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●平成17年(行ケ)第10717号


進歩性/特許出願/阻害要因/カプセル封入材

 [事件の概要]
@事件の経緯

 訴外Iは、平成8年7月10日に「有機発光素子用のカプセル封入材としてのシロキサンおよびシロキサン誘導体」と称する発明を特許出願し、

 平成14年4月11日に、当該特許特許出願の拒絶査定を受けたために、これを不服として審判を請求しました。

 原告は、前記審判の請求後にIから当該特許出願の特許を受ける権利を承継したが、拒絶審決を受けたためにその取消を求めて本件訴訟を提起しました。

A本件特許特許出願の請求の範囲

 「【請求項1】一方が陽極として働き、もう一方が陰極として働く2つの接触電極と、

 前記2つの電極の間に電圧を印加した場合に電界発光により光が発生する有機領域とを有し、

 発光部分がシロキサンで覆われ、前記シロキサンが前記光の経路内に配置された光学要素を含み、

 前記光学要素は、前記シロキサンに埋め込まれるか、前記シロキサン中に形成されるか、または前記シロキサンのポケット状の部分内に配置される、レンズ、回折格子、ディフューザ、偏光子、またはプリズム、あるいはこれらの任意の組み合わせからなる、ことを特徴とする有機発光素子。」

B特許出願人の発明の概要

 本発明は、離散型発光素子・ディスプレイなどの有機電界発光素子、詳しくはこれらの素子のカプセル封入に関するものです。

 有機電界発光(EL)素子は、加工し易くかつ極めて高い自由度を有するため、多くの用途において従来の無機電界発光素子にとって変わる可能性があり、また新たな用途に供される可能性もあります。

 その反面、有機材料のあるものは汚染・酸化・湿度に非常に敏感であるため、またその接触電極に用いられる金属の大部分は、空気または他の酸素含有環境で腐食され易いため、
有機電界発光素子は信頼性の問題(空気中又は作動中で劣化し易い)があります。

 特許出願人の発明は、こうした問題を回避するために、カプセル封入材として、シロキサン導入し、当該シロキサンで光学素子を覆ったものです。

 なお、シロキサンは、酸素とケイ素とを骨格とする化合物であり、

[本件発明]

図


17…カプセル封入材(キシロサン)・18…レンズ(光学要素)・13〜15…有機領域

C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。

(A)刊行物1.特開平8−83688号公報

(a)刊行物1には次のことが記載されています。

ア.「この有機EL装置の断面の概略を図2に示す。図2に示したように、この有機EL装置10aは基板11aとこの基板11aの片面(内側面)に形成された有機EL素子12とを備え、有機EL素子12は基板11a側から順に陽極(透明性電極;ITO膜)/正孔輸送層/有機発光層/陰極(鏡面性電極;Mg・In層)を積層してなる。これらの部材のうち、陽極(透明性電極)を符号13で、また陰極(鏡面性電極)を符号14で示す(。」第10頁第18欄第32行〜第40行)

イ.「まず、基板として実施例1で使用したガラス板と同じもの(ただし、ITO膜は設けられていない)を用い、この基板の内側面に実施例1と同様にしてレンズシートIを固着させた。このとき、レンズシートIの向きはレンズが形成されている側の面が有機EL素子と対向する向きとした。次に、このレンズシートIの上に光硬化性樹脂(広栄化学工業(株)製のコーエイハードM−101)を塗布して、実質的に平坦な表面を有するオーバーコート層を設けた。このとき、オーバーコート層の膜厚(最大膜厚)は10μmとした。この後、前記のオーバーコート層上に前述の方法(ITO膜の成膜を含む)により有機EL素子を形成して、目的とする有機EL装置を得た。この有機EL装置の断面の概略を図4に示す。図4に示したように、この有機EL装置10cは基板11aと、この基板11aの片面(内側面)にエポキシ系接着剤(図示せず)によって固着された光散乱部としてのレンティキュラーレンズシート15a(レンズシートI)と、このレンズシート15a上に形成されたオーバーコート層16と、このオーバーコート層16上に形成された有機EL素子12とを備えている。」(第11頁第19欄第28行〜第47行)

