[事件の概要] |
・平成23年4月20日、被告が「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」と称する発明について特許出願をし、 ・平成25年2月1日、被告が特許権の設定登録(特許第5189667号)を受け、 ・平成27年1月9日、原告が本件特許の無効審判を請求し、 ・平成28年1月5日、これに対して被告が訂正請求をし、 ・平成28年5月19日、特許庁が「特許第5189667号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1−7、8−10、11について訂正することを認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、原告はこれを不服として審決取消し訴訟を提起しました。 [本件特許発明の内容] 【請求項1】 糖度が9.4〜10.0であり、糖酸比が19.0〜30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.36〜0.42重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料。 【請求項2】粘度が350〜1000cPである、請求項1に記載のトマト含有飲料。 【請求項3】 トマト以外の野菜汁及び果汁の総含有量が0.0〜5.0重量%である、請求項1又は2に記載のトマト含有飲料。 【請求項4】 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)とを含有する、 請求項1〜3のいずれか一項に記載のトマト含有飲料。 【請求項5】 重曹(C)を含有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載のトマト含有飲料。 【請求項6】 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)と脱酸トマト汁(D)とを含有する、請求項1〜5のいずれか一項に記載のトマト含有飲料。 【請求項7】 pHが4.4〜4.8である、請求項1〜6のいずれか一項に記載のトマト含有飲料。 【請求項8】 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)を配合することにより、糖度が9.4〜10.0及び糖酸比が19.0〜30.0となるように、並びに、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36〜0.42重量%となるように、前記糖度及び前記糖酸比並びに前記グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量を調整することを特徴とする、トマト含有飲料の製造方法。 【請求項9】 少なくとも重曹(C)を配合することにより、前記糖度及び前記糖酸比を調整することを特徴とする、請求項8に記載のトマト含有飲料の製造方法。 【請求項10】 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)と脱酸トマト汁(D)とを配合することにより、前記糖度及び前記糖酸比を調整することを特徴とする、請求項8又は9に記載のトマト含有飲料の製造方法。 【請求項11】 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)を配合することにより、糖度が9.4〜10.0及び糖酸比が19.0〜30.0となるように、並びに、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36〜0.42重量%となるように、前記糖度及び前記糖酸比並びに前記グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量を調整することを特徴とする、トマト含有飲料の酸味抑制方法。 [本件特許明細書の記載] 本件明細書の記載によると、本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の内容が記載されているものと認められます。 (イ)従来のJAS規格で指定されたトマトジュースは粘度が高くて飲み難く、低粘度化しトマトの酸味を隠ぺいすべく果汁や野菜汁を配合した飲料はトマト飲料として消費者への訴求力に欠け、のど越しが改善された低粘度トマトジュースもトマトの酸味が苦手な者にとって飲み易いものではないという問題があったところ(【0002】〜【0004】【0006】【0007】)、 従来技術におけるこのような課題の存在にかんがみ、主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供することを目的として(【0008】)、 特許請求の範囲の本件請求項1、8及び11に記載された糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲を含むトマト含有飲料及びその製造方法並びにトマト含有飲料の酸味抑制方法を見いだした(【0009】〜【0011】、【0018】【0022】【0026】【0030】)。 (ロ)そして、この効果が奏される作用機構の詳細は、未だ明らかではないものの、糖度及び糖酸比を規定することにより、著しい高粘度化を抑制し得、しかも、糖酸比の調整により、トマト自身の甘みによってトマトの酸味が隠蔽され得るので、得られるトマト含有飲料の酸味が抑制され、トマト本来の甘みが際立ち、飲み易さが高められ、これらの作用が相まった結果、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも、トマトの酸味が抑制されたものになると推定される(【0041】)。