[事件の概要] |
@事件の経緯 (a)原告Aは、日本国への特許出願(優先日:平成13年11月12日)に基づく優先権を主張して、平成14年1月25日に、発明の名称を「摩擦熱変色性筆記具及びそれを用いた摩擦熱変色セット」とする特許出願(特願2002−17005号)をし、平成21年5月22日、本件特許の設定の登録を受けました(特許第4312987号)。 (b)原告株式会社Bは、平成22年7月7日、本件特許権の一部を譲り受け、一部移転登録をしました。 (c)被告は、平成26年7月31日、本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし9に係る発明について特許無効審判を請求しました(無効2014−800128号)。 (d)原告らは、平成28年3月4日、請求項2ないし4及び8を削除することなどを内容とする訂正請求をしました。 (e)特許庁は、平成28年6月28日、本件訂正を認めた上で、特許請求の範囲請求項2ないし4及び8に係る発明についての無効審判請求を却下するとともに、特許請求の範囲請求項1、5ないし7及び9に係る発明についての特許を無効とすると審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本が原告らに送達されました。 (f)原告らは、平成28年8月8日、本件審決の請求項1、5ないし7及び9に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起しました。 A本件特許の請求の範囲 低温側変色点を−30℃〜+10℃の範囲に、高温側変色点を36℃〜65℃の範囲に有し、平均粒子径が0.5〜5μmの範囲にある可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキを充填し、 前記高温側変色点以下の任意の温度における第1の状態から、摩擦体による摩擦熱により第2の状態に変位し、前記第2の状態からの温度降下により、第1の状態に互変的に変位する熱変色性筆跡を形成する特性を備えてなり、 第1の状態が有色で第2の状態が無色の互変性を有し、前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は発色状態又は消色状態を互変的に特定温度域で記憶保持する色彩記憶保持型であり、 筆記時の前記インキの筆跡は室温(25℃)で第1の状態にあり、 エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が筆記具の後部又は、キャップの頂部に装着されてなる摩擦熱変色性筆記具。 【請求項5】第1の状態は、黒色である請求項1記載の摩擦熱変色性筆記具。 B特許発明の概要 本件特許明細書に次の記載があります。 (a)本件発明は、第1の状態から摩擦熱により第2の状態に変位し、温度降下により第1の状態に互変的に変位する筆跡を与える摩擦熱変色性筆記具に関するものである。 (b)従来の消しゴムにより筆跡が消去される筆記具であって、鉛芯等の固形芯を用いた鉛筆やシャープペンシル等による筆跡は、消しゴムによる擦過で不要の筆跡を消去できるという利便性を有するが、消去した筆跡は、再び視覚することはできない。 (c)本件発明は、摩擦体によって、筆跡の擦過により第1の状態から第2の状態に変位させ、温度降下により再び第1の状態に復帰させ、学習、教習、メッセージ、玩具、マジック要素として、あるいは、暗証番号や機密文書等の隠顕要素等として、効果的な熱変色性筆跡を与える軽便な摩擦熱変色性筆記具を提供しようとするものである。 (d)摩擦体による摩擦熱によって、第1の状態から第2の状態に色彩を簡易に変色させることができ、常態と異なる色彩を互変的に視覚させることができる。また、低温側変色点を−30℃〜+10℃の範囲に、高温側変色点を36℃〜65℃の範囲に特定することによって、常態(日常の生活温度域)で呈する色彩の保持に有効に機能させることができる。 (e)摩擦体は、任意形象のエラストマー、プラスチック発泡体から選ばれる弾性体が弾性感に富み、使い勝手がよい。摩擦体は、キャップの頂部に装着、あるいは、筆記具軸胴の後部に装着させて実用に供する。 [本件発明] [引用例2] 2…摩擦体 4…熱変色シート(熱変色層を含む) 7…冷熱ペンの受皿部 9…摩擦具 C本件特許出願の優先日の前に存在した先行技術は、次の通りです。 (A)引用例1:特開2001−207101号公報(甲2) 審決によれば、「低温側変色点を5℃〜25℃の範囲に、高温側変色点を27℃〜45℃の範囲に有し、平均粒子径が1〜3μmの範囲にある可逆熱変色性微小カプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキ組成物を充填し、低温側変色点以下の低温域での発色状態、又は高温側変色点以上の高温域での消色状態が、特定温度域で記憶保持できる色彩記憶保持型である、任意の熱変色像を筆記形成自在に構成した筆記具」が開示されていると認定されています。 (B)引用例2:特開平7−241388号公報(甲3) 引用例2には次の記載があります。 (a)従来技術及び発明が解決しようとする課題 従来、摩擦熱により熱変色層を変色させる手段として、熱変色層上を手でこすることによって摩擦熱を発生させる手段や、モーターと電源を内部に備え、モーターの回転軸と連動する部材と熱変色層との接触部に回転摩擦を生じさせることによって摩擦熱を発生させる手段があったものの、熱変色層を傷つける、装置が複雑なためにコストが高いなどの問題があった。 本発明(引用発明2)は、@熱変色層を傷つけることがなく構造が簡易で破損し難い加熱変色具とA熱変色層を配設した熱変色体による熱変色筆記材セットを提供しようとするものである。 (b)課題を解決するための手段(構成) 引用発明2は、支持体表面に熱変色層が配設された熱変色体と、熱変色層を手動摩擦による摩擦熱で変色させる摩擦具とからなる熱変色筆記材セットである。 熱変色層は、5℃〜50℃の変色点をもち、変色点以下で発色、変色点以上で消色する可逆性熱変色性材料で形成されている。また、熱変色層は、温度変化によりヒステリシス特性を示して着色状態と無色状態の互変性又は有色(1)と有色(2)間の互変性を有し、着色状態と無色状態の両相又は有色(1)と有色(2)の両相が共存できる二相保持温度域が常温域にある準可逆性熱変色性材料を内包させた微小カプセル顔料が、バインダー中に分散状態で固着されてなる層である。 支持体は、印刷適性を備えた基材であればよく、紙やプラスチック等が使用される。上記準可逆性熱変色性材料は、バインダーを含む媒体中に分散されて、インキ、塗料等の色材として適用し、支持体上面に所望の熱変色層を形成する。 摩擦具は、熱変色層の発色像を熱消色させる消去具である。 摩擦具は、摩擦部と熱変色体の摩擦面(熱変色層)との間に発生する摩擦熱により熱変色層を変色させる変色具であり、適度な摩擦抵抗を有し、摩擦により摩擦面を傷つけることのない、摩擦面よりも低硬度の材料が選択される。さらに、摩擦具は、摩擦面と摩擦部の間に生じた摩擦熱を熱変色層に効果的に伝導するために、摩擦熱の損失の少ない、熱伝導率の低い非金属性の材料を用いることが好ましい。 前記要件を満たす摩擦具の摩擦部の材質としては、熱可塑性ないし熱硬化性樹脂発泡体としてポリスチロール等の発泡体が、プラスチック発泡体として酢酸セルローズ等が、エラストマーとしてポリブタジエン等がそれぞれ挙げられる。 (c)発明の作用 常態で熱変色層が消色状態である場合、氷片や冷水等を充填した従来から公知の冷熱ペンを用いて熱変色像を現出させた後、その上面を摩擦具で摩擦することにより像は消去され、摩擦具は消去体として機能する。熱変色層が色彩記憶性感温変色性色素を含む準可逆性熱変色性材料により形成された系では、変化に要した熱又は冷熱を取り去った後も、変化した様相を互変的に常温域で記憶保持して視覚させることができる。 (C)引用例3:特開昭57−115397号公報(甲9) (D)引用例4:実願平3−77739号(実開平5−24395号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を記録したCD−ROM(甲12) (E)引用例5:特開平9−124993号公報(甲24) (F)引用例6:特開平8−39936号公報(甲79) (G)引用例7:特開平8−332798号公報(甲80) (H)引用例8:実願平3−48815号(実開平4−132991号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲81) D本件特許に対する審決 (A)審決の要旨は次の通りです。 