ウ.「片面にレンズ処理を施したポリエチレンテレフタレートフィルム(レンティキュラーレンズの金型に流し込んで成形したもの)を基板兼光散乱部として用い、この基板においてレンズ処理してない側の主表面上に前記の方法(ITO膜の成膜を含む)により有機EL素子を形成して、目的とする有機EL装置を得た。この有機EL装置の断面の概略を図8に示す。図8に示したように、この有機EL装置10dは基板11cとこの基板11cの片面(内側面)に形成された有機EL素子12とを備え、基板11cの外側面(有機EL素子12が形成されている面とは反対側の面)にはレンティキュラーレンズ20がレンズ処理によって形成されている。この基板11cは光散乱部を兼ねている。」(第12頁第21欄第4行〜第16行)

エ.「まず、基板として透明ガラス板(日本板ガラス社製のOA−2、厚さ1.1mm)を用い、この基板の内側面にアルミニウムを班点状に付着させることにより光散乱部を形成した。この光散乱部の形成は真空蒸着法により行い、そのときの成膜条件は減圧度1×10-4Pa、アルミニウムを入れた坩堝の温度1200℃とした。また、班点状に付着したアルミニウムの膜厚(平均値)は0.01μmであり、被覆率は約50%であった。次に、この光散乱部上に光硬化性樹脂(広栄化学工業(株)製のコーエイハードM−101)からなるオーバーコート層を設けることにより実質的に平坦な面を形成した。このとき、オーバーコート層の膜厚(基板面を基準とした膜厚)は10μmとした。この後、前記のオーバーコート層上に前述の方法(ITO膜の成膜を含む)により有機EL素子を形成して、目的とする有機EL装置を得た。この有機EL装置の一部切欠き斜視図を図11として示す。図11に示した有機EL装置10gは基板11fと、この基板11fの片面(内側面)に班点状に付着したアルミニウム23からなる光散乱部と、この光散乱部を被覆するオーバーコート層24と、このオーバーコート層24上に形成された有機EL素子12とを備えている(第12頁第22欄第。」34行〜第13頁第23欄第5行)

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(B)刊行物2.特開平7−37688号公報

 刊行物2には、次の事が記載されています。

「図5は、本発明の第3の実施例であるEL素子31を示す側面図である。EL素子31は、前記EL素子1とほぼ同様に構成されるけれども、基板32に光吸収部34が形成されていることを特徴とする。なお、EL素子31において前記EL素子1と同様に構成される部材には、同様の参照符を付して示している。

 【0024】図6は、前記基板32を示す平面図である。基板32は、たとえばプラスチックで実現される。たとえば、光吸収部34とされる低屈折率な黒色の耐熱性プラスチック材料から成る基板32に、その厚み方向に貫通して微細な穴を多数(本実施例では4)設け、該穴に高屈折率な透光性を有するプラスチック材料を埋込むことによって高屈折率部33が形成される。画素11は、この高屈折率部33にそれぞれ対応して形成される。

 【0025】このような基板32の一方表面32aには、前記EL素子1と同様に第1帯状電極3、第1絶縁層4、EL発光層5、第2絶縁層6、第2帯状電極7がこの順に積層されたEL構造体が形成され、また他方表面32bにも同様に分光フィルタ8が形成される。」(第4頁第6欄第1行〜第20行)

(C)刊行物3.特開平5−36475号公報

 刊行物3には、次の事が記載されています。

 「本発明の方法は、・・・有機EL素子の前記積層構造体の外表面に、電気絶縁性高分子化合物からなる保護層を設けた後、この保護層の外側に、電気絶縁性ガラス、電気絶縁性高分子化合物および電気絶縁性気密流体からなる群より選択される1つからなるシールド層を設けることを特徴とするものである。」(段落【0008】)

 「保護層の材料である電気絶縁性高分子化合物は、物理蒸着法(以下、PVD法ということがある)により成膜可能なもの、化学気相蒸着法(以下、CVD法ということがある)により成膜可能なもの、またはパーフルオロアルコール、パーフルオロエーテル、パーフルオロアミン等のフッ素系溶媒に可溶のものであればよいが、透湿度の小さなものが特に好ましい。各電気絶縁性高分子化合物の具体例としては、それぞれ以下のものが挙げられる。」(段落【0011】)