また、グルタミン酸等含有量を規定することにより、トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて、トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となる(【0043】)。 (ハ)本件発明の糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲内にあるトマト含有飲料である実施例1〜3が、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量のいずれか又は全てが本件発明の数値範囲内にはない比較例1及び2と比較して、本件発明の課題を解決することを示す風味評価試験は、 ・作成したトマト含有飲料の糖度及び酸度を測定した上で糖酸比を算出し、さらに、グルタミン酸等含有量及び粘度を測定し、 ・12人のパネラーが、各トマト含有飲料の風味を「酸味」「甘み」及び「濃厚」につき「非常に強い」「かなり強い」「やや強い」「感じない又はどちらでもない」「やや弱い」「かなり弱い」「非常に弱い」の7段階で評価し、 ・「酸味」「甘み」「濃厚」の各風味につき12人のパネラーの評点の平均値を算出し、 ・各風味ごとの平均値を、酸味についてはプラスマイナスを逆にした上で合計し、 ・合計値が2.5、3.2、3.9であった実施例1〜3は良好な結果が出たと判定し、合計値が2.2、2.0であった比較例1及び2は良好な結果が出なかったと判定した(【0083】〜【0090】、【表1】)。 [審決] (a)原告は、無効理由1(実施可能要件)、無効理由2(サポート要件違反)、無効理由3(公然実施による新規性喪失)、無効理由4(刊行物公知による新規性喪失等)、無効理由5(進歩性欠如)を主張しましたが、これらの主張は退けられました。以下、サポート要件違反についてのみ解説します。 →サポート要件とは (b)無効理由2(サポート要件違反)に対する審決 請求人(原告)は、特許請求の範囲が規定する物性値の範囲までの拡張ないし一般化することは困難であると主張するので、以下に検討する。 発明の詳細な説明には、「糖度が9.4〜10.0であり、糖酸比が19.0 〜30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.36〜0.42重量%である」本件発明1〜7、及び「糖度が9.4〜10.0及び糖酸比が19.0〜30.0となるように、並びに、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36〜0.42重量%となるように、前記糖度及び前記糖酸比並びに前記グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量を調整する」本件発明8〜11の物性値の組合せについて、官能評価が良好とされた実験データが、実施例1〜3について示されている。 そして、糖度の酸度に対する比率である糖酸比について、糖度が甘みに寄与し、酸度が酸味に寄与することから、糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる方向に飲料の味が変化するという概略の傾向は理解でき、糖度を「9.4〜10.0」の範囲に、及びグルタミン酸等含有量を「0.36〜0.42重量%」の範囲にしたもので、糖酸比を「19.0〜30.0」としても、本件発明の課題である「主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料」を提供できることは、当業者なら想定し得るものといえる。 また、請求人(原告)が主張するように、トマト含有飲料の「濃厚な味わい」には、糖度及び糖酸比以外に、温度や粘度等の多岐にわたる条件が寄与するとしても、糖度及び糖酸比がトマト含有飲料の味わいに大きく影響することは明らかであり、温度や粘度等の多岐にわたる条件の全てを個別に特定しなければ本件発明の課題を解決できないというものでもないので、温度や粘度等の多岐にわたる条件を、発明特定事項としなければならない理由はない。 以上のとおりであるから、本件発明で特定される「糖度が9.4〜10.0」、「糖酸比が19.0〜30.0」及び「グルタミン酸等含有量が、0.36〜0.42重量%」は、実施例1〜3により裏付けられたものであり、発明の詳細な説明において、本件発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものということはできない。 したがって、本件特許は、本件発明1〜11が発明の詳細な説明に記載したものであって、特許請求の範囲の記載が、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしているので、同法123条1項4号に該当せず、無効とすることはできない。 [サポート要件に関する原告及び被告の主張] (1)拡張又は一般化の判断の誤りに関して {原告の主張} 審決は、糖酸比について、糖度が甘みに寄与し、酸度が酸味に寄与することから、糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる方向に飲料の味が変化するという概略の傾向は理解でき、糖度を9.4〜10.0の範囲に、及びグルタミン酸等含有量を0.36〜0.42重量%の範囲にしたもので、糖酸比を19.0〜30.0としても、本件発明の課題である「主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料」を提供できることは、当業者なら想定し得るものといえる、と判断した。 