本件発明1、5及び7は、引用例1に記載された発明(引用発明1)及び引用例2に記載された発明(引用発明2)並びに下記ウ、エ、カからクの引用例3、4、6〜8に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明6及び9は、引用発明1及び引用発明2並びに引用例3、4、6〜8に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、いずれも特許法29条2項(進歩性)の規定により特許を受けることができない (B)本件特許と引用例1との相違点は次の通りです。 (ア)相違点1 本件発明1が、可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において、低温側変色点を−30℃〜+10℃の範囲に、高温側変色点を36℃〜65℃の範囲に有するものであるのに対し、引用発明1は、低温側変色点を5℃〜25℃の範囲に、高温側変色点を27℃〜45℃の範囲に有するものである点 (イ)相違点2 本件発明1が、可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において、平均粒子径が0.5〜5μmの範囲にあるのに対し、引用発明1は、平均粒子径が1〜3μmの範囲にある点 (ウ)相違点3 本件発明1が、熱変色性筆記具における「熱」について、摩擦熱と特定しているのに対し、引用発明1は、特定していない点 (エ)相違点4 本件発明1が、筆記時のインキの筆跡は、室温(25℃)で第1の状態にあり、と特定しているのに対し、引用発明1は、特定していない点 (オ)相違点5 本件発明1が、エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が、筆記具の後部又はキャップの頂部に装着されてなるのに対し、引用発明1は、特定していない点 E原告(特許権者)が主張する取消事由の要旨は次の通りです。 取消事由1:相違点4の認定及び容易想到性の判断の誤り 取消事由2:相違点1に係る容易想到性の判断の誤り 取消事由3:相違点3に係る容易想到性の判断の誤り 取消事由4: 相違点5に係る容易想到性の判断の誤り 裁判所は相違点5に基づく取消事由を認めて審決を覆していますので、以下、この点に絞って紹介します。 [当事者の主張の要旨] (A)技術分野について {原告の主張} 「特許検索ガイドブック」(甲98)によれば、磁気ペン等のようにインキや筆記芯で筆跡を形成させることなく、筆記される面を必須の要素とする物品は、たとえ「ペン」という名称で呼ばれていても、筆記具の技術分野には属しない。そして、引用例2【0005】及び【0016】の記載によれば、引用発明2は、筆記される面を有する物品として熱変色層が配設された支持体を必須の構成とする発明であるから、筆記具の技術分野に属しないことは明らかであり、一般に筆記具の上位概念とされる塗布具の技術分野とも重複しない。 しかも、引用発明1は、可逆熱変色性微小カプセル顔料の形状・インキ粘度やインキ吸蔵体等に工夫を施すことにより、インキ流出性を更に向上させるとともに、高濃度でかつ耐久性の高い筆跡を与える可逆熱変色性インキ組成物を提供するものであるから、そもそもインキの存在を想定しない引用発明2とは全く相いれないものである。その意味で、両発明の上記技術分野の相違は、これらの発明を組み合わせる阻害要因となるものである。 {被告の主張} 特許庁は、引用例2に係る特許出願の特許公報(乙3)に国際特許分類(IPC)及びFIとして「筆記用または製図用の器具」を意味する「B43K」を付与するなど、一貫して引用例2を筆記具の技術分野に属するものとして取り扱っている。 少なくとも、引用発明1と2は、可逆熱変色性インキの技術分野に属する点において共通していることは、明らかである。 (B)熱変色性筆跡の消色について {原告の主張} そもそも、引用発明2の筆跡10は、もともと支持体に存在する熱変色性顔料が温度変化により一時的に変色したにすぎないものであり、軸に存在するインキや筆記芯で形成された筆跡とは明らかに意味合いを異にする。また、引用例2【0025】によれば、加熱手段としての摩擦具及び冷却手段としての冷熱ペンは、支持体の状態に応じて発色具にも消去具にもなり得るものであり、この点は、発色性の筆跡を与える筆記具と消去具(摩擦体)の役割が本来的に定まっている本件発明1に係る摩擦熱変色性筆記具と大きく異なる。したがって、引用発明2は、熱変色性筆跡を摩擦体の摩擦熱による加熱により消色させるものとはいえない。 