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●平成28年(受)第1242号(特許権侵害行為差止請求事件・請求認容)


均等論/特許出願/第5要件/マキサカルシトール事件(3審)

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)事件の概要

 本件は、角化症治療薬の有効成分であるマキサカルシトールを含む化合物の製造方法の特許に係る特許権の共有者である被上告人甲が、上告人乙の輸入販売等に係る医薬品の製造方法は、上記特許に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり、その特許発明の技術的範囲に属すると主張して上告人乙に対し、当該医薬品の輸入販売等の差止め及びその廃棄を求める事案である。

 これに対し、上告人乙は、本件では、平成10年判決にいう、特許権侵害訴訟における相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するから、上記医薬品の製造方法は、上記特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるとはいえないと主張して、被上告人甲の請求を争っている。

(b)本件特許発明

 被上告人甲は、発明の名称を「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」とする特許権(特許第3310301号。請求項の数は28である。以下、この特許を「本件特許」という。)の共有者である。被上告人甲は、本件特許につき、1996年(平成8年)9月3日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して、平成9年9月3日に特許出願をした。

 本件特許に係る特許請求の範囲の請求項13(以下「本件特許請求の範囲」といい、これに係る発明を「本件発明」という。)の記載は、別紙のとおりである。
→平成27年(ネ)第10014号(マキサカールシトール事件2審)

 被上告人甲は、本件特許の特許出願時に、本件特許請求の範囲において、目的化合物を製造するための出発物質等としてシス体のビタミンD構造のものを記載していたが、その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造のものは記載していなかった。

(c)上告人乙の製造方法

 ア 上告人乙は、角化症治療薬であるマキサカルシトール原薬の輸入販売をしている。

 イ 上告人乙の製造方法を本件特許請求の範囲に記載された構成と比べると、目的化合物を製造するための出発物質等が、本件特許請求の範囲に記載された構成ではシス体のビタミンD構造のものであるのに対し、上告人乙の製造方法ではトランス体のビタミンD構造のものである点において相違するが、その余の点については、上告人乙の製造方法は、本件特許請求の範囲に記載された構成の各要件を充足する。

 上告人乙は、被上告人甲において、本件特許の特許出願時に、本件特許請求の範囲に記載された構成中の上告人乙の製造方法と異なる上記の部分につき、上告人乙の製造方法に係る構成を容易に想到することができたと主張している。

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(d) 本件明細書の記載等

 本件特許の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、トランス体をシス体に転換する工程の記載など、出発物質等をトランス体のビタミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載はなく、本件明細書中に、上記発明の開示はされていなかった。

(e) 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断した上で、本件では、均等論の第5要件の特段の事情が存するとはいえず、上告人乙の製造方法は本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するとし、被上告人甲の請求を認容すべきものとした。

(1)出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、前記1の特段の事情が存するとはいえない。

(2) 上記(1)の場合であっても、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるときは、前記1の特段の事情が存するといえる。

(f)上告理由

 所論は、原審の上記判断は、前記の特段の事情が認められる範囲を狭く解しすぎている旨をいうものである。


 [裁判所の判断]
@裁判所は均等論を認める意義について次のように説諭しました。

(a)特許制度は、発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって、特許権者についてはその発明を保護し、一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより、その発明の利用を図ることを通じて、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とするものである(特許法1条参照)。

(b)そして、特許法70条1項は、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないと規定する。しかるところ、特許権侵害訴訟における相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部をこれと実質的に同一なものとして容易に想到することができる他の技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、上記のような特許法の目的に反し、衡平の理念にもとる結果となることなどに照らすと、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、所定の要件を満たすときには、対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するというべきである。

(c)そして、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは、上記のような均等の主張は許されないものと解されるが、その理由は、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年判決参照)。

A裁判所は、本事案について次のように判示しました。

(a)しかるに、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは、特許出願に係る明細書の開示を受ける第三者に対し、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものであることの信頼を生じさせるものとはいえず、当該特許人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものとはいい難い。

(b)また、上記のように容易に想到することができた構成を特許請求の範囲に記載しなかったというだけで、特許権侵害訴訟において、対象製品等と特許請求の範囲に記載された構成との均等を理由に対象製品等が特許発明の技術的範囲に属する旨の主張をすることが一律に許されなくなるとすると、先願主義の下で早期の特許出願を迫られる出願人において、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲の記載を特許出願時に強いられることと等しくなる一方、明細書の開示を受ける第三者においては、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものを上記のような時間的制約を受けずに検討することができるため、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができることとなり、相当とはいえない。

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(c)そうすると、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。

(d)もっとも、上記の場合であっても、出願人が、特許出願時に、その特許に係る特許発明について、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、明細書の開示を受ける第三者も、その表示に基づき、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから、当該出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。また、以上のようなときに上記特段の事情が存するものとすることは、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという特許法の目的にかない、特許人と第三者の利害を適切に調整するものであって、相当なものというべきである。

 したがって、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。

 そして、前記事実関係等に照らすと、被上告人甲が、本件特許の特許出願時に、本件特許請求の範囲に記載された構成中の上告人乙の製造方法と異なる部分につき、客観的、外形的にみて、上告人乙の製造方法に係る構成が本件特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて本件特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたという事情があるとはうかがわれない。

 原審の判断は、これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。


 [コメント]
(a)均等論の第5要件とは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないことです。
均等論の第5要件とは

 特許出願人(特許権者)本人が意識的に除外する意思がなかったと主張しても、客観的・外形的に除外する意思があったと認められる場合には、第5要件が適用される可能性があります。

(b)本事案では、特許出願人が請求の範囲外の記載を請求の範囲に記載することが容易であったにも関わらず、そうしなかったことが外形的な除外の意思に相当するかどうかが争われました。

(c)この判例でいう“請求の範囲外の記載”とは、例えばAとBとが概念的に一対となっていて誰でも一方を言われれば他方を連想するようなものです。具体的には、主たる原子団に対して他の原子団が同じ側にあるもの(シス体)と反対側にあるもの(トランス体)とが該当します。

(d)ここで気をつけなければならないのは、問題となった請求項は多数の請求項の一つであり、しかもシス体の限定が図式で行われていたことです。

 従って図式ではシス体が描かれているが、特許出願人としてトランス体を除外する意図があったわけでないと考えても不自然ではないことです。

 例えば特許出願時の請求の範囲において“前記の構造体はシス体である”というような文言がわざわざ入れてあった訳ではないのです。

(e)従って本判例の射程がどの範囲に及ぶのかは今後注意しておく必要があると考えます。


 [特記事項]
 
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