しかし、人間の味覚は糖の持つ甘味に対しては寛大で、糖含有量の高いほど嗜好度も高まるが、酸味に対してはきわめて厳格であり、ある濃度を限界にして、それ以上になると急激に嗜好度が減退するような傾向を持っている(甲2の1)。したがって、酸含有量の変化は味覚に対して強い影響を与えるものであり、酸含有量が広範囲であっても、官能試験も経ずに同様の味覚が実現できると当業者が理解することはできない。また、酸含有量が同一ならば糖酸度を高めると酸味は減少するから、酸含有量が一定の幅で変化し得るとした場合、糖酸比が高くとも同時に酸度が高ければ嗜好度は急激に減退する(=酸味を強く感じる)のであり、審決が判断するように「糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる」との関係は当然に成立するものではない。 また、そもそも、「概略の傾向」が理解できるだけで、従来存在するトマト含有飲料とは異なることが前提である「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料」の課題を解決することができる数値範囲がどの程度であるかを当業者が理解できるとする根拠はない。実施例1の糖度とグルタミン酸等含有量を据え置いた状態で糖酸比を本件発明1の数値範囲内である19.0としたトマト含有飲料(以下、「想定例」という。)の評点は、概ね酸味「−0.2」、甘み「0.8」、濃厚「1.0」で合計「2.0」点となり、比較例1、2や参考例7と同程度か、それ未満となる。 実施例1〜3のみでは、本件発明の数値限定により所望の効果が得られると理解することはできない。 {被告の主張} ア 原告は、糖酸比が高くとも、酸度が高ければ嗜好度が急激に減退するとして、審決が、本件発明の数値範囲内において、糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる方向に飲料の味が変化するという概略の傾向は理解できる、と認定した点は誤りである旨主張する。 しかし、原告が示した、甲2の1に記載された図1.2.6及び、当該図と図1.2.4を合成した図(以下、「原告合成図」という。)は、横軸及び縦軸に数値の記載がなく、各軸が何を示しているかは不明であり、原告合成図が何を示しているのか全く不明であるし、本件発明に当てはまるものではない。 また、原告が引用する甲2の1の「人間の味覚は酸味に対し極めて厳格であり、ある濃度を限界にして、それ以上になると急激に嗜好度が減退するような傾向も持っている。」との記載については、トマト汁に特化したものでなく、また、トマト汁全般に該当するものではないため、本件発明のトマト含有飲料に当てはまるものではない。 さらに、原告は、審決の「糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘味が強くなる」との認定が、「酸含有量が同一ならば」という前提があって初めて成り立つ、と主張する。しかし、糖酸比は糖度の酸度に対する比率であることから、糖度が甘みに寄与し、酸度が酸味に寄与することから、糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる方向に飲料の味が変化する、との審決の説明は、糖酸比のようなパラメータ同士の比率を示した値の論理的な性質そのものの説明であり、原告が主張するような「酸含有量が同一ならば」との前提は不要である。 イ 原告は、審決が本件発明の数値範囲のうち、実施例に記載のない範囲につき、概略の傾向が理解できる、と認定した点について、原告独自の論理を用いて「想定例」なる事例を創出し、特許請求の範囲において課題が解決できない、と主張する。 原告は実施例と比較例の官能評価の結果から、想定例の酸味評価を「−0.2」と想定しているところ、その理由は想定例の糖酸比が「実施例2(22.3)比較例1(17.6)のほぼ中間(19.0)である」からとのことである。しかし、なぜ糖酸比が実施例2と比較例1の中間という理由だけで、糖度の違いなどを十分考慮せずに、想定例の酸味を想定できるのか、十分な説明がされておらず、到底理解できるものではない。 ウ 本件明細書においては、実施例1〜3として、本件発明の数値範囲に対応した具体的な実施例の記載がされている。当該記載に加え、本件特許出願日当時の当業者の技術常識を踏まえると、実施例1〜3の数値、並びに比較例1及び2の数値に鑑み、本件発明の数値範囲内であれば本件明細書に記載された発明の課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例が記載されているため、本件発明の数値範囲内については発明の詳細な説明において開示された内容を拡張又は一般化できることは明らかである。 (2) 発明特定事項の欠落に関する認定及び判断の誤り {原告の主張} ア 一般に、トマト含有飲料中には、本件明細書【0090】【表1】で測定されたpH、Brix(糖度)、酸度、糖酸比、酸度/総アミノ酸、粘度、総アミノ酸量、グルタミン酸量、アスパラギン酸量、クエン酸量というスペック以外にも、様々な成分、性状によって呈味が左右されることは本件特許出願日当時における技術常識であった。