 「ACVD法[プラズマ重合法(プラズマCVD)]により成膜可能な電気絶縁性高分子化合物ポリエチレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリビニルトリメチルシラン、ポリメチルトリメトキシシラン、ポリシロキサン等。」(段落【0013】)、「保護層は、用いる高分子化合物に応じて、それぞれPVD法(上記@の高分子化合物)、CVD法(上記Aの高分子化合物)、キャスト法またはスピンコート法(上記Bの高分子化合物)により設けることができる。保護層の厚さは、用いる材料や形成方法にもよるが、10nm〜100μmであることが好ましい。」(段落【0015】)

 「長寿命の有機EL素子を得るうえからは、保護層の形成過程での発光層や対向電極の特性劣化をできるだけ抑止することが望ましく、そのためにはPVD法やCVD法により真空環境下で保護層を設けることが特に好ましい。そして、同様の理由から、積層構造体を構成する発光層の形成から保護層の形成までを一連の真空環境下で行うことが特に好ましい。」(段落【0021】)

 「本発明の方法では、このようにして設けた保護層の外側に、電気絶縁性ガラス、電気絶縁性高分子化合物および電気絶縁性気密流体からなる群より選択される1つからなるシールド層を設ける。このとき、積層構造体は保護層により守られたかたちになっているので、シールド層の形成には種々の方法を適用することができる。」(段落【0022】)

D本件特許出願に対する審決の内容は、次の通りです。

(A)本願発明が、次の発明の組み合わせに基づいて当業者が容易に発明できたので、特許法29条2項(進歩性)の規定により特許を受けることができない

・特開平8−83688号公報(刊行物1)及び特開平5−36475号公報(刊行物3)

・特開平7−37688号公報(刊行物2)及び刊行物3

にそれぞれ記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得た発明であり、また、特開平7−37688号公報(甲第6号証。以下「刊行物2」という。)及び刊行物3それぞれ記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得た発明でもあるので、特許法29条2項の規定(進歩性)により特許を受けることができない。

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(B)具体的な容易想到性(進歩性欠如)の論理付けは次の通りです。

(a)刊行物1の陽極と陰極とは接触電極であって前記2つの電極との間に電圧を印加した場合に電界発光により光が発生することは自明であり、また、発光部分がオーバーコート層で覆われ、オーバーコート層が光の経路内に配置されたレンズシートを含むことは明らかであることから、刊行物1には、

 「一方が陽極として働き、もう一方が陰極として働く2つの接触電極と、

 前記2つの電極の間に電圧を印加した場合に電界発光により光が発生する有機発光層とを有し、

 発光部分がオーバーコート層で覆われ、前記オーバーコート層が光の経路内に配置されたレンズシートを含むことを特徴とする有機EL素子。」(以下、「刊行物1記載の発明a」という。)が開示されている。

(b)また、刊行物1の前記記載事項ア.、エ.の記載、及びオ.、ク.の図面、そして、刊行物1の陽極と陰極とは接触電極であって前記2つの電極との間に電圧を印加した場合に電界発光により光が発生することは自明であり、また、発光部分がオーバーコート層で覆われ、前記オーバーコート層が光の経路内に配置された光散乱部を含むことは明らかであることから、刊行物1には、

 「一方が陽極として働き、もう一方が陰極として働く2つの接触電極と、

 前記2つの電極の間に電圧を印加した場合に電界発光により光が発生する有機発光層とを有し、

 発光部分がオーバーコート層で覆われ、前記オーバーコート層が光の経路内に配置された光散乱部を含むことを特徴とする有機EL素子。」(以下、「刊行物1記載の発明b」という。)が開示されている。

(c)本件発明と刊行物1記載の発明aは、

 「一方が陽極として働き、もう一方が陰極として働く2つの接触電極と、

 前記2つの電極の間に電圧を印加した場合に電界発光により光が発生する有機領域とを有し、

 発光部分が被覆層で覆われ、前記被覆層が前記光の経路内に配置された光学要素を含み、

 前記光学要素は、前記被覆層に埋め込まれるか、前記被覆層中に形成されるか、または前記被覆層のポケット状の部分内に配置される、レンズ、回折格子、ディフューザ、偏光子、またはプリズム、あるいはこれらの任意の組み合わせからなる、ことを特徴とする有機発光素子。」である点で一致し、以下の点で相違している。

 [相違点]被覆層に関して、本願発明がシロキサンであるのに対して、刊行物1記載の発明aはオーバーコート層である点。

 刊行物1記載の発明aのオーバーコート層は発光部分を覆うものであり、同様に発光部分を覆っている、刊行物3に記載された、有機発光素子の封止機能を有する保護層としてのシロキサンを刊行物1記載の発明aのオーバーコート層に替えて用いることは、当業者が容易に想到し得た事項である。