他方、前記4のとおり、引用発明1において加熱手段を検討する必然性は乏しく、また、「熱」は、摩擦熱ではあり得ない上、引用例1に「摩擦体」は開示されていないのであるから、引用発明1も、熱変色性筆跡を摩擦体による摩擦熱による加熱により消色させるものということはできない。 {被告の主張} 引用発明1及び2のいずれの筆跡も、熱変色性の顔料で形成された筆跡(ペン形状の先端が動いた軌跡)である。本件発明1と同様に「摩擦体及び筆記具」に関する発明に係る特開2004−148744号公報(甲25)及び特開2006−123324号公報(甲50)が、引用例2を解決すべき課題を有する従来技術として位置付けていることは、軸に存在するインキや筆記芯で形成された熱変色性の筆跡と、支持体上にあらかじめ設けられた熱変色層上に形成された筆跡は、当業者によって同等のものとして捉えられることを裏付けるものである。 また、引用例2に、摩擦具9としての冷熱ペンが消去具にもなり得ることが記載されている以上、当業者が、上記冷熱ペンをもって、熱変色性像を加熱させて消色させる消去具として捉えることが容易であることは、明らかである。 (C)摩擦体の大きさについて {原告の主張} 引用発明2における摩擦体(摩擦具9)は、熱変色性の着色材料が面全体に塗られている板状の部材の略全体の温度を摩擦によって上昇させようとするものであるから、一定以上の大きさを有していなければならず、少なくとも通常の消しゴムよりも大きめのものが想定されていると考えるのが合理的である。これに対し、本件発明1における摩擦体は、「筆記具の後部又は、キャップの頂部に装着されてなる」ものであるから、必然的に、引用発明2における摩擦体とは異なるサイズや形状のものといえる。したがって、当業者が引用例2記載の材質を摩擦体に用いても、紙を傷めることなく効率よく摩擦熱を発生させて本件発明1の作用効果を得られると考える根拠はない。 {被告の主張} 引用発明2の摩擦体(摩擦具9)が、一定以上の大きさを有していなければならないとする根拠はなく、そもそも、摩擦体の大きさは、設計事項である。 (D)引用例3、4、7及び8との組合せについて {原告の主張} 引用例3、4、7及び8のいずれにおいても、筆記具の後部又はキャップの頂部に装着されているのは消しゴムであるが、消しゴムは、不要な筆跡のインキを紙面から削り取って消去することを目的とするものであり、また、使用による消耗やインキの付着による汚れという問題がある。 しかし、本件発明1の摩擦体は、インキを紙面に残してそれを摩擦熱により第1の状態から第2の状態に変位させることで筆跡を消色させるものであるから、上記消しゴムとは、明らかに機能・作用、本質、メカニズムを異にする。さらに、本件発明1は、摩擦熱によって有色のインキを無色にすることで事実上消去と同一の目的を達成するものであり、消耗はなく、ごく小さいサイズの摩擦体でも他の道具を併用せずに使い続けることができる。また、インクが摩擦体に少量付着しても、摩擦熱により消色されるので、摩擦体自体が汚れる懸念もない。加えて、本件発明1は、ごく小さいサイズの摩擦体であっても、数回の擦過で容易に有色部分を消色させることができ、かつ、冷却によって擦過前の状態を復元できるというもので、これは、本件審決が引用したいずれの刊行物からも読み取ることのできない顕著な作用効果である。 以上によれば、仮に引用発明1に引用発明2を組み合わせ、これに引用例3、4、7及び8を組み合わせたとしても、相違点5に係る本件発明1の構成には至らない。 {被告の主張} ア 消去具である摩擦具9を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着することは、引用例3、4、7及び8に加え、甲第10、11、13、14、52号証に記載されている消しゴム付き筆記具のように、従来から周知慣用の構造を適用するものであり、当業者にとって容易である。 イ エラストマーは、常温付近でゴム弾性を示す高分子物質の総称であり、合成ゴムが代表的なものであるから、引用例3、4、7及び8における消しゴムも、本件発明1におけるエラストマーに含まれる。 また、本件発明1は、前記2⑵のとおり、摩擦熱によって有色のインキを無色にすることで事実上消去と同一の目的を達成するというものではない。 さらに、本件明細書には、消しゴム2を複数回擦過した場合に擦過部分を変色できた旨の記載があり(【0021】〜【0026】参照)、よって数回の擦過で容易に有色部分を消色させることができるという効果は、本件発明1に特有のものではない。 (E)課題及び作用・機能について {被告の主張} 引用発明1においては、たとえ筆記時のインキの筆跡が室温で無色であったとしても、いったん冷却して筆跡が有色になった後、再度加熱して無色に変える際、引用例2記載のような摩擦熱を生じさせる摩擦具を組み合わせる動機が生じ得る。 さらに、引用発明1と2は、技術分野の共通性に加え、@引用発明1が擦過や摩擦によって熱変色性インキによる筆跡の熱変色性能を損なわせないという課題を前提とし、引用発明2が摩擦熱により熱変色層を傷つけないという課題を前提とすることから、課題において共通し、また、A引用発明1が、筆記により形成される熱変色像を擦過ないし摩擦によって加熱変色(加熱消色)させ、引用発明2が、熱変色層を摩擦体による摩擦熱によって加熱消色させるものであることから、作用・機能においても共通している。 したがって、引用発明1の筆記具に、その筆跡を加熱消色させるための消去具として引用発明2の摩擦体(摩擦具9)を用い、同摩擦体に、消しゴム付き筆記具に係る引用例3、4、7及び8等の周知慣用の構造を採用して引用発明1の筆記具の後部又はキャップの頂部に装着し、相違点5に係る本件発明1の構成とすることは、当業者にとって容易なことである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、引用発明1、2を組み合わせることに関して次の如く判断しました。 引用発明1と引用発明2は、いずれも色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料を使用してはいるが、 ・引用発明1は、可逆熱変色性インキ組成物を充填したペン等の筆記具であり、それ自体によって熱変色像の筆跡を紙など適宜の対象に形成できるのに対し、 ・引用発明2は、筆記具と熱変色層が形成された支持体等から成る筆記材セットであり、筆記具である冷熱ペンが、氷片や冷水等を充填して低温側変色点以下の温度にした特殊なもので、インキや顔料を含んでおらず、通常の筆記具とは異なり、冷熱ペンのみでは熱変色像の筆跡を形成することができず、セットとされる支持体上面の熱変色層上を筆記することによって熱変色像の筆跡を形成するものである から、筆跡を形成する対象も支持体上面の熱変色層に限られ、両発明は、その構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なるものといえる。したがって、当業者において引用発明1に引用発明2を組み合わせることを発想するとはおよそ考え難い。 A裁判所は、相違点5に係る本件発明の構成の容易想到性について次の如く判断しました。 (a)前記エのとおり、当業者が引用発明1にこれと構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なる引用発明2を組み合わせることを容易に想到し得たとは考え難く、よって、相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。 (b)仮に、当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせたとしても、前記ウのとおり、引用例2には、熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されていることから、引用発明2の摩擦具9は、筆記具とは別体のものである。よって、当業者において両者を組み合わせても、引用発明1の筆記具と、これとは別体の、エラストマー又はプラスチック発泡体を用いた摩擦部を備えた摩擦具9(摩擦体)を共に提供する構成を想到するにとどまり、摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着して筆記具と一体のものとして提供する相違点5に係る本件発明1の構成には至らない。 (c)そして、前記イのとおり、引用例1には、そもそも摩擦熱を生じさせる具体的手段について記載も示唆もされていない。 (d)前記のとおり、引用例2には、熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されており、そのように別体のものとすることについての課題ないし摩擦具9を熱変色体2又は冷熱ペン8と一体のものとすることは、記載も示唆もされていない。 (e)引用例3、甲第10、11号証、引用例4、甲第13、14、及び52号証には、筆記具の多機能性や携帯性等の観点から筆記具の後部又はキャップに消しゴムないし消し具を取り付けることが、引用例7には、筆記具の後部又はキャップに装着された消しゴムに、幼児等が誤飲した場合の安全策を施すことが、引用例8には、消しゴムや修正液等の消し具を筆記具のキャップに圧入固定するに当たって確実に固定する方法が、それぞれ記載されている。しかし、これらのいずれも、消しゴムなど単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着することを記載したものにすぎない。 (f)他方、引用発明2の摩擦具9は、低温側変色点以下の低温域での発色状態又は高温側変色点以上の高温域における消色状態を特定温度域において記憶保持することができる色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料からなる可逆熱変色性インキ組成物によって形成された有色の筆跡を、摩擦熱により加熱して消色させるものであり、単に筆跡を消去するものとは性質が異なる。 (g)そして、引用例3、4、7、8、甲第10、11、13、14及び52号証のいずれにもそのような摩擦具に関する記載も示唆もない。よって、このような摩擦具につき、筆記具の後部ないしキャップに装着することが当業者に周知の構成であったということはできない。 (h)また、当業者において、摩擦具9の提供の手段として、引用例3、4、7、8、甲第10、11、13、14及び52号証に記載された、摩擦具9とは性質を異にする、単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着する構成の適用を動機付けられることも考え難い。 (i)仮に、当業者において、摩擦具9を筆記具の後部ないしキャップに装着することを想到し得たとしても、前記エのとおり引用発明1に引用発明2を組み合わせて「エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により筆記時の有色のインキの筆跡を消色させる摩擦体」を筆記具と共に提供することを想到した上で、これを基準に摩擦体(摩擦具9)の提供の手段として摩擦体を筆記具自体又はキャップに装着することを想到し、相違点5に係る本件発明1の構成に至ることとなる。このように、引用発明1に基づき、2つの段階を経て相違点5に係る本件発明1の構成に至ることは、格別な努力を要するものといえ、当業者にとって容易であったということはできない。 (j)したがって、相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。 |
[コメント] |
(a)進歩性審査基準によれば、「主引用発明と副引用発明との間で、作用、機能が共通することは、主引用発明に副引用発明を適用したり結び付けたりして当業者が請求項に係る発明に導かれる動機付けがあるというための根拠となる。」とされています。 (b)しかしながら、共通点である作用や機能は、創作の基礎となる程度に具体的なものでなくてはならず、無理に上位概念化されたものであってはなりません。 最初から進歩性を否定する立場に立って、共通点を抽出するために、両引用例の作用・機能を上位概念化してはならないということです。 (c)作用機能の共通性が動機付けとなる事例として、平成8年(行ケ)第262号(自動ブランケット洗浄装置)が挙げられます。これは、印刷機の印字機構に付着する余分なインクを洗浄するために彼洗浄面に対して押圧手段を用いて布を押し付けるという基本機構を有する主引用に対して、同様の基本構成を有する副引用例を適用し、主引用例のカム式押圧手段に代えて、副引用例の膨張式押圧手段を適用するというものです。 (d)これと比較すると、本事例では、主引用例及び副引用例も広い意味での筆記手段であり、かつ色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料を使用しているという一応の共通点はあるものの、 副引用例の筆記体相当部分は、特別の筆記面(支持体上面の熱変色層)の上に筆記するものであり、通常の筆記具のように紙などの上に筆跡を形成するためのインクや顔料を備えていないのですから、基本的な構成及び当該構成に関わる機能を欠いています。 従って、当業者が主引用例及び副引用例を組み合わせることはおよそ考え難いという裁判所の判断は妥当なものと考えます。 |
[特記事項] |
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