例えば、含有される成分としては塩分やリコピン、各種ビタミン類、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム等の各種栄養素、フルフラール等の各種香気成分などが挙げられる。そして、これらの各種成分がトマト含有飲料の風味に影響を与えることは当業者にとって周知の技術常識である。 そうすると、仮に実施例1〜3のトマト含有飲料が「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された」効果があるとしても、そのような効果が本件発明1の発明特定事項である糖度、糖酸比、グルタミン酸等含有量という三つのパラメータのみによって得られることは、本件明細書を見ても当業者は理解できない。 したがって、技術常識に照らしても、本件明細書の記載に照らしても、当業者は、「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された」効果を奏するために、糖度、糖酸比、グルタミン酸等含有量だけを特定すれば足り、他の項目を特定しなくても当該効果を実現できると理解することはできない。 イ 粘度 (ア) 本件発明1、3〜11においては、粘度の規定が存在しないから、例えば、本件発明1は、あらゆる粘度のトマト含有飲料を発明の要旨に含むこととなる。 しかし、粘度が高すぎれば呑み辛くなり、飲用に堪えないことは、自明であり、糖度、糖酸比、グルタミン酸等含有量を本件発明の範囲内とほぼ同一にしても、粘度を違えると、官能評価結果は、粘度の違いによりバラつきを示した(甲58 試験1)。グルタミン酸等含有量が限定されたことによって粘度調整が不要になるとも理解できない。 (イ) 本件発明2は、粘度について350〜1000cPとの特定がある。 しかし、実施例1〜3の粘度は、405cP、388cP、543cPであり、粘度が350〜1000cPの範囲において「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された」との効果を奏することは何ら確認されていない。したがって、本件発明2は粘度を特定しているものの、その数値範囲は明細書に記載された範囲を大きく逸脱しており、当業者は、粘度が350〜1000cPの範囲において課題解決されると認識できない。 また、比較例1は粘度1800cPで「粘度過多」として総合評価が「××」とされている。しかし、上記粘度1800cPは、12rpmに回転数を落として測定されたものである。一方、実施例1〜3の粘度は回転数60rpmの粘度計で測定されたものである。トマト含有飲料のような非ニュートン流体は回転数を変えると粘度の数値が変化することが知られており、回転数を低くすると、同じトマト含有飲料でも粘度は変化する(甲63)。比較例1の粘度は回転数を60rpmで適切に試験すれば、1800cPより低くなり、350〜1000cPの範囲に含まれる可能性もある。このような点からも、当業者は、粘度が350〜1000cPの範囲において課題解決されると認識できない。 {被告の主張} ア 原告は、トマト含有飲料の一般論として、塩分、リコピン、各種ビタミン類、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム等の各種栄養素、フラフラール等の各種香気成分なども呈味を作用しうるため、本件明細書を読んでも、三つのパラメータのみによって効果が得られることは、当業者には理解できない旨主張する。 しかし、本件発明はトマト含有飲料が本件明細書記載の風味を有するとの効果を奏するためには、所定の数値範囲の糖度等が重要であることを見いだしたものであり、当該効果を達成するために、他の要因の関与がないことを述べたものではない。また、トマト含有飲料を含めた食品分野の特許実務においては、温度や粘度等の多岐にわたる条件の全てを個別に特定しなければ特許発明の課題を解決できないというものでもないので、温度や粘度等の多岐にわたる条件を、発明特定事項としなければならない理由はない。 イ 原告は、特許請求の範囲において粘度が特定されていない本件発明1、3〜11について、原告が自ら行った実験結果(甲58 試験1)に基づく主張をする。 しかし、原告が甲58の試験1において用いた粘度の調整方法である遠心分離は、粘度調整に用いられるものではなく、遠心分離の方法により調製された検体は、当業者が想定するような一般的なトマト含有飲料からはかけ離れたものであり、粘度の違いのみによる官能評価の変化を評価する対象としては、極めて不適切な組成となっている。 ウ 原告は、本件発明1はあらゆる粘度のトマト含有飲料を発明の要旨を含むと主張するが、特許請求の範囲の解釈については、当然に当業者の技術常識も考慮すべきであり、本件発明が一定の風味を有するトマト含有飲料を得ようとするものであることからすれば、その粘度については、当業者の技術常識として、一般的にトマト含有飲料として成立し得る範囲内のものであることは当然であって、原告が主張するような「あらゆる粘度」のものを含むものではない。 エ 原告は、本件発明2について、本件明細書記載の実施例の粘度が、それぞれ405cp、388cp、543cpであるから、特許請求の範囲に記載された350〜1000cpの範囲において効果を奏するかは確認されていないと主張する。 上記主張自体、発明特定事項とは何ら関係ないものであるが、サポート要件に関し、請求項は、発明の詳細な説明に記載された一又は複数の具体例に対して拡張又は一般化した記載とすることは認められている。