用発明の制御装置を、工作機械の数値制御装置として共通するパンチプレス機の制御装置に適用することに、格別の困難性があるものということはできないと判断した。その上で、パンチプレス機が、複雑な制御を必要とするとしても、それは、パンチプレス機の制御装置が元来備えているべき特性というべきであって、パンチプレス機のそれぞれの加工方法に対して、引用発明の制御装置が備える制御方法を適用することができるとして、引用発明をパンチプレス機に適用することが困難であるということはできないと判断した。

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   イ パンチプレス機と穴明機の相違

 しかしながら、前記のとおり、引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり、周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも、本件発明に開示された、被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更、補正するパンチプレス機の制御装置に関連する周知技術が開示されていないことは、前記のとおりであるから、穴明機の制御装置に係る引用発明に、上記周知例等を適用しても、パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明に想到することは容易とはいえない。しかも、当業者が、ドリルしかなく制御パラメータが極めて少ない引用発明の穴明機を出発点として、わざわざ、パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定するパンチプレス機における成形金型に置き換える動機付けはないから、引用発明をパンチプレス機に適用することが困難でないとはいえない。

 なお、本件審決は、相違点1の検討において、甲5及び6を挙げて「打抜加工も可能なパンチプレス機」の制御装置と、「穴明機」の制御装置は、工作機械の数値制御装置である点で共通し、同じような制御方法であれば相互に適用可能であることは技術常識であったと判断し、被告も、穴明機の制御装置とパンチプレス機の制御装置とが本質的に異ならないものとして、乙2ないし7を提出する。しかし、甲5及び6、乙2ないし7のいずれにも、被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更、補正することは記載されていないし、穴明機から出発して、パンチプレス機の制御装置に想到することには、阻害要因があるといわざるを得ない。

A裁判所は、顕著な効果の看過に関して次のように判断しました。

(a)本件審決は、複数の対象に対して共通して用いられるデータ等を同じ番号や記号によって対応付けて記憶するようにし、データ量を削減するようなことも、通常行われていた程度のものであるとして、データ入力作業が不要となることをもって格別の作用効果とはいえないと判断した。

(b)しかしながら、本件発明に係るパンチ及びダイを備えたパンチプレス機の成形金型の制御装置は、成形金型の金型番号に対応してプレス動作を示すプレスモーション番号を設定・記憶し、そのプレスモーション番号ごとに設定された詳細設定データを生成するものであるから、複数の成形金型を使用する際に、共通のプレスモーションがあれば、そのプレスモーション分、詳細設定データを減らすことができ、またその分データの修正の作業量も少なくなる。そして、新たな成形金型を追加する場合でも、既に利用できるプレスモーションがある場合には、そのデータ入力作業が不要になるのであって、成形金型が2つあることによる制御パラメータの増大に加え、パンチとダイのそれぞれについて、他方との相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する必要があるパンチプレス機において、データ入力作業が不要になることは、格別の作用効果と評価すべきである。

(c)また、本件審決は、同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせるということをもって格別の作用効果であるとはいえないと判断した。

 しかしながら、従来技術において、複数個の金型を準備しておく必要があってコスト高になるほか、収納部分が必要以上に多くなって生産量に限界があったことが本件発明の課題の1つであったのであり(【0003】)、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成をとることにより、被加工物の多種多様な成形加工や打抜加工のために予め準備すべき成形金型の数が少なくてすむことになり、金型の調整や試し打ち確認の作業も少なくできる効果を奏するものであり、同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせることによりランニングコストの低減が期待できることも、複雑なパンチプレス機にあっては、格別の作用効果ということができる。

(d)本件審決は、金型の調整や交換などの段取り作業を不要にし、無人化・省人化運転が可能となり、生産性の向上を図ることができるものであるとしても、それは、引用発明に本件発明に係る構成を適用することにより予測し得る作用効果であって、格別の作用効果とはいえないと判断した。

 しかしながら、そもそも、引用発明に係る穴明機にあっては、ドリルという一つの工具の上下移動のみを制御するものであり、パンチ及びダイといった複数の成形金型を同期制御することを本質とし、制御パラメータが極めて多いパンチプレス機と異なり、制御すべきパラメータが極めて少ないのであるから、パンチプレス機に係る本件発明において、上記のような効果を奏することは、予測し得る作用効果とはいえない。

 従って本件審決は誤りであり、取り消されるべきである。


 [コメント]
@制御対象が単数でありかつ制御パラメータが少ない純な穴あけ機を出発点として、制御対象が複数でありかつ制御パタメータが多いパンチプレス機の発明に想到することには阻害要因があると判断しました。
阻害要因とは

A一般に阻害要因の態様としては、

(a)特許出願人の発明の構成に想到させることを思い留まらせる事情がある場合

(b)特許出願人の発明と異なる方向に導かれる事情がある場合

(c)発明が一見したところ作動不能となる(或いは機能が阻害される)場合

 があります。特許権者は「『穴明機の工具』をその制御装置から切り離し、『パンチプレス機の成形金型』に置き換えた場合には、『穴明機の工具の制御装置』では制御負担が重すぎてまかないきれない」と主張していますが、この主張の通りであるとすれば、本件の阻害要因は(c)に分類することが妥当と思料します。

B審決においては周知技術の解釈で無理な上位概念化が行われていました。

 すなわち、パンチ及びダイの双方の成形位置を変更・補正する本件発明に対して、引用文献にはパンチの成形位置を変形・補正することしか開示されておらず、ダイの成形位置を変更・補正することが記載されていないのに、パンチ及びダイの上位概念(成形金型)の成形位置を変更・補正することが開示されていると解釈したことです。

 進歩性審査基準の考え方によれば、刊行物に記載されているに等しい事項は、刊行物に記載された発明特定事項と扱う旨が記載されています。しかしながら、“刊行物に記載されているに等しい事項”とは、例えば明細書に装置をアースしていると明記されてはいないが、図面からそうした構成であると推測できるような場合をいいます。したがって本件とは事例が異なるというべきです。


 [特記事項]
 
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