(d)刊行物1記載aの発明の判断で既述したのと同様の理由により、刊行物1記載bの発明のオーバーコート層は発光部分を覆うものであり、同様に発光部分を覆っている、刊行物3に記載された、有機発光素子の封止機能を有する保護層としてのシロキサンを刊行物1記載の発明bのオーバーコート層に替えて用いることは、当業者が容易に想到し得た事項である。

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E特許出願人が主張する取消事由の要旨は次の通りです。

(a)引用発明1bのオーバーコート層は、引用発明1aのオーバーコート層と同様、光散乱部の凹凸面を平坦化するものであり(刊行物1段落【0033】)、刊行物1には、オーバーコート層によって有機発光素子を封止することは、開示も示唆もされていない。上記3の(1)のとおり、引用発明1bの有機発光素子装置では、基板と有機発光素子との間にオーバーコート層を形成するものであって、オーバーコート層は最表面に露出するものではないから、封止という役割をする必要がないことも引用発明1aと同様である。他方、引用発明3のシロキサンが、有機発光素子の保護膜であって、光散乱部の凹凸面を平坦化するためにのものではないことは、上記2のとおりであるから、引用発明1bのオーバーコート層と引用発明3のシロキサンとは、機能が異なるものであり、引用発明1bのオーバーコート層を引用発明3のシロキサンに換える動機付けがない。

 また、刊行物1、3に、有機発光素子の最表面を水、溶剤、埃などの外部汚染物質に対する優れた障壁(シールド層)を形成するために、シロキサン及びシロキサン誘導体で被覆することが、開示も示唆もされていないことも、上記2のとおりである。

 したがって、上記相違点に係る本願発明の構成は、引用発明1b及び引用発明3に基づいて、当業者が容易に想到し得るものではない。

(b)取消事由1〜3、5〜6は省略します。


 [裁判所の判断]
@裁判所は特許出願人が主張する取消事由4に関して次のように判断しました。

 被告は、発光部分(引用発明1bの有機EL素子、引用発明3の積層構造体)と被覆層(引用発明1bのオーバーコート層、引用発明3のシロキサン)との関係を見ると、引用発明1bも引用発明3も発光部分が被覆層に覆われているものであり、また、引用発明1bと引用発明3とは、有機発光素子という同一技術分野に属しているので、引用発明1bのオーバーコート層を引用発明3のシロキサンに置き換えて相違点に係る構成とすることに格別の困難性はないと主張する。(中略)

 しかしながら、刊行物1の「本発明の有機EL装置では・・・光散乱部を設けた基板上に有機EL素子が形成されているわけであるが、凹凸面を有する光散乱部を前記の凹凸面が有機EL素子と対向する向きに基板の内側面上に設けた場合には、この光散乱部の上にオーバーコート層を設けて実質的に平坦な面を形成した後、このオーバーコート層上に有機EL素子を形成する。オーバーコート層を設けることなく前記の光散乱部上に直接有機EL素子を形成すると、前記の光散乱部と直接接することになる透明性電極(有機EL素子を構成する透明性電極=陽極)が前記光散乱部の凹凸の影響を受けて平坦にならないため、有機EL素子を構成する各層の厚さが一定でなくなる結果、発光面に多数のダークスポットが生じ足り、ショートパスによる断線が生じ易くなる。」(段落【0033】)との記載によれば、引用発明1aのオーバーコート層は、光散乱部の凹凸面上に直接有機発光素子を形成した場合における、光散乱部の凹凸の影響による発光面の多数のダークスポットの発生やショートパスによる断線などを避けるため、光散乱部の凹凸面を実質的に平坦化する目的で形成するものであることが認められる。

(b)他方、引用発明3のシロキサンは、有機発光素子の外表面にシールド層を形成する際の影響から有機発光素子を保護すること等を目的とする保護膜として設けられるものであり、保護層形成過程での発光層や対向電極の特性劣化をできるだけ抑止するために、CVD法により真空環境下で形成されることが特に好ましいことが認められる。

 また、特開平1−307247号公報(乙第1号証)には、一般にCVD法(プラズマCVD法)によって成膜された酸化膜は極めて薄く、平坦化目的には適さないことが記載されている(1頁右欄6〜15行)。