本件発明2の記載についても、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内であることから、上記のような「拡張又は一般化」が認められることは明らかである。 オ 原告は、比較例1の粘度を12rpmに回転数を落として測定しているから、回転数を60rpmで測定すれば、350〜1000cpの範囲に含まれる可能性があると主張する。 しかし、1800cpといった高粘度の物質については、粘度測定の精度を考慮して通常の測定条件(回転数60rpm)よりも回転数を下げた低速回転(12rpm)で測定することは、当業者の技術常識である。これに対し、甲63の検体は、通常12rpmで測定されるものではない。 (3) 酸味の逸脱 {原告の主張} 本件明細書【0041】の記載によると、ある糖度が隠ぺいしうる酸度の範囲は決まっていることが本件発明の前提である。そして、それを確認したのが実施例1〜3である。 ところが、実施例1〜3によって隠ぺいされている酸度は0.344〜0.448に留まっている。これに対し、本件発明1は0.313〜0.526の酸度を有するトマト含有飲料が発明の要旨に含まれることになるが、このようなトマト含有飲料の酸味がトマト自身の甘味によって隠ぺいされるかは、実施例1〜3を含め、本件明細書上一切確認されておらず、示唆もない。したがって、本件発明1は「風味(酸味)」の評価に影響を及ぼし、発明の詳細な説明にサポートされていない酸味を含むトマト含有飲料まで拡張化されることになる。 {被告の主張} 原告は、実施例1〜3において隠ぺいされている酸度は0.344〜0.448にとどまっているが、本件発明1は0.313〜0.526の酸度まで含んでおり、本件明細書にはその範囲まで一切の開示、示唆がないと主張する。 この主張は、原告が「拡張又は一般化の判断の誤り」と題して、糖酸比や糖度についてした主張につき、糖酸比が糖度と酸度の比率であることから各々の酸度を算出したうえで当該酸度に着目してされた実質的に同内容の主張であり、これに対する被告の主張は、前記(1)ウのとおりである。 (4)グルタミン酸等含有量の課題解決手段としての意義の不存在 {原告の主張} グルタミン酸等含有量が「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された」との課題を実現するために、どのような技術的意義があるのかは不明である。後記4(2)ア(イ)の甲58の試験2で示すとおり、グルタミン酸等含有量を本件発明の数値範囲(0.36〜0.42重量%)内外で変化させたが、風味が異なるものとは認められなかった。このことは、グルタミン酸等含有量の要件が本件発明の課題解決に何ら寄与しておらず、その要件の存在により課題が解決できることを当業者が認識できないことを表している。 {被告の主張} 原告は、甲58の試験2において、グルタミン酸等含有量を本件発明の数値範囲内で変化させても風味が異なるものと認められなかったとして、グルタミン酸等含有量の要件が本件発明の課題解決に何ら寄与しておらず、該要件の存在により課題が解決できることを当業者が認識できない、と主張する。 しかし、サポート要件は、請求項の記載に関し「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」として、請求項の記載と明細書の記載について規定している。他方、甲58の試験2の結果を根拠とする原告の上記主張内容は、本件発明の請求項及び本件明細書の記載事項とは何ら関係のない内容であり、サポート要件とは何ら関係のない主張である。 甲58の試験2については、試験内で実施した各比較に用いる検体間のグルタミン酸等含有量以外の各パラメータ(糖度、糖酸比)の数値が完全に一致している訳ではないので、グルタミン酸等含有量の変化のみを評価することが可能な実験精度に達していない。したがって、甲58の試験2の結果は、グルタミン酸等含有量の要件の意義を説明する根拠とはなり得ない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、パラメータ発明に対するサポート要件の基本的な考え方について次のように述べました。 (1) 原告は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、特許法36条6項1号のいわゆる明細書のサポート要件に適合しないものであると主張するところ、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が特許出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決、平成17年(行ケ)第10042号、判例時報1911号48頁参照)。 A裁判所は、前記の考え方を本件に次のように当て嵌めました。 本件明細書の記載が、本件発明1、8及び11との関係で、上記の点を充足することにより、明細書のサポート要件に適合するといえるか否かについて検討する。 (ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供するための手段として、本件発明1、8及び11に記載された糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲、すなわち、糖度について「9.4〜10.0」、糖酸比について「19.0〜30.0」、及びグルタミン酸等含有量について「0.36〜0.42重量%」とすることを採用したことが記載されている。 そして、本件明細書の発明の詳細な説明に開示された具体例というべき実施例1〜3、比較例1及び2並びに参考例1〜10(【0088】〜【0090】、【表1】)には、各実施例、比較例及び参考例のトマト含有飲料のpH、Brix、酸度、糖酸比、酸度/総アミノ酸、粘度、総アミノ酸量、グルタミン酸量、アスパラギン酸量、及びクエン酸量という成分及び物性の全て又は一部を測定したこと、及び該トマト含有飲料の「甘み」、「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をしたことが記載されている。 (イ) 一般に、飲食品の風味には、甘味、酸味以外に、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与し、粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえる(甲3、4、62)から、飲食品の風味は、飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件特許出願日当時の技術常識であるといえる。また、トマト含有飲料中には、様々な成分が含有されていることも本件特許出願日当時の技術常識であるといえる(甲25の193頁の表−5−196参照)から、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も、本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。 したがって、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて、これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては、少なくとも、 ・「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、これら三つの要素のみである場合や、影響を与える要素はあるが、その条件をそろえる必要がない場合には、そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか、 ・「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し、その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には、当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をする という方法がとられるべきである。 本件明細書の発明の詳細な説明には、糖度及び糖酸比を規定することにより、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも、トマトの酸味が抑制されたものになるが、この効果が奏される作用機構の詳細は未だ明らかではなく、グルタミン酸等含有量を規定することにより、トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて、トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となることが記載されているものの、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。 また、実施例に対して、比較例及び参考例が、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず、それらの各種成分や各種物性が、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや、影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。そうすると、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り、他の成分及び物性の特定は要しないことを、当業者が理解できるとはいえず、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から、直ちに、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と、得られる効果というべき、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるとはいえない。 (ウ) また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験の方法は、前記のとおりであるところ、評価の基準となる0点である「感じない又はどちらでもない」については、基準となるトマトジュースを示すことによって揃えるとしても、「甘み」、「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや、各パネラーの個別の評点が記載されていない。したがって、少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや、大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず、各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。