 そして、刊行物1の上記記載によれば、引用発明1bのオーバーコート層は、光散乱部の凹凸面を実質的に平坦化し得るものでなければならないが、引用発明3のシロキサンが、その形成方法や膜厚を含めて平坦化に適した特質を有することを認めるに足りる証拠はなく、却って、上記刊行物3の記載や特開平1−307247号公報の記載に照らすと、平坦化には適さないことが窺われる。そうすると、たとえ、引用発明1bも引用発明3も発光部分(引用発明1bの有機EL素子、引用発明3の積層構造体)が被覆層(引用発明1bのオーバーコート層、引用発明3のシロキサン)に覆われているものであり、また、引用発明1bと引用発明3とは、有機発光素子という同一技術分野に属しているとしても、それだけでは、引用発明1bのオーバーコート層に換えて引用発明3のシロキサンを用いることが、当業者にとって容易になし得たと論理付けることはできない。

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A裁判所は、取消事由4に関する被告(特許庁)の主張に関して次のように判断しました。

(a)被告は、特開平1−307247号公報(乙第1号証)や特開平2−123754号公報(乙第2号証)に見られるように、平坦化膜としてシロキサンを用いることは従来周知の技術事項であると主張する。

 しかし、特開平1−307247号公報は、上記のとおり、CVD法(プラズマCVD法)によって成膜された酸化膜が極めて薄いため、平坦化目的には適さないとするものであって、そのシロキサンによる平坦化層の形成方法(3頁左上欄3行〜右上欄6行)は、CVD法によりなされるものではない。このことは、特開平2−123754号公報記載のシロキサンによる層形成(3頁右上欄末行〜左下欄14行)においても同様である。しかも、これらの刊行物に記載される平坦化膜は、引用発明1bや引用発明3のような有機発光素子装置ではなく、半導体装置に形成されるものであるところ、保護層形成過程において受けるダメージに関して、有機発光素子を、半導体素子と同様に扱ってよいことが知られていると認めるに足りる証拠もない。そうすると、上記各刊行物に、半導体装置において、CVD法以外の方法により、シロキサンを用いた平坦化膜の形成が記載されているからといって、これに従って、上記のとおり、「CVD法[プラズマ重合法(プラズマCVD)]により成膜可能な電気絶縁性高分子化合物・・・ポリシロキサン等。」、「長寿命の有機EL素子を得るうえからは、保護層の形成過程での発光層や対向電極の特性劣化をできるだけ抑止することが望ましく、そのためにはPVD法やCVD法により真空環境下で保護層を設けることが特に好ましい」との記載のある刊行物3に開示されたシロキサンの保護膜を、真空環境下におけるCVD法以外の方法により形成して、引用発明1bのオーバーコート層に代わる平坦化膜に使用することが、当業者に容易になし得るものとは認めることができない。

(b)なお、被告は、引用発明1bのオーバーコート層を引用発明3のシロキサンに置き換えて用いることは、より良い材料を試みようとする当業者にとって当然のことであるとも主張する。

 しかし上記の通り、引用発明3のシロキサンが、平坦化に適した特質を有するものとは認められないのであるから、これを引用発明1bのオーバーコート層に代わる「より良い材料」ということはできないのであって、被告の上記主張を採用することもできない。(後略)

  (3) 以上のとおりであるから、本願発明と引用発明1bの相違点についての審決理由の(したがって審決の)判断は、誤りというべきである。
 [コメント]
@進歩性審査基準の考え方は、“進歩性が否定される方向に働く諸事実及び進歩性が肯定される方向に働く諸事実を総合的に評価すること”です。

 本件では、(イ)主引例の発明の課題(発光箇所の平坦化)が副引用例の課題(発光箇所の保護)と異なる点、(ロ)そして副引例のシロキサンは、“水分、酸素などに弱い”という蛍光性の有機固体(有機EL素子の発光発行層の材料)の保護層であり、対象面の平坦化という主引用例の目的に適したものではないという2つの要因を考慮して、容易想到性を否定(進歩性を肯定)するという判断になりました。

A単に課題が異なるというだけでは、進歩性を肯定する材料としては、必ずしもだけでは十分ではありません。一つの目的地(アイディア)に辿り着くのに、その道筋は必ずしも同じである必要はないからです。→596 F. 2d 1019 [In re Wiseman]

 [特記事項]
 
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