また、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから、各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ、そのような手順が踏まれたことも記載されていない。そうすると、「甘み」、「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて、各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する、前記(3)の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。 以上述べたところからすると、この風味の評価試験からでは、実施例1〜3のトマト含有飲料が、実際に、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できるとはいえない。 (エ) なお、糖度とグルタミン酸等含有量を、本件明細書の発明の詳細な説明【0090】【表1】に記載されている実施例1と同じく、「9.4」、「0.42」とした上、糖酸比を本件特許請求の範囲の下限値である「19.0」とした場合、酸度は「約0.49」となるから、酸味の評価が実施例1(酸度は約0.34)よりも下がる可能性が高い。仮に酸味の評価が「−0.6」となれば、甘み「0.8」、濃厚「1.0」(実施例1の評価)であるので、合計の評点は「2.4」となり、酸味の評価が「−0.5」となれば、合計の評点は「2.3」となり、酸味の評価が「−0.4」となれば、合計の評点は「2.2」となるところ、これらが総合評価において本件発明の効果を有するとされるものかどうかは明らかでない(本件明細書の発明の詳細な説明【0090】【表1】に記載されている参考例1は「2.4」でも総合評価で「×」とされている。)。 (オ) したがって、本件特許出願日当時の技術常識を考慮しても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量が本件発明の数値範囲にあることにより、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られることが裏付けられていることを当業者が理解できるとはいえないから、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1、8及び11の記載が、明細書のサポート要件に適合するということはできない。 B裁判所は、被告の主張について次のように判断しました。 (ア) 被告は、次のことを主張する。 “本件明細書の発明の詳細な説明には、実施例1〜3として、本件発明の数値範囲に対応した具体的な実施例の記載がされており、これらの記載に加え、本件出願日当時の技術常識を踏まえると、実施例1〜3の数値、並びに比較例1及び2の数値に鑑み、本件発明の数値範囲内であれば本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例が記載されているため、本件発明の数値範囲内については発明の詳細な説明において開示された内容を拡張又は一般化できることは明らかである。” この主張を採用することができないことは、前記Aで判示したとおりである。 (イ) 被告は、次のことを主張する。 “本件発明は、トマト含有飲料が本件明細書の発明の詳細な説明に記載の風味を有するとの効果を奏するためには、所定の数値範囲の糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量が重要であることを見いだしたものであり、当該効果を達成するために、他の要因の関与がないことを述べたものではなく、また、食品分野の特許実務においては、温度や粘度等の多岐にわたる条件の全てを個別に特定しなければ特許発明の課題を解決できないというものでもないので、温度や粘度等の多岐にわたる条件を、本件発明の発明特定事項としなければならない理由はない。” 本件発明が、本件発明の効果を奏するためには、所定の数値範囲の糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量が重要であることを見いだしたものであることを理解するためには、少なくとも、前記Aで判示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に、風味評価試験において取り上げた「甘み」「酸味」「濃厚」の風味に見るべき影響を与える他の成分や物性の有無について理解できる記載があることが必要である。また、食品分野の特許実務においては、多岐にわたる条件の全てを個別に特定しなければ特許発明の課題を解決できないわけではない場合があるとしても、本件発明の発明特定事項である所定の数値範囲の糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量において本件発明の効果が奏されるというためには、少なくとも、前記Aで判示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に、評価した風味である「甘み」「酸味」「濃厚」に見るべき影響を与える成分及び物性が無いこと、又は、そういった成分及び物性があっても、風味評価試験において条件をそろえる必要がないことについて理解できる記載があるか、そういった成分及び物性の値を一定にした上で風味評価試験をしたことを記載することが必要である。 しかし、上記のような記載がないことは、前記Aで判示したとおりである。 (ウ) 被告は、次のことを主張する。 “特許請求の範囲の解釈に当たっては技術常識も考慮すべきであり、本件発明が一定の風味を有するトマト含有飲料を得ようとするものであることからすれば、その粘度については、当業者の技術常識として、一般的にトマト含有飲料として成立し得る範囲内のものであることは当然であって、あらゆる粘度を含むものではない。” 本件発明はトマト含有飲料に係るものであるから、通常、その粘度は、一般的にトマト含有飲料として成立し得る範囲内のものであり、あらゆる粘度を含むものではないといえる。そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本実施形態のトマト含有飲料は、粘度が350〜1000cP、より好ましくは350〜600cPに調整されていることが好ましい。」(【0056】)と記載されており、本件発明のトマト含有飲料の取り得る粘度の範囲を当業者が理解することもできるといえる。 しかし、前記Aで判示したとおり、粘度も風味に影響を及ぼすといえるところ、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明のトマト含有飲料の取り得る粘度の範囲内で、粘度が「甘み」「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えないことや風味評価試験において条件をそろえる必要がないことは記載されておらず、また、粘度を一定にした風味評価試験も記載されていない。 したがって、粘度が一般的にトマト含有飲料として成立し得る範囲内のものであることを前提としても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量についての規定される範囲と、得られる効果というべき、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるとはいえない。 |
[コメント] |
@本件判決では、或る特性(食品の風味など)に関して複数の要素が関与することが知られている場合に、特許出願人の発明の効果として当該特性の下位概念(フルーツトマトのように甘く、酸味が抑制されており、かつ濃厚な味わい)の評価試験をするに際して、前記複数の要素の一部(糖度・糖酸比・グルタミン等含有量)を変化させて測定するときには、 ・それ以外の要素を揃えて試験することが必要であり、 ・そうしない場合には、それ以外の要素も影響があるが、揃える必要はないとき(影響が無視できる程度に小さいとき)には、そのことを技術的に説明した上で前記複数の要素の一部を変化させて測定をするべきことを述べています。 A或る特性に影響する多数の要素が存在する場合に、それらの要素のうちで特に強い影響力を持つものをパラメータとして選び出して特許出願の請求項に織り込んだときに、その評価試験において、パラメータとして選んだ要素以外の要素を揃えることが原則です。 そうでなければ他の要素がどういう影響を与えているのかが判らなくなるからです。 Bもっとも複数の成分から組成物の特性を評価する際には、他の要素を揃えることが必ずしも容易ではないことがあります。 成分(イ)+(ロ)+(ハ)+(ニ)+…からなる組成物が特性の要素a、b、c、d…を発揮する場合において、 成分(イ)が要素aに、成分(ロ)が要素bに、成分(ハ)が要素cに、というように一対一の対応関係があれば、他の要素を揃えることは比較的容易かもしれません。しかしながら、こうした対応関係がないと問題が複雑化します。 例えば本件のように飲食物の風味を問題にする場合、酸味を増すために、或る酸味成分を増量したところ、粘性や香りや渋味も変化したということは普通に起こり得ることです。 C判決文では、「一般に、飲食品の風味には、甘味、酸味以外に、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与し、粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえる」とし、本発明のパラメータ(甘味・糖酸比・グルタミン酸等含有量)以外の要素を揃える必要がない場合には、そのことを技術的に説明するべきであると述べています。 しかしながら、人間は少なくとも基本的な味覚である五味(甘い・辛い・酸っぱい・苦い・塩辛い)には敏感であり、例えば料理に塩をひとつまみ余分に入れただけでも、その料理はぶちこわしになります。甘い・酸っぱい以外の3味をどれだけ変化させてもパネラーが“フローツトマトのような甘味と適度な酸味と濃厚な味わい”を評価できることを証明できるかといえば、それは無理な話です。次善の策としては、(イ)バラツキを減らすような成分を添加物として加える、(ロ)評価試験での他の要素のばらつきを測定して、このバラツキの範囲であれば、パタメータとを変化させて行う評価試験に影響しない(例えば香りのばらつきが一定の範囲であれば甘味と適当な酸味と濃厚な味わいの試験結果に影響しない)ことを別に証明することが考えられます。 D本判決で重要なことは、(特許出願人が発明のパラメータとして選択しなかった要素がある特性に)“影響を与える要素はあるが、その条件をそろえる必要がない場合には、そのことを技術的に説明した上で要素を変化させて評価試験をする”ことが必要であると述べています。判決文の文脈から判断して“技術的に説明”とは特許出願当初の明細書に説明しておくことであり、それも技術者が納得できる程度に説明することであると解釈されます。 |
[